廃課金ソシャゲでデスゲームが始まったんだが、ガチャも課金もなくなってて実力で生き残るしかなくなった

砂擦カナメ

デスゲーム


「よりにもよって、これか……」


 空中のスクリーンに映し出されたゲームのルール説明を読み終えて、思わず俺の口から漏れた。


『ソウルマスター』


 俺はこのゲームを知っている。


 クソゲーだ。


 正確には、クソゲーになってしまったもの、だ。


           ◇


 このおかしな世界に来る前、俺はただ、繫華街を歩いていた。


 土曜の夕方で、赤みがかっていた空の下、街の通りは、結構な数の人間が老若男女問わず、駅の方に向かったり、逆に出てきたりして賑わっていた。


 俺はエコバッグを手に、食材を買いにいつも通っているスーパーを目指していた。

 

 その途中、突然、空が真っ暗になった。


 本当に、突然だった。


 まだ日は完全に沈む位置にはなかったからおかしい。


 夕立かと思って空を見上げると、異様なものが目に入った。


 空に、黒い、巨大な渦が巻いていた。


 積乱雲くらいの大きさがありそうな闇が、気象図の台風のようにぐるぐる渦巻いていた。


 俺はあっけに取られた。


 周りもざわざわ騒ぎ始める。


 立ち止まって、周りや連れと空の様子について話し出す者。


 空を見上げながら、歩く者。


 スマホを空にかざして、動画や画像を撮る者。


 スマホをいじって、空の様子に気づかない者。


 街行く人間は、様々な反応を見せる。


 俺は、やばそうな気がして、渦から遠ざかろうとした。


 だが、体が真上に引っ張られた。


 なんだ!


 足が地面から離れ、体が宙に浮いた。


 うわ、ヤバいだろ、これ!


 俺の手からエコバッグが放れ、バッグは宙を漂う。


 黒い渦の方に、どんどん体が寄せられていく。


 俺と同じように、外を歩いていた人たちがどんどん浮いて、バキュームのように黒い渦へ放り込まれていた。


 高かったり、低かったり、いろいろな悲鳴が混ざりあうのが耳に響く。


 黒い霧のような闇は眼前に迫って、俺は頭から放り込まれた。


           ◇


 目を覚ますと、俺は砂の上に仰向けになっていた。


 服装は最後に歩いていたときのままだが、何も持ってない。


 ポケットを探っても財布も、スマホも、どこにもない。


 とりあえず、靴はある。

 

 完全な、着の身着のまま。


 足元を見ると、地面はコンクリートじゃなくて、ざらざらした砂で埋まっている。


 周りに、2、30階建てぐらいあるでかいビルの群れがずらーっと並んでいた。


 都市部の、企業のビルが集合した都心の一角のように思える。


 しかし、俺の知っている東京でも、日本のどこかの都市でもなさそうだ。


 手前のビルは、ボロボロだった。


 老朽化どころではない。


 完全に朽ちている。


 廃墟だ。


 大きなヒビが至るところに入り、窓ガラスは割れているか、完全に抜けている。


 人が使えそうな状態ではない。


 一つだけでなく、見渡す限り他の全てがそうだった。


 ひどいのになると、横に崩れて隣のビルに食い込んでいるものさえある。


 そのうち、完全にガラガラと崩れ落ちそうだ。


 道、といえるのかも分からないが、道に茶色く錆びた鉄の棒みたいなのが、転がっていた。


 形からして信号機のようだった。


 ボロボロに砕けた、電柱みたいなのもある。


 空は青いが、朽ちて濁った色のビルが乱立して、陰鬱な景色だ。


 緑が何もない。


 映画とかアニメにある、崩壊後の世界のようだ。


 なんだよ、ここ。


 足元には、キャリーバッグが置かれている。


 俺は中を開けた。


 俺のものじゃないが、この非常時だ、仕方ない。


 銘柄のない空き缶が十個と、水の入ったペットボトルが五本入っている。


 すると、右前方の地面から突然噴水のように水が湧きだした。


 俺はキャリーバッグを手放して、のけぞった。


「なんだ?」


 湧き出た水の塊が、グミの塊みたいになった。


「テケリリ

 テケリリ」


 グミの化け物が、不気味な声を出す。


 危険を感じて、冷や汗をかきながら後ろ歩きして、そいつから遠ざかろうとする。


 グミの塊には、無数の目がくっついていて、その瞳を俺に向けてきた。


「テケリリ

 テケリリ」


 恐怖を感じて逃げながら、俺の頭にショゴスという創作暗黒神話に出てくる怪物が浮かんだ。


 あれは、こういうふうにテケリ・リと声を出したと思う。


 離れても離れても、グミの怪物は俺を追ってきた。


「俺ハ、テケリリ」


 俺は、一旦立ち止まった。


 こいつ、今喋った……


 グミの塊はショゴスではなく、鳴き声のテケリリをそのまま名乗った。


「オ前タチハ、ヨグソトース様ニヨッテ、ココニ、ツマミ出サレタ。

 生キノ残リタケレバ、ゲームニ、勝テ」


「何を言っている?」


 俺は警戒しながら聞く。


「ウチュウノ支配者ハ、ヨグソトースサマ。

 ヨグソトース様ガ、宇宙ソノモノ。

 オ前タチ人間ハ、ヨグソトース様ニトッテ、手ノ平デ踊ル存在。 

 ヨグソトースサマハ、オ前タチデ、ゲームヲ、スルコトニシタ。

 オ前達ノ作ッタゲームデ、存分ニ遊ブトイイ。命ヲ賭ケテ。 

 オ前タチガ、10日生キ残レバ、生カシテ、元ノ世界に返ス」


 何でこんな世界にいるのか、何でゲームをやらされるのか、全く説明になっていない。


 神の気まぐれだとでも言うのか。


 ゲームに勝ち残れとか、10日生き残れば出られるという部分は理解できた。


「俺ハ、テケリリ。

 オ前タチノ、ゲームヲ、支援スル」


 すると、テケリリの目玉の1つが光った。


「うわあ」


 俺はびっくりして一歩引いた。


 サーチライトのような光線が出てキャリーバッグに光を当てる。


「アレハ、ココデ、生キルタメニ、オ前タチ二、ヤル。毒ハ、入ッテナイ」


 バックパックに当てている光が消えて、別の目が光を放ち、俺の目前の宙にスクリーンを映し出した。


 プロジェクションマッピングのように光の枠が出来ている。


『ソウルマスター』という、大きなタイトルが浮き出る。


「コレガ、オ前タチノ、ヤル、ゲーム」


 このタイトルは……まさか……


 タイトルの下に「ゲームの概要」「ルール」「ヘルプ」「編成」の項目がある。


「見タイトコロヲ、触レ」


 スマホのように、タッチしろということらしい。


 俺はおずおずと、まずスクリーン上の「ゲームの概要」がある空間を指でなぞった。


 スクリーンが切り変わり、横書きで日本語の説明がつらつら書かれていた。



 「ようこそ、ヨグソトースの世界へ」の一文から始まる。


 読むと、俺の置かれている状況について書かれている。


 この世界、空間にはシェイプシフターという敵が現れるのだという。


 シェイプシフターが具体的にはどういう姿をしているかは書かれていない。


 そのシェイプシフターが、この世界に連れて来られてプレイヤーになった人間を狙ってくる。


 ソウルマスターは一対一の対戦ゲームで、プレイヤーはムリヤリ戦わせられるらしい。


 しかも、1日の最後で、対戦数が0だった場合、必ずシェイプシフターがプレイヤーの前に現れて対戦を強制されるとある。


 対戦は避けられない、ということらしい。


「シェイプシフターに負けたなら、死ぬことになる」


 その部分を読んで、俺は戦慄した。


 噓だろ、こんなの。


 悪い夢だと思いたいが、意識は嫌なほどはっきりしている。


 これは、命を賭けたゲームだ。


 デスゲームとかいうやつじゃないか。


 ふざけんなよ。


 一方的で、理不尽な状況に俺は憤りと、それ以上の恐怖を覚えた。


 そして、俺はこの『ソウルマスター』に心当たりがあった。


 「ルール」のタブを開いてゲームのルールをざっと見ていく。


 それは、やはり、俺の知っている『ソウルマスター』の内容そのものだった。


 Sマスターとかエスマスとか、そうゲームの仲間うちで呼んでいた。


「よりにもよって、これかよ」 


 クソゲーだ。


 少なくとも俺にとっては。


 俺がやり始めた頃は神ゲーだったのに、クソゲーに落ちぶれたもの。


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