相談
壱原 一
先日は、ご相談くださり、ありがとうございました。
近ごろ塞ぎがちなあなたが、あの場ではすっかり安心して、考えていること、感じていることを、意欲的に話してくださいましたね。
肩の力が抜け、心の壁が取り払われ、大いに開かれたあなたの内側と、今までになく親密に、深く結び付き合えたことを、言葉には表せないくらい、嬉しく思っています。
あなたが気になさっていた、あなたの服の襟の内側の、後ろ首に接する辺りに常にある感触についてですが、気に病む必要はありません。
色々と調べたり、確かめたりに時間が掛かり、こうしてお伝えできるまで、ご不安の中お待たせしてしまいましたけれど、一切心配無用です。
あれは、あなたを大事に思う方が、あなたが必要な時、すぐに駆け付けられるよう、縫い込んだ物です。
当然の成り行きがあって、そうなっている物なので、先般、こちらからお話ししたことを、翻して恐縮ですが、あの場でお話しした風な、無理に断ったり、隠れたり、そういう筋の通らない、身勝手で失礼な真似は、厳に慎むべきでしょう。
もちろん、あなたは、そうした真似を、あなたの相談相手から、回答として聞いただけで、あなた自身が望んでいる訳ではないと、分かっています。
言うまでもないことです。
何故なら、あらかじめ分かっていた通り、また、あなたがあの場で仰った通り、そもそもあなた方はあの場所を、ご存じの上で訪れた。
あの場所で起こった出来事をご存じで、呼び掛け、供え、鳴らし、焚いて、皆が目指して集まれるよう、そこにおられると分かるよう、照らして、酌んで、話し、笑い、賑やかに招いてくださった。
ほんの僅か、一筋でも、認めてくださっていなければ、あの場所でそうした行いをなさる理由がありません。
まして、その場限りでなく、収めて、残し、あの場所以外のどこか別の場所へ、たとえ影でも、虚像でも、連れ出してくださろうとなさるのだから、皆、あの狭い内に、押し合いへし合い、ひしめいて、入れ替わり立ち替わり、前になり後ろになり、上から下までぎゅうぎゅうと、競って収まりに行ったものです。
めっきり寂れ、停滞した、暗く、閉ざされたあの場所で、そうした一連の行いが、どれほど皆に眩しく、焦がれさせ、惹き付けて、虜にさせたか。あなたは、あなたの服の襟の内側に縫い込まれた物の感触から、ずっと、ひしひし、感じておられますね。
お帰りになるなんて、皆、とても堪えられなかった。きっとまた来てくださるよう、決してお忘れにならないよう、いつでも感じてくださるよう、こぞって訴え、すがり付き、最も古参の心得た者が、ぷつんと抜いて、刺し貫き、通して、留め上げたのが、あなたの後ろ首に常に触れている少しちくちくする物の正体です。
当然の成り行きの物です。
ですから、絶え間ない後ろ首の痛痒さや、ぐっすり眠りたい気持ち、お誘いする声の煩わしさや、ふと生じるあの場所の寒さやにおいなどは、無理に断ったり、隠れたり、そういう筋の通らない、身勝手で失礼な真似をなさらなくとも、簡単にけりを付けていただけます。
今、こうして、このように、既に他の多くのお困りの方の相談に乗り、解決に奔走されている奇特でご多忙な方に、お手間を取らせる必要はありません。
そしてまた、あなたご自身も、襟の内側のタグを切ったり、布で覆ったり、襟ぐりを引き伸ばしたり、捨てたり、後ろ首に絆創膏を貼ったり、掻き毟ったり、剥いたり、突いたり、いらいらしたり泣いたり暴れたり辞めさせられたり通ったり、そんな風に苦しまなくて良いんです。
あの場所へお戻りくださりさえすれば。
せっかく大勢を収めて、たとえ影でも、虚像でも、あの場所から連れ帰り、お傍へ置いてくださったのに、どうして後から振り払い、焼き捨ててしまわれたのでしょうか。
あんな事をなさらなければ、私たち皆、もう少し、穏やかに待てたかもしれませんでした。
けれど実際ことは起き、加えてこの度のご相談で、あなたが考えていること、感じていることを、すっかりお聞きした今となっては、もはや虚しい仮定です。
いつまたあなたがご相談に来て、的外れな回答を聞き、次こそ心を揺さぶられ、なんらか筋の通らない、身勝手で失礼な真似をしないとも、分からなくなってしまったからです。
幸い、当のご相談により、あの場であなたが安心し、壁が取り払われたので、私達はこれまでになく、深く結び付き合えています。
お陰でうるさくお呼び立てせず、手取り足取りお運びして、あなたがお招きくださったように、私たち皆でようやっと、あなたをお招きできます。
さあ手をこちら、足をこちら。
ああ、どうぞ、いらっしゃいませ。
よくお帰りなさいました。
皆この様に首を長くして、心からお待ちしていました。
ご相談くださり、ありがとうございました。
今度は是非、幾久しく、ごゆるりとお寛ぎください。
終.
相談 壱原 一 @Hajime1HARA
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