『行かないで』

 デスクで仕事をこなしていると、午前の終わりを知らせる放送が流れ始めた。

(うーん、いまいちな進捗だな。午後は気合を入れないとな)

 Todoリストを確認しデスクを軽く片付けると、周りの流れに乗るように社員食堂へと向かった。


 食堂で日替わりランチを受け取るとそのまま足を進め、すでに定位置となっている席に着いた。

 

「おう、なんの話してんの」


 そこではすでに二人の先客が昼食をとっていた。

 入社して六年ほど、配属先の部署はバラバラになったがやはり同期の社員は気安く話しやすい。

 いつの間にか同期で集まって昼食をとるようになっていたが、これも長く続いていた。


「今こいつの彼女の愚痴を聞いてたんだよ」

「そういう話ね、なんか面白いの聞けた?」

「おいおい、お前までそっち側に回るのは勘弁してくれよ」

「まあまあ、とりあえず先にメシ食うわ」

 

 愚痴を話し出したが最後、根掘り葉掘りいろいろと聞き出されてしまったのだろう。“これ以上は敵わん”と立ち回る同期を制すると、俺は続く会話を横目にまだ温かい日替わりランチを食べ始めた。


「そういや、結婚してるお前もそういう話の一つや二つくらいあるんじゃないの?」

「いや、特にはないかな」


 唐揚げを食べていると、話の矛先が急に俺へと向けられた。

だが、残念なことに俺はそんな愚痴ばなしのストックを一つも持っていない。


 彼女は会社でも順調にキャリアを積んでいるし、性格も明るく、家事もそつなくこなす。料理に至ってはおいしい上にバリエーションも豊富ときた。俺の作るなんちゃって料理とは比べるまでもない。

 唯一勝てるところがあるとしたら風呂掃除の速さ、あとは力作業くらいなものだ。

 そんな彼女に不満などあろうはずもない。


「かー、順風満帆てな感じでいいねぇ」


 愚痴を期待していただろう彼らには申し訳ないが、ここぞとばかりに惚気させてもらう。


「俺にはもったいないくらいのいい家内で」

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