『すれ違い』

「私メリーさん。今あなたの家の前にいるの……」


 ついにこの日がきたか。

 ここ数日、毎日同じ時間にかかってくる非通知からの電話。最初はいたずらかと思っていたが、電話で伝えられる場所が日を追うごとに、確かに家に向かっているものだと分かり今では本物だと思うようになっていた。


 ただ、今日のメリーさんの様子は少し違った。いつもはもっと恐ろしさを感じさせる声なのだが、先ほどの声には困惑の感情が混ざっていた。


「私メリーさん。あなたは今どこにいるの?」

「急に出張の予定が入ってね、今は福岡にいるよ。多分あと数日はこっちにいるかも」


 私はメリーさんに残念なお知らせを告げた。メリーさんにとって今日は待ちに待った日であっただろう。私もこの日に向けて清めの塩やお酒、効果がありそうなお札を準備して応戦してやろうと思っていたのだが、ただただ間が悪かった。


「ではそちらへ向かいます」


 まるで業務連絡かのような言葉の後、通話が切れた。普通の話し方もできたんだなと感想を抱き、私はスマホを置いた。

 

 私は電話の中でひとつ嘘をついてしまった。実は明日の夜には既に東京に戻っている。


(だって休日は遊びたいじゃないか)


 私はメリーさんに言い訳しながら電気を消し眠りについた。



 翌日の金曜日。

 出先での仕事を終えて東京に戻ってきた私は、自宅でメリーさんからの電話を待っていた。昨日のことを思うと今日の電話がどうなってしまうのか不安になる。


(きた!)


 スマホの着信音が鳴る。通話アイコンをタップして電話に出る。


「私メリーさん。今あなたが“泊まっているはずだった”ホテルの前にいるの」


 メリーさんは怒っていた。

 これまでとは違う圧のある声だ。私に騙されたことに相当腹が立っていることが伝わってくる。


「ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。ゆるさない。」


 メリーさんから放たれ続ける呪詛にさすがに恐くなり即座に通話を切る。

 明日からの二日間が私の最後の休日となるのかもしれない。だが、すでに時間は十分に稼いだ。いまごろ福岡から東京へ、とんぼ返りの移動をしているのだろうメリーさんを思いつつ旅行の準備をする。

 とりあえず明日の行き先は北海道にしよう。



 -土曜日-

 北海道を満喫したその日の夜。例のごとく非通知からの電話が鳴る。


「私メリーさん。今どこにいるか教えなさい」

「今は旅行で北海道にきてます。いやー、良いところですね」「…明日はそこから動くな」


 一方的に言い残した後、通話が切れた。明日にはメリーさんも北海道に来てしまうのだろう。まあ、だからといって待ってあげる必要はない。明日は大阪観光だ!



 -日曜日-

 大阪で食めぐりをしたあとの帰宅後に毎度おなじみ非通知からの電話が鳴る。とりあえず電話に出る。


「私…メリーさん。今日は…どこにいた…の?」

「今日は大阪を観光してまわってたよ。もう昨日今日と美味しいもの食べ過ぎてお腹が大変だよ」

「そう…」

 

 連日の長距離移動のせいか、メリーさんの声からは疲れが溢れ出ていた。でもおそらく私は今日までなのだから許してください。と、思いつつもさすがにメリーさんを不憫に感じ、今後の予定を伝えることにする。


「でもまあ、明日からは自宅にいるよ。仕事にも行かなきゃならないしね」


「やっと…ついに…」


 メリーさんの言葉とともに通話が切れた。



 -月曜日-

 夜を外食ですませた私が歩いて帰宅していると、前方から歩いてきた女性とすれ違った。あからさまに視線をやることはしなかったが、見た感じ草臥れた様子で心配になる程にやつれていた。

 すると電話が鳴った。立ち止まって表示を確認すると非通知からの発信だった。


(いや、メリーさんからの電話の時間まであと数時間はあるはずだ)


 そういえば、先ほどすれ違った女性の足音がしない。恐る恐る電話を取るとスマホを耳にあてる。


「私メリーさん。今あなたの後ろにいるの」


 スマホと真後ろの両方から聞こえるその声に、私は体が凍りつき身動きが取れなくなった。恐怖で目をつぶる。

 油断していた。同じ時間にしか電話がこないと思い込まされていたことにようやく気づいた。


 今までの人生が走馬灯のように頭を駆け巡りながら立ち竦んでいると、一向に何も起きる気配がない。恐怖を押し殺して目を開け、ゆっくりと後ろを振り向く。

 目に飛び込んできたのは、やり切った顔をしたメリーさんだった。そのままメリーさんは満足した表情とともに光になって消えてしまった。


 その後しばらく周囲を確認するが何も起きない。そしてもう安全だと分かると安堵して呟いた。


「なんか、すまんかった」

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