第三章 – 決戦前夜
1. VS アウグスト大阪
七月四日、街中には半袖の人が増え始め、昼間は強い日差しにさらされ、空は乾いた青を見せている。
大阪府東大阪市に位置する、ロベーアシュターディオン。尊厳ある大阪の名を関したアウグスト大阪の選手、サポーターがローマの円形闘技場を思わせるスタジアムに集っていた。
前半戦では真岡シュピーゲルとアウグスト大阪は第十一節で対戦しており、真岡シュピーゲルは二-三で敗北するという形になっている。
この時は四-四-二の布陣をとるアウグスト大阪に、三-四-二-一の真岡シュピーゲルは主に中盤が対応しきることができなかった。
とはいえ、前半で二点先制し、リードをしていた。だが後半に入るとアウグスト大阪に連携不備を見抜かれ、三失点を決めることとなった。
この時の大阪が起こした逆転勝利は、旧外地にN1の厳しさを再度教え込むかの如き勝利だと各地のスポーツメディアは報じ、アウグスト大阪の勝利を過大な冠で飾った。
今回、事前のフォーメーション予想での真岡シュピーゲルは、刈谷FKを下した四-二-三-一だった。しかし、実際に試合がはじまってみると、真岡シュピーゲルのとった戦い方は三-四-二-一。前回と同じ布陣だ。
この采配について、実況や解説は戦術ミスではないかと論じていた。かみ合わせとしても、相手ディフェンス三枚の前にフォワードが一人だけになり、孤立しやすいという大きなデメリットがある。
特に、ロングボールを取りに行くが多い真岡シュピーゲルは動きを封じられかねない。それに前回の敗因となった中盤も、ウィングがどこで誰にプレスをかけに行くのか、ピッチ上に発生しているスペースを見ていても明確な答えがあるようには見えない。
だが、清水監督の采配は間違いでも何でもなかった。真岡シュピーゲルのスリーバックは、アウグスト大阪のツートップと対峙する。
つまり、ここにおいては、真岡シュピーゲルの数的優位ということになる。そのため真岡シュピーゲルは最終ラインを攻撃の起点としてロングパスを前線へ投げ込み、中盤にディフェンスが対応するより前に走り出し、確実にボールを奪っていく。
これに気付いた大阪側はサイドバックが上がってボールを前に運ばせまいと守備に走る。
誰もが予想しなかった形で、真岡シュピーゲルはアウグスト大阪に対し攻撃を仕掛け続けることに成功。ハーフタイム時点でのボール支配率はアウグスト大阪を上回った。
後半に入っても真岡シュピーゲルは攻撃的姿勢を維持し、何度もゴールへと切り込んでいった。そして決定的チャンスが生まれたのは後半二四分。
アウグスト大阪のゴール前まで攻め込んだ真岡シュピーゲルは、二人にマークされている状況から早岡がシュート。しかしながらボールは反対サイドに流れてしまう。惜しかった。誰もがそう思ったが、諦めるにはまだ早かった。
反対サイド、フリーの状態で中盤ミッドフィルダーの神田章がボールを受け取ると、そのままシュート。アウグスト大阪は反対サイドからの不意打ちに対応しきれず、真岡シュピーゲルにリードを与えてくれることになった。
こうして一点を奪った真岡シュピーゲルは試合残り時間が少ないのもあり、アウグスト大阪の攻撃をファイブバックで受けつつ、ロングボールで相手の攻撃を遅らせながら、この一点を守り切った。
夕方からの開催だったこともあり、傾ききった太陽の代わりに、スタジアムの照明がピッチを照らす中、ダークイエローのスタジアムにはブーイングが響き渡った。
追加点を取りに行かず、得点後を防衛に振り切った真岡シュピーゲルの戦い方はアウグスト大阪サポーターをはじめ、各地のスポーツ紙の反感を買った。
試合後のインタビューで監督の清水さんは追加点を狙わなかった理由に対し、フォーメーションのかみ合わせにより発生する数的不利を冒してまで追加点を取りにいき、失点のリスクを負うよりは、手に入れた得点を守りきる方が、勝利への可能性を高めることが出来ると考えたため、と語っていたが、これに納得した人は多くないだろう。
この真岡シュピーゲルの勝利は弱者の戦術と評され、掴んだ勝ち点三という結果を評価する者はいなかった。こうした世間の評価に対し、清水陽平監督は悔しさをあらわにした。
「無理にリスクを負わず、失点を防ぐことも戦い方の一つだと僕は思っています。例えば、二〇〇七年にN1リーガを制覇した指宿ゾステロプスを覚えてますか? 彼らの戦い方もまた得点したら守りきる、というものでした。
あの頃のスポーツ紙は指宿(ゾステロプス)の守備強度を称賛するものや、攻撃から守備への素早い切り替えを評価するものばかりでした。
誰一人、彼らの戦い方を弱者の戦術とは言わなかった。確かに、僕たちはあの頃首位争いをしていた指宿と比べればずっと未熟です。
未熟であるがゆえに、選手たちが手に入れた結果を見てもらえない。そんな現状が、悔しくて悔しくてたまりません」
清水監督はそう話し、目元を手の甲で拭う。この監督が一点を守りきることの難しさも、誰にも崩せない防衛ラインを維持することの難しさも、熟知しているが故だろう。
真岡シュピーゲル監督の清水陽平さんは二〇〇二シーズンから二〇〇七シーズンまでの五シーズンを指宿ゾステロプスで過ごした。
ポジションはディフェンス、左利きということもあって左サイドにて守備をメインとしたプレーで相手チームの前進を防いでいた。その守りの堅さはリンクセンダー・オンネ・クラフト、左利きの要塞と呼ばれた。
だが、清水監督のように守備の大切さを理解するスポーツ紙や雑誌も存在しており、先述した指宿ゾステロプスがホームタウンとしている鹿児島県指宿市のスポーツ紙は、清水監督の采配を、勝利まで誘惑に惑わされることなく安定した守備でゴールを守り続けたと評価している。
他方で、この勝利の意義は、真岡シュピーゲルがミラーゲーム以外の強さを持っていることを証明した戦いともいえる。
今まで基本フォーメーションが大きく異なるチームとの試合では、真岡シュピーゲルは敗北続きという状況であったが、今回の試合では戦術の弱点を理解しつつ、アウグスト大阪の弱点を確実に突く攻撃を繰り返した。
特に得点シーンでのアウグスト大阪側はフォワードからの攻撃を警戒するあまり、反対サイドまで守備が追い付いていなかった。安定したフォーバックを中心として守備を展開する大阪だが、その隙をついた神田選手のプレーはそう容易なものではない。
この時のプレー、そして勝利について神田選手に直接話を聞く機会を得た。長い髪を一つにしばっている試合中の姿に見慣れているからか、夕食後に髪を降ろして現れた神田選手に目新しく見えた。
神田選手は、私がアウグスト大阪戦の話だと切り出すと、ゴールの話ですか? と笑ってゴール前でのエピソードを語ってくれた。
「正直なところ、あの位置(早岡選手がシュートを打った際に神田選手がいた位置。ゴールとは少し距離が出来ていた)でキーパーのこぼれ球が来たらとって、上がってくるだろうルー(エレメンコフ選手)にボールを回そうかなって思ってたんですよ。
でも、昴(早岡選手)のボールがほぼ僕めがけて飛んできて、まじか、と思いましたが、合わせてボールとって、ここで誰かにパスをしたら(アウグスト大阪の)守備陣がこっちのサイド(右サイド)に対応してくるな、って思ったので、思い切りシュートをしました」
非の打ち所がない完璧なシュートだったと思う、と私が言うと、神田選手は照れくさそうに笑った。これからも勝利のため、ゴール以外でも良いプレーを続けていきたいという言葉でインタビューは締めくくられ、神田選手は寮の自室へと戻っていった。
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