祠壊師の手口

 都内某所。雑居ビルの一室に、派手な見た目のカップルが正座している。

「な、なぁ……。ヘンな声も無言電話も一晩中続くノックも、ホントにコレで全部収まるんだよなぁ……?」

「はい。オンダラ様は国内有数の霊能者ですから。……幸運ですね、あなた方。我々がコンタクトを取らなければ今頃霊障れいしょうで死んでいました」

頬のこけたスーツの男が微笑む。


 祠壊師ほこわし交渉役兼情報屋・伊吹いぶき綾乃あやの、36歳。不動産会社に勤めていたが、実母が新興宗教に献金するために伊吹の貯金を使い込み、さらに多額の借金をしていた。3年前実母が自宅に放火し全焼させる。同居していた妻と三歳の息子を火災の巻き添えで亡くす。その後勤め先を退職し、借金取りから逃げるようにその日暮らしをしている。


「イヤー!メラち、アタシ死にたくないよぉーっ!」

派手なメイクの女が隣に座っている男に縋り付く。

「だーいじょうぶだって。オレがメロの事守ってやっからさぁ」

「メラち……♡」

イチャつくカップルの頭からは、そばに控えている伊吹の存在はすっぽ抜けているのだろう。

「はあ……」

伊吹はなるべくカップルを視界に入れないようにしながら、昨日の会議を思い出していた。


 コンクリ打ちっぱなしの壁にスライドが投影される。映し出されたのはカップル配信者のチャンネルだ。

「登録者数1500人、『めらめろちゃんねる』。動画再生数は平均して200回ほどですが、男の方――『MELA-MANNメラ-マン』は大手製薬会社役員の三男。金銭的余裕があり、豪遊系の動画を複数回投稿しています」

画像が『めらめろちゃんねる』の公式SNSアカウントのスクリーンショットに切り替わる。

[明日の配信はココから〜!byめろりん]

「ご覧のとおり、情報屋の北山さんに事前に複数流していただいた『心霊スポット』の投稿を引用しています。これは……茨城の廃墟はいきょに設置したものですね」

「さっきの写真、もっかい見してもろてもええか?」

いかついサングラスをかけた男が挙手する。

「はい、なんでしょう滝さん」


 祠師造形担当・滝公昭きみあき、58歳。墓石店に勤務する石工だったが、店の金を着服ののち店主を押し倒して逃走し強盗傷害の容疑で逮捕。12年の刑期を終えた後はドヤ街を転々としている。


 滝が神妙な顔で女配信者を指さす。

「このネーチャン……」

滝は業界の重鎮のようなオーラをまとっている。この男の沈黙は場に緊張感を生む。

「えらいオッパイでっかいなぁ。Fはあるんちゃう?」

滝がにやけた。実際のところ、彼は根っからの職人。口を開けば軽薄な事しか言わない。

「いい加減にしなさいよ、セクハラおやじ」

入口を乱暴に開けて女性が入ってくる。安物のドレスの上からミンクファーの古びたコートを羽織っている。

「おう政子ちゃん、遅かったな」

Uber配車サービス捕まんなかったの」

政子が長い髪を手櫛てぐしで整える。


 手配師キャスティング担当兼拝み屋・小池政子、47歳。16歳で女優を目指して上京してきたが芽が出ず挫折。その後はホステスとして働いていたが、演技力と交渉力を買われ祠壊師陣営にスカウトされる。


 政子の後ろには不安そうな表情の老女が立っている。

「その方が、祠近くに配置する役者ですね」

伊吹が言う。

「そ。ほら佐藤さん、あいさつして」

政子が促すと、彼女は一同に深くお辞儀をする。

「佐藤フクと申します。嫁入り前は兵庫におりまして、昔宝塚の試験を受けまして、最終試験まで残りましてね……」

「フクさん」

フクの話を伊吹が遮る。

「今回の業務の流れは、わかっていますか?」

「ええ、はい」

フクが咳払いする。

「『お前さんたち、あの祠を壊しちまったのかい。なんてこったい、お前さんたち、もう……死んじまうよ‼︎』……ほら、うまいでしょう?」

「お上手ですよ、フクさん。ただ、もう少し気迫が欲しいですね」

「はあ」

「もっとこう……。そう、頭をガシッと掴んでみてください」

伊吹が佐藤の前にしゃがみ込む。

「ちょっとやってみてください」

「はい……」

フクは伊吹の両耳近くを手で挟み、頭を掴みこむ。

「こんな風ですかね」

「はい、いい感じですね」

伊吹がフクに黒いシールを手渡す。

「頭を掴むときに、一緒にこのシールを貼り付けて欲しいんです」

伊吹は自分の指にシールを置く。

「こんな感じに持って、そうですね……耳の裏あたりに貼ってください」

「うまくできるかしら……」

「このシールは、あくまでついでですから。うまく貼れなくても大丈夫ですよ」

伊吹がフクに優しく語りかける。

「では、当日はこちらの小池さんから連絡しますので」

「はい。よろしくお願いします」

フクが部屋を出ていく。

「では、失礼いたします」

 伊吹らのため息が口々に聞こえてくる。

「いやー、バアさんはイヤやなぁ。口を開けば昔話の自慢ばっかや」

「文句言わないでよ、祠作りしかやってないんだから。アタシなんか手配と拝み屋役のダブルワークなのよ」

「ハイハイ」

滝が伊吹の方を見る。

「ところで伊吹はん、あのシールなんなん?」

「エンドレスでお経が流れる、薄型の骨伝導プレイヤーです。内蔵電池は3日ほど保つとは思いますが……」

「四六時中ブツブツブツブツ言うてるのが聞こえるんやろ?オレやったら3日も保たんなぁ」

「これに加えて無言電話botとドアノック機構も用意しています。配信から2日経ったらコンタクトを取ってみましょうか」

「じゃ、それまでにアタシも仕上げておくわ。いかにも『スゴ腕巫女』って感じにね」

 

 そんな話をしたのが、今から3日前の事だ。

[痛っ!メラちぃ、すりむいちゃったぁ〜]

[こんにゃろー、オレのカワイイメロに傷つけやがって!]

伊吹たちが設置した祠を配信者が蹴り壊したのが2日前。

 そこからのエンドレスお経・昼夜を問わず続く無言電話爆撃・全自動ドアノッカー取り付けのコンボは、かなり効率的にこのカップル配信者の精神を蝕んだようだ。

[昨日行った心霊スポット、まじヤバいトコだった🦆……。配信に👻映り込んでたらリプで教えて!]

などと投稿していたが、霊能者を装ってDMで接触すると怒涛の勢いで弱音を吐き出した。

 そこからここまで誘導するのは容易かった。

「……ところで、カネの事なんだけどさ」

男が伊吹を見上げる。

「さすがに、現金一括で40万ってのはボッタクリじゃ……」

「オンダラ様は、」

口調はそのままに、しかし声は張り上げて、男の泣き言を伊吹が遮る。

「3年先までスケジュールが埋まっております。そこを、私が無理を言って今日、この場をセッティングさせていただいたのですから、相場より値段が上がるのは避けられない事です」

「だけど……」

「お腹のお子さん、何ヶ月ですか?」

伊吹の発言に、カップル配信者が顔を見合わせる。

「ど、どうしてそれを……?」

「パパとママにもまだ言ってないのに……」

ゴミ漁りの成果が出て良かった、と伊吹は内心胸を撫で下ろした。

「家族三人の平穏無事が、たったの40万ですよ」

伊吹が微笑む。

「安いものでしょう?」

40万円。高級ブランドの財布と大体同じくらい。現金一括で引き出しても怪しまれない程度の金額。相手に躊躇させつつも、出した金を引っ込められることのないギリギリの金額。

 男は伊吹に分厚い封筒を差し出す。

「確かに確認いたしました」

コイツは30万なら出す、という確信が伊吹にはあった。

「では、ただいまオンダラ様をお呼びいたしますね」

封筒をスーツの懐にしまい、伊吹は部屋を後にした。


 伊吹と入れ替わりに、霊能者に扮した小池が入ってくる。

 ギョッとするような風体だ。ボサボサ髪に紙垂しでがぶら下がった縄を巻き、頬はこけ、ボロボロの死装束を纏っている。

「メモカナタッカカ、ンサカバオ……」

小池は低く呪文を唱えながらぬさを振り回し、カップルの周りを早足で周回する。

 しばらく周回した後、小池は正座している男の背後にドン!と音を立てて座る。

「オンユンババオンダラソワカ、オンボボンダオンダラソワカ……」

デタラメな真言を唱えながら、小池は男の耳の裏を撫でる。バイトの老婆が貼り付けた薄型スピーカーを剥がすためだ。

 スピーカーを回収し終わった小池は、カップルの頭上で幣を振る。

「オンミスカリテバエソワカ、オンワクマズヌリテソワカ……キエーッ‼︎」

祈祷もどきが終わると、小池はその場に崩れ込み息を切らしてみせた。無論、演技である。

「お疲れ様でした。お帰りはこちらです」

全てが終わったのを見計らって伊吹がドアを開ける。

 仕事がうまく行ったのが嬉しくて、つい愛想笑いの口角がヒクつく。小池も背中を震わせて笑いを噛み殺している。

 カップルを乗せたタクシーが走り去ると、二人は顔を見合わせて爆笑した。

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