祠壊師の手口
都内某所。雑居ビルの一室に、派手な見た目のカップルが正座している。
「な、なぁ……。ヘンな声も無言電話も一晩中続くノックも、ホントにコレで全部収まるんだよなぁ……?」
「はい。オンダラ様は国内有数の霊能者ですから。……幸運ですね、あなた方。我々がコンタクトを取らなければ今頃
頬のこけたスーツの男が微笑む。
「イヤー!メラち、アタシ死にたくないよぉーっ!」
派手なメイクの女が隣に座っている男に縋り付く。
「だーいじょうぶだって。オレがメロの事守ってやっからさぁ」
「メラち……♡」
イチャつくカップルの頭からは、そばに控えている伊吹の存在はすっぽ抜けているのだろう。
「はあ……」
伊吹はなるべくカップルを視界に入れないようにしながら、昨日の会議を思い出していた。
コンクリ打ちっぱなしの壁にスライドが投影される。映し出されたのはカップル配信者のチャンネルだ。
「登録者数1500人、『めらめろちゃんねる』。動画再生数は平均して200回ほどですが、男の方――『
画像が『めらめろちゃんねる』の公式SNSアカウントのスクリーンショットに切り替わる。
[明日の配信はココから〜!byめろりん]
「ご覧のとおり、情報屋の北山さんに事前に複数流していただいた『心霊スポット』の投稿を引用しています。これは……茨城の
「さっきの写真、もっかい見してもろてもええか?」
いかついサングラスをかけた男が挙手する。
「はい、なんでしょう滝さん」
滝が神妙な顔で女配信者を指さす。
「このネーチャン……」
滝は業界の重鎮のようなオーラをまとっている。この男の沈黙は場に緊張感を生む。
「えらいオッパイでっかいなぁ。Fはあるんちゃう?」
滝がにやけた。実際のところ、彼は根っからの職人。口を開けば軽薄な事しか言わない。
「いい加減にしなさいよ、セクハラおやじ」
入口を乱暴に開けて女性が入ってくる。安物のドレスの上からミンクファーの古びたコートを羽織っている。
「おう政子ちゃん、遅かったな」
「
政子が長い髪を
政子の後ろには不安そうな表情の老女が立っている。
「その方が、祠近くに配置する役者ですね」
伊吹が言う。
「そ。ほら佐藤さん、あいさつして」
政子が促すと、彼女は一同に深くお辞儀をする。
「佐藤フクと申します。嫁入り前は兵庫におりまして、昔宝塚の試験を受けまして、最終試験まで残りましてね……」
「フクさん」
フクの話を伊吹が遮る。
「今回の業務の流れは、わかっていますか?」
「ええ、はい」
フクが咳払いする。
「『お前さんたち、あの祠を壊しちまったのかい。なんてこったい、お前さんたち、もう……死んじまうよ‼︎』……ほら、うまいでしょう?」
「お上手ですよ、フクさん。ただ、もう少し気迫が欲しいですね」
「はあ」
「もっとこう……。そう、頭をガシッと掴んでみてください」
伊吹が佐藤の前にしゃがみ込む。
「ちょっとやってみてください」
「はい……」
フクは伊吹の両耳近くを手で挟み、頭を掴みこむ。
「こんな風ですかね」
「はい、いい感じですね」
伊吹がフクに黒いシールを手渡す。
「頭を掴むときに、一緒にこのシールを貼り付けて欲しいんです」
伊吹は自分の指にシールを置く。
「こんな感じに持って、そうですね……耳の裏あたりに貼ってください」
「うまくできるかしら……」
「このシールは、あくまでついでですから。うまく貼れなくても大丈夫ですよ」
伊吹がフクに優しく語りかける。
「では、当日はこちらの小池さんから連絡しますので」
「はい。よろしくお願いします」
フクが部屋を出ていく。
「では、失礼いたします」
伊吹らのため息が口々に聞こえてくる。
「いやー、バアさんはイヤやなぁ。口を開けば昔話の自慢ばっかや」
「文句言わないでよ、祠作りしかやってないんだから。アタシなんか手配と拝み屋役のダブルワークなのよ」
「ハイハイ」
滝が伊吹の方を見る。
「ところで伊吹はん、あのシールなんなん?」
「エンドレスでお経が流れる、薄型の骨伝導プレイヤーです。内蔵電池は3日ほど保つとは思いますが……」
「四六時中ブツブツブツブツ言うてるのが聞こえるんやろ?オレやったら3日も保たんなぁ」
「これに加えて無言電話botとドアノック機構も用意しています。配信から2日経ったらコンタクトを取ってみましょうか」
「じゃ、それまでにアタシも仕上げておくわ。いかにも『スゴ腕巫女』って感じにね」
そんな話をしたのが、今から3日前の事だ。
[痛っ!メラちぃ、すりむいちゃったぁ〜]
[こんにゃろー、オレのカワイイメロに傷つけやがって!]
伊吹たちが設置した祠を配信者が蹴り壊したのが2日前。
そこからのエンドレスお経・昼夜を問わず続く無言電話爆撃・全自動ドアノッカー取り付けのコンボは、かなり効率的にこのカップル配信者の精神を蝕んだようだ。
[昨日行った心霊スポット、まじヤバいトコだった🦆……。配信に👻映り込んでたらリプで教えて!]
などと投稿していたが、霊能者を装ってDMで接触すると怒涛の勢いで弱音を吐き出した。
そこからここまで誘導するのは容易かった。
「……ところで、カネの事なんだけどさ」
男が伊吹を見上げる。
「さすがに、現金一括で40万ってのはボッタクリじゃ……」
「オンダラ様は、」
口調はそのままに、しかし声は張り上げて、男の泣き言を伊吹が遮る。
「3年先までスケジュールが埋まっております。そこを、私が無理を言って今日、この場をセッティングさせていただいたのですから、相場より値段が上がるのは避けられない事です」
「だけど……」
「お腹のお子さん、何ヶ月ですか?」
伊吹の発言に、カップル配信者が顔を見合わせる。
「ど、どうしてそれを……?」
「パパとママにもまだ言ってないのに……」
ゴミ漁りの成果が出て良かった、と伊吹は内心胸を撫で下ろした。
「家族三人の平穏無事が、たったの40万ですよ」
伊吹が微笑む。
「安いものでしょう?」
40万円。高級ブランドの財布と大体同じくらい。現金一括で引き出しても怪しまれない程度の金額。相手に躊躇させつつも、出した金を引っ込められることのないギリギリの金額。
男は伊吹に分厚い封筒を差し出す。
「確かに確認いたしました」
コイツは30万なら出す、という確信が伊吹にはあった。
「では、ただいまオンダラ様をお呼びいたしますね」
封筒をスーツの懐にしまい、伊吹は部屋を後にした。
伊吹と入れ替わりに、霊能者に扮した小池が入ってくる。
ギョッとするような風体だ。ボサボサ髪に
「メモカナタッカカ、ンサカバオ……」
小池は低く呪文を唱えながら
しばらく周回した後、小池は正座している男の背後にドン!と音を立てて座る。
「オンユンババオンダラソワカ、オンボボンダオンダラソワカ……」
デタラメな真言を唱えながら、小池は男の耳の裏を撫でる。バイトの老婆が貼り付けた薄型スピーカーを剥がすためだ。
スピーカーを回収し終わった小池は、カップルの頭上で幣を振る。
「オンミスカリテバエソワカ、オンワクマズヌリテソワカ……キエーッ‼︎」
祈祷もどきが終わると、小池はその場に崩れ込み息を切らしてみせた。無論、演技である。
「お疲れ様でした。お帰りはこちらです」
全てが終わったのを見計らって伊吹がドアを開ける。
仕事がうまく行ったのが嬉しくて、つい愛想笑いの口角がヒクつく。小池も背中を震わせて笑いを噛み殺している。
カップルを乗せたタクシーが走り去ると、二人は顔を見合わせて爆笑した。
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