第20話 グアラ王国①
チキンの丸焼きにローストビーフ、魚のフライと色とりどりのサラダ、フルーツ、おしゃれなカクテル────。
目の前にところせましと並ぶおいしそうな料理の数々を、私は真剣に見つめていた。
「……物欲しげな顔で見てずにさっさと食えばいいだろ?」
料理の向こう側で長い足を組み堂々とイスに腰掛けた男が胡散げに言う。
男は黒髪に黒い瞳の、彫刻のように端正な顔立ちをしていて、その風貌は自信に満ち溢れていた。
…………なんかルイスとは違う方向性でカリスマオーラがあるっていうのかな、すごく男らしいイケメンだ。
まあ今はそれより目の前の食事が気になるわけだけど……。
「シャーリーン、食べていいよ」
「そ、そうですか? では遠慮なくいただきます。お、おいしい……!」
ルイスに促されて食事に手をつけ、感嘆のためいきをついた私をみて、黒髪の男が満足げに口角を上げた。
「いい反応だな。おい、てめえらも俺が直々にもてなしてやってるんだ、もっと嬉しそうな顔をしろ」
「うへえ、相変わらずだなオスカー。そんなだから妹ちゃんに嫌われるんだぞ」
「ユリアは俺が嫌いなのではなく、男が嫌いなんだ」
「でも俺とは文通してるぞ」
「僕も」
「は? 二人揃っていつのまに妹をたぶらかしてるだと? 俺とした方がよっぽどマシだ」
「まずオスカーは悪いところをなおさねえとなあ」
「悪いところだと? 俺は完璧だが」
「逆にオスカーのいいところは金と地位をもってることくらいだろ」
「ラッセン、てめえは今晩俺の部屋にこい。身分の違いをわからせてやる」
「はいはい」
文通の話題で盛り上がっている年上組を見て、左隣に座っていたテトラに私は耳打ちした。
「貴族って文通で女の子と交流を深めるもの?」
「うん、文通とかパーティ。手紙は兄様もよく書いてるよ」
「テトラも?」
「僕もきた手紙は返すけど」
ふーん。
そうやって文通してる相手の中から将来のテトラの彼女が現れるのかな?
きっとテトラが選ぶ子だからとってもかわいいんだろうなあ~って……そうだテトラは攻略対象だから今後ヒロインと結ばれる可能性もあるのか……。
「思わせぶりなことだけはしないようにね。モテる男はそれだけで罪なのよ」
「へ?」
テトラがきょとんとしているのを見て癒されていると、テトラのむこうに座っていたラッセンさんがテトラに言った。
「テトラは初めてだよな、オスカー。仲良くしなくてもいいけど知っとくといい」
「ラッセン、いちいち一言多いぞてめえ」
「いえ、僕! 殿下には憧れているんです。話にはよく聞いています」
テトラが目を輝かせて男に挨拶するのを見ながら、私は眉を寄せた。
殿下って、この男の人のこと?
私がそう聞こうとすると、にこりと笑ってルイスが口を開いた。
「テトラ。そんなにかしこまらなくてもいいよ」
「てめえが言うな、ルイス。俺のセリフだろうが」
「僕からも、紹介したくなかったけど紹介するよ。こっちがシャーリーン、こっちはグアラの王太子のオスカー」
「ラートッハの人間はみんな一言多いな。ルイスも今晩俺の部屋だ」
「素直に誘ってくれればいいのに」
「ひねくれてると友達を誘うにも一苦労なんだなあ」
「おい」
オスカーと呼ばれた男が眉間にしわを寄せてラッセンさんとルイスを見る。
仲が良すぎてこわい……え、こんな扱いだし、王子って嘘だよね?
「本当に……王子……様、ですか?」
「実は古い友達なんだ。僕たち三人、昔はよく遊ぶ機会があってね」
「腐れ縁だな、腐れ縁」
「はあ。お友達……」
グアラに船がついたあと港町のはずれにある小綺麗なレストランの個室に通され、そこには見知らぬ男がいて。
おいしい食事があって。
その見知らぬ男が実は王子様……っていやいや突っ込みどころありすぎなんだけど!
簡単に言ってるけど一国の王子が平然とこんな街中にいるっておかしいし、何よりどんな伝手があったというの?!
いくらルイスやラッセンさんたちがラートッハの貴族であったとしても、他国の王子にこんな密談みたいに会うなんてやっぱり普通じゃ考えられない。
腑に落ちない面持ちでしばらく唸った私は、いずれにせよ人として普通に挨拶はしないといけないと思い至って、表情を引き締めた。
「シャーリーン・グリーナワと申します。拝謁賜り光栄です」
「ああ、ああ〜。あの。ま、よく来たな。滞在中のお前たちの幸福を約束する」
態度は横柄な人だけれど、少し野性的な微笑みをむけられてつい赤くなってしまう。
お、王子パワーすごいな……。
「シャーリーン?」
ルイスの視線に気づいて慌てて咳払いする。
私が赤くなった頬をばちばち叩いていると、オスカー様がふと思い出したようにルイスに視線を向けた。
「大変だったらしいな。やはりラートッハの船の方が狙われやすいようだ。我が国の船舶被害の四倍以上だな」
オスカー様が何気なく言った言葉に、私は納得しながらも、苦しい思いに苛まれる。
────そりゃそうだろう。
ラートッハと違い、他の国は軍や兵団の整備がしっかりされていて、船員には退役軍人も多い。
戦う術を知らないラートッハの船を襲う方が、よほど簡単なはずだ。
オスカー様が一息置いて目を伏せる。私は食事の手を止めてその様子をじっと見つめた。
「賊はアーシラ人だったか?」
「ああ。全員アーシラ人だったね」
「やっぱりな。俺の読みでは、ありゃただの賊じゃねえ。アーシラ王国が一枚噛んでる」
「お前もそう思うか。でも、だからってシリャクセンはないだろ?」
「……なんだラッセン、明らかに使い慣れてない言葉を使うなよ。馬鹿に聞こえるぞ」
「は? なんだオスカー、バーカバーカ」
「……あの、私掠船については私が説明しますわ」
かつて、国家が個人に対して敵国船舶の襲撃を認め、掠奪を許可する免許状を出していた時代があった。
その免許をもった者は敵国の船を襲い積荷を奪っても良いけれど、成果物のいくらかを国に上納することが義務付けられていたという。
先般の襲撃時、私の足をさしたあの男は「アーシラ王国から援助されていること」と「略奪品から分前をもらっていること」そして「できるだけ襲撃した船を壊滅に追いやって、自らの痕跡がわからないようにする必要があること」を自白した。
平和協定もあるなかでこんなことをする理由はと尋ねたら、流石にそれは知らなかったらしく答えなかったけれど。
「そんなことがあり得るのか? 初めて聞いたぞ」
「僕たちもです。だけど、信憑性はあると思いますよ」
「そうだ、シャーリーンはすごいんだぞ。襲撃してきた海賊をとっちめて自白させて、その情報からシリャクセンに辿り着いたんだ」
「おい、なんでラッセンが言うとバカに聞こえるんだ?」
「はあ。とにかく僕たちも、アーシラが国として関わっていると考えている。でも我が国もグアラ王国も、彼らを敵に回すようなことをした覚えはないよね?」
「ああ、ないが…………ひとつ思い当たることがあるとすれば、あそこは今国内が荒れてるんだ。干ばつがひどく、食物を求め暴動が起こっていると聞いている。食物のある場所を奪い、国内で争いも勃発しているとか」
なるほど、国同士で敵対したとか、不戦協定を破ろうとしているとかそういうことではなく、単純に困窮のあまり手を出してしまったということなのだろうか?
どんな理由であれ、物を、命を、理不尽に奪うことを認める理由なんて、考えたくもないけど。
「いずれにせよもう少し情報が欲しいな。しばらくグアラに滞在させてよ」
「ああ、お前らを王宮に招待する。ルイス、お前は父上にも挨拶しろ」
「そうだね。ありがとう」
「あとは全員気の済むまで部屋を貸してやる」
「他国の城に……非公式で僕たちが滞在できるのですか?」
テトラが伺うように言うと、オスカー様が尊大な態度で言い放った。
「当然、問題ない。ここでは俺がルールだからな!」
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