1章 9才 転生
第1話 発端
「シャーリーン、今日からお前に兄ができる。ユアンに挨拶を……シャーリーン?」
その日、呼び出されて訪れたお父様の部屋には、見知らぬ男の子がいた。
父に促され、かたい表情でぺこりと頭を下げた少年。
その顔立ちがあまりの美形であることを認識した瞬間、私はすべてを思い出し────ぶっ倒れた。
シャーリーン・グリーナワ、齢九才。
公爵家の一人娘として両親からの愛を一身にうけて育ったから、突然できた兄に両親を奪われるのではとショックを受けたのだろう……というのがまわりの大人たちのもっぱらの見解だったけれど、それが真実ではないというのを私だけが知っていた。
そう、「私」は気づいたのだ。
お父様の部屋にいた美少年を、かつて自分がゲームのシナリオで見ていたことを。
「私」は、シャーリーン・グリーナワであり、シャーリーン・グリーナワではないことを。
つまるところ簡単に言えば、前世の記憶をもって自分が生まれ変わったらしいことを、突然思い出したのだ。
それも、前世でプレイした乙女ゲームの世界のキャラクターとして。
というわけで、美少年ビジュアルと「ユアン」という名前を聞いたとたん、前世の記憶が突如として波のように襲いかかってきて、頭がパンクして卒倒してしまった……というのが、シャーリーンがぶっ倒れた真相だった。
前世の私は国際政治を学び、直近は紛争地へ派遣されて働いていた。
最後の記憶は、地雷源に落ちたボールをとろうとする子供の代わりに足を踏み入れ、耳元に響いた音…………おそらく地雷を踏んで死んだのだろう。
そんな私の生前の趣味のひとつは、ひどい現実からたまに目を背けられる乙女ゲームの世界だった。
ただ、新しいソフトは簡単に手に入らないから同じゲームを周回して遊ぶことが多く、中でも最近進めていたのがまさに「薔薇園の魔獣」という乙女ゲーム────この世界────だった。
舞台は魔法のある世界。
シナリオの開始はシャーリーンが十四歳になる頃だ。
ヒロインである平民のエルシー・ローグが、神がかった預言の力に目覚めて国王陛下を助けたことをきっかけに、ラートッハ王国の王子様や貴族の子女が通う私立サルシム学院に入学するところからはじまる。
そして、ヒロインは学院で起こる数々のイベントを乗り越えながら、イケメンたちと恋に落ちたり逆ハーレムを築いたりするというわけだ。
ただこのゲーム、プレイヤーからの評価はとても悪かった。
理由は、バッドエンドが多すぎること。
まず第一に、どんなルートを選んでも、七割以上の確率で突如現れた「百五十年前に封印されたはずの悪しきもの」とやらに国が襲われ、交戦に行った攻略キャラたちは死んでしまい、国も滅びてこれまでのプレーがすべて水の泡になるのだ。
加えてこのゲーム、ヒロインの選択肢ひとつで攻略キャラの家族が死んだりすることもあり、とにかく物騒なエンディングがいとも簡単に訪れる。
国が滅びなかったとしても、ただ二人は結ばれてハッピーエンド……というには違和感が残る、微妙なエンディングしか用意されていなかったのだ。
で、
さて。
新たな生を受けた私には、ふたつ懸念がある。
ひとつめ。
これが本当にあのゲームの世界なら、今後「百五十年前に封印されたはずの悪しきもの」とやらが復活して国が滅ぼされるかもしれないということ。
ふたつめ。
乙女ゲームにはよくあるように、このゲームでも「悪役令嬢」という存在がたちはだかり、ヒロインをいじめ倒したり酷い手段を使って恋路の邪魔をする。
もちろん愛の力で結ばれたヒロインとヒーローは、力を合わせて悪役令嬢を処刑したり追放して撃退し、寄り添い合って一件落着になるんだけど。
まあ……悪役令嬢なんてやられ役だし、火あぶりや公開ギロチン処刑くらいはよくあることよね。
と、私も思っていた。
────────私がその悪役令嬢、シャーリーン・グリーナワだと気づくまでは!
◇◇◇
姿見の前に立って改めて見てみると、シャーリーンの顔は相当な美少女だった。
サラサラと輝く金髪、濃緑色の印象的な瞳と光に透ける長いまつ毛、真珠のような肌にすっと通った鼻筋と赤い唇。
九才にして隙のない完成された美を体現しているせいで、子供らしい愛らしさがかき消えて、可愛げがないともいえるけど……。
「どうしよう……こんな可愛い子が処刑とか追放だなんて! 絶対に助けてあげたい……!」
感受性が爆発して自分の顔を見ながら号泣していると、遠慮がちに扉をたたく音がした。
「シャーリーンお嬢様。ユアン様がお越しですが」
「ユアン…………はっ!!!」
そうだった。
私ったらユアン・グリーナワの前で突然ぶっ倒れて挨拶もできずじまいだったんだわ!
よく考えてみれば、養子として引き取られた初日に「妹」を卒倒させたとなると、それがけっして彼のせいではなくても居心地の悪い思いをさせてしまったかもしれない。
ユアンはただでさえ不遇なキャラだったんだから、誠意を持って接さないと……。
「どうぞ、お入りになってください!」
元気に声をあげてから、私は扉を自分で開けて可愛らしい来客を迎えに行ったのだった。
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