雨だれの子守唄

長井景維子

一話完結です。

除夜の鐘が遠くの寺から響き渡る。雪深いこの町の片隅にある小沼家の茶の間には、掘り炬燵があり、親戚の男どもが集まって酒を酌み交わしていた。今年も平和な年越しだ。紅白歌合戦は白組の勝利に終わり、続く行く年来る年を見ながら、女どもは重箱にお節料理を詰め込み、お屠蘇を作る。子供達は、皆従兄弟同士で、気心が知れているので、仲良く頭を寄せ合って、トランプで七並べに興じている。

「慎一兄ちゃんもやろうよ。」

「俺はいいよ。」

 慎一というのが、一番年上の初孫で、高校二年だ。もったいつけたように、参考書に目を落とし、トランプをするガキどもと一緒にされては困るとでも言いたげだ。

「おい、慎一。こっちへ来い。お前もそろそろ酒ぐらい飲んでみろ。」

 叔父の忠志が兄の長男、慎一を呼んだ。慎一は、今度は参考書から顔をあげ、立ち上がると、隣の茶の間にいる父と叔父、そして祖父の方へやって来て、掘り炬燵の隅に座った。東京から家族を連れて帰省している忠志は、年が明けると長女、真由香の高校受験が控えている。真由香は、従兄弟達とトランプしながら、慎一が酒を飲むのか気になって、茶の間の様子に気を取られている。

 新年がまもなく明ける。テレビの時報にみな注目し、午前0時になった。

「あけましておめでとう。」

 祖父が皆を見回して、盃を空けた。長男の清志と忠志が盃を空ける。そして、忠志が慎一に空になった自分の盃を渡して、酒を注ぐ。

「さ、お前も飲め。おめでとう。」

 慎一は恐る恐る盃の酒を煽る。それを見た清志の妻、鳩子が、

「やだ、忠志さん、やめて。慎一、こら、まだ未成年のくせに。」

 と、大きな声で制した。続いて、忠志の妻、美沙も、

「忠志さん、だめよ。慎一くん、かわいそうに。こっちおいで。」

 と掘り炬燵に向かって行き、慎一の肩を揺さぶった。

 すると、慎一の父、清志が、

「今日ぐらいいいだろう、な、慎一。そろそろ酒ぐらい。飲め飲め。」

 空いた慎一の盃にまた、酒を注いだ。慎一は、また盃を空けた。祖母、マツが、

「新年早々、いい加減におし。」

 百八つの煩悩を祓う除夜の鐘の音に耳を澄ます者は誰もいなかった。やがて、酒が回った男達は炬燵に足を突っ込んだまま、仰向けに横たわって眠り始めた。慎一は一人、調子に乗って酒を煽り続けている。女達は、もう諦めて、向かいの六畳間に布団を並べて川の字に眠り始めた。高校受験を控えた真由香とその弟、健斗、慎一の妹、咲子の三人は、二階に上がって、鳩子が敷いてくれた子供達のための布団に潜り込み、まだ、おしゃべりをしていた。

「お兄ちゃん、酔っ払っちゃう。大丈夫かなあ?」

 咲子が心配そうに真由香の方を見てつぶやく。真由香は、

「大丈夫でしょう。もう慎一兄ちゃん、ほとんど大人なんだから。それより、明日、初詣行こうよ。私、合格祈願しなきゃ。」

「うん。行こう。」

 健斗が姉をフォローした。咲子が、

「明日はお年玉、もらえるし、お屠蘇も舐めて、お雑煮食べて。楽しみだね。」

 こう言うのを聞くや否や、

「咲子ちゃん、もう、今日だよ。十二時過ぎてるもん。寝よ寝よ。」

 と、真由香が部屋の照明を豆電球に落として、布団をかぶり、目を閉じた。そのうち、三人とも、すやすやと寝息を立て始めた。

 階下で一人、慎一は、炬燵に足を突っ込んで寝ている父と叔父と祖父を横目に、酒を飲み続けた。飲んでみれば、実はかなり飲めるクチのようだ。飲んでも飲んでも、顔色ひとつ変えず、つまみも何も口にしないが、酒の旨さがわかる。忠志が東京から手土産に買って来た獺祭を父達は飲んでいたようだが、その一升瓶を慎一が空にしてしまう勢いだ。冷やでグイグイと煽る。やがて一升瓶が空になると、慎一は台所に行き、冷蔵庫から缶ビールを取り出して、飲み始めた。缶ビールをふた缶空けた頃、眠気が襲って来た。そのまま、横になる。

「こらー。慎一!こんなに飲んで。お前は不良か。」

 祖母マツがトイレに立った折に、炬燵に散らばっている空のビール缶を見て、叱った。

「二階で寝なさい。おばあちゃんが片付けとく。正月早々、揉め事はごめんだよ。」

 慎一は、立ち上がって茶の間を出て、マツの言う通りに二階へ上がる。少し足元がおぼつかない。かなりな量のアルコールを急に飲んだせいだ。

 階段を上り切って、四十ワットの古い電球の灯った薄暗い廊下の隅に本棚がある。そのいちばん上の段に、古週刊誌の束が重ねて置いてある。慎一はその中の一番上の一冊を手に取り、表紙をめくる。グラビアを見ると、水着を着て豊満な胸の谷間を強調した姿勢で、売れない女優がポーズをとっている。パラパラとページをめくる。同じ女優が屈んでいるところを、今度はお尻をアップに写したショットだ。慎一はかすかに目眩を覚えた。

「これが酒に酔うってことか?」

 ペニスがゆっくりと勃起するのを感じた。週刊誌をめくりながら、廊下にしゃがんでマスターベーションを始めた。

 真由香が布団の中で目を覚ました。トイレに行こうと、布団から起き上がる。誰かが目覚めた気配を察して、慎一はマスターベーションの手をとっさに引っ込めた。古週刊誌がバサッと音を立てて床に落ちた。真由香が襖を開けて廊下へ顔を出すと、慎一は急に立ち上がって真由香の前に立ちはだかった。

 何も知らない真由香は、慎一の目が真っ赤に充血しているのを不思議そうに見ながら、

「慎一兄ちゃん、あけましておめでとう。」

 と、寝ぼけたようにささやいた。慎一は、無言で真由香の腕を両手で掴み、自分の方へ強く引き寄せた。真由香は小さく悲鳴をあげて、抵抗しようとしたが、慎一は、真由香の腕を掴んでいた両手を離して、真由香の顔を両側から両手で挟むように自分の顔に密着させると、抵抗する真由香を抑えつけて、無理矢理唇を奪った。そして、真由香の唇に自身の唇を強く押しつけ、唇を押し開けて、舌を押し込み、真由香の舌と絡ませた。酒臭い唾液の絡まる音がして、真由香が苦しそうに顔を歪め、首を左右に振り解こうと強く揺する。慎一は真由香の上半身を両腕で強く掴み、いっさいの抵抗を許さない。真由香が顔を横に向けて逃げようとすると、慎一は強烈に唇を押し付けて、逃がさないようにする。真由香は、酒とグラビア写真によって急に高まった、慎一の性欲の餌食だった。

 慎一は長いこと舌を真由子の口蓋に入れた後、真由香の抵抗力が弱まったのを感じると、真由香のパジャマの上から胸を揉みしごいた。真由香は半ば気を失っていた。そして、廊下に押し倒すと、真由香の上に馬乗りになり、真由香のパジャマのズボンを引き下げ、下着の上から股間を弄った。そして真由香の腹の上で射精した。真由香は大声で助けを呼んだ。慎一は真由香の口を手で塞ぐ。しかし、鳩子が目を覚まし、廊下を上がって来た。

「きゃー。」

 鳩子は真っ青に青ざめて、自分よりずっと大きな我が息子を真由香から引き離し、

「何やった、お前?」

 鬼の形相で慎一を睨みつけ、頬を平手打ちした。

「おとうさーん!来てー!」

 と、下の階で眠っている清志を大声で呼んだ。

「どうしよう、真由香ちゃん!大変なことになった。」 

 真由香は泣くでもなく、放心状態で、焦点の定まらない目で遠くを見ている。暫くして、清志と忠志が連れ立って二階に上がってきて、廊下にいる三人を見て、

「一体、何があったんだ?まさか、慎一?」

 と、清志が慎一を見て、精液の匂いと真由香の尋常ではない姿を認めると、

「この野郎!貴様、何やった。」

 と怒鳴りつけ、慎一の首根っこを掴んで揺すり、拳で殴りつけた。慎一は抵抗しなかった。鳩子は真由香を抱き抱えて、両手で抱きしめるようにして背中を撫でながら、

「ごめんね、ごめんね、怖かったね。」

 と言いながら、下着を脱いでいないことを確認して、

「お母さんとおばちゃんに全部話せる?何があったか。」

 と言いながら、美沙のところに連れて行く。真由香は、何も言わず、黙って階段を降りて行った。


 元旦だということは、全く意味を持たなかった。美沙は、一応、親戚同士だけど、警察に届けると言って譲らなかった。忠志も、未成年の慎一に酒を飲ませたことを、心の底から後悔した。そして、祖父、大作に向かって、

「親父の週刊誌を見ていたらしい。あんなところに置いておくからだ。」

 と、文句を言ったが、警察に一緒に行くようにと、慎一に言うと、俺も行く、と清志も祖父も言い出した。

「真由香は受験を控えている大事な時に、こんなことされて、どうなるんですか。真由香が立ち直れなかったら、離婚です。」

 と、美沙は忠志に向かってキッパリと言った。祖母のマツは、黙って一人、台所で餅を焼いていた。

 健斗と咲子は、お正月が台無しなことに驚き、また落胆した。自分たち年少者はおとなしくしている以外にないと理解して、各自、自宅から持って来た本を読んでいたが、マツが、

「お雑煮くらい食べないと、戦ができないよ。さ、食べよう。真由香、おばあちゃんとお風呂に入ろうね。みんなはお餅焼いたから、お雑煮食べて。慎一はそこで寝てなさい。」

 慎一は無視されるものだとばかり思っていたが、名前を呼ばれて驚いた。名前を呼んでくれたマツの優しさに触れて、黙ってマツが寝ていた布団に潜り込んだ。

 マツがお風呂にお湯を溜めると、美沙は真由香の着替えの下着を揃えた。それから、マツは真由香に清潔なバスタオルを用意してくれた。真由香はまだ泣き続けていた。

「お母さん、うがいしたい。」

 慎一に唇を奪われたことが、彼女にとっては生まれて初めての異性との口づけだった。自分の唇を切り取ってしまいたい衝動に駆られた。

 慎一に対して、真由香は今までほのかな憧れの気持ちを抱いていたこともある。小さい頃から背が高くて、なんでも知らないことを教えてくれて、ギターを弾きながら歌を聴かせてくれたりした慎一は、一番身近な頼れるお兄ちゃんだった。

 しかし、今、慎一の存在は世の中でもっとも忌々しい、恐ろしい、そして、憎むべき対象になった。従兄弟であるということですら、真由香には許し難い。あの、舌で口の中を舐めまくられる不潔な感じ、いやいや胸を鷲掴みにされた敗北感、肉体的な感覚として、多分一生涯忘れ去ることを許されないであろう不快感。あの、酒臭い息。そして、真っ赤に充血した目で慎一は私の何を見ていたのだろう。押し倒されて、気を失い、気がついた時には精液の見知らぬ悪臭に頭痛が起き、吐き気を催した。

「お母さん、警察になんて言わないでいい。私が許さなければ、それでいい。」

 驚いたことに、そう言ったのは真由香だった。

「おばあちゃんとお風呂入って来る。そうしたらもう、一旦忘れるけど、私は絶対許さないから。」

 鳩子が密かに胸を撫で下ろしたのを、美沙は見逃さなかった。美沙に向かって真由香は再びこう言った。

「受験のことしか考えたくないの。こんなくだらないことで時間使いたくないから、私。」

 そう言うと、真由香はマツに連れられて浴室に向かい、マツと二人で二時間近く長風呂に入っていた。慎一は、二日酔いの頭痛と吐き気に悩まされるだけではなく、自己嫌悪と羞恥心のあまり、小さな蚊の鳴くような声で、

「俺、死にたくなって来た。」

 と、悔しくて啜り泣き始めた。清志はあまりの情けなさに、息子に向かって、

「お前が悪い。泣くな、みっともない奴だ。忠志、どうお詫びしていいかわからない。」

「美沙とじっくり話してから、連絡する。俺たち、今日、東京に帰るわ。ここにはいられない。」

 忠志は美沙の方を向いた。

「帰ろう。健斗、帰るぞ。支度しなさい。」

 健斗は不貞腐れて、

「はーい。お年玉もなしか。」

 と、ふくれたので、美沙に頭を小突かれた。美沙は、マツと真由香が風呂から上がるのを待っていた。お雑煮くらい食べて行こうかとも思ったが、

「何にも食うな。外でステーキでも寿司でもなんでも食えばいいから。」

 忠志が勢いよく言うのを聞いて、

「じゃ、荷造りしちゃいましょう。お母さん一人で片付け物大変だから、布団畳んで片付けちゃおう。」

 美沙はこう言うと、鳩子が、

「お布団なんか、私が。やらせて、そのくらい。美沙さんは帰る準備にかかって。それから、これ、お年玉、二人分。私からだから。」

 と言うと、一万円札を二枚丸めて美沙に握らせた。

「やめて。こんなこと。」

「だって、健斗くんだってかわいそう。」

「じゃ、私から、咲子ちゃんと、慎一くんへ。」

 と言いながら、今渡された二万円を鳩子の右手に返した。

「慎一にはもらえないわ。」

「いいのよ。お義理だから。」

 ニコリともせずにそう言うと、美沙は鳩子のそばから離れ、荷造りにかかった。鳩子は二階に駆け上がり、布団をたたみ、元日にはしてはいけないとされる、掃除機をかけ始めた。何か機械音が欲しかった。

「健斗くん、また、会えるよね。従兄弟だからね。」

 健斗に咲子が話しかけるが、健斗は無視した。

「また、みんなで集まって一緒に夜、おしゃべりしたいのにい。お兄ちゃんの馬鹿。」

 咲子はベソをかいていた。すると、健斗が、

「会えるさ。咲子ちゃんは全然悪くないんだから、気にすんな。うちの姉貴だって、そんなに弱虫じゃないからな、言っとくけど。こんなこと全然気にしないで、第一志望校に悠々合格するよ。祈っててあげて。」

 健斗は咲子より二歳年下なのだけど、精神年齢が咲子より高い。慎一に甘えて育った咲子は、学校の成績もあまり良くないし、健斗はいつも思うのだが、くだらないことで大騒ぎして、『イカれてる女子』だ。

 真由香は成績は悪くない。志望校も都立で偏差値の高い進学校を目指している。

 慎一は初孫で、恵まれた環境で大事に育てられすぎたせいか、男の子にしては多少気が弱い。

 健斗は眼鏡をかけたガリ勉君に見えるが、なかなかユーモアのセンスもあり、クラスでも人気者のムードメーカーである。

 こんな四人の従兄弟同士、夏休みと冬休みに、毎年必ず祖父母の家に帰省して、一緒に時間を共有して来た。思い出もいっぱいある。でも、大人びた考え方のできる健斗は一人、こう思った。

(この家族と縁が切れても仕方ないかも。)

 姉、真由香に酷いことをした慎一を、同じ男としてどうしても許せないのだった。


 真由香は志望校に無事、合格した。まずは目標を達成して、ホッとして明るく振る舞っている。父、忠志は、美沙と話し合って、清志に電話をかけ、真由香が高校受験を無事終え、立ち直りそうなので、今回のことは、親戚同士、水に流してしまおうと提案した。これに対して、清志が、現金で三十万円を支払わせて欲しいと言った。示談という形だ。忠志は示談を受け入れた。

 新学期が始まると、真由香は元旦に父の実家で起こった忌々しいあの事件のことは、一切口にせず、友達も普通に作って、楽しそうに高校に通い始めた。健斗も変わりなく中学一年になった。

 しかし、真由香は、口や態度にこそ出さないものの、男性拒否症に陥っていた。男というケダモノが、許せないという心の病だ。だから、学校でも女子の友達とは普通に付き合えるものの、男子とは、あえてそんなに仲良くしない。

「私は男には頼らないで生きていく。一生独身でも困らないように、今のうちに十分勉強して、強い女になるんだ。」

 実は、クラスの男子生徒とも、無駄話して楽しむくらいは、平気だ。しかし、好きな男子がいるか、恋心を抱くような子がいるか、というと、いない。彼氏が欲しいとも思わない代わりに、女子とも同性として付き合うだけだ。自分は性的嗜好が多分、ないんだろうと思っていた。

 慎一については、いつまでも許せなかった。高一の夏休みに、忠志が実家に帰省する計画を話すと、真由香は嫌がった。美沙も忠志も無理はないと思った。

「あの男の顔は一生見たくないの。気持ち悪いから。」

 真由香はトーストを齧りながら、ボソッと言った。美沙は、

「それなら、ヨーロッパに行こう。大丈夫よ、お母さん、へそくり貯めてあるから。この際、贅沢しちゃおう。」

「わーい。」

 健斗は喜んだ。

「俺も、あの慎一って奴には会いたくないよ。咲子ちゃんもあんまりだしなあ。もう、あの家族と会えなくてもいいよね?」

 忠志は、少し考えて、

「ああ、いいよ。兄貴と会えないくらい、なんでもない。ただ、おじいちゃんとおばあちゃんには、時々、あの家族と重ならないスケジュールを組んで会いに行こう。」

 美沙は、

「そうね。」

 そして、忠志一家は、それから、夏休みは海外へ、正月は自宅で過ごすようになった。


 そして、十年が経った。真由香は二十六になり、今は都内の女子高で日本史を教えている。健斗は医学部の六年生だ。慎一がどうしているか、というと、銀行員になり、去年結婚した。咲子は、普通のOLになっている。

 真由香は、男に頼らないで生きていくと決めた時から、将来は女子高生に教鞭をとりたいと思っていた。男を好きになったことはない。近づいてくる異性はいたが、いつも遠ざけて来た。その人はいい人だな、と思っても、いつか肉体的な関係を求められることを想像すると、もう、気持ちが受け付けないのだった。あの、慎一にいたずらされた昔の経験が、真由香の心を恋愛から遠ざけていた。

 プラトニックな恋愛なら、してみてもいいと、ひとり思ってはいた。しかし、どんなに仲の良い女友達にも、自分のコンプレックスである中学三年の正月の悪夢のような経験を打ち明けることはできなかった。ましては、異性には絶対に知られたくないのだった。

 教え子たちには、普通に幸せな恋を経験して欲しいと願っていた。どんな子も若い少女は、健康的な恋愛を夢見ながら青春を過ごして欲しかった。しかし、彼女らの恋愛相談には、自分は乗れそうもなかった。それは、教師として失格かもしれないと、真面目に思い詰めた夜もある。そんなときは酒の力を借りて、一人酔い潰れることもあった。自分ではどうしようもない、深い淵に落ちていく気持ちを、助けてくれる人は現れないに決まってる。孤独だった。

 そんなある日、同僚の女性教師に、飲みに誘われた。

「ねえ、面白い店があるの。行ってみない?」

 真由香は、誘いに乗った。二人は連れ立って、その店に入ると、

「ここ、いわゆるゲイバーなのよ。」

 その同僚は目配せした。

「あらあ、いらっしゃあい。」

 カウンターからゲイのママが出迎えてくれた。

「あら、初めて見る顔ね。初めまして。ゆっくりしてって。」

 四人も座るといっぱいになる小さな店だ。ママひとりで切り盛りしているようだ。

「私は、ママのキノコです。」

 ママは真由香に向かって自己紹介した。同僚は、

「ねえ、キノコママ、なんか食べさせて。私たち二人ともお腹空いてるの。」

 カウンターに肘をついてママに言うと、ママは、

「パスタでもいいかしら?いいアサリがあるのよ。ボンゴレ作ってあげる。」

 キノコママは手際良くパスタを作り、二人の前に皿を置いた。

「さ、熱いうちにどうぞ。」

 湯気を立てたボンゴレをうず高く盛りつけた白い丸い皿を目の前にして、真由香と同僚は紙ナプキンで包まれたフォークを取り出して、食べ始めた。

 パスタは今までに食べたことがないくらい美味しかった。香ばしいバターの香りが鼻腔をくすぐり、ほんのりとした塩加減とガーリックが強めにしっかりと効いている。アサリは本当に身がふっくらとして、鮮度が良いものだった。真由香は夢中でパスタをフォークに巻きつけて、アサリも一粒も残さずに平らげた。

「あら、やだ。ほんとにお腹空いてたのね、二人とも。」

 キノコママは、楽しそうに笑うと、ひとり、ウイスキーの水割りを飲み始め、真由香と同僚も酒を飲んだ。真由香は、この店が気に入った。隠れ家のような、こじんまりした雰囲気と、このキノコママの美味しい料理。そして、なんとも居心地が良かった。二人は色々ママと話しながら、二時間近く滞在して帰った。それからというもの、気が向くと真由香は一人でこの店に通うようになった。

 真由香はある金曜日に、また一人でこの店に来た。店には先客が二名いた。真由香は、キノコママと話がしたかったが、先客が帰るのを待って、一人でグラスを傾け、注文したブリーチーズを食べ、ピスタチオナッツを剥きながら、手持ち無沙汰で一人静かに指でつまんでいた。二人いた客が十時ごろ、帰った。真由香は、やっと口を開いた。

「ねえ、ママ。聞いて欲しい話があるの。」

 ママはウイスキーグラスを唇から離し、真由香を見て、

「ええ、いいわよ。もうお店、閉めちゃうわ。聞いてあげるわよ。」

 キノコはネオンを消して、店を閉めると、

「今夜の真由香ちゃん、深刻な顔して一人でブスッとして飲んでるから、何かあるのかな、と思ってた。」

 と、真由香の横の席に座った。

 真由香は、このゲイのママになら、話せそうな気がした。誰にも話したことのない、自分の秘密だ。

「いいわ、何?」

 真由香はママの目を見て、

「誰にも話したことのない話なの。」

「うん。」

「あのね、私、セックスが嫌いなの、それで、今まで男の人と付き合ったことがないのよ。」

「へえ、そうなの。いいじゃない、そんなこと。」

「うん。」

「でも、どうして男の人、嫌いなの?」

「好きでも嫌いでもない。というか、小さい頃に、従兄弟のお兄ちゃんにいたずらされたの。それがトラウマになって、男の人と付き合えなくなっちゃった。」

 ママは、頷きながら、黙って聞いていた。

「そのいたずらっていうのが、私が中三の時なの。年頃でしょ?無理矢理ディープキスされて、胸触られて、それで、下もパンツの上から触られたの。」

「許せないわね。」

 ママは怖い顔をして、唇を噛んだ。

「よく黙っていたわ。辛かったでしょう。お母さんとかは?知ってる?」

「うん。家族は知ってる。家族以外は知らないの。だから、高校の時は、私、レズビアンなんじゃないかって噂があったんだって。」

「あ、好きな男の子とか、いなかったんだ。」

「うん。」

「でも、ストレート?」

「多分。わかんない。女子みても、なんとも思わないから、多分、普通だと思うよ。」

「そっかー。」

 ママは、種のないブラックオリーブを咥え、噛みながら、

「私の話で参考になるかどうかわかんないけどね、私、オカマだけど、女性も好きなのよ。バイセクシュアルね。」

 真由香は少し驚いた。

「へえ。そうなの?」

「うん。そういう従兄弟のお兄ちゃんみたいな奴は、大嫌いだよ、私は。」

「うん。」

「でも、真由香ちゃんとは、客とママの関係がいいけどね。私、女性ともたまに寝るのよ。気持ち悪いかな?」

「いや、わかんない。想像できないよ。」

 キノコの化粧しないサバサバした素顔を見ながら、整った眉毛、切長の目、鼻筋は通って、確かに男前だと、真由香は思った。

「でも、男とも寝るの?」

「あはは。男とはご無沙汰だなあ、実は。もう、ここ五、六年、ないよ。」

「そうなんだ。」

 キノコは、

「カクテル飲む?ジントニック、作るね。」

 と、いつものバーの向かい側に行き、酒の瓶とトニックウォーターを冷蔵庫から出して、カクテルを作りながら、

「こんな商売始める前は、私、美容師だったんだよ。」

 真由香は目を丸くした。

「へえ。そうなんだ。ママ、いくつ?」

「三十五。」

「へえ。」

 キノコはカクテルグラスにジントニックを注ぎながら、

「体のことなんて、どうでもいいのよ。セックスなんて、子供作る手段でしかないよ。恋愛ってもっとメンタルなものだよ。どんだけ相手のために自分を高められるかの勝負だな。」

「それ、いいね。それなら、私、男の人、好きになれるかも。」

「セックス抜きね。笑。それが、普通の男にとっては拷問なんだわ。」

 真由香は肩をすくめた。

「そうでしょう?男って馬鹿みたいだと思うんだよね。」

「ハハハ。そうだよ。ほんと。」

 二人はジントニックを一口飲み、ライムをかじって、

「真由香ちゃんなら、きっと素敵な恋愛するよ。いい人いるから大丈夫。プラトニックじゃなくても。好きになったら、その、従兄弟のお兄ちゃんのいたずらなんて、その人が忘れさせてくれるよ、きっと。大丈夫だよ。」

 キノコは大真面目で言うと、

「私だって、いい男いたんだよ、昔。」

 と、真由香に向かって言った。

「こういう話は滅多やたらとお客さんにはしないよ。でもね、いい人だった。死んじゃったんだ。」

「そうなんだ……………。」

 真由香は静かにキノコの目を見た。

「キノコさん、ありがとう。話してくれて。それから聞いてくれて。」

「いいのよ。力になれたかしら?恋愛が怖いなんて、そんなの勿体ない。それが言いたかったんだけど。」

 それからしばらく二人でいろいろなことを話して、真由香はだいぶ酔いが回っていた。身のある会話で、気持ちよく酔った。

 真由香は腕時計にふと目をやり、

「終電に今なら間に合う。帰るね。」

 真由香は椅子から立ち上がろうとして、バランスを崩して転びそうになった。

「危ない。タクシー呼んであげる。待って。」

 キノコが携帯でタクシーを呼んだ。

「すぐ来るわ。」

 キノコがタクシーを待つため、店のドアを開けた。

「あ、雨降ってるわ。だいぶ降ってる。傘、使って。持ってっちゃっていいから。」

 キノコが青い傘を一本、真由香に手渡した。真由香も店のドアに向かい、傘を受け取ると、キノコの横に立つ。

「ねえ、キノコママ、キスしてもいい?」

 真由香はキノコの目を見て、背伸びした。

優しい雨音が、自分からキスをして欲しいと言い出した真由香の高揚した気持ちを、慰めてくれているようだった。こんなこと言っても、今夜だけは許されるんだ。この雨の中で、何か不思議な、優しい奇跡が自分に起きるような気がした。

 キノコは何も言わずに、真由香の唇に軽くキスし、

「さ、気をつけて帰るのよ。キスなんて怖くないでしょ?」

 と、優しい目を向けた。

 真由香は、自分の唇の薄い粘膜が、キノコの乾いた少し荒れた唇の皮膚に触れて、なんとも清潔で官能的で、心地よい接触感をほんの一瞬だけ楽しんだあと、もう少し長く味わいたかった、と未練に思ったのだった。でも、それは、強く長く押しつけた唇の圧力では味わえない、ほんの刹那の心地良さだった。

「うん。とっても気持ちよかった。」

 タクシーが一台、店の前に止まり、ドアが開いた。真由香はタクシーに乗り込んだ。暖かい雨がざあざあと降り、キノコは傘もささずに真由香を見送ってくれた。

 真由香はタクシーのリアウィンドー越しにキノコを見て、涙した。嬉し涙だった。話してよかった、このママに。キノコはまだ店のドアの前で真由香の方を見て、雨に打たれている。

 私も恋、してみようかな、誰か素敵な人と。心のドアが開いたような気がした。すると、キノコも店のドアを開けて、中に入って行った。キノコの長身の後ろ姿は暗い店の中に消えた。真由香はキノコに借りた傘を握りしめた。

「きっと誰かに出会えそう。」

 それは、青春を取り戻すことになるのか、恋なのか、大人の恋愛になるのか、わからなかった。慎一の影を消してくれたのは、間違いなくキノコだった。キノコの唇の感触が、不気味な慎一の接吻を忘れさせてくれた。そして、きっといい人が現れると言ってくれたキノコ。その通りに、よい恋愛が待っている気がした。

 タクシーの中で、窓の外の雨足を見ながら、真由香は思う。キノコは女性とも関係を持つらしいと言っていた。でも、自分は対象外だとも言った。それなら、諦めよう。

 海の中には魚は無限にいる。それこそ、この雨粒の数ほど。

 

 雨は一晩中降っていた。あくる朝、遅くなって目覚めると、雨は上がっていた。

「傘を返しに行こう。キノコママに会いたい。」

 バゲットでフレンチトーストを作ってブランチを食べて、モスグリーンのストライプのワンピースにお気に入りのサンダルを履いて、家を出た。傘を持って。キノコママが留守だったら、買い物に行こう。デパートで口紅でも買おうかな。

 真由香は、女子高生に戻ったような気持ちだった。こんな教師なら、教え子たちとも恋バナできるようになるかな。プラトニックでもいい。私はキスだけでいい。

 真由香に起きた奇跡は、本物だった。高校生だった慎一を、もう、許せそうだった。あの、いたずらされたことももう、友達にも打ち明けられそうに思った。身近な誰かに話してみようか、という衝動にも駆られる。

 キノコママは店にはいなかった。店は閉まっていた。真由香は傘を、また今度、飲みに行ったときに返すことにした。昨夜の今日で、まだ、会わないほうがいいように思う。

 真由香は駅前のデパートに入り、夏向きの香水を探した。そして口紅も、ワントーン明るい色をセレクトした。そして、カフェに入り、カフェラテを飲みながら、自分に起きた変化に驚き、そして、心浮き立つ思いを久しぶりに楽しんだ。

「彼氏探そう。私だって、彼氏ぐらいいたっていい。」

 そう思うのだった。


 キノコは、キノコで、あのキスを意識しないでいると言えば、嘘になる。あの夜、真由香は本当に可愛かった。いじらしかった。

 自分はバイセクシュアルだと打ち明けてしまったし、自分でも、真由香を恋愛対象として意識しているようだった。自分では気が付かないようでいて、自分にとっては、恋愛はいつだって生活の中では大きなテーマだ。

 真由香はきっと慎一のいたずらをもう、許せるようになっているだろう。そうしたら、彼女には、自分よりもっともっと良い、相応しい男が現れるだろう。その方が良い。自分なんて、大学も出てないし、ゲイでバイセクシュアルの水商売してる人間だもの。

 キノコは珍しく一人、浴びるように酒を呑んでいた。締め切って灯りをおとした、暗い店の中で呑んでいた。こんなところに誰か来たら、恥ずかしくて、発狂してしまいそうだ。

 そこへ、まだ鍵の掛かった店のドアを叩く音がした。

「キノコママー、いる?」

 大きな声で呼ぶ。真由香の声だ。

「傘、返しに来た。開けて、いたら。」

 キノコは、ドアを開けた。真由香を黙ってじっと見つめる。真由香は新しい香水と口紅で、浮き立つように美しかった。

 キノコはしばらく沈黙したのち、真面目な顔で、真由香をまっすぐに見つめてこう言った。

「真由香、俺、オカマ、やめる、君の前では。」

「え?」

「付き合ってくれる?急でびっくりだけど、もう、真由香をほっとけない。」

 キノコは、真由香の返事を待つ代わりに、真由香を抱き締めた。

「俺、男になる。真由香が俺を男にしてくれたよ。あの、オカマ時代に好きだった、死んじゃった彼氏のことは、もう忘れる。忘れていいんだ。もう五年も想い続けたんだから。」

 それを聞いて、驚いた真由香も、

「私は、従兄弟のお兄ちゃんのこと、もう、憎まない。もう、忘れた。どうでもいいよ。感触も忘れちゃった、あんなディープキス。」

 と、キッパリと言い切った。キノコは、

「わかったわかった。俺に任せとけ。そんなの俺が全部引き受けた。真由香は何にも心配しなくていい。」

 そして、

「この傘、渡しといてよかったなあ。この傘なかったら、来なかっただろう。」

 真由香は笑った。

「傘なんか借りてなくたって、私はキノコママに会いに来たよ。」

「キノコママって呼び方、もうやめて。俺、省吾って言う名前なんだよ。」

 真由香は目を丸くしたが、しばらく考えて、

「省吾って普通すぎてつまんない。キノコママがいい。二人の時も。」

 と、悪戯っぽく笑った。省吾も、

「じゃ、いいか、それで。」

 二人はしばらく見つめ合い、そして、真由香が言った。

「この店、もう辞めて欲しい。美容師には戻れないの?」

 と、突然キノコに言った。

「ゲイバー辞めるなら、省吾って呼べるし、私も彼氏にできるよ。でも、ゲイバー続けながら私と付き合うのは、中途半端で嫌だな。」

 キノコは考えながら、

「美容師の口は探せば見つかる。昔の仲間に声かければすぐだと思う。技術が落ちてないかは、ちょっと真由香で試していい?」

 真由香は、

「え?カットモデル?」

「そうそう。これから俺のマンション来てよ。髪、切らせて。」

 あまりの急展開に二人とも内心驚いてはいたが、ものは勢いだ。この勢いに乗ってしまおうと思った。


 真由香はものの十五分で、おしゃれなショートカットになった。さっぱりと夏らしい、センスの良いヘアスタイルだ。キノコは、使い込んで手入れの行き届いた自分用のハサミやクシ、ブラシなどを揃えて持っている。

「カットはこれでいいから、ちょっと染めてみようか。」

 真由香は、頷いた。鏡を見ながら、ショートカットを気に入った様子だ。キノコは、それから、色見本を見ていたが、

「今、このマンションにある色は、この三色だけど、多分、目の色とか肌のトーンから言うと、この真ん中の色が良いと思うよ。」

「それにして。」

「わかった。」

 そして、カラーリングを始めた。

 真由香は出来上がりを見て、本当に気に入った。

「気に入った。ありがとう。お礼に晩御飯作る。」

 真由香は冷蔵庫のありもので、レタスチャーハンを手早く作った。

「美味しいかどうかわかんないけど。省吾の方がきっと上手だよね、プロだし。」

 チャーハンを頬張りながら、省吾は席を立って、冷蔵庫からよく冷えた缶ビールを二本出した。

「省吾って今呼んだね。」

「うん。美容師に戻ってよ、お願い。」

「そうする。付き合おう。」

「うん。」


「ゲイバーやってた理由って、元彼に死なれたからなんだ。美容師やってた時に、客だった人なんだよ。それで、カミングアウト含めて三年その人と付き合った後に、交通事故で亡くなった。それから、辛くなってね、美容師って立ち仕事だから、ちょっとね。客とおしゃべりとかも辛くなって来て、お酒飲めてお金になる仕事ないかな、って思って単略的に。それで、貯金少し貯まってたから、美容師は辞めて店始めたんだよ。」

「うん。」

「始めてみたら、オカマのママのテンションが、自分を慰めてくれてたみたいだな。オネエって、自虐的でしょう?それが、痛いけど、救いだった。かなり辛かったんだよね、五年間。」

「そっか。じゃ、もう、あの店に未練はないの?」

「ない。美容師の仕事は本当は天職なんだよ。辞めたくなかったんだ。元彼の話は、また今度、詳しく話すよ。」

 そう言い終わると、省吾はビールをグーっと飲み干した。

「美味しかった、チャーハン。」

「そう、よかった。」

 真由香は洗い物までして行きたかったが、省吾がやってしまった。

「じゃ、私、帰る。駅まで送ってくれる?」

「うん。」

 二人は手早く身支度して、マンションを出た。もう、十一時を過ぎている。

 真由香は髪を揺すった。省吾は、

「どう?ショートカット、楽でしょ?夏はショートだよ、絶対真由香は。頭の形がすごく良いから。」

「へえ。そうなんだ。頭の形かあ。絶壁じゃないってことね。」

「後頭部が丸くて、形がいいし、首筋の毛流もすごく良いから。」

「そうなんだ。ありがとう。」

「あ、まだ連絡先も交換してなかった。」

 二人は驚いて顔を見合わせた。そして急いで携帯でアドレスと電話番号を交換した。

「真由香、写真撮らせて。前と横と後ろも。」

 省吾がスマホでショートカットの真由香を撮った。

「ありがと。この写真、求人あった時に見せるわ。」

「仕事、決まったら知らせてね。もう、店では会えないね。閉めるのいつにする?」

「うん。ちょっと急過ぎるから、お得意さんには挨拶もしなきゃいけないだろうし、今月末ぐらいかな。」

「じゃ、一回くらい、飲みに行くわ、お忍びで。」

 二人は大股で急いで歩いた。終電はまだまだだ。駅にもまだまばらに人がいる。

「連絡先、無くすなよ。」

「大丈夫だよ。スマホに入ってるんだから。」

「また、あのチャーハン、作ってな。」

「わかった。ボンゴレいつか教えて、作り方のコツ。」

「わかったよ。店には来ないでよ、オネエやってるとこ、見られたくないから。」

 真由香は大きく頷いて、

「連絡するね、じゃあ、おやすみ。」

 真由香は手を振ると、元気よく改札に入って行った。


 そんなふうにして、真由香と省吾の恋は始まった。元バイセクシャルでゲイバーママの省吾と、男性恐怖症だった真由香だが、どうやら二人は恋人になったようだ。



           

               (了)

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雨だれの子守唄 長井景維子 @sikibu60

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