第2話 男子四人で恋バナ?
「うわぁっはっはっはぁーー甘いな!この程度の試験なんでもないわぁああーー!」
筋肉自慢が腰に手を当てて高笑いをしている。
どうやら第二の試練の筆記試験は手応えアリだったようだ。
「そうですね、もっと難しくてもいいくらいです」
インテリメガネがメガネをくいっとしながら口の端を上げている。
「勘で答え書いたけどなんかよさそうーー」
インテリメガネと答え合わせをして思いのほか出来が良かったらしい元気少年は相変わらず能天気だ。
「で、お前はどうだったんだ?」
「うん、まあまあかな」
筋肉自慢の問いかけにリュアンは何気ない
(あまり自慢気に見えないように気をつけなきゃ)
リュアンは、将来王宮の仕事を請けさせてもらえた時の備えとして自分なりに勉強をしていた。
そのうえマリエから教えてもらった幅広い知識も加わり、二、三迷った箇所はあったものの、ほぼ満点に近い出来だと自分では思っている。
「結果が出るのは三日後でしたね?」
「ですね、そう聞いてます」
インテリメガネの問いかけにリュアンが答えると、
「よし、じゃあ今日はこれから一杯やりに行かないか?」
「そうですね、たまには息抜きも必要です」
「大賛成ーーだけど僕はまだお酒は飲めないよーー」
カイル達三人がにわかに盛り上がり始めた。
こういう場合、普段のリュアンならなんだかんだと理由をつけて辞退してしまうところだ。
もちろん理由は金だ。店で飲み食いするなどという贅沢はリュアンにはできない、しかもここは王都だ。
そう、いつもならできない。できないのだが……今リュアンのポケットには数枚の銀貨が入っている。
「これは前祝いだよ」
そう言って昨日マリエがリュアンの手に握らせてくれたのだ。
「お前も行くだろ?」
筋肉自慢がニカッと笑ってリュアンに聞いてきた。
「はい」
リュアンも柔らかく笑って返した。
(マリエさん、ありがとうーー!)
リュアン達四人は夕暮れの王都の通りを歩いて行き、大通りから一つ入った路地のこじんまりとした店に入った。
「兄貴たちと何度か来たことがあるんだ、この店」
筋肉自慢はそう言いながら慣れた様子で店に入った。
四人がテーブルに着くと、
「そういえば、まだ自己紹介とかしてなかったな。俺はカイル、歳は十九だ」
筋肉自慢が皆を見回しながら言った。
「私はレナートと申します。十八歳です」
と、インテリメガネ。
「僕はユリエン、十五歳だよ!」
元気少年が元気に答えた。
「俺はリュアン、十六歳です」
こうして自己紹介も終わった頃、女性店員が注文を聞きに来た。
カイルは慣れた様子で料理を頼んでいき、
「俺はエールにするがお前たちはどうする?」
と皆に聞いた。
アルビオン王国の法律では飲酒は十八歳から許されている。
「私はワインを。赤で」
レナートが慣れた様子で注文した。
「僕は何がいいかなぁ……初めてなんだよね、こういうお店」
ユリエンが迷っていると、
「
リュアンが女性店員に聞くと、
「はい、ございます」
と、彼女はにこやかに答えた。
「しょうがすい?」
ユリエンが不思議そうに聞いてきた。
「うん、生姜の絞り汁を水で割って蜂蜜で甘くした飲み物だよ」
「へぇーー美味そうだね!じゃ、僕はそれにする」
「それじゃ生姜水を二つで」
「かしこまりました」
「とりあえず俺達は次に進めそうだけど」
店員が持ってきたエールを勢いよく
「ええ、次はどんな試練がくるのでしょう」
ゆったりとワインを口にしながらレナートが後を継いだ。
「やっぱりコクハクするのかな?これすごく美味いね!」
生姜水をぐいっと飲みながらユリエンが言った。
「僕の姉さんが言ってたよ、女の子は男からのコクハクを待ってるんだって」
「そういうものなんですか?」
ユリエンの言葉にリュアンが年長の二人に聞いた。
リュアンにとって恋愛などというものは想像上の物語の中の話であって、現実の自分には全く縁が無いものと思っている。
なので恋愛というものがどういうものなのか、どのように始まるものなのか、あるいは始めるものなのか彼には見当もつかなかった。
「うーーん……この場合は違うような気もするが」
頭をひねるカイルにレナートが、
「そうですね、告白というよりはプロポーズでしょうか」
と、言ったところ、
「プロポーズ!?」
驚いたリュアンの声が思わず大きくなってしまった。
「も、もしかしてぷ、プロポーズしたことあるんですか、レナートさん!?」
「いいえ、ないですよ、今のところは」
そう答えるレナートの表情からは、そのチャンスはいつ来てもおかしくないと思っている様子がありありと見て取れた。
「今のところはかぁーーさっすがモテる男は違うねぇ」
カイルがニヤニヤしながら言った。
「カイルさんこそ色々と噂を聞きますよ」
カイルの言葉にやや顔を赤らめながらレナートが言った。
「いやぁ、俺はただ女の子と遠乗りに行く程度さ」
サラッと事も無げにカイルが言う。
「女の子と……」
「遠乗り!」
リュアンとユリエンにとっては別の次元の話のようだ。
「レナートはな『社交界荒らし』って言われてるんだぜ」
カイルが内緒話をするような調子でユリエンとリュアンに言った。
「ななな、なんてことを言うのですか!」
滅多に見せないであろう狼狽した様子でレナートが抗議した。
「なんで『社交界荒らし』なんて言われてるの?」
「ユリエン君!」
身を乗り出して聞くユリエンの肩をレナートが押さえる。
「レナートが社交界に出るとな、淑女の皆さんがレナートとばかり踊りたがって他の男に回ってこないんだとさ」
「それはすごい!」
「いいなぁーー!」
リュアンとユリエンが感心して言うと、
「
頭痛がするように頭に手をやりながらレナートが言った。
「当たらずとも遠からじ、だろ?」
「はぁ……」
ニヤけるカイルにレナートはため息で返した。
(社交界、か……)
アルビオン王国では十五歳になると成人として扱われ、一般の国民は教会で、貴族は王宮で成人の儀を行うしきたりになっている。
そして、貴族は成人すると社交界への参加を推奨される。
リュアンも成人の儀の時に一度だけ、新成人のみの社交界に参加したことがある。
とはいえ、何をどうしてよいかわからず、隅っこのほうでおとなしくしていただけであったが。
そんなリュアンの記憶には優雅にダンスを楽しんでいる男女ペアの姿が強く残っていた。
自分とは関係ない別世界の出来事として……。
「もしかしたら次の試練はダンス競技会とかかな?」
ユリアンがふと思いついたように言った。
すると、カイルにからかわれてしょぼくれていたレナートが
「ダンス競技会ですか」
そう言うレナートはメガネをキラリと輝かせた。そしてニヤけまいと必死に堪えているのが見え見えだった。
「ヤバい、急に元気づいてきたぞ、こいつ」
「ふふふ、覚悟しておいてください、カイルさん」
と、お得意のメガネくいっをするレナート。
「ダンスかぁーー楽しそうだよねーー」
「いや、まだダンスと決まったわけでは……」
既に次の試練はダンスと決めつけて盛り上がっているカイルたちに軽くツッコミを入れながら、
(ダンスなんてやったことない、どうしようーー)
と、リュアンは心の中で半泣きになっていた。
その後もなんだかんだと遅くまで四人で盛り上がり、結局は酒場の上の宿に泊まることになった。
「兄貴たちと来るといつも泊まるんだよ」
と、カイルが慣れた調子で部屋を手配した。
(今日は楽しかったな……)
ベッドに入ったリュアンは半ば眠りかけながらぼんやりと思った。
幼い頃はともかく、働ける年齢になってからは友人と遊ぶということなど皆無のリュアンだった。
そんな彼にとって、会ったばかりの同年代の男子との交友は物珍しく新鮮で、久しく感じたことがなかった高揚感に満たされた。
そして三日後――――
リュアンとカイル、レナート、ユリエンの四人は第二の試練を通過した。
通過者は彼らの他に四人、合わせて八人が王宮の大広間に集まっている。
(通過したのは半分以下か……)
周囲を見ながらリュアンが思っていると、
「来たぞ」
と囁くように隣のカイルが言った。
大広間奥の壇上に儀典官が現れた。その後ろにはダナエ王女が控えている。
ガンッ!
儀仗で床を叩く音が響き、
「王女様からのお言葉です!」
と儀典官が高らかに宣言した。
ダナエ王女は前に進み出て第二の試練の通過者をゆっくりと見回すと、一呼吸置いて話し始めた。
「皆さん、第二の試練の通過、見事だったわ」
初めて見た時と同様、ダナエ王女はキリッとした挑むような笑みを浮かべている。
人数が減ったからか、当初よりも砕けた様子で言った。
「それじゃ、次の試練を言うからしっかりと聞いてちょうだい」
(プロポーズだったらどうしよう……)
と心のなかでリュアンが怯えていると、
「ダンスこい……」
とレナートの小さいつぶやきが聞こえて、リュアンの心から怯えが消え思わず笑ってしまいそうになった。
「次の試練は探索よ」
ダナエ王女が言った。
(探索……?)
予想外の言葉にリュアンの理解がついていかなかった。
「人魚の鱗を見つけてきてほしいの」
(人魚の鱗!?)
思ってもみなかったダナエ王女の言葉に、リュアン達はただただ驚いたような困惑顔をさらすことしかできなかった。
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