貧しいので褒賞目当てで王女の婿取りコンペに参加します

舞波風季 まいなみふうき

第1話 いざ婿取りコンペに!

(あの方が王女様!)


 王宮の大広間に集まった貴族の子弟の中のひとり、サグアス男爵家の一人息子リュアンは、大広間奥の壇上に姿を見せたアルビオン王国王女ダナエの輝くように美しい姿を見て、鼓動が速くなり顔も火照ってくるのを感じた。王女はリュアンと同じ十六歳、アルビオン王室の一人娘だ。


 ダナエ王女は挑むような笑顔で集まった貴族の子弟達を睥睨へいげいしている。

 そばにはべっている者と比べると身長はそれほど高くはなさそうだ。おそらく背丈はリュアンの目の高さくらいだろう。

 リュアンも年頃の少年だ。やはり同年代の女子よりは背が高くありたいと思う気持ちから、ついそんなことが気になってしまう。


 とはいえ、ダナエ王女はやや小柄であるにもかかわらず、堂々とした立ち居振る舞いが実際以上に彼女を大きく見せている。

 そんな王女を見て、

(王女様、綺麗で可愛いけど厳しくて気が強そうだなぁ……)

 というのがリュアンの王女に対する第一印象だった。


 彼は基本的に人付き合いは受け身になりがちである。なので、

(俺なんか王女様と面と向かっても何も話せないだろうな、きっと……)

 などと気弱なことを考えてしまう。にも関わらず何故かそんな強い王女と話すことができたらとも思うリュアンだった。


 この日は先日交付された「王女婿取りコンペ」の開催日だ。

 王国内貴族の妙齢の独身男子が我こそはと王宮の大広間に集まっている。


 リュアンの実家のサグアス男爵家はアルビオン王国屈指の貧乏貴族である。アルビオン王国は国土の多くが森林と湖に占められており耕作地は多くない。中でもサグアス領は特に耕作可能地が少ないうえに土地も痩せているため生産量が少なく貧しい領地だ。


 なので領主である男爵夫妻も生活のために自ら畑仕事をしており、一人息子のリュアンも子供の頃から両親を手伝って畑仕事を当然のようにやっている。


 リュアン自身、畑仕事は全く苦にならないのだが、領民と同じように働いていると成長するにつれて領民の生活というものが見えてくる。有り体に言えば貧しいのだ。


 生産量が少ない領地だとはいえ王国へは税を納めなければならなず、領民から少しずつ集めたうえに男爵自らの生産分のほとんどを加えて、やっとギリギリ納めているというが現状だ。

 男爵夫妻はできる限り領民が苦しまないように心を砕き、自らも生産に精を出しているのだ。


 リュアンも両親を助けようと十五歳からは王都の口入屋くちいれやで仕事を貰い家計を助けている。

 そしてリュアンは日々口癖のように「もっと肥えた土地がほしいなぁ」とつぶやくのだった。


 そんなある日、王都から「王女婿取りコンペ」の布告が王国内の貴族に交付されサグアス男爵家にも知らせが届いた。

 貧乏男爵家の息子が王女の婿になど到底無理だろうと男爵夫妻ははなから諦め顔だったが「成績優秀者には褒賞が出る」という一文いちぶんを見たリュアンは、

「俺、このコンペに参加するよ。いい成績を取って褒賞に領地を貰うんだ」

 そう両親に言って今日、王宮の大広間に来たというわけだ。


「ダナエ王女からお言葉です!」

 儀典官が儀仗で床を叩きながら叫ぶように言った。

 ダナエ王女は壇上で一歩前に出ると、ゆっくりと息を吸って話し始めた。

「私がアルビオン王国王女ダナエです」

 大声ではいないものの、ダナエ王女の凛とした高い声は広場の隅々までよく通った。

「この度は私の婿取りコンペにお集まりいただき感謝します。存分に競い合って、私の夫の座を、そして未来の女王の共同統治者の座を勝ち取ってください!」

 ダナエ王女の高らかな宣言に広場はしんと静まりかえった。


 だが一瞬後、

「わぁああああーーーー!」

 と、怒号のような大歓声が広場に沸き起こった。

「やってやるぞぉおおーーーー!」

 いかにも筋肉自慢の男が叫ぶ。

「私の力を見せてあげましょう」

 メガネをかけたインテリ風の男がくいっとメガネを上げて不敵な笑顔で言っている。

「とにかく頑張るーーーー!」

 元気だけが取り柄といった風のまだ幼さが残る少年が両腕を突き上げている。

「お前もボケっとしてると置いてかれるぞ!」

 筋肉自慢の男がリュアンの肩を叩きながら朗らかに言った。

「そうだよ、みんなで楽しく頑張ろう!」

 元気少年もリュアンの肩を叩く。

「ふん、まあ私には敵わないだろうがお互い頑張ろうではないか」

 とインテリメガネも加わってきた。

「そうだね」

 周囲の意気込みにつられてリュアンも笑顔で答えた。


(よし、頑張るぞ!)

 と、リュアンは気合を入れるように拳を握った。

(勝ち進んでいい成績を上げて褒賞に領地をもらうんだ!)

 と、他の者とは違いいささか見当違いな決意を心に秘めるリュアンだった。


「それでは第一の試練を発表します!」

 再び儀典官が儀仗で床を叩いた。

 ダナエ王女の言葉で大盛り上がりの大広間が静まり返った。

(何をやるんだろう……?)

 試練の内容は布告でも知らされていない。


「第一の試練は……」


((((ゴクリ……))))


「王都周回耐久レースです!」


「「「「ええええーーーー!?」」」」


 こうして参加者達の予想を超える過酷な王女婿取りコンペが始まった。



「で、どうだったんだい?」

 リュアンがいつも世話になっている口入屋に入ると主人のマリエが聞いてきた。

 リュアンは、王女婿取りコンペの第一の試練である王都周回耐久レースを無事に走り終え、報告がてらマリエの店にやってきたのだ。


 マリエはリュアンの母と同世代の落ち着いた雰囲気の、いわゆる姐御肌あねごはだの女性だ。

 話す声はやや低めで話し方もゆったりとしている。

 リュアンがコンペに参加することは既に伝えてあった。


「はい、すごく盛り上がりました」

 リュアンはそう答えながらマリエのデスクの前の椅子に腰掛けた。

「なんだか他人事みたいに言うんだねぇ」

「そんなことはないですけど……」

「けど?」

「俺はみんなと違って褒賞が目当てなので」

 ことさらなんでもないような様子をつくろって言うリュアンだったが、

(ダナエ王女、可愛かったなぁ……)

 と、年頃の少年らしい事もしっかり思い浮かべていた。

「ふうん」

 そんなリュアンを見ながらマリエは訳知り顔で彼を見ている。


「それで今日は何をやったんだい?」

「王都周回耐久レースです」

 それを聞いてマリエは軽く吹き出した。

「またとんでもない事をやるもんだね」

「ですね、でも俺としてはラッキーだったかもです」

「ということは見事勝ち抜けたってことだな」

「はい」


 リュアンは男爵家の息子だが非常に貧しい。貴族であれば当然備えていて然るべき馬車というものが彼の実家のサグアス男爵家には無い。

 馬は農耕馬が数頭いるが、その馬を移動の手段に用いるなどという贅沢はとてもじゃないができることではない。

 したがって移動手段はもっぱら自らの足に頼らざるを得ない。

 それが却って彼の足腰を鍛えることになった。

 普段から馬車での移動が当たり前の貴族の子息達はレースの途中で次々と脱落していった。

 結果、五十人近くいた参加者は二十人程度まで減ってしまった。


「普段から鍛えてるもんな」

 やや茶化すようにマリエが言うと、

「別に鍛えてるというわけじゃ……」

「ははは、悪い悪い」

 心持ちしょんぼりしてしまったリュアンにマリエがおおらかに詫びた。


 そこへ表の扉を開けて誰かが入って来た。

 入り口に背を向けて座っていたリュアンが肩越しに振り向くと、そこには彼が見知った顔があった。

「キリアンさん、こんにちは」 

 そう挨拶するリュアンの顔は自然とほころんだ。

「リュアン」

 そう答えながらキリアンが入ってきた。


「おかえり、キリアン」

「ただいま、母さん」

 キリアンはマリエの一人息子で十八歳。やや細身で長身のハンサムな好青年だ。

「今日はどうだった?」

キリアンがリュアンに聞いた。

「はい、勝ち抜けました」

「そりゃよかった、おめでとう」

「ありがとうございます」

 キリアンも近くの椅子を持ってリュアンの横に座った。


「明日は何をやるんだい?」

「明日は筆記試験と聞きました」

「筆記試験?王宮の役人でも採用するつもりか?」

 キリアンがからかうように言った。

「まあ、人数を減らすためにやるんだろうな。で、試験内容はなんだい?」

 マリエが聞くと、

「内容は聞いてません」

「そうかい……それじゃ対策のしようもないねぇ」

 眉根まゆねを寄せながらマリエが呟くように言った。


 リュアンは今回のコンペの布告が来た時に自身も参加することをマリエに打ち明けた。

すると、

「もしコンペがだめでも知っていて損はないからね」

 と彼女は王国のことや王宮内部のことなどをひと通り教えてくれた。

 そんなマリエに、

(随分と詳しいんだなぁ)

 と感心するリュアンだった。

 リュアン自身も王宮で仕事をもらえた時の事を考えて、家にある書物で自分なりに学んではいたが、マリエの知識の深さには到底及ばなかった。


 そして翌日、再び大広間に集まった二十名ほどの参加者に第二の試練が告げられた。

「第二の試練は、王国法令と行政組織に関する筆記試験です!」


(よし、いけるかも。褒賞にまた一歩近づいたぞ!)


 リュアンはそっと拳を握りしめて筆記試験の会場へと向かった。

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