食と心

@daikichi-usagi

缶ビールのご褒美

美咲は駅のホームに降り立つと、肩から力が抜けるのを感じた。今日もまた、クライアントからの急な依頼、上司からの細かい指示、そしてあの長い会議…。一日の疲れがどっと押し寄せてくる。時計を見ると、もう20時過ぎ。そんな疲れた体と心を支えてくれるのは、ただ一つ——家に帰って飲む冷えた缶ビールだ。


「早く帰って、ビール飲みたい…」


彼女はそう思いながら電車に乗り込む。ふと目を閉じると、家でのひとときが頭に浮かぶ。冷えたビールの缶を手に取って、プルタブを開ける瞬間。シューッと立ち上る泡の音が、心の中で響く。喉を潤す冷たいビールを思い描くだけで、少し気持ちが軽くなる。


家にたどり着くと、彼女はスーツを脱ぎ捨て、まっすぐに冷蔵庫を開けた。そこには待ちに待った缶ビールが鎮座している。手に取ると、缶がキンと冷えていることがすぐにわかる。これこそが、今日の自分へのご褒美。プルタブを引く音が、彼女にとってはまるで音楽のように心地よい。


「これこれ…」


プシュッと立ち上る炭酸の泡。缶を手に取った瞬間、その冷たさが指先に心地よく伝わり、思わず笑みがこぼれる。彼女はゆっくりと缶を口元に運び、一口目を喉に流し込んだ。


冷たい液体が口に触れた瞬間、舌に伝わる泡の柔らかい刺激が心地よい。ビールが口の中に広がると、甘みと苦みが絶妙に絡み合い、まるで体中の疲れを一気に引き取ってくれるかのようだった。そしてそのまま、冷たいビールが喉をすべり落ちる。炭酸の泡が喉を駆け抜け、軽い刺激が体に電流のように走る。喉を通り抜けた瞬間、体の奥底にまで冷たさが染みわたり、まるで全身がリフレッシュされるような感覚が広がった。


「これだよ…」


美咲は思わず声に出してつぶやいた。体全体にじんわりと広がるこの冷たさ、そして泡が弾ける感触が、全てのストレスを吹き飛ばしていく。疲れ切った体と心が、たった一口のビールで、まるで生まれ変わったかのように軽くなる。


その感覚を味わいながら、彼女はもう一度、缶を口元に運んだ。二口目は、炭酸が喉をさらに爽快に駆け抜け、今度はより深い満足感が広がる。喉を通るごとに冷たさが増していき、体全体がどんどんリフレッシュされていくのを感じる。この瞬間のために、一日頑張ってきたと心から思える。


ビールの泡立ちが消え、最後に口に残るのは、わずかに苦みが効いた後味。その苦みも心地よく、余韻として残る。何度も飲みたいと感じさせる、完璧なリズムだ。


次に、彼女はキッチンへ向かい、つまみの準備に取り掛かることにした。冷凍庫を開けて、まずは冷凍枝豆を取り出す。袋を手に取り、そのまま電子レンジにかける間、冷蔵庫から明太子を取り出し、まな板の上に並べる。ピリッとした辛味がビールとの相性抜群で、これも外せない定番だ。そして、食器棚から取り出した皿には、海苔をさっと並べる。海苔のパリッとした歯ごたえと香ばしさが、ビールを引き立てる。


「よし、準備完了」


枝豆が温まるのを待ちながら、彼女はテーブルに移動し、ビールとつまみを並べる。カウンターではなく、いつものダイニングテーブルに座ると、さらにリラックスできる気がした。テーブルには、完璧に揃ったつまみが並んでいる。冷たいビールと温かい枝豆、この組み合わせが、彼女にとって最高のひとときを約束してくれる。


まずは枝豆をひとつ、口に運ぶ。塩気がビールの苦味と絶妙にマッチし、口の中で広がる。ビールをもう一口流し込み、炭酸が喉を爽やかに駆け抜ける感覚がたまらない。これこそが、美咲にとっての至福のひとときだ。


次に手に取ったのは明太子。ひと口食べると、ピリッとした辛味がじんわりと広がる。ビールでその辛さを和らげるたびに、爽快感が増していく。明太子の濃い味わいとビールの軽い苦味が、彼女をさらにリフレッシュさせる。


そして、海苔をひとかじり。パリッとした食感と香ばしさが口の中に広がり、ビールの後味をさらに引き立てる。このシンプルな組み合わせが、仕事のストレスを吹き飛ばすほどの癒しを彼女に与えてくれる。


「やっぱりこれだよね…」


彼女は満足げに、もう一度ビールを口に運ぶ。一口ごとに、体がどんどん軽くなっていく。缶の中身が徐々に減っていくのを感じながら、今日一日の頑張りが報われる瞬間を噛みしめる。


最後の一口を飲み干した瞬間、美咲はビール缶を静かにテーブルに置いた。少しだけ残った余韻を楽しみながら、彼女はふとグラスに目をやる。


「そうだ、次はハイボールにしようかな」


彼女は立ち上がり、冷凍庫から氷を取り出し、グラスにゆっくりと注ぐ。氷がカチンと音を立て、グラスにぶつかる音が心地よく響いた。棚からウイスキーを手に取り、慎重に注ぎ込む。そのあと、炭酸水を静かに注ぎ足し、黄金色のハイボールが完成する。


「これで、まだまだ夜は続くね…」


彼女は微笑みながら、ハイボールを軽くかき混ぜると、ゆっくりと席に戻り、続く夜のひとときを楽しむ準備を整えた。

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