第6話 百花の魁・梅編④
空き家に男を運び入れ、少し掃除をし、寝かせた。手当は詳しくないが、とりあえず止血を行い様子を見る。
運が良ければ助かるだろう。死んだとしても我を恨まないでくれ。
荒かった息が静かになってきて、一瞬死んだのかと思うが胸が上下しているのをみて、良かったと胸を撫で下ろし、梅は目を閉じた。
不思議な感じがする。
花に家は必要ない。こうしていると自分が人間になったみたいで少し楽しかった。
☆
「……おはよう、君が俺を助けてくれたのか……?」
すぐそばにある男の端正な顔に梅は少しドキリとした。
「……そうだ。やっぱりお主には我が見えるのだな?」
「見える……?あー、なるほど。君は人間しゃないんだね。これだけ綺麗な人が人間じゃないのは納得かもしれないな」
「……慣れているのだな」
「まぁな。俺には神様だとか、妖怪だとか、幽霊の類が見えるんだが、君が幽霊でないといいなと思うよ」
「……我は幽霊ではない。花の化身だ」
へえと男は笑う。花の化身と話すのは初めてだ、と。
「君は何の花の化身なんだい?」
「梅、だ」
「あぁ、確かに凛としてて梅っぽいな」
手が梅に伸ばされる。綺麗だと男が髪に触れる。
「君に出会えたのなら、腕を失うのも悪くなかったかな?」
一目惚れだよと男は梅に愛を囁いた。
「そうそう。俺は梅太郎。梅とおそろいさ」
☆
梅太郎はこの空き家に住むと決めたようで、本格的に掃除を進めていた。だが、片腕というのは思ったよりも不便なようでうまくできないでいた。仕方ないなと梅は手伝い、梅太郎に誘われたこともありふたりで暮らすようになっていた。家に帰らなくていいのかと問うと、俺は死んだことになっているほうがいいんだと悲しく笑っていた。
花である梅を梅太郎は人間のように接した。片手で苦労しながらいろいろな料理を作って梅を楽しませた。その中で一際梅が気に入ったのは酒と甘酒だった。
「梅。甘酒はな、熱すぎても冷たすぎてもできないんだよ。この温度でやるんだ」
「……手間がかかるのだな」
「でも、うまいだろう?」
「あぁ。この寒さに染みる」
「いい顔をするなぁ、梅は。俺が毎日梅のために甘酒を作るよ」
優しい穏やかな愛だった。
こんな日々も愛しいと思い始めた頃に梅太郎は風邪を拗らせてあっさりと死んでしまった。
「……梅。この刀をあげる」
「……要らぬ。梅太郎が持てばいい」
「……受け取って、梅。これを持って俺の家に行けば、お金をもらえるから」
「要らぬ!お前がいてくれればそれで良い!」
「……頼むよ、梅。君のために何かしたいんだ。死んだ俺を愛してくれた梅に、何かしたいんだ」
涙を拭う腕は料理を好む優しい腕だった。
刀の似合わない、優しい腕だった。
「……梅、愛してくれてありがとう……」
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