第3話 忘却のグラジオラス編②

「……また似てないって言われた」

「似てなくてもいいじゃない。本物の姉弟ってことに間違いはないんだから」

「どうして姉ちゃんだけ髪が白いの?」

「んー、なんでだろうね?」

「姉ちゃんにもわからないの?」

「そりゃ私にもわからないことはあるよ」

「姉ちゃん、頭良いからないと思ってた!」

「いいじゃない、髪くらい。気になるなら私が茶色にしようか?」

「ううん!綺麗だから染めるのはもったいないよ!白くて毛先だけ黄色くて、お店にあるお花みたいに綺麗なんだもん!」


 私の髪が白いのは理由がある。今の私、“菖蒲あやめ”は転生前の“グラジオラス”の記憶を色濃く持っている。外見も服装が現代になっただけでグラジオラスから引き継いでしまったのだ。

 それにしてもあなた様は生まれ変わっても花に愛されていた。思わず自分が生まれた家が花屋だと知って笑ってしまったもの。まぁ、たくさん切り花のグラジオラスを見たときはちょっと複雑だったけれど。


「お、菖蒲、直樹、ふたりともよく来たな!」

「久しぶり、おじいちゃん!おばあちゃん!」

「あらあら、菖蒲はもっとめんこくなってるわね」

「“めんこい”って“かわいい”だったけ?」

「そうよ。菖蒲はめんこいわ」

「ありがとう、おばあちゃん」


 私と直樹は夏休みの間、祖父母の元で過ごすのが通例だ。北海道とだけあって涼しくて過ごしやすくて、私はなかなか気に入っている。を除いては。


「ねぇねぇ、今年もクロユリは咲いてる?」

「咲いてるよ。直樹は本当にクロユリが好きだな」


 そう。直樹の一番好きな花がクロユリなのだ。

 そこはグラジオラスであるべきだ。そうあるべきに違いない。

 どうしてもクロユリを見るとあのクロユリを思い出す。プロテア様と仲良く笑っていたあのクロユリを。


 私は頭を横に振る。大丈夫だと言い聞かせる。

 直樹はまだ転生前のことを思い出していない。彼と接触している花姫は自分だけだ。もしかしたらこのまま平和に生きられるかもしれない。彼は直樹として平和に生きられるかもしれない。プロテア様も大事だけれど、私に取っては直樹も大事だった。


 ーープロテア様が死なない結末を。


 みんなでそう願い、約束をした。

 生まれ変わったプロテア様をみつけて、過去をやり直そうと。

 でも。

 幸せに生まれ変わっているのなら、無理に思い出さなくて良い。

 悲しいけれど、プロテア様は死んでしまった。

 でも直樹は生きている。それで良いじゃないか。

 私が他の花姫から直樹を隠したらいいんじゃないかーー。


「姉ちゃん。今年もいるかな?」

「いるって、誰が?」

「女の子だよ。いつも花のそばに立ってるんだ。クロユリにそっくりな女の子が」


 私は目を見開く。

 それはもしかしてーー。


 あのクロユリ……?


「……女の子なんてみたことないよ」

「えー、じゃあ気のせいだったのかな?」

「たぶん、そうじゃない?」


 私はクロユリのことが嫌いだった。

 恋のライバルだというのはある。おそらくプロテア様が死ななければ選ばれたのは彼女だろうから。

 それに。


「……ユリとクロユリが似すぎているのよ」


 未だ転生していないユリ。

 有名な花なのに花姫の姿が見当たらない。

 クロユリはやっぱりユリの転生した姿なんじゃ……?


「おーい、菖蒲、直樹、暑いしソフトクリーム食べるか?」

「食べる食べる!北海道のソフトクリーム美味しいもん!」

「私も食べる!」


 今年も北海道の夏が始まろうとしていた。

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