ノックスの十戒全部破る

風岡

ノックスの十戒全部破る

一 犯人は物語序盤に登場していなければならない

二 探偵方法に超自然能力を用いてはならない

三 犯行現場に秘密の抜け穴が二つ以上あってはならない

四 未知の毒薬、難解な科学的説明を必要とする機械を犯行に使ってはならない

五 主要人物として中国人を出してはならない

六 探偵は偶然や第六感によって事件を解決してはならない

七 探偵自身が犯人であってはならない

八 探偵は読者の知らない手掛かりによって事件を解決してはならない

九 探偵助手は自分の判断を全て読者に知らせなくてはならない

十 双子や一人二役は、読者に対しあらかじめ存在を伝えなくてはならない




 ジャックはこの町で一番有名な探偵だ。持ち前の頭脳であらゆる事件を解決し、市民たちに尊敬され、ジャック先生と呼ばれていた。

 ある日曜の出来事である。町一番の屋敷に住むマディソン氏が自宅地下室で毒殺され、ジャックは事件解決のためマディソン氏の自宅に招かれた。助手の中国人ヤンを伴い訪れたその部屋は事件当時完全な密室だったという。


「この地下室に出入口は今あなた方が入ってきたひとつしかありません。窓や、人が通れるようなサイズのダクトなども……」


 マディソン氏の息子が説明するのを聞きながらジャックはぐるりと部屋を見て回り


「ふむ」


 と言った。


「密室殺人、か……。ヤン、君はどう見る」


「……」


 ヤンは無口だ。普段より二人の間に会話はほとんどないが、そのような静寂の関係をジャックは気に入っている。


「よし、ならば一度スキャンしてみるとしようか」


 ジャックは部屋の中央に立って目を閉じ、両手を万歳の形に持ち上げて意識を集中する。


「おお、あれがジャック先生のスキャン……!」


 マディソン氏の息子が感嘆の声を上げた。

 "スキャン"それはジャックが持つ透視能力である。生まれながらにこの超常的な能力と人並外れた頭脳を有していたジャックは、普通の子供であればまだ言葉も覚えないような年のころから数多の事件を解決してきたという。

 ジャックは時間にして一分も経たぬほどで目を開け、ゆっくりとうなずいた。


「やはり、この部屋には隠し通路があるね」


「なんですって!生まれてからずっとこの屋敷に住んでいるがそんなものは見たことも聞いたこともない!いったいどこにそんなものが?」


 マディソン氏の息子は心底驚いた様子でジャックに問う。


「一つずつ見ていこう。まずはここ、私の足元」


 ジャックがそう言って右足で踏んでいたタイルと、その周辺の何枚かを持ち上げると、その下からちょうどマンホールのような丸い蓋が姿を現した。


「それから……ヤン、君の足の間にあるやつ、思い切り踏んでみてくれ」


 ジャックの指示通り、ヤンが強くタイルを踏み鳴らすと、ごろごろと音を立てて部屋の奥の壁が動き、空間が現れた。


「あとはそこと、そこと、そこと……(中略)……そこだね。締めて81個だ」


「なんということだ……」


 仕掛けどうしはそれぞれが関係し合い、あちらが動けばこちらは閉まり、向こうが開けばこんどは同時にそちらが……という風になかなか複雑な構造になっており、何も知らずにすべての通路を見つけるのは難しい。

 愕然とするマディソン氏の息子に、ジャックは続けた。


「たしかお父上の死因は毒によるものでしたね?」


「え、ええ」


「どうやら犯人はこの仕掛けを改造して、隠し通路を開いたときに毒薬が噴出するように細工したらしい」


 そう言いながら壁のタイルを一つ押すとヤンの真横の壁がごとごとと揺れ、やがて開いた隙間から少量の液体がヤンの顔めがけて飛んだ。ヤンはそれをさっと手で受け止めると、臭いをかいで顔をしかめた。


「なんだった?」


「……アジアの、山奥にしかない毒草の汁……まだ、名前もない……」


「そ、そんな、未知の毒ということですか」


 マディソン氏の息子は顔を青くしてがたがた震えている。


「らしいね。ヤンは物知りだ……ところで手について大丈夫なやつ?」


「……」


「まあ君ならなんとかできるか」


 なにやらごそごそし始めたヤンを放って、ジャックは今にも倒れそうなマディソン氏の息子の肩をぽんと叩いた。


「大丈夫さ。犯人はもうわかったからね」


「……なんですって?今の、あれだけの情報で?」


「ええ。思い返してみれば簡単なことでした」


 ジャックは地下室の壁を右手で撫でながらゆっくりと壁に沿って歩きはじめる。


「部屋全体をスキャンしてわかるのはせいぜい隠し通路がどこにあるか程度。その細かい構造を知るには対象を絞ってのスキャンが必要になります。でも私は今回たった一度のスキャンで隠し通路を開けて見せた」


 白い手袋が壁の荒いタイルで傷つき、汚れていくのをジャックは気にも留めない。


「それから毒薬が噴出する隠し扉をどうやって特定したのか。どんな効果があるかもわからない毒薬をなぜヤンにかけるような真似をしたのか……簡単なこと。


すべて知っていたからです。


犯人は、私ですから」


 マディソン氏の息子は言葉を失い、立ち尽くしている。


「私、というのは少々正確ではありませんでしたね。正しくは……もう一人の私、とでも言いましょうか。いるんですよ。この力の代償でしょうかね」


 ジャックはコートの内側からひび割れた手鏡を取り出し、自身に遠ざけたり近づけたりしながらなおも語り続ける。


「ジャッキー、と私は呼んでいます。基本的にジャッキーが活動しているときの記憶はないのですが、断片的に残ることがあるんです。とくに、こういうことは」


「先生、あなたは……」


「最近はおとなしいと思っていたのに……また、この町にもいられなくなってしまった」


 ジャックがそう言うが早いか、マディソン氏の息子は背後から音もなく忍び寄ってきたヤンの毒液のついた手で口を塞がれ、意識を失ってその場に崩れ落ちた。


「焼くか」


「いやー、ちょっとこの規模の屋敷は面倒だな……。隠し通路をうまく使って地下室だけ埋めちゃおう」


 その日、ある町の屋敷で主人が殺され、その息子と事件解決のために呼ばれた探偵、そして彼の助手が地下室の崩落に巻き込まれて行方をくらませた。市民たちの必死の捜索もむなしく、彼らの愛した"先生"は未だ見つかっていない。



 ちゃんと犯人が最初に出てきてるので、全部は破れませんでした。

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