第40話 お嬢様、メインヒロインと出会う。

 王都の奥に位置する、フィリドール宮殿。

 伝説の神獣シャンスが降り立った地とされる丘の上に佇むその宮殿は、シャンスの顕現と共に降っていた雪のような純白の外観を持つ。その美しさから雪宮殿と呼ばれている。

 その宮殿の心臓部とも言えるサントル。フィリドール王の住まいでもあるその棟の正門をあたし、クリスティアーヌ=メルセンヌとその侍女、ジュリーは緊張しながら潜った。

 メルセンヌ家とは比べ物にならない程広大な敷地に、雪宮殿の名に相応しい純白と銀色で装飾された内装。王子殿下の誕生日パーティーや国の祝賀祭で宮殿自体には来るけれど、このサントルに足を踏み入れるのは初めてだ。メルセンヌ公爵として何度も足を運んでいるお父様でさえも、ここに来るたび緊張で打ち震えるとおっしゃっていた――まあ、お父様の場合は内心緊張していても、顔に出ないから問題ないだろうけど。

 でも、お父様のおっしゃっていた通りだわ。謁見の間への長い廊下を一歩一歩踏みしめるたびに心臓が飛び出そうになるもの。

 こっそり振り返れば、あたし以上に固い表情のジュリーが足と手を同時に出して歩いていた。その分かりやすい緊張っぷりに少しだけ和む。折角この日のためにと侍女服を上等な生地のワンピースと柔らかなフリルのエプロンに新調したのに、動作で台無しになっているじゃないの。思わず笑いそうになったのを、軽く咳払いしてごました。



 しばらくして辿り着いた謁見の間の扉は、神獣シャンスを象った王家の紋章が大きく描かれたものだった。

 扉だけでも慄いてしまうような重圧感がある。


「――ここから先はラピュセル様のみお入り下さいませ」


 あたし達をここまで導いた王の側近の男性が、静かな声色でそう告げた。

 そうね、謁見の場は流石にジュリーは同席できないわ。それはジュリーもよく分かっていて、固い顔のまま頷いた。

「いってらっしゃいませ、お嬢様」

「ええ、行ってくるわ。待っていて」

 あたしが微笑んでみせると、ジュリーも安心したのか少しだけ口元を綻ばせてくれた。

 あたしよりも少し大人になったジュリーの笑みは、少しだけドキドキする。自分でもうまく表現できないのだけれど、笑うときだけ妙に大人っぽく見えるような気がするの。……あ、いえ、笑顔だけじゃないかも。あたしを嗜める時の真剣な顔も、呆れている顔も……っと、いけない。今はジュリーのことを考えている場合じゃない。緊張が後姿に現れないよう、背筋をしゃんと伸ばして。



 鈍い音とともに開かれた扉へあたしはゆっくりと足を進める。

 広々とした謁見の間には、既に先客がいた。

 それはこの国の王ではなく、淡い水色のドレスを身に纏った小柄な少女だった。

 あたしの足音に綺麗に結い上げられたヘーゼル色のウェーブヘアをびくん、と揺らして、彼女がこちらを振り返る。大きく見開かれた瞳は晴天の空と同じ色。その他は気弱そうに下げられた眉も小さな鼻も唇も、取り立てて目立つところはない。

 でも、その体を纏う魔力は、今まで出会った魔力持ちの中でも大きい。

 なるほど、彼女がもう一人のラピュセルなのね。

「あの……あなたは……」

 恐々と少女が声を掛けてくる。あたしがそれに答えようとした刹那、謁見の間の奥の扉の開く音がした。

「国王様の御成だ」

 ハリのある側近の声に、あたしは姿勢を正し、頭を下げた。隣の彼女も慌ててそれに倣う。けれど緊張は隠しきれないようで、淡い水色の手袋に包まれた両手が小刻みに震えている。

 そうこうしているうちにフィリドール国王陛下が謁見の間に現れた。眩ゆい金色の髪に全てを見通すかの如く澄んだ青い瞳。痩身であることやこの国のシンボルカラーである純白のマントと軍服姿は一見王らしからぬ装いに見えるけど、彼の胸元に輝く青い宝石で彩られた国章がその証と言わんばかりに煌めいている。第二王子ペール殿下が年を重ねたらこんな風になるんじゃないかしら、と思うほど彼に似ている。けれど、殿下と違い、陛下の眼差しは鋭く、人を簡単に寄せ付けないオーラがある。あのお父様が緊張なさる程だもの、あたしもオールドローズのドレスの下の太腿が微かに痙攣してしまったわ。

「面を上げよ」

 広々とした謁見の間にはっきりと響くような威厳たっぷりの声。あたしは奥歯を噛み締め、穏やかな笑みを浮かべて陛下を見た。

「メルセンヌ公爵長子、クリスティアーヌ=メルセンヌでございます。この度は御目通り頂き、至極光栄でございます」

 いつもよりも慎重にカーテシーを披露する。もうすっかり身についたものだけど、陛下の前だと思うと指先一つ乱れてしまわないか気になってしまう。

「メルセンヌの娘か。そなたのことは公爵から聞き及んでいる。日々鍛錬に励み、来るべき儀式へ意気込んでいたと。そなたのラピュセルとしての力、この王宮においても変わらず磨き、儀式へ備えよ」

「はっ。このクリスティアーヌ、絶え間ない努力を惜しまず、力を尽くします」

 とりあえず難所は超えられたようね。まあ、ここで挫けていたら、この先やっていけるわけないけれど。

「――して。そなたはもう一人のラピュセル、ノエル=ニヴェールで相違ないか?」

「はっ、はひっ」

 隣の少女の悲鳴のような返事を聞いて、あたしは内心ギョッとして視線を向ける。

 ああ、今にも泣き出しそう。両手の震えも増しているし、両手どころか全身ブルブルしていて小動物のようだわ。

 ノエルと呼ばれた少女は淡い水色のドレスの裾を摘み、ぎこちなく首を傾けた――多分あたしのカーテシーを真似ているんでしょうけど、見ているだけで気恥ずかしさでむず痒くなりそう。

「の、ノエル=ニヴェール、でございます…………その、こっ、この度は、あの……」

 懸命に挨拶しようとしている。その努力は認めるけど、ノエル。舌がうまく回っていないわ。

「そなたはここより西方の孤児院ニヴェールの出身であったな。平民の出身でありながら、水の魔力を意のままに操ることができる才を持っていると聞いている」

「そ、そんな……私……才能なんて……」

 ますます縮こまったノエルに、あたしはいてもたってもいられず口を開いていた。

「同じラピュセルとして、私も彼女の才を強く感じておりますわ。その佇まいからも十分に」

「え……」

「ほう?」

 突然口を挟んだあたしにノエルは目を丸くし、陛下はわずかに片眉を上げた。主に陛下からのプレッシャーを感じつつ、あたしは優美に微笑んでみせた。

「これもシャンス様のお導き。彼女と共に切磋琢磨し、必ずやこの国の安寧をもたらすソルシエーヌとなれるよう、より一層邁進致しますわ。ねえ」

「は、はい……! 私にできることであれば何でもする所存です!」

「ふむ。そなたらの覚悟、しかと聞き遂げた。そなたらのいく末に、シャンスの加護があらんことを」

 陛下のお言葉にあたしが深々と頭を下げると、ノエルも勢いよく頭を下げた。

 

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