第38話 お嬢様、良からぬフラグがあるようですが、私は負けません。
「結局、君はまたあの子のところに戻ってきたのか。あのまま静かに去ってくれたら、観察対象から外そうと思ってたのに」
頭上から聞こえてきた声に、俺はゆっくりと瞼を持ち上げた。
金色の毛並みに、両目は赤と緑の宝石がはめ込まれている。その綺麗な顔をまじまじと見つめていると、そいつ――ねこきちはフカフカの口元で大きくため息をついた。
「君ってお人好しだね。あんな子にほだされるなんてさ」
「…………おまえ、喋れたんだ」
「まあね。と言っても、この世界の猫は基本的に喋らないよ。僕は猫じゃないから、普通に喋れるけど」
ぴょん、と飛び跳ねたねこきちはベッドに横たわる俺のお腹に着地した。けど、その重さは全く感じられない。
「お前は一体……」
「僕の名前は『シャンス』。君なら、僕のことを知っているはずだよ」
ねこきちが告げた名前に、俺はギョッとして起き上がった。
「シャンスって、時を司る聖獣シャンス?!」
「そう。僕は僕の魔力の一部を持って生まれた女の子……『シャンスのラピュセル』と呼ばれる子達をこうして観察している。もちろん、クリスティアーヌ=メルセンヌもその対象だよ」
淡々と話すねこきち……もとい、シャンス。
この世界における神様みたいな存在であり、主人公とお嬢様はこの神様に認められて初めてソルシエーヌという偉大な魔法使いの座に就くことができる。この物語においてキーになる人物だが、それだけじゃない。物語を繰り返しクリアしていくと、このシャンスが隠し攻略キャラとして登場するのだ。
そう、それで思い出した。
シャンスのルートに行くと、主人公が過去に猫を助けるというエピソードが見られる。ルートを進めていくと、実はその猫は主人公を観察していたシャンス自身だと分かるのだ。
つまり、この姿が主人公に助けられた時のものってことか……ゲームだとスチルすら登場しないから全然容姿とか知らなかったけど、なるほど金色の毛並みとオッドアイ……攻略対象として登場するシャンスの特徴を持ってる。
……ってオイオイオイ、ちょい待てや! 猫のシャンスとのエピソードは主人公とのエピソードだろうぃ! なんで俺が助けてるんだよ!
「なんか色々言いたそうな顔だね」
「そりゃ言いたいわ! お前がラピュセルをずっと見守ってることは知ってるし、お嬢様がその対象なのも分かる。分かるけど、なんで全く関係ない俺に接触してくるんだよ!」
「全く関係ないことないでしょ。君はあのクリスティアーヌの運命を意図的に変えようとしてるんだから」
ねこきち……じゃなくてシャンスのオッドアイがすっと細くなる。
その言葉の冷たさに、俺はゾッとした。
「運命を……変えちゃだめなのかよ」
「変えてはいけない、というか、変えたら何が起きるか分からないからやめた方がいいと僕は忠告しているんだよ。僕のラピュセルとして生を受けた子達には僕の力の一部が備わっている。それは予め定められた運命に基づき、力を発揮することができるんだ。クリスティアーヌも例外じゃない」
「力って炎の魔法のことか? それならちゃんとコントロールできるようになって……」
「そんな分かりやすい力じゃないよ。僕の力は目には見えないものだからね」
「な、なんだよ、それ」
「クリスティアーヌが成長すれば分かるよ。でも、君がその運命を狂わせてしまったら、どうなるか分からない。君はクリスティアーヌの幸せを願って彼女の運命を変えようとしているようだけど、これ以上は深入りしちゃいけないよ。君には、僕には関与できない力があるようだしね」
「お、俺の力って……?」
「むしろ僕が聞きたいくらいさ。君は何者? なんの目的があってクリスティアーヌの運命を変えようとしているわけ?」
いやいやいや、情報量が多いって! しかも全部曖昧だし!
疑問符を頭に浮かべながら、俺はぐっと拳を握った。
「俺は見ての通り、平凡なメイドだよ。お嬢様みたいな力なんてない。ないけど……お嬢様には幸せになって欲しいんだ」
「クリスティアーヌの運命を、知ってるかのような口ぶりだね」
「……それは、否定しないけど」
言葉を濁したのは、シャンスの言葉の端々に感じられるお嬢様への敵意を感じるから。はっきりとお嬢様の運命を知っている、それを防ぐために動いているんだとこの世界における神であるシャンスに言うのはなんか、危険な気がしてならなかった。
「そう。でも、君の関与で運命が変わったら、それこそクリスティアーヌは不幸になるかもしれない」
「えっ」
「可能性の話だよ。そう言っても、君の意思は変わらない? ジュリー=メレス」
俺の心の奥深くを探るような眼差しに、背中に冷や汗が流れる。
俺の関わりでお嬢様が不幸になる? けど、俺が変化を促さなかったら、お嬢様は悪役令嬢として主人公に害をなす存在になり、やがて殺される。
つまり、お嬢様に何かしようがしまいが、彼女は不幸になるってことじゃないか。
『ジュリー、あなたはあたしの大切な人よ。あなたのことはあたしが守るから、あなたもあたしのために尽くすと誓ってちょうだい』
ふとお嬢様の言葉が脳裏を過り、ハッとする。
そうだ、俺はもう約束したんだ。お嬢様の傍にいると。彼女を幸せにするんだと。
それができるのは、お嬢様の運命を知っている俺だけだ。
「変わらない。俺のせいでお嬢様が不幸になるって言うんなら、その責任はしっかり取る」
はっきりとそう告げると、シャンスはわずかに目を見開いた。
「へえ。言うじゃない」
「そりゃ当然。一人の女の子の運命を変えるんだから、そのくらい考える」
「……そう。分かったよ」
そう言ってあっさりと背を向けたシャンスに俺は拍子抜けした。
「な、何だよ、それだけか?」
「今はね。それに言ったでしょ、君との関わりでクリスティアーヌがどう変わるのかまだ分からない。僕にとって利となるか害となるか、今の段階では分からないから、ひとまずは様子見するよ」
「……お前、何が目的だよ」
「僕の望みは一つだけ。僕にふさわしいソルシエーヌへ祝福を与えること。そのために、僕は動くんだ」
ゆらり、と長い尻尾を揺らすと、シャンスはニヤッと笑った。
「じゃあね、ジュリー。運命の岐路で、また会おう」
シャンスの姿がかき消えた途端、目の前が急激に明るくなった。
窓から差し込む朝日。その光は見慣れたメルセンヌ家における俺の小さな部屋いっぱいに広がっていたが、ベッドの上にいたはずのシャンスの姿は綺麗さっぱり消えていた。
「――おはよう、ジュリー」
お嬢様を起こしに来た俺は、既に着替えを済ませて待っていた彼女に目を丸くした。
「ど、どうなさったのですか、お嬢様! こんなに早くお目覚めになっているなんて」
「もうじきお誕生日が来るんですもの、いつまでもジュリーに起こされてばかりもいられないわ。それに、一応淑女として、安易に肌を晒すわけにもいかないし」
ほんのり頰を赤らめて言うお嬢様に、俺はぎくりとして首を横に振った。
「わ、私はそんな、やましい思いなど一切合財抱いておりません! そもそも子供はそう言う対象外ですから!」
「なっ、ちょ、ちょっとどう言う意味よ! あたしじゃ相手にならないって言いたいの?!」
「え、いや、そう言う意味じゃ……って、お、お嬢様、炎! 炎はいけません! 朝から火遊びはやめてください!」
赤い頬を膨らませて手のひらに炎を顕現させるお嬢様に、俺はぶんぶんと首を振って後ずさった。が、お嬢様は手のひらの炎をあっさり消し、ふん、と鼻を鳴らした。
「十一歳になるんだもの、いちいち怒ってばかりなんていられないわ」
「お、お嬢様……」
「見てなさい、ジュリー。あなたが子供扱いできなくなるくらい大人な淑女になってみせるんだからね! また勝手にいなくなったら嫌よ?」
怒ってたかと思ったら、今度は何故か挑発的な笑顔を浮かべるお嬢様。
今日もお忙しい人だなぁ、と思いつつ、俺は笑顔で頷いた。
「もちろんです、お嬢様」
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