第34話

「テルマン・カービル……」


 聞き覚えがある。こいつも、かつて俺の率いるチームにいた貴族の子弟だ。

 

 


「そう、実はテルマン様も今、魔法騎士団で働いていて、アスランの紹介で知り合ったの!

だって不公平じゃない、自分ばっかり私に恋愛相談してきて、わたしには浮いた話の一つもないんだから。

だから、アスランに頼んだら、私のことを闘技場で見かけて、前から気になってってくれていたっていう、騎士団で文官をしているテルマン様と引き合わせてくれたのよ!

……まあ、そこはアスランには感謝してるんだけどね」



「アスランの、紹介で……」



 テルマン……、そうか……。騎士ではなく、文官になっていたのか……。


 ということは、アスランはやはりアスタシアナと恋愛関係にあったわけではなく……。





 ーー話をまとめると、こういうことだった。


 アスランは誰にも言えない恋の悩みを、アナスタシアにことあるごとに相談していた。

 アナスタシアはアナスタシアで、アスランに男性の紹介を頼んでおり、その相手との初デートの練習台として、アスランを一緒にボートに乗せた……。


 そこを、密告の手紙を受け取った俺とネリーが目撃し、アスランのアナスタシアとの浮気を疑った……。






「アナ、アスランは君に、恋愛関係のどんなことを相談してたの?」



「そんなこと、口が裂けても言えないわよ!」



 そうだ、アナスタシアは口が堅い人間だ。そういう意味でも、アスランはアナスタシアを相談相手に選んだのだろう。




「俺、アスランと離婚しようと思ってるんだ……」


 俺が告げると、



「は? なんでそうなるの?」


 アナスタシアが目を見開く。



「アスラン……、ずっと好きな人が、いるんだよね?」


 俺の言葉に、アナスタシアはぐっとつまった。



「そりゃ、まあ……、そういうことだけど……」



「俺、俺のワガママでアスランに無理やり結婚させたこと、めちゃくちゃ後悔してるんだ。

だから、アスランには幸せになってほしい!」



「あのね、ククリ……」


 アナスタシアは、なぜか慈愛に満ちた表情を浮かべた。



「誰にも口外しないって約束しているから、全部は言えないけど、これだけは教えてあげる。

私はね、ずっとアスランの解決し難い精神と肉体の悩みを聞いあげていたの!」


「精神と肉体の、悩み……!?」



「本当に、あいつときたら、いつまでも、ウジウジウジウジ……。

アンタ、あんなうざい男とよく一緒にいられるわよね」


 

 はあ、とアナスタシアはため息をついた。




「アスラン……、好きな人のことで、ずっと悩んでたんだ……」



 ――そんな素振り、俺には全然見せなかったのに……。


 

 俺の悲しげな顔に、アナスタシアは苛立ったように、俺の鼻先を指した。




「ああっ、もうみなまで言わせないでよ!

いるでしょ、ずっと、アスランのすぐそばに!! どんなに手を出したくても、手を出せない相手がっ!

身近にいるのに、触れることもできずに、アスランは日々悶々としていたってわけ!

アスランいわく、近すぎるが故に、毎日が拷問に等しいって……。

でもいろいろ規制がかかってて、ずっと近くにいるのに指くわえて見てるだけだから、いろいろと、もう限界なんでしょ?

私にしか本当のこと言えないって、本当にメソメソメソメソ……情けないったらありゃしない!

私はね、その与太話をずっと聞かされ続けてたってわけ!

ほら、アスランってあんな感じだから、騎士団にも心を開ける友達なんて一人もいないでしょ。

まあ、あいつが今まで周りにやってきたことを考えたら自業自得なんだろうけど……。

ねっ、アンタも男ならわかるでしょ!

……まあ、つい最近まで女もどきだったとしてもさ」


 アナスタシアが俺の肩にポンと手を置く。



「だからね、わかってあげなさいよ。アスランのこと!」



「……」




 その時、俺の脳内では……、


 今まで起きたこと、そして今アナスタシアから聞いたことが、走馬灯のように駆け巡っていた。




 ――そうか! そうだったんだ!!


 ――あの日、あの時、あの場所で……!!



 ――だから、アスランは……!!




 ――俺は今まで、なぜこんな簡単なことに、気づかなかったんだろう!?






「俺、やっとわかったよ。アスランの好きな相手……」



 そうだ、俺はずっと大切なことを見落としていた。




「は? わかった? ……え、アンタ、何言ってるの?」


 アナスタシアが顔を引きつらせる。




「ありがとう、アナ! これできっと解決できる。

俺、アスランと離婚して、アスランが幸せをつかめるように応援するよ」


 俺はアナスタシアの手を取ると、ブンブンと力強く上下に振った。




「はあーっ!? アンタ、ちゃんと人の話、聞いてた?

ちょっと、また勝手になんか勘違いして!!

ちょっと、ククリ、待ちなさいよっ」



「ごめん、アナ! 俺にはすぐに行って、確かめなければいけないことがある!!」



 俺は慌ただしくアナスタシアに別れの挨拶をすると、ネリーを伴い、乗ってきた馬車またに乗り込んだ。




「おい、こらっ、待てっ、ククリっ!!

アンタっ、勢い余って、アスランに離婚なんか切り出しちゃ、絶対駄目よ!

そんなことしたら、正気を失ったアスランが、あんたをどんなひどい目に遭わせるか!?

ちょっと、聞いてるのっ!? ククリっ!!」



 アナスタシアが、必死の形相で俺を追ってくる。



 すまん、アナスタシア!

 君のアドバイスは無駄になってしまった。


 ――俺はもうすでに、アスランへ離婚を切り出している!!


 



「行こう、ネリー! 

俺は今すぐ、魔法騎士団に行かなければいけない!」




 もちろん、女装して――!!!!


 


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