第30話

「はあ……」



 今は、ウィッテ領に向かう馬車の中。


 俺は今日何度目とわからないため息をついた。


 そんな俺を気にするでもなく、同行するネリーは、俺の向かいでもくもくと編み物をしている。




 ーー今朝のアレと昨日の夢……。


 おかげで、朝食の席では、アスランとまともに目を合わせることができなかった。


 アスランのほうも、昨夜の俺とのちょっとしたいざこざを気にしているのか、俺にあまり話しかけてこなかったのだが……。



 慌ただしく身支度を終え、魔法騎士団へ出発したアスラン。


 そして、アスランを見送った俺は、すぐに馬車を手配し、アナスタシアの住むウィッテ領へと馬を走らせることにした。




 ーーそれにしても、あの夢!!!!


 起きたときはきちんとパジャマを着ていたし、俺の身体にはどこにも異常はなかったことから、アスランが夜中にぐっすり眠っていた俺に、こっそり夜這いをかけてきた、とかそういうことでは絶対にない!!



 ということは……、


 アレは俺の願望の現れ!?



 ーー俺ってば、アスランと、ああいうことをしたい……と!?



 いや違う! 


 アレはごく一般的な男の生理現象だ!


 俺は、ずっと女物のドレスを着るために、執念深く過激なダイエットをしていた!

 過酷なダイエットは、俺の人生から、食欲と同時に、性欲さえも奪い去っていたのだ……。


 それが、前世を思い出し、もう女装することをやめた俺は、肉・野菜もしっかりたべる健康的な食生活に戻した。

 そのため、身体の機能も元に戻り、こうして朝勃ちという現象が起きたのであろう。


 ーー本当に、俺ってばよくあんな生活を送っていたよな……。




 そして、俺は今、思う……。



 正真正銘、健康体の19歳男性である、アスラン。

 職業は騎士で、腹筋はバッキバキ(想像)。もちろん、毎日よく食べ、よく動く!


 そんな生活をしているアスランが、俺と結婚させられて、性生活とはまるでかけ離れたおままごとみたいな毎日を送っている……。




 ――いったいアスランはどこで、どうやって、そういう欲求を解消しているんだ!?



 一緒に暮らして約2年。


 アスランから、その手の欲望めいたものを感じたことは、今まで一度もない。


 まあ、俺相手に、そういう衝動を覚えない、ということが第一の理由だろうが……。


 ーーでも、それにしたって……、



 俺との約束もあり、騎士団の遠征に同行できないアスランは、遠征先でちょっと羽目を外して今夜は娼館に……! なんてことはできないだろう。


 そして、もちろん常に欲求不満のジェノ兄様に監視されているため、アスランは騎士団の打ち上げなどで綺麗なお姉さんのいる酒場に行くなんてこともできない!(これはエリザ団長に監視されているジェノ兄様とて同じこと!)


 一人でそういうところにこっそり行こうにも、「夕食は必ず俺と食べること!」縛りがあるので、実際問題実現できそうにもない。




 ーーまさか……。前世でもあったように、モーニングタイムから開いている、イケないことするそういうお店が、この世界にもあったりする!?


 いやいや、ナイナイ……。




 やはり、今から俺が会う相手、アナスタシア・ウィッテと、アスランはそういうことをしていた……と考えるのが普通だろう。


 だが……、



 なぜだろう? 俺はどうしてもイメージすることができなかった。



 いや、俺の想像力が貧困とか、そういうことではない!


 あの、アナスタシアとアスラン……。



 あの時、湖で見たときはすっかり頭に血がのぼっていたから、ちゃんと考えていなかったが……、



 前世を思い出し、男と女の酸いも甘いも知り尽くした(※耳年増なだけ)今の俺が、あの二人がイチャコラしているところなど……、


 どうしても想像できないのだ!!!!




 もちろん二人の関係は良好で、おそらく友情も芽生えているはずだ。


 だが……、


 俺は、あの二人が仲良くボートに乗っていたのを見たというのに……、


 あの狂おしいほどのアナスタシアへの熱烈な感情を示したアスランの日記を読んだというのに……、



 ーー俺には、どうしても二人が恋愛関係にあり、しかも共謀して俺を害する計画を立てているなど、想像することができない!!!



 というのも……、





「ククリ様、着きましたよ!!」



 ぼんやり考え事を続ける俺に、ネリーが声をかける。




 貴族の豪邸というよりは、どこか要塞を思わせるつくりのウィッテ邸の前に、俺とネリーは降り立った。



 そして……、


 当のアナスタシアは、剣の練習場も兼ねていると思われる広大な庭で一人……、





 ーー長剣の素振りをしていた。





「アナ!!!! 君に話があって来たっ!!」



 俺が大声を上げると、アナスタシアはゆっくりとこちらを振り返った。



 高い位置でポニーテールにされた赤毛が、ふわりと弧を描く。


 俺を認め、その薄い唇は、ニヤリと歪められた。




 

 俺がアナスタシアとアスランのイチャラブを想像できないその理由……、


 それは……、




「ついに来たな、ククリ!

アンタの服装が元に戻ったってことは、そのイカれた頭の中も、ちょっとはまともに戻ったのかっ!?」




 ーーやはり、戦闘モードのアナスタシアは、俺の中で「おとこの中のおとこ」という表現がぴったりな存在だからなのだ!!





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