第19話

 アスランが持ってきたのは、フレッシュジュースだけではなかった。



「アスランさまぁ! 今日も本当にお美しぃ」


「光り輝くスーツが後光をさすようで! 眼福、眼福ですわあ!」


「アスラン様と同じ空気が吸えるなんて、これ以上なく幸せ! ああっ、空気が美味しいっ!!」


「こんな旦那様がいて、ククリ様が本当にうらめし……、うらやましいですわあ!!」



 おいっ!! 最後の言い間違いっ!!



 ちょっと飲み物を取りに俺と離れた途端、アスランはあっという間に、騎士団所属の女性騎士やら、騎士団家族のご令嬢やらをずらりと引き連れてきてしまった。


 アスランレベルの超絶美形になると、結婚しているということは大した障害にはならないということがわかる。



 どの女性も互いにけん制し合いながら、アスランにどうやって近づこうかと、じりじりと距離をつめている。


 あいかわらず女性人気がすさまじすぎて、何と表現したらいいかわからないほどだ。


 去年まで、ドレス姿の俺は、このパーティ会場でアスランの番犬よろしく、アスランの腕にしがみついては、夫に近づく女どもをキャンキャンとわめいて追い払っていたことを思い出した…‥。



「ククリ様っ、男性の恰好に戻られたってことは、もしかしてアスラン様となにかあったりしましたの?」



 さすがは女性!! アホな男どもとは、目の付け所が違う!!


 しかし、俺の変化が激しすぎたせいか、肝心のアスランの金ピカスーツの趣味の悪さに言及してくる女子が一人もいないのはどういうことか!?



「あのー、俺のことなんかより、アスランのこのスーツ、皆さんはどう思われます?

俺が一生懸命選んだんですけどっ!!」


 こうなったら仕方がない、恥ずかしさは半端ないが、おツムのちょっと足りない公爵令息っぽさを全開にして、俺は金ピカスーツの意見を聞いてみた。



 だが……、



「ええっ、ククリ様がアスラン様のためにっ!? ……っ、キィーッ、悔しい!!!!」


「こんなにもアスラン様に似合う素晴らしいお召し物を選ばれるなんて……、やはりククリ様の愛は、一時の気の迷いなどではなく、本物っ!?」


「残念ながら、私なら絶対に選べないデザインですわ……、くっ、悔しいですが完敗ですわっ!! ああー、恨めしい、恨めしい……」



 なんで、そうなる!?




「ククリ、ありがとう、うれしいよ……、俺のために……」


「……っ!!!!」



 そっとアスランに肩を抱かれ、思わず強張る俺……。




 ――この世界の美的センス、いったいどうなってるんじゃあああああ!!!!????





 しかし、こんなことでへこたれる俺ではない!





 こうなったらプランBだっ!!!!






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






「ねえ、ジェノ兄様、ちょっとお願いがあるんだけど!」


 オードブルを吟味しているジェノに、俺はそっと近づいた。



「ん? なんだい、ククリ。お兄様に何でも言ってごらん!」


 相変わらずぞわぞわするほどの猫なで声で、ジェノが俺に顔を寄せる。



「俺、ちょっと話したい人がいるんだよね! だからさ、アスランとしばらく喋っててもらってもいい?」



「なに? ククリたんが話したい人だってっ!? それはジェノ兄様ではないのかい?」



 ――ああ、もうっ、面倒くさい奴め!!



「ねえ、ジェノ兄様、すごく大事なことなんだよ! だから、お願い!」


 俺がジェノの上着の裾を引っ張ると、ジェノは顔面をくしゃっと崩壊させた。



 両親と兄貴二人にくらいしか通用しないこの俺の上目遣いの「お願い」だが、もちろん実兄であるジェノには効果があった。




「しょうがないなあ、よしっ、俺がアスランに魔法騎士団の心得を一から説いてやるか!!」


「わーい、ジェノ兄様、ありがとっ!」



 困惑するアスランをジェノに託すと、俺はさっきからずっと俺に視線を送り続けている人物に近づいて行った。





 ――悪いが、お前が今日の生贄だ!





 ルカ・レオンスカヤ!!!!






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