第5話

 すぐに屋敷に理髪師を呼んで短く髪を整えた後、ネリーと町へ出て今の俺に似合う服装一式(もちろん男物!)をそろえ、すっかりリニューアルした俺は、すべての元凶となった人物の元を訪れることにした。



 ――といっても、ここは俺の今住んでいる屋敷の敷地内なのだが!



 前世を思い出した今、俺はかつての直情的ないきあたりばったりな人間ではもうない!


 今の俺は、根回しというものの重要性をわかっているのだ。





「お母様、お話がありますっ!!」



 白を基調とした中庭のテラスで、優雅にお茶を楽しむ金髪の巻き毛の後ろ姿に声をかける。


 ゆっくりと振り向くドレス姿の優美な女性。



 次の瞬間、俺と同じハシバミ色の瞳が、驚きに大きく見開かれた。




「まああああああっ、ククリッ!!!! 一体どうしたのその姿はっ!?」



 ――エルミラ・メルア。



 俺の母親。そして、この王国のかつて第三王女。――つまりは現国王の愛娘!



 何不自由なく育てられたこの元・王女は、血筋と見た目とドレスのセンス以外はとりえのないワガママ娘へとすくすくと成長した。


 年頃になると、若き日の俺の父、サンドロ・メルア公爵と政略結婚。

 そして、俺を含めた合計3人の息子の母親となったのだ……。



 ――欲しいものは必ず手に入れる、そのためには手段を選ばず、常識なんて全く気にしない……、かつての俺のそういった最低の思考回路は、間違いなくこの女性から受け継いだものだ。




 


「お母様っ、俺っ! アスランとは離婚しようと思いますっ! それもできるだけ早くっ!!!!」



 挨拶もせずに鼻息荒く告げる俺に、母・エルミラはにっこりとほほ笑んだ。



「まあ、なんて偶然なんでしょう! 今、まさにお母様もそのことを考えていたところなの。

ククリ、あなたは20歳の誕生日までに、絶対にアスランと離婚するべきよ!!!!」




 ……え!!!!????







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








 まず先に、俺について説明しておく必要だあるだろう。


 俺は、ククリ・ベリーエフ(旧姓:メルア)。19歳。



 押しも押されもせぬ名門の公爵家の三男として生まれ、両親から甘やかしに甘やかされて育った俺は、案の定テンプレなワガママ令息に成長した。


 幼い頃から魔法と勉強はからっきしだったが、生まれ持っての身のこなしの軽さと、異常なほどの動体視力の良さから、剣術だけは得意だった俺。


 典型的な悪ガキとなった俺は、10歳ごろから、あらゆる貴族の子息たち相手に、出会いがしらに決闘を申し込み、負けた者をすべて自分の傘下にするという、街のゴロツキ顔負けの悪行を繰り返していた。



 向かうところ敵なしであった俺。12歳にして、王立アカデミーで初めて出会った、同い年のアスランに決闘を申し込んだときには、俺の配下はすでに50人をくだらなかった。


 もちろん辺境伯の息子であったアスランにも、秒で快勝した俺。そのまま当然のごとく、アスランを俺の配下にひきいれた。



 ――今にして思えば、アスランも、その他の俺の手下だった貴族の子弟たちも、おそらくは現国王の孫である俺のバッググラウンドが怖くて、俺に本気を出せなかったのだろう。



 多分、俺は自分が思っているほど、強くない……。


 


 その証拠に、アスランを手下にしたあと、配下の中で一番強かったアスランを残して、一人、また一人と俺の子分だった貴族のお坊ちゃまたちは、俺のチームからそっと姿を消していった。


 俺が顔良し、頭よし、性格良しのアスランにかまけてばかりいることをいいことに、これ幸いと我先にと俺のもとから逃げ出していったのだろう。



 ――そう、俺は出会ったその瞬間から、アスランに夢中だった!



 紫がかった艷やかな黒髪。すべてを惹きつけてしまうような完璧すぎる美貌。

 

 瞳は深い紫で、見つめられると息苦しくなって、胸がギューッと締め付けられるほどだ。


 それは結婚してそろそろ2年が経とうという今も変わらない。




 だから俺は、自分の傘下のたくさんの貴族の息子たちがいなくなったことなど気にもとめず、腹心の部下にしたアスランを意気揚々と引き連れて、これ以上なく楽しい毎日を過ごしていた……。




 ――14歳のあの日までは!!!!





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