ヘイト

姉達の元へ鈴森さんを連れて行ってから一ヶ月が経った。


一ヶ月も経つと僕達と鈴森さんがいるのは日常になり、


初めこそ鈴森さんが僕達に何かやらかした、弱みを握られているなどの心配の声や


あの二人と行動を共にするってことは鈴森さんも変な子なんだという軽蔑の目など


色んな憶測で騒がしかったのがゆっくりと治まりつつあった。


そんな大学内で鈴森さんの声が響き渡った今日


「な、なな、七咲さん!そ、その髪!」


「ん?あぁ、ロング飽きちゃったからエクステ取っちゃった。

丁度ネイルも変えたし」


ほら見て〜と鈴森さんと望に

黒とゴールドにラインストーンがキラキラと主張するネイルを見せた。


ショートヘアに強めのネイルだから自然とメイクも変えて、

服も今日はグレージュのオフショルニットに

ダメージスキニーを合わせてヒール高めのショートブーツにした。


「お前の姉貴みたいだな」


「だってこれ全部美優ちゃんが組んだコーディネートだもん。

ネイル変えに行った時そのまま買い物に行ったんだよね」


「相変わらず仲が良いですね!」


「弟離れ出来てないだけだよ」


愛香ちゃんも美優ちゃんも僕のこと姉離れ出来ないと言うけど

逆に二人の方が弟離れ出来てないのでは?と最近思い始めたくらいだ。


毎日のように鈴森さんのこと聞いてくるし

ネイル変えてもらったり一緒にショッピング行った時買ってもらったりするから感謝してるけど

恋愛に口出しするのはどうなんだと思う。


その時


「また鈴森さん一緒にいるよ」


「仕方ないじゃん?

田舎者にはあの異常さが分かんないでしょ」


「ちょっと藍、声でかいって」


背後から聞こえたその声は潜めるわけでもなく、

むしろわざと聞こえるような大声で眉を顰めた。


鈴森さんにももちろん聞こえていたのだろう。

聞こえない振りを装っていたが

慣れてないためか笑顔がぎこちなくなっていた。


「七咲さん…、顔強ばってますよ?

せっかく今日も可愛いのに…

私のことなら平気ですから、ね?」


平気なわけない。

それは僕が一番知っている痛みだから。


鈴森さんは多分僕達と一緒にいると決めた時に

多少なりとも覚悟はしているんだと思うけど


やっぱり大切な友人を傷つけられて黙れなかった。


「なんか言いたいことあるならはっきり面と向かって言いなよ」


振り返り堂々と言うと、

周りの子はやば、と後退り焦った様子だったが

中心の子だけ


「あ、ごめんね?聞こえちゃった?

春頃からずっと言われてたけどなんの反応もないし、

異常者のあんたは耳も悪いのかと思ってた」


「全然聞こえてたけど僕が可愛すぎて嫉妬してるんだと思っちゃった。

あなたも僕に嫉妬?コーディネートでもネイルでもメイクでも真似してもいいよ?」


売り言葉に買い言葉。

相手の挑発に苛立ちを覚えたけど、相手も僕の言葉に思い切り顔を歪めた。


恐らく僕が言い返すと思ってなかったのだろう、どこか狼狽えてるようにも見えた。


その後舌打ちをして足早に去り、

周りの子達も後を追うように去って行った。


「口程でもなかったな」


「お前本当強くなったよな」


「そりゃ慣れるでしょ」


望は高校の僕を知ってるからこその言葉だったんだろうけど、

もう四年も経つと慣れるし強くもなるだろう。


「七咲さん…、ごめんなさい…。

迷惑かけてばかりで…」


「迷惑なんかじゃないよ。

それにごめんよりありがとうの方が嬉しいかな」


「あ、ありがとうございます!」


「はい。どういたしまして」


そもそも元凶は僕だし、鈴森さんが謝る理由なんか何一つない。


しかし治まりつつあると思っていたけど

あそこまで悪意があるヘイトは珍しい。

鈴森さんが一人の時なんか言われたら可哀想だ。


と思っていると


「…深島さん、あんな人じゃなかったのに」


ポツリと呟いた鈴森さんの言葉を聞き逃さなかった。


「鈴森さん、あの人のこと知ってるの?」


「あ…はい。深島藍みしまあいさん。

春頃グループワークで声かけてもらって、

私に敬語で話したらどうかって提案してくれたのも深島さんで、

本当に優しくて親切な人だったから少しショックで…」


優しくて親切な人が変わったというなら

大方言われた方に問題があるとは思うが

鈴森さんに悪い点なんてちっとも思いつかなかった。


とにかく深島藍がまたチクリと鈴森さんの心を刺さないように少しでも傍にいようと思った。

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