葵の過去
僕には歳の離れた姉が二人いた。
その姉達からのお下がりは男子でも違和感のないカジュアルな服やボーイッシュな服だったけど、
心のどこかで姉達が着ているワンピースやフリルやレースが付いたトップスなどが特別に可愛くて、
着ている姉達もなんだかいつも以上に可愛く思っていた。
その延長線で物心ついた頃に、
姉達が見ていた魔法少女ものやアイドルアニメが好きになり、
まるで三姉妹のようにキッズコスメやアクセサリーが好きになり欲した。
でも初めは男のくせに女の物が好きなのはおかしい、こんな自分がどこかおかしいのだと、
幼いながらに気持ちに蓋をして普通の男子小学生として過ごしていた。
それが崩壊し、今の自分のきっかけになったのは中学生の頃。
著名人になった卒業生の人が講演に来た。
ずっと好きだった漫画家の夢を諦めきれず、
四十代になり思い切って脱サラして漫画を描いたらそれが大当たりして、
アニメ化、更にドラマ化と超特大ヒットしたという人生遅咲きで大逆転したという夢のような内容。
今や誰もが知ってるタイトルだし、もちろん僕も知っていた。
才がある人は凄いなと思いながら、
眠いとか暇だとか全校集会がとにかく気だるかった。
そんな中、その人は
「僕は漫画家の夢は諦めて、
ずっと漫画はあまり好きじゃないと言って距離さえ取りました。
好きなことを我慢せずにやっていたらもっと早く成功してたのかも。
皆さんは夢を追いかけてほしい。
僕の時代と違って、漫画でもアイドルでもなんでもチャンスの形が変わってネットの色んなところに夢が転がっています。
それに色んな解釈も広まってとても自由なので諦めないで欲しい。」
という言葉にハッとした。
僕もずっと押さえ込んでいたら後悔する日が来るのだろうか。
いや、来るんだと思う。
歳をとってしまったら、
自分の憧れで理想の『可愛い』を体現できないで終わる。
おじさんになって可愛い格好したら出来次第でもあるが『可愛い』より『痛い』や『変質者』の割合が高いだろう。
一生懸命可愛い服やメイクをしたおじさんになった自分を想像してなんだかゾッとした。
動き出すなら今しかないのかもしれない。
と僕は自分の好きなことに素直になり、一歩踏み出した。
そうは言ってもすぐに女子用の制服を身に纏うことはなく、学ランのままで身の回りのものから始めた。
良い香りのするハンドクリーム、リップクリームは忘れず塗るとか、
爪磨きしてネイルオイルを塗って爪の手入れをしたり、
洗顔料やスキンケアもこだわり、思春期特有の肌荒れはほぼ防いだ。
文房具とかは女子がよく使っているが、
別に男子が使っても変じゃないラインを見極め選んでいた。
その成果もあり、周りは
なんだか七咲って女子力高いよな、のレベルで特に周りから浮くことはなかった。
でもなんだか自分で自分の好きな物から上手く避けているようで、
遮断してきた時より良い気はしなかった。
そんな僕を見ていた二番目の姉が
「最近の葵ってなんかダサくね?
好きならもっと堂々とすりゃいいじゃん。
アウトラインをギリギリ探っててなんかそっちの方がキモい。」
と思い切り一刀両断した。
なんか言い返したいのに、
ずっと自分自身に思っていた事を言われ図星を突かれ何も言えなかった。
それに畳み掛けるように高校受験の志望校を本格的に決める時期に差し掛かり、
少し暗い気持ちになりながら色んなパンフレットを見た。
その時様々なパンフレットの中で一つだけ気になるものがあった。
「…私服登校?」
その後スマホで調べたら他の私服登校の高校はメイクもOKだったり校風も自由だった。
高校デビューではないが、
これを機に自分の殻を破けるんじゃないか、と
希望を抱いて父親と母親に頭を下げた。
「今まで黙っててごめんなさい。
実はこういう物や格好が好きで、ずっと隠してきました。
でももう自分から逃げたくない。
自分の好きな物を貫いて誇れるようになりたいから私服登校が可能な学校に通わせて下さい。」
てっきり殴られたり罵倒されるものだと思っていたが、
僕の家庭はあっさりと
「そうなんだ。偏差値高いけど勉強頑張りなよ。」
と許しを出してくれ、思わず拍子抜けた。
幼少期から姉達に着いて歩いて、戦隊モノやヒーロー系のおもちゃを欲しいと言わず、
ずっと姉達の影響を受け続けた僕を見て元々そんな気はしていたらしい。
それどころか
中学の同級生と会うと気まずいだろうし、と
少し通学が大変だが遠い高校に通うことを薦めてくれた。
それからはもう死にものぐるいで勉強を頑張り
無事、志望校に受かった。
春休みはとにかく姉達にメイクを習ったり、
服を一緒に買いに行ったりと僕が僕であるために時間を有意義に使い、
ただ入学式を楽しみにした。
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