第24話 相談


 デクスターとフレディは、にこやかに会談している。


 今、フレディに同行している従者は一人だけ。

 ジョシュアが命を狙われたあの日に同行していた秘書官のトミーだ。

 平民の出自ながら頭がよく切れ仕事ができるため、現在はフレディをしっかり補佐しているのだろう。

 

 トミーはジョシュアの一番身近にいた人物だけに、声を発しただけで気付かれる可能性がある。

 一瞬たりとも気が抜けない。

 ジョアンはなるべく目立たないよう、デクスターの後ろで存在感を完全に消し去る。

 部屋の置物と同化するくらい息を潜め佇んでいた。

 

 今のところ、二人共にジョアンへ目を向けることはない。

 このまま無事に、何事もなく過ぎ去ってほしい。


「───ようやく状況も落ち着いてきましたので、私のお披露目を兼ねたささやかなパーティーを開催する予定です。その際には、デクスター殿下もぜひ我が国へお越しください。歓迎いたします」


「ありがとうございます。楽しみにしております」


 終始和やかな雰囲気で、会談は終了する。

 話題の中で、元婚約者ジョシュアの件に触れることは一切なかった。

 ヤヌス王国の中で、ジョシュアの扱いがどうなっているのかは不明のまま。

 情報収集ができなかったことは残念だが、今はそれよりもこの場を乗り切る事のほうが重要。

 トミーを伴い去っていくフレディへ頭を下げながら、ジョアンは心の底から安堵していた。


 その後、デクスターは何名かの要人と会談を終える。


「さすがに、ちょっと疲れたな……」


「お疲れ様でした。すぐに、帰りの馬車の手配をいたします」

 

 少々お疲れ気味の主を労い、ジョアンはデクスターと会場を後にした。

 廊下を歩いていると、反対側から早足でやって来る人物が見える。トミーだった。

 彼はデクスターに気づくと端に寄り頭を下げる。それから、後ろに付き従っているジョアンへ遠慮がちに声をかけた。


「恐れ入りますが、少々お尋ねしたいことが……」


「何でしょうか?」


 身構えていたジョアンは声色を変え、落ち着いて対応する。


「先ほどのテーブルに、このカフリンクスが落ちていませんでしたでしょうか?」


 トミーが見せたのは、金の台座に緑の色石が嵌め込まれたもの。

 一目で高価なものだとわかる。


「申し訳ございません。私は気付きませんでしたが」


 トミーによると、フレディが部屋へ戻ったところで片方を紛失していることが発覚。

 従者たちが手分けして、フレディの今日の行動範囲を探しているとのこと。


「ジョアン、秘書官殿と会場へ行き捜索を手伝うように」


「……かしこまりました」


 気遣いのできる主だから、そう言い出すことは想定していた。

 従者としても、今後の両国の関係から考えても、ジョアンが拒否することはできない。


「いいえ、とんでもございません! 王弟殿下の従者の方へ、そのようなことまで……」


「遠慮することはない。フレディ殿下がお困りであろうし、この国の者がいたほうが、都合が良いだろう」


 俺は、兄上たちのところへ顔を出してくる。

 そう言って、デクスターは行ってしまった。



 ◇



 ジョアンは、会場で給仕を担当していた侍女らに落とし物はなかったか確認をしている。

 トミーは、会談をしていたテーブル周りを隈なく探していた。


「ジョアン殿、ありました」


 彼の手にあったのは、同じ意匠のカフリンクス。

 ソファーの奥まった場所にはまり込んでいたらしい。

 無事に見つかり、まずは一安心。

 ジョアンはホッと息を吐いた。


「ご協力いただき、ありがとうございました」


「では、私はこれで失礼いたします」


 主のもとへ行き、離宮へ戻る馬車の手配をしなければならない。

 これから就寝準備等々、やるべきことはたくさんあるのだ。


「お待ちください。実は、折り入ってご相談したいことがございまして」


「どのようなことでしょう?」


「こちらで公言するのが憚られる内容でして、少々お耳を拝借してもよろしいですか?」


 軽く頷いたジョアンの耳元へ、トミーは顔を寄せる。


「いかがでしょうか?」


「……その件でしたら、場所を変えたほうが良さそうですね」


「お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします」


 トミーは、深々と頭を下げた。



 ◇



 会場を出てジョアンが向かったのは、庭園だった。

 辺りはすっかり暗くなっているが、所々にランタンが置かれ、就寝前の夜の散歩を楽しめるようになっている。

 噴水もライトアップされ、幻想的な光景が広がる。

 二人は、傍に設置されたベンチに腰を下ろした。

 周囲には他にも人がいるため、彼らだけが目立つことはない。

 各々が談笑しており、賑やかな話し声も聞こえる。

 水流の音で、大きな声で話さなければこちらの話し声を聞かれる恐れもなかった。

 

 ジョアンはおもむろに眼鏡を外し、上着の内ポケットへしまう。


「……やはり、トミーには気づかれていたのか」


「私が、何年あなたに仕えていたと思っているのですか……ジョシュア様」


 学園を卒業し王宮で執務の手伝いを始めたジョシュアにトミーを付けてくれたのは、異母兄のダニエルだった。

 トミーはダニエルの腹心の部下で、信頼も厚い。

 仕事のできる優秀な男だ。

 

 先ほどトミーは「(女王陛下の)元婚約者の件について、お聞きしたいことがある」と言った。

 それだけで、ジョアンはすべてを覚る。

 彼と直接話をする覚悟を決めたのだった。


「私と接触するために、カフリンクスが片方無くなったと偽装をしたのか? 他の従者へ嘘を吐いてまで」


「こうでもしなければ、あなたと二人きりで話すことができませんからね。『敵を欺くには、まず味方から』と申しますし……」

 

「フフッ、私ではどうやってもおまえには勝てそうもないな」


 トミーを前にしては、小細工などまったく通用しない。

 

「私が気づいたのは、ジョシュア様が大変優秀だからですよ。初めて訪問した国で、相手側の側近に有能な人物がいると聞けば、どのような方なのか探りを入れるのは当然です」


「たしかに、その通りだな」


 ジョアンがトミーの立場だったなら、きっと同じようなことをしていた。

 トミーは、獣人王国の王弟の側近が語学に堪能で、見目の良い人物だとの噂を聞き興味を持つ。

 今後、獣人王国とは関係を深めていくことになる。

 フレディの側近として情報収集をするべく、主に同行したのだ。


 ところが……


「間近でお顔を拝見し、すぐにあなたとわかりました。髪型も髪色も声も違う。眼鏡までかけておられましたが……本当に、ご無事でなによりでございます」


「国では、私の扱いはどうなっている?」


「未だ、病に臥せっておられることになっています」


「そうか……」


 死亡認定されていれば、話は早かった。

 しかし、簡単にことは運ばないようだ。


「あの日、ジョシュア様の傍を離れたことを、私はずっと後悔しておりました」


 車輪が故障したと聞き、トミーは御者と共に修理の手配に向かう。

 ところが、馬車に戻ってきたときにはジョシュアが行方不明になっていた。


「護衛騎士たちは、あなたが小用を足すために一人で森へ入ったと。しかし、一向に戻ってこない。様子を見に行ったところ、どこにも姿がなかったと証言しました」


「ハハハ……」


 小用を足しにいったのは本当のこと。

 ここで、あえて訂正はしない。


「国の重鎮たちは、あなたが重責に耐えかねて自ら失踪したと判断しました。しかし、旦那ダニエル様は信じておられませんでした。もちろん、私も」


「トミーたちが手配へ向かったあと、気付いたら馬車の周辺には誰もいなかった。そして……賊に命を狙われた。だから、逃げたのだ」


「!?」


「崖に追い詰められ、川に飛び込んだ。そして、この獣人王国へ流れ着いた」


 ジョアンは感情の起伏もなく、ただ淡々と事実だけを述べた。


「では、護衛騎士たちは賊と繋がっていたことに……」


「間違いないだろうな。他にも仲間がいたかもしれない」


「…………」


 トミーは、衝撃を受けたような表情をしている。

 ジョアンは、そんな彼の様子を冷静に観察していた。


 隠すことなく事実を打ち明けたのは、トミーが敵か味方か判別するため。

 彼は兄ダニエルの腹心であるため、ジョシュアの命を狙う理由はない。

 ダニエル自身も、異母弟とはいえ家門から王配になるジョシュアを亡き者にしたところで、得られるものなど何もない。

 

 しかし、人は金のためならば平気で良心を売り渡すこともある。

 賊に手を貸したと思われる護衛騎士たちのように。


「だから、正体を隠して別人として生きてきたのですか」


「そういうことだ」


 善悪を見極めた結果は、『白』。

 ジョアンとしても、トミーのことは信じたかった。

 もしこの勘が外れたならば、己の人を見る目がなかったと諦めるしかない。


「ジョシュア様が生きておられたことは、旦那様にだけ伝えます。他には漏れぬよう、細心の注意をはらいますので」


「ああ、よろしく頼む」


「他に、伝言はございますか?」


「私は、このままエンドミール獣人王国で王弟殿下の側近として生きていくと伝えてほしい。ヤヌス王国へ戻るつもりは一切ないと」


「……尊敬できる主と、めぐり逢われたのですね」


「殿下とは、生涯を共に生きていくと誓い合った」


「『生涯を共に』……そうでしたか」


 トミーであれば、事前に獣人王国や獣人の生態についても情報収集をしているはず。

 皆を語らずとも、この言葉の意味が十分伝わったことだろう。

 

 時間的に、これ以上の長話はできない。

 二人は、噴水の前で別れた。



 ◇



 足早に去っていくトミーを見送り、ジョアンも迎賓館へ足を向ける。

 

(殿下の所在を確認し、馬車の手配をして……)


 ジョアンの思考は、突如遮られる。

 木の陰にいたのは、デクスターだった。


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