第158話
ゆれるハーブの香りにはリラックス効果があるといわれている。しかしその向こうで髪をぐちゃぐちゃにしてわめいている彼女は、今にも自分を殺りそうなほどの形相でこちらを睨んでいる。
「勝手にキッチンさわるな!!はやく!かえってよ!!」
「ごめん。星來。俺が全部悪いし、今までのことも、」
「うるッさいぃッっ」
ここまでは届かないが、星來が重いビーズクッションを力任せに投げてくる。
「…………」
何か、伝えようにも。なにも言葉が出ず。ただキッチンで立ちすくむ朱朗は、もう謝ることもできない。
息を荒げながらも、少しだけ落ち着いた様子の星來。ビーズクッションに力を持っていかれて疲れたのだろう。
「………しってる?わたし、あんたのせいで怖い思いしたの……」
「…………」
朱朗が静かな空間で喉を鳴らす。
心当たりが、ないわけじゃない。青司が酔って実家に帰ってきた日、青司が言っていた言葉。
ファッションショーで転ばせたと。
青司が知っているということは、当然星來が言ったのだろう。
自分が青司や母親に、小さい頃から気性の荒さを注意されてきたことが、あんな形で好きな相手を傷つけることになってしまったのだ。
謝るどころかその事実を認めもしないで、それでいて星來に当てつけのように他の女を抱いてきた。
最低で、クズで、自信もない上にプライドもない。
星來を好きになったことを、全て星來のせいにしてきた自分が、あまりにも稚拙で。逆に星來が大人すぎる。
もう。これは。
無理かもしれない。
「出てって。」
冷静な声が、朱朗に耳にこだまする。
自分の罪が、あまりにも膨大すぎて。正しい謝り方も分からず、朱朗は、静かに玄関を出ていった。
小粋なブレンドティーが静かな部屋に循環する。
星來は、すがる相手もなく。ただ苦しくて泣き続けた。
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