第86話

「(スクープされてほされろ!)」


 

そう念じた後、星來はロングカーディガンを羽織り、小さなシュパットエコバックを手に取る。



朱朗が出て行ってから約20分後、ショーパンのまま外へと飛び出した。ほろ酔い気分のまま。




「風音様、こんな時間にお出かけですか?」



マンションのロビーに常駐するコンシェルジュの一人、正瑞しょうずいが危なかっしい様子の星來に声をかける。



「……風音様なんてやめてよ、星來ってよんで。」


「星來、こんな時間にお出かけですか?」


「適応力マッハなの?」


「マッハではありません。マッハ正瑞でございます。」



そんな馬鹿みたいなやり取りが、少しだけ星來の憂さ晴らしになる。淡々と返すマッハ正瑞に思わず笑いを溢し、ふらふらしながらロビーを出ようとした。



「星來、あなたのご両親からはどうか見守っていてほしいと裏金を頂いているのです。」


「……裏金の言い方がよくないわね」


「ならば助力金とでも申しましょうか。」



背が高く、黒いスーツ姿の正瑞。前髪を上げたアップバングスタイルで、こんな深夜でも黒髪の乱れはない。



「今からそこのコンビニに行くだけよ。」


「でしたら私がお供させていただきます。」


「そんな風に下手したでにこられると私、あなたにわがまましか言わなくなるわ。」

  

「わがままに加え、“正瑞”と可愛く呼んで頂ければ、私は満悦至極でございます。」


「……あ、そう。」 


「あ、そう。ではなく、“正瑞”と。」


「…しょ、正瑞」


「ああ至福の極み。」


 

ご満悦そうな笑みをふわりと見せる正瑞。そして虚ろな目を彼に向ける星來。どうせ“至福の極み”は助力金のお陰だろうと。



それから結局二人でコンビニに行き、糖質オフのアイスと、正瑞にお礼のタバコを買って帰ることとなった。

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