第3章 第1話「混乱の中で交わる視線」
島袋は、優斗の指示を受けてWAX作業の道具を急いで準備していた。大急ぎの状況で、普段のように丁寧に作業を進められない中、ふと気配を感じて振り返ると、美香が一緒に準備を手伝ってくれているのを見て、驚きと喜びが入り混じった気持ちが表情に出てしまった。
「ありがとう、美香ちゃん。こんな状況で助かるよ」と島袋が感謝を伝えると、美香も「いえ、こんな時ですからお互いに協力したほうがいいと思って」と微笑みながら応じた。島袋は、少し前から美香のことが気になっていた。どこか落ち着きがあって、同僚の中でも頼りにされる彼女が、自分の手伝いをしてくれているのは嬉しくもあった。しかし、今は緊急事態。この状況で浮かれていては何か見落としがあるかもしれないと思い、気を引き締めた。
島袋は、指差し確認しながら道具をチェックしていく。「WAXよし、洗剤よし、ポリッシャーよし…自洗機はどうしよう?」と自問しつつ、必要なものを確かめていった。道具を確認し終えると、美香がモップやWAXラグを準備しているのが目に入り、島袋はほっと胸を撫で下ろした。だが、その瞬間、ふと昔のことが頭をよぎった。何かに追われていたあの時と、今の混乱した状況がどこか重なる気がしたのだ。
「懐かしいな…」とぼんやり思いながら、しかし今は悠長に考えている暇がないと気を引き締め、再び作業に集中することにした。「よし、美香ちゃん。他に足りないものがないか、もう一度確認してもらっていいかな?」
美香が頷いて、もう一度道具をチェックしている間、島袋は優斗に準備完了の報告をしようとスマホを取り出した。その時、背後から上原が駆け寄ってきて、緊急な用があると言いながら島袋に声をかけた。上原の表情は険しく、すぐに対応しなければならないことが感じ取れた。
「ちょっと失礼するね」と言って島袋は上原と話し始めたが、用件はやはり避難誘導の対応や状況確認に関するものだった。
一方、美香は島袋と上原が話している間に、自分のスマホで優斗に連絡を取ろうと試みた。しかし、どうやら混線しているのか、なかなか繋がらない。何度か連絡を試みるも反応がなく、もどかしさを感じながらも、仕方がないとスマホをしまった。
「この状況、やっぱり普通じゃないな…」と、美香は頭を抱えるようにして考え込んだ。美香にとって島袋は単なる同僚ではなく、どこか気になる存在でもあった。ふと、おばぁちゃんから聞いた話が頭をよぎる。「彼はもしかして…おばぁちゃんの話に出てきたあの人なの?」と不安と好奇心が入り混じった感情が胸に込み上げた。
「でも、なんでこんな時に…」と考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだった。これ以上悩んでも仕方がないと美香は頭を振り、気を取り直して再び道具の確認に戻った。島袋が準備してくれたWAXや洗剤、ポリッシャーなどの道具を再度丁寧にチェックし、不足がないか慎重に見極める。
「あとは、島袋さんが戻ってくるのを待とう」
とつぶやきながら、道具一式をまとめて準備完了を確認する。
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