マシーネ・ヘッド

天龍びし

第1話 角のある少女

 あなたは小説や漫画を読んだことがあるだろうか?

 まあ、あるだろう。


 本というものは、物語を記したページが連なっているものだが、やろうと思えばいきなり物語の終わりから開くことも可能だ。


 じゃあ、あなたはこの世界の未来が決まっているのではないかと考えたことはあるだろうか?

 ちょうど、本に著された物語のように。

 これは、人によるだろう。


 では、仮にもし未来がずっと先まで決定されていたとしたなら?

 なおもあなたは生きる意志を見失わずにいられるだろうか?


 そういう僕がどうかって?


 そうだな、僕は───


* * *


 人工太陽衛星ソレスの柔らかな陽光が照らす赤茶色の岩間を、旅客列車が駆け抜ける。

 核融合炉を動力に据えた列車は蒸気機関車めいた古めかしい意匠をしているが、それ以前にわざわざ車輪のついた動力車などが地上に敷かれたレールを往く時点で趣の領域である。

 時は星団歴2199年。世は、人々が宇宙そらと星々を行き来する宇宙開拓時代なのだ。


 連結された個々の列車の中で、個室が並ぶ廊下を歩く青年が一人。

 襟足の長い藍色の髪と、袖が膨らんだような白シャツに長い足を強調するかのような黒のスキニー姿は、都会惑星の住人からしてみれば身なりのいい田舎者という格好だろうか。

 窓から射す陽光に、首から下げている黄金の鍵がきらりと光る。


 そんな青年が昼食を取りに先頭の方にある食堂車へ向かっていた途中である。

 赤いカーペットの敷かれた廊下の先から、女が一人、小走り気味に現れた。


 いや、女という表現は大雑把過ぎた。

 腰ほどまである灰色の髪。

 鋭い顎の輪郭、長い前髪の奥に見える切れ長の眼は金色に輝いている。

 その整った顔立ちはしなやかで美しく、歳は青年と大して変らない───十八歳ぐらいの少女に見えた。

 何より目を引くのは、その前髪をかき分けて額から突き出す黒い角......。


 青年は角のある少女の姿に見入っていた。

 有角人種はプロフェシア球状星団でも珍しくなかったが、宇宙は広いものだ。

 実際に角のある人間を見るのは初めてだった。


 だが妙だ。

 左の角は切り落とされたのか、断面が見える。

 それに服装もおかしい。

 靴は履いてないし、サイズの合っていないコートを羽織って、ボタンは留めずに左手で掴んでいる。

 うつむきながら廊下を足早に歩く様は、まるで誰かから逃げているような───。


 その時、顔を上げた角の少女が青年の顔をちらりと垣間見る。

 青年の顔を見て、はっとした。きれいな二度見だった。


 だがその表情はどこか、知らない都市の人混みに揉まれた末に親しい友人や家族の姿を見たかのような、そんな表情だった。


 ぴたりと足を止めた少女、青年も思わず足を止める。

 どこかで会ったことあります?そう口に出す前に、少女が発した。


「たっ、助けて......!」


 低く、聞き心地の良い声。

 だがその絞り出した声からは「この人で合っているはず」というようなニュアンスを感じ取ってしまった。

 美人局か?という疑念が脳裏をよぎったが、前の車両とつながる廊下の角から屈強な黒服の男が現れる。


 浮かんでしまった疑念とは関係なく、青年は助けを求める声を無視することはできなかった。

 いや、彼が背負う家名が許さないのだ。

 

 青年のピントが奥の黒服に合う。

 スキニーパンツのポケットから取り出したグローブを左手にだけはめると、青年は少女の手を引っ張って自分の後ろへと隠した。


 青年が、ずかずかと歩み寄ってくる黒服と相対する。

 黒いスーツジャケットに黒の丸眼鏡、それに黒のハット帽。

 まるでティーンエージャー向けの冒険活劇から飛び出してきた悪役───正確にはそれが引き連れている下っ端のような姿だ。


 黒服が右手をジャケットの懐に差し込む。それは、拳銃を取り出す所作。

 青年はその時になって思い出した。護身用の拳銃を持ってきていない。

 銃を持っていたなら、この時点で黒服を撃っていただろう。

 だが現実では丸腰だ。


 青年は少女の身体を左手で押して、すこし右の方へ動かす。

 黒服がいよいよ拳銃を抜く。

 角の取れた鈍い銀色の小さな拳銃。銃口には短小なサプレッサー。

 黒服はその拳銃を右手に持って、銃口を青年に向かって突き出した。


「そこをどけ! 死にたくはないだろう!」


 低く唸るように脅す黒服の男。

 刻一刻と近づいてくる銃口。引き金を押し込んでいく人差し指。

 だが青年は右手の平を突き出すと、わざとらしく言った。


「ちょ、ちょっと! まってくれよ!」


 銃なんて持ったこともないと言わんばかりの演技が黒服に効いた。

 近づいてくる黒服の拳銃が、突き出した右手の間合いに入った。


 その瞬間である。

 青年の右手が、獲物に飛び掛かる鰐のように黒服の銃を持った腕を抱え込んだ。

 驚いた拍子に引き絞られた引き金。

 クッションを思い切り叩いたような銃声と共に、廊下のカーペットに黒こげの弾痕が穿たれる。

 少女が横に動いていて幸いだった。


 だが、拳銃が二発目を吐き出すことはなかった。

 青年のグローブをはめた左手が、がっしりと拳銃のスライドを握りしめていたからだ。

 こうしてしまうと自動拳銃は空の薬莢を外に捨てられず、次弾を撃つには手動で装填をしなければならなくなるのだ。

 左手だけのグローブは、そのためにはめられていた。


 青年はすぐさま背中を黒服の腹に押し付けるようにすると、握ったままの拳銃を思い切り左に回して奪い取る。

 黒服の懐から離れると、はじき出された空薬莢が陽光に照らされてきらりと輝き、青年はくるりと華麗にターンした末、容赦なく黒服の左ひざを撃ち抜く。


「うぐっ!」


 大きくかがんで撃たれたひざを抑えるようにした黒服だったが、青年はさらに右肩も撃ち抜いた。

 今度こそ、仰向けになって倒れ込む。

 ジャケットの袖口から見える白シャツが血に染まっていて、黒服は鈍い痛みにのたうつ。


 奪った拳銃をちらりと見る。

 プロ仕様の高級なブランド物だ。

 一般人が懐を気にしながら買うような護身用のコスパ拳銃ではない。

 脳天を撃たなくて正解だ。この黒服、どこかの会社から派遣された契約傭兵かもしれない。


「君!後部車両へ! 門番が二人いるところまで!」


「え、ええ」


 戸惑いつつも走り出した少女の後ろ姿を見て、青年は追って走り出す前に倒した黒服に近づいた。

 青年は咄嗟に黒服のジャケットをめくって、わき腹のベルトに刺さっていた替えの弾倉を二本とも抜き取っていく。


 廊下の騒音に何事かと個室の扉を開けたほかの乗客。

 銃を持った青年と倒れた黒服の姿を見て、声にならないような悲鳴を小さく上げて、また部屋へ戻って行った。


 しかしその直後である。

 先頭車両の方から、さらに二人の黒服が現れたのだ。

 しかも面倒なことに、先方はこの廊下の状況を見て、すぐさま引き抜いた拳銃を青年に向けたのだ。


 だが先に引き金を引いたのは青年の方だった。

 またも二発の銃声が鳴り、銃を抜いた方の黒服が廊下の壁に倒れてもたれかかる。

 もう一人の方は応戦する前に、まず廊下の角へ姿を隠す。

 そこから腕だけを出して発砲し始めた。


 青年も先に走り出した少女を追って、背後へ撃ち返しながら後部車両へと駆け出す。

 青年は連結部のドアをくぐった先で少女に追いつき、彼女の手を取って二人の門番が居る車両の手前までやってきた。


 門番の片方───赤毛のソフトモヒカンの男が、青年の銃と連れてきた少女を見て呆れたように言った。


「なんですか、また面倒に足突っ込んだんですか?」


「まぁ、うん......」


「金は貰ってますから、仕事はします」


「一応、後に来る奴は殺さないで。努力義務として」


「努力義務?」


 青年と赤毛の門番はぎこちなく頷きあうと、二人を奥の車両に通した。

 見送った門番は、互いに引き抜いた拳銃を慣れた手つきで装填する。


 黒服がさらに二人、門番の元へやってきたのはそのすぐあとだった。

 門番は鼻息を荒げる黒服にわざとらしく告げる。


「あ~、申し訳ないんですが、これより先の車両は貸し切りになっておりまして......」


「ここを角が生えた女が通っただろう!?」


 まるで聞いていない風に詰め寄る黒服。

 拳銃を門番へ向けようとしたその時だった。

 門番二人は瞬きする間もなく黒服の両足を撃ち抜いたのである。


「まったく。装備だけ一丁前のトーシロめ」


 門番は結束バンドをおもむろに取り出すと、それで黒服たちの両腕を縛り上げた。


「失血死しないことを祈るんだな」


 もう一人の坊主頭をした門番がそう言うと、二人は再び扉の前で仁王立ちした。


 一方、貸し切り車両とやらに移った青年と少女。

 何があるかと思えば何もない───いや、真っ暗だった。

 青年が取り出したスマートフォンのライトをつけると、最初に目に飛び込んできたのは巨大な、巨大な鋼の指だった。

 いや、足も見える。これは巨人だ。鋼の巨人が列車に乗っている。


「こ、これは何?」


 恐る恐る訊いた少女だったが、青年は平然と巨人の身体をよじ登り始めた。


「何って『マシーネ・ヘッド』さ。だって、こいつの中にいるのが一番安全だろう?」


「ましー......」


 そこまでの問答をして、互いが互いに生きている世界が違うのだということを察した。

 しかしとにかく、少女は青年に促されるまま、巨人の胸元へと入り込んだ。


 そこにあったのは球状の狭い部屋。

 その中心に、ごてごてとした座席がポツンと宙に浮いているだけ。


 青年はその座席に収まると、座席の前面を覆っている制御盤の鍵穴に首から下げていた黄金の鍵を差し込んだ。

 そして肘置きに掛けていたヘッドセットを慌しく耳につけると、内蔵されているマイクに向かって発した。


「ごめんけど、ブラックアウトを起動する」


≪貨物室でですか!?≫「ブラックアウト......?」


 無線から赤毛の門番の声と、隣から少女の問いが重なった。

 青年は無線を無視して少女に答えた。


「このマシーネ・ヘッドの名前さ。あっ、名前といえば名乗りが遅れて申し訳ない」


 青年は一度ヘッドセットを外すと、少女と面と向かって名を名乗った。


「僕はノエル。ノエル・フォン・グレイ。君は?」


「ミコノ。ミコノと呼んで」


「わかった。それじゃミ───」


 その時だった。

 車両が大きく揺れたのだ。


「んっ、今度はなんだ」


 ヘッドセットを再び耳に当てたノエルは、車両乗員たちが使う無線を盗み聞きした。

 錯綜する無線から聞こえてきたのは「進路をふさがれた」とか「武装してる」とかいうワード。

 その後、坊主頭の門番から無線が繋がる。


≪グレイ伯爵、カメラの映像を回します。外の様子です≫


 廊下の突き当りにある小窓からカメラを持った腕を外に出しているようだ。

 ノエルは制御盤のボタンを流れるように操作すると、空中にホログラムの小画面を浮かび上がらせ、カメラが映す光景をじっと見つめた。


 行く手の線路は破壊されていて、そこから沸き立つ黒煙の先には、首のない寸胴な機械の巨人たちが横並びになって待ち構えている。

 それらが右手に構えるのは、九十ミリの機関砲。

 わかりやすく物騒なものだ。


「え、ちょっと待って、あれもミコノを追いかけてきたのかい?」


「そう、だと思うわ......」


 ノエルはミコノの服装に視線を移す。

 空いていたコートの奥には手術着のようなものが垣間見える。

 どうも飛びぬけて面倒なことに足を突っ込んだらしいことは、もはや誰の目にも明らかだった。


「仕方ない。乗ってしまった船だ」


「どうするの?」


「どうにでもなれだ。あの道を塞いでいる奴らを蹴散らす。ハッチを閉めるが?」


「ちょっと待って!」


 サイズが大きすぎるコートを脱いで、外へ投げ捨てたミコノ。

 それと同時に、ノエルはハッチを閉じた。


「オペレーティング・システム立ち上げ。あの通せんぼ共を蹴散らす!」


『ピー』っという電子音の後、白地のメーカーロゴと共にUEFIが起動し、続いて機体制御OSが立ち上がる。


 ブラックアウトと呼ばれた巨人の頭頂で、金色の隻眼が闇の中で輝いた。

 直後、座席の周辺をホログラムの立体映像が囲う。

 さっきは真っ暗だった貨物室の全容が、今は明るくハッキリと見える。

 ミコノは足場が突然消えたように錯覚し、驚いて片足を上げてしまう。


≪後で姉御に問い詰められるの、俺らなんすけど......≫


「そんときは僕のせいにしときゃいい。ミコノ、僕の膝の上に座って!」


「はぁ!?なんで!?」


 顔を真っ赤にして声を荒げたミコノに驚いたノエルだったが、すぐに冷静になる。


「戦闘機動をしたら、衝撃と重力加速から保護されるのはこの座席の上だけなんだ。そこに立ってるとケガしちゃうんだよ! あっ、別にやましいことなんて考えてないから!」


「わ、わかっているわ......!」


 おずおずと膝の上に座るミコノ。

 だが、これではノエルの視界を遮ることになると察してか、向かい合うようにして膝にまたがった。

 ミコノは耳の先まで赤くしていたが、ちらりと見やったノエルの目は抜き身のナイフの様に鋭かった。

 その眼差しは、ずっと制御盤の画面を睨んでいる。


「メインシステム、戦闘モード起動。後で弁償する!」


「えっ?」


 ミコノが思わず訊いた直後であった。

 ブラックアウトの右足が動き出し、貨物車両の天井を蹴り飛ばしてしまったのである。

 差し込んできた外の光に、暗い場所に慣れた目が刺される。

 次に外を見やったとき、座席は空中にあった。


* * *


 列車の後ろから突如飛び出してきた黒い人型の影。

 そう、人型だった。

 空力特性を重視し鋭利な装甲に包まれたその機体。

 胴体からは四肢が伸び、頭もある。

 頭があるということは、マシーネ・ヘッドである。


 列車を通せんぼした機動兵器のパイロットたちは、飛び上がったその機影を見て戦慄する。


≪マシーネ・ヘッド!? ブリーフィングの脅威査定スレッドアサスメントじゃただの民営車両って話だっただろう!≫


敵味方識別システムIFFの返答はない! 撃ちまくれ!≫


 首無しの巨人たちが、一斉にブラックアウトへ機関砲を掃射した。

 しかし当たっているはずの全弾が、一切通用しなかった。

 よく見れば、機体を覆って球形のバリアが展開されている。


≪クソっ!火力を集中だ! プライマリアーマー第一の装甲をダウンさせろ!≫


「そんな豆鉄砲が効くか!」


 ノエルが使用武装として両手に装備しているアサルトライフル砲をアサインする。

 大きく鋭い砲声が空気を振動させると、マグナム装薬に押し出され放たれた砲弾が敵機の装甲とフレームを粉々に粉砕していく。

 それでも殺さないというところは一貫していた。

 あえて手足を撃ち抜き、コックピットのある胸部には徹底して攻撃しない。


 空からの一方的な撃ち下し。

 そうして、六機ほどは居た正体不明の巨人は一瞬にして撃滅された。


「もう倒したの?」


 そう訊くミコノに、ノエルは得意げに答えた。


「軽武装のマシーネ・トレーサーに、マシーネ・ヘッドが負けるはずがないのさ。野生動物の力関係みたいなものだよ」


 だが、ノエルはすぐに表情を引き締めた。


「おかしい、光ニューロ・ブレインが警告を閉じない......」


「どういうこと?」


「脅威となりうる存在が残っているという事らしい」


 その時、警告が鳴った。

 遠方の地平線に見えた赤枠の警告表示。

 回避機動、いやミコノが座席に固定されていない。

 バリア性能を信じて受けるほか......。


 刹那の逡巡。

 敵の弾がはっきりと目の前に迫ってきた。


 バリア膜がびかっと輝く。


 バリアとして展開されている反物質が飛んできた敵弾の質量をほんの一部だけ対消滅させ、発生したエネルギーは両肩に搭載されているエネルギー偏向器が垂直に跳ね返し、残りの弾体を破壊する。

 防御閃光は、そんなメカニズムの輝きだった。


 何とか攻撃を凌げた。

 だが、その安堵も束の間だった。

 機体の背後から、鈍い衝撃が走ったのである。


 汗が吹き出す。

 それは被弾の衝撃ではなかったからだ。


 コンソールで赤く光るダメージポップアップ。

 ブラックアウトの背中───脊髄付近にあるもの、つまり耐用年数を超過していたバリア装置がたった今壊れたのだ。

 そもそもノエルは、ブラックアウトを修理に持っていく途中だったのだ。


「プライマリアーマーが逝った......」


 しかし、狙撃弾の主と思われる反応が超速で近づいてくる。

 瞬きの間に、その機体は目視の距離にやってきた。


 派手な機体だ。

 銀色の甲冑を思わせる装甲には、きめ細かなエングレーブが掘り込まれている。

 左腕には大盾、右手には長槍めいた長銃が機体シルエットから突き出ている。

 特徴的なのは、頭頂からとても長く伸びたブレードアンテナである。


 一言で表せば悪趣味だ。

 あんな芸術品のようなものを戦場に持ち出しているのだから、自己顕示欲の塊みたいな奴が乗っているに違いない。


 すると、その甲冑のような機体から通信が入った。


≪まったく、小娘一人捕まえるためにこれだけの戦力を駆り出しておいてあっさり全滅とは、機関の私兵とやらも使えん連中だ≫


 すると、その格子状のフェイスの奥で水色の双眼が光る。


≪そこの黒いマシーネ・ヘッド! 角の女を乗せているのだろう! 大人しく差し出せ!≫


 力強いが、同時にどこかナルシストめいた声色はノエルの鼻についた。


≪対消滅バリアシステムが破損していて、しかも女を乗せている。そんなことでこのシュレディンガーの駆るシュヴァリエレに敵うものか≫


 こんな奴にミコノを明け渡せるはずがないだろうさ。

 だが、奴───シュレディンガーのいうこともその通りだった。


「いや、断固として渡さない」


≪フン、威勢ばかりはいいということか?≫


 ノエルは無線を切ると、ミコノへ謝った。


「しっかり捕まっていて」


「ええ、だけどどうするの?」


「短期決戦で仕留める他ない!」


 だが動き出しは先方が上手だった。

 素早く突き出された長銃からは、超電磁砲の要領で重量のある弾頭が凄まじい初速で放たれる。


 今はバリアがない。

 バリアに防御を依存するマシーネ・ヘッドの本体装甲などあってないようなものだ。

 あれを喰らえば一撃で消し飛ぶ。

 かと言って本気の機動を取ればミコノは確実にケガをしてしまう。


「盾とかは持ってないの!?」


「さっきのバリアが唯一の盾だよ!」


「壊れちゃったじゃない!」


「だから困ってるの!」


 認めたくないことだが、盾ならあると言える。

 それはミコノ自身だ。

 敵はミコノの身柄を欲しがっている。

 故に、彼女を乗せているブラックアウトには下手に攻撃できないはずなのだ。

 道徳的ではないが、これは状況打開の足掛かりになる。


 ノエルは覚悟を決める。

 甲冑のマシーネ・ヘッド───シュヴァリエレとやらを照準にとらえ、両手のライフル砲を連射しながら、左肩に装備しているミサイルを間髪入れず垂れ流す。


 バリアを落とすセオリーとして、大量の攻撃を叩き込んでエネルギー偏向器をオーバーヒートさせる方法が基本である。


 ブラックアウトの武装は、そうしたセオリーに則ってのタイマンに特化していた。

 故に、この状況であれば逆転の可能性はある。


≪小賢しい! 女は盾か!≫


 シュヴァリエレは視界から一瞬で消えるほどのクイックブーストで回避機動を取るが、ミサイルの群れは獰猛な肉食魚のように追い縋り、その背後からブラックアウトが迫る。

 ミサイルは本命でもありブラフでもある。


 だが戦闘の最中で、ミコノが目を見開いた。


「ノエル、ごめんなさい!」


 断りを入れると、ミコノは額をノエルと重ねた。

 その瞬間であった。ノエルの脳内にビジョンが流れ込んだのは。


 ビジョンが見せた光景は、振り向きざまにシールドブレードを振るうシュヴァリエレの姿。

 妙な感覚だった。自分の目は今、実現ディスプレイに映るシュヴァリエレの背中を捉えている。


 ノエルが気付いたのはその時だった。

 ビジョンの光景と見ている景色に連鎖性を見出したのだ。


 そうだ、目で見ているのは『今』の光景。

 さっき頭に流れ込んできたのは、


 つまりこのまま直進すれば、振り向きざまに放たれた不意打ちに───


「やられる!?」


 ノエルはミコノの頭を抱え、咄嗟に後退を掛ける。

 すると、ビジョンの通りにシュヴァリエレが振り向き、シールドブレードを振り抜いた。

 ブラックアウトの頭部を狙った一閃だった。


≪読まれていた!?≫


 慄いたシュレディンガー。直後、シュヴァリエレの背中にミサイルの魚群が殺到した。

 暗銀の甲冑が爆炎に飲み込まれる。

 ノエルはこの隙を逃さなかった。


 ブラックアウトが右肩に乗せている巨大なレールキャノンを右手のライフルと交換すると、機体は流れざまに構え姿勢を取り、ノエルは引き金を押し込んだ。


「終わりっ!」


 レールキャノンがプラズマ混じりの火を噴き、ブラックアウトは強烈な反動を受けて仰け反る。

 放たれた飛翔体はミサイルの爆炎を突き破って、シュヴァリエレに直撃する。


「やったの......?」


 思わず訊いたミコノに「そういうのはフラグだよ」と冷や汗交じりに返すノエル。

 光ニューロ・ブレインは直撃の観測判定を出した。

 だがどうだろう。仕留めた実感がない。


 暗銀を覆っていた黒煙が風に流れると、そこには右肩からスパークを散らすシュヴァリエレの姿があった。


 咄嗟にシールドを構えたらしく、逸れた弾道は右肩に行き着いたらしい。


≪違う、読んだのではない......。貴様、な?≫


「視───」


 言いかけようとして、さっきのことがフラッシュバックする。

 ノエルは向き合って座るミコノと視線を合わすが、彼女はすぐに目を逸らしてしまう。


≪そいつに視せて、なぜ俺には視せない! こんなカビ臭いロートルブラックアウトに後れを取ったじゃあないか!≫


「親父の形見をロートルだと!? ふざけるな!」


 いきなり憤慨したノエルに驚いたミコノ。

 だが、そんなノエルの叫びは眼中にないと言わんばかりに、シュヴァリエレは踵を反した。


≪黒い機のヘッド・ライナー操縦士! 余計なことに首を突っ込んだのだと努々忘れないことだ! 次に会うときは確実に殺す。俺がではないと連中に証明する......!≫


 シュレディンガーという男はそんな捨て台詞を吐いて、シュヴァリエレを飛翔させる。

 もはや汗だくノエルに追撃の余裕などなく、銃口を降ろしたと同時に背もたれへ頭を預けたのだった。


「それで、さっき見たビジョン......。あれは───」


 ノエルの問いに、ミコノはうつむいたまま答えた。


「村の一族が代々受け継ぐおつげを視る力。黒服もさっきの男シュレディンガーも、この力を追ってきたの......」


 一方で連れ去られた先の研究所から脱走できたのも、ビジョンのおかげだと言うミコノ。

 脱走してすぐに見た光景が、客車の廊下での一件だった。

 ノエルはその説明を聞いて、あの時感じたニュアンスの正体に納得がいく。

 ミコノはすでに、ノエルの顔を知っていたのだ。


「それで、君が連れ去られた?」


「私だけじゃないわ。村の巫子たちはみんな捕まった。ほかの、皆は......」


 言いかけようとしたミコノに、ノエルは「言わなくてもいい」と優しく遮る。

 だが何者が、そのような所業をしているのか。

 ノエルは『敵』の名を訊いた。


「連中の名は?」


「インフォーリング機関......。あいつら、そう名乗ったわ」


「インフォー......。ブラックホール特異点の名前か」


 あたりに散らばる兵器の残骸を見、ノエルは脳内に改めて反芻した。

 いつも以上に面倒な事態に足を踏み入れたのだと。




───

おまけ


世界観小話

『黒服の拳銃』


黒服の男たちがジャケット内に忍ばせていた拳銃。

正式な製品名は「VPS9」。その中でも、黒服が所持していたものはコンシールドキャリーを想定したコンパクトモデル「VPS9KS」。

プラチナ・スプリング社が開発し、星団歴2189年から製造している自動拳銃。


ティルトバレル式ショートリコイルを作動方式に持った普遍的な9ミリ拳銃で、ノーマルマガジンでの装弾数は17+1発。

バックストラップとグリップパネルを交換することができる点も、おおむね現代拳銃が備える基本的特徴といえる。


とはいえ、PS社特有の精密な工作精度により50メートルからの射撃で高い集弾性を実現。

その性能はVPS9KSでも発揮されている。(VPS9KSの場合、有効射程は47メートル)


黒服が所持していたVPS9KSの場合、装弾数は15+1発。

購入すると、標準でショートサプレッサーも同封されているが、これは惑星州法によっては違法となるため、購入店舗、届け先住所次第では銃本体のみのパッケージとなる。

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