ゴーストハンターと約束
たての おさむ
第1話 幽霊なんて信じたくない
真っ暗な空間。だけど、目の前の少女の姿だけは、はっきりと見えた。
見た目はとてもかわいらしく、右眉の上にほくろがあるのが特徴的だった。
声をかけようかと思った。どうしてここにいるの? ここはどこなの? 言いたかったが、なぜか、どれも言葉にはならなかった。
「約束、破ったわね」
だが、そんな気持ちは消え去った。何故だか、少女にそう言われた瞬間、背筋が凍るように寒くなったのだ。何か、心の奥底にあるものを揺り動かされたかのような悪寒。それを感じた。
「絶対に、許さないから」
今度はそう言いながら、暗闇の中へと消えていく。
待って欲しい。一体何のことなのかと問いただしたい。そう思うのも虚しく、さっさと少女はこの場を去って行った。
そのときになって、目を覚ました。夢だったのだ。
それにしては、はっきりと鮮明に夢の内容を思い出せる。あれは一体、何だったのだろう。
約束。約束。それが、脳裏にこびりついて離れない二文字の言葉となった。何か忘れてしまった約束があっただろうか。
中学校に来ても、その悩みは晴れなかった。晴れなさすぎて、授業用のノートの隅に、「約束って何?」と書いてしまった。
お昼休みに入ると、放送で呼び出された。「樋口彰くん。保健室まで来て下さい」と。確か、今日は保健室の先生はお休みで、臨時で誰か別の先生が入ってきている。そのはずなのに、名指しで呼び出されたので、何かやってしまっただろうかと不安になった。
恐る恐る、保健室まで行って扉を開ける。するとそこには、綺麗な黒髪をした、少し年配の方っぽい先生がいた。柔らかい笑顔を浮かべてくれて、「いらっしゃい、樋口くん」と言ってくれた。不安は少し解消された。
「あの、何で僕は呼び出されたのでしょうか」
だが、呼び出された理由には心当たりが全くないので、単刀直入に聞いてみる。すると、「ごめんね」と前置いてから続けてくれた。
「急に呼び出されて不安だと思うのだけれど、どうしても聞いておきたいことがあるの」
「何でしょうか」
「昨日、変な夢を見なかったかしら」
その瞬間、ドクンと心臓が跳ねた。どうして先生が夢のことを知っているんだ?
「どうかしら。見なかったかしら」
怖かった。夢のことといい、その夢のことを知りたがる先生といい、好奇心よりも恐怖の方が勝った。声を上げたい。鼓動が早くなっているのが分かる。
「見てません」
馬鹿、嘘をついたら後でどうにかなっちゃうかもしれないぞ。言った後でそう思ったが、言ったら言ったで何が起こるのか分からなかったので、言わない方を選択したのだ。後悔はない。保健室の先生は、「……そう」と少しこちらを伺ってからそう言った。
「ごめんなさいね、こんな質問で呼び出して。あなたに幽霊が憑いている可能性があったから、つい聞いちゃった」
「ゆ、幽霊?」
突拍子もないことを言われて、眉を顰めた。しかし、冗談を言っている様子はなく、話を続けてくる。
「そうよ。信じがたいかもしれないけれど、私には霊感があるの。だから、君に幽霊が憑きそうだなってことが分かるのよ」
「そんなことを信じているんですか?」
「ええ、信じているわ」
そう聞いてはみたものの、幽霊の存在を昨日の夢のお陰で否定しきれなかった。信じられないと断じられなくなっていた。
「ねぇ、よく思い出してみて。もし昨日、夢を見ていたらあなたは大変なことになるわ。最悪、幽霊に殺されるかもしれない」
「な、何でですか?」
「その理由は、君の方に心当たりがあるんじゃないかと思うわ」
約束。そのことだろうかと、保健室の先生の話を聞いて思った。何かあの女の子と約束をしていて、それを破ってしまったから、夢の中に現れたのかと。
それにしても思い出せない。一体何の約束をしたのだろう。あの女の子もどこか見覚えはある気はするが、思い出せない。
「本当に夢を見てない?」
どうやら、夢を見ていないと言ったことを嘘ではないかと疑われているようだった。先生の目を見れば、心配してくれているのだなと何となく分かった。けれど、本当のことを言う気にもなれなかった。幽霊がいるだなんて信じたくなかったから。
「見てません。用事はそれで終わりですか?」
その言葉で観念したのか、先生は息をついて言った。
「ええ、終わりよ」
「それじゃあ、僕、友達のところに遊びに行ってもいいですか?」
「ええ、いいわ。ありがとう、樋口くん」
最後には、最初のときと同じように柔らかい笑みを浮かべて送り出してくれた。「失礼しました」と言ってから友達のところへと行く。友達には、「何したんだよお前!」と聞かれたが、「何もしてないよ!」としか答えられなかった。つまらない奴、と言われたが、保健室の先生と話したことなんて説明のしようが無かった。ただ、話した内容はいつまでも忘れられなかった。
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