第2話 女神レステアネ
製造業の会社で工学系技術者をしている俺――
帰宅時間が高校の通学時間に重なったようで、路地の向こう側からは現代風な高校生の男女が歩いてくる。高校生の男女ふたりが俺の横を通り過ぎようとしたとき、まばゆい光が地面からあふれだした。
思わず目をつぶって両手を目の前にもってきたときに、何かが背中を押して前のめりで転びそうになった。あわてて両手を地面につけようと思ったら、酒で悪酔いしたような嫌な気分となりながら意識が飛んだ。
どのくらい意識が飛んでいたかわからないが、頭の中が動き出したのでゆっくりと目を開けると見慣れない真っ白な景色が広がっていた。
「申し訳ありません。私のミスであなたの体を消滅させて、次元の狭間に落ちそうだった魂を神界へ連れて来ました。さきほどまでの体には復元できませんが、神力を使って体を構築できますので、異世界でも問題なく過ごせますわ」
やさしそうな女性の声が聞こえたので視線をむけると、光に包まれた女性が立っていた。視線を移動させると魅力的な顔が見えて、思わず息を飲んでしまった。
俺自身を客観的にみているわけではないが、これが一目惚れだろう。しばらくの間女性に見とれていて、時間が経つと現状を思い出す。周囲をみてわかったのは、この場所が転びそうになった路地ではないことだ。
「ここは何処だ。たしか神界と聞こえた気がするが本当なのか」
女性の発言を思い出しながら頭の中を回転させると、神界以外にも次元の狭間や異世界などゲームやライトノベルで見慣れた言葉もあった。もし言葉どおりの現象が起きていたのなら、とんでもない場所にいる。
不安になって体を確認しようとしたが、視線を動かしても体が見当たらない。視線を女性へ戻すと、申し訳なさそうな表情をしている。
「突然の出来事で混乱させてしまって、本当に申し訳ありませんわ。必ずあなたの体を構築しますから、まずは私の話を聞いてください」
「説明してくれるのなら助かる。それにそこまで謝らなくても大丈夫だ」
女性になんども謝れてしまうと、俺のほうが申し訳なく思ってしまう。
「私は日本にいる神のひとりレステアネで、最近日本で多発している異世界召喚を調査していました。東京で今までと同じ異世界召喚の気配を感知したので、赴いたときに誤ってあなたを押してしまったのですわ」
さきほどの背中にぶつかってきたのが、この女神様だったのか。よほど焦っていたのに違いない。俺が中身を把握したのを確認できたのか女神様が続きを話す。
「あなたの体は異世界とこの世界で分断されて、魂が次元の狭間に落ちようとしたので、神界へ引き留めました。体を構築できますので元のように過ごせますわ」
俺の体を確認できなかったのは、今が魂の状態だからみたいだ。これから体を作ってくれるらしいが、ふたつほど気になる言葉があった。
「女神様、最初の言葉について聞いてもよいでしょうか」
「先ほどまでの言葉使いでかまいませんわ。それで何を聞きたいのでしょうか」
普段通りでかまわないみたいなので、敬語になれていない俺には助かる。
「元の体に戻せない理由と、異世界で過ごすという内容だ。別の体になるのか知りたいし、もう日本へ戻れないのか」
「私の神力ではあなたを高校生くらいまでしか再現できないだけで、別の体になるわけではありませんわ。今の状態は異世界召喚の途中で神界へ連れてきたので、私もあなたも神界から出ると時間が大きく動き出して、強制的に異世界へ移されます」
俺自身の体が20代後半から10代後半になるのなら、若返ると考えれば損した気分にはならない。どうせ日本に戻れないのだから、実年齢と異なっても大きな問題はないはずだ。
今までの生活に未練がないといえば嘘になるが、彼女もいないし両親も他界しているからその点は気軽に異世界へ行ける。趣味で集めている鉱物や宝石、のめり込んでいるVRMMORPGが異世界にもあれば申し分ない。
「女神様ができる範囲で対応してくれるのだから、その内容で充分満足している」
「了解してくれて助かります。このままいつまでも神界にいられないので、さっそく体を構築しますわ。神力で体を構築するので、想像以上に身体能力が強化されて、さらに神力を使いこなせれば、どのような異世界でも平気でしょう」
「女神様も神力で出来ているのか」
ふと思った疑問だった。
「その通りです。私の神力をあなたに分け与えるので、わたしの体も高校生くらいになりますが問題ありませんわ。異世界では神と認識されなくなりますが、どのような強敵が出現しても、神以外に負けるほど弱くはなりません」
俺を復活させるために、女神様が弱くなるのは申し訳なく思う。それに異世界では神の資格を失うのも気になった。
「体を構築する前に教えてほしいが、女神様は異世界でも神になりたいと思っているのか。それとも普通の人間として楽しむつもりなのか」
神以外には負けない強さなので、普通なのか疑問は残るが純粋に知りたかった。
「人間として楽しむ過ごし方にも興味はありますが、私は神力でできているので神と認識されてこその存在ですわ。あなたも神力で作られますが、あなたは好きなように生きてください。私もあなたと行動を元にして、いつまでもサポートします」
俺の異世界での目標が決まった。いつかは女神様を神様に復活させて、女神様自身にも異世界を自由に楽しんでほしい。
「わかった。俺の好きなように暮らしてみる。聞きたい内容は終わったから、体を作ってほしい」
「それでは体を構築しますわ」
女神様の言葉のあとに周囲に虹色の光が降り注いだ。虹色の光が俺の中へ入り込んできて、何かが変化していく感覚があった。最後にまばゆい光が周囲を取り囲み、すぐに元の明るさへ戻った。
「これで体の構築が終わりましたわ。お詫びとして私の加護をつけました。同じ神力で繋がっているので、口に出す言葉以外に念話でも意思疎通が可能です」
視線を移動させると、手足がみえて体も確認できた。目の前に鏡が出現したので確認すると、なつかしい焦げ茶の髪にみなれた高校生時代の平凡な顔があった。体格も高校生時代のままで、裸ではなくて私服を着ているのもうれしかった。
女神様も高校生くらいの姿に変化していて、黒髪の長いストレートが印象的で、アイドル並みのかわいい顔になっていた。
「女神様、ありがとう。念話が使えれば緊急時に対応できるから、異世界でも何とかなりそうだ。体も生まれ変わったから、異世界ではキュウヤの名前で過ごそうと思うが、女神様を何と呼べばよい?」
これからも女神様と呼び続けるのは、いろいろと問題になるのは明白だ。
『私の名前から一部を取って日本人の名前にもありそうな、レネにしましょう。見た目はあなたと同じ年齢くらいなので、幼馴染みにすれば一緒にいても違和感はありませんわ。幼馴染みなら呼び捨てで、キュウヤも私を呼び捨てで構いません』
女神様が念話で答えてくれて、少し驚いたが便利な機能だった。女神様の名前がレネに決まった。呼び捨てには抵抗はあるが、さすがに様で通すのも違和感がある。ここは女神様の意思を尊重するしかない。
『名前と呼び名はわかった。レネがいれば異世界も安心できるから、いつでも神界から戻っても平気だ』
俺も念話で返す。
『それでは先ほどの場所に戻りますわ』
問題なく俺の念話も通じた。レネの念話と同時に周囲の景色が変化して、見慣れた路地に戻ってきた。足元には魔方陣があり、俺の横にはレネがいる。正面には驚いた表情の高校生ふたりがいて、俺たち四人は異世界へ旅立った。
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