ダンジョン探索者代行、世界ランカーの同じクラスのダンジョン配信者を助ける。

佐藤圭

一話

 前書き


 こんにちは、こんばんは。作者です。

 今後何かある時は前書きを取って書かせて頂きます。


 さて。今回前書きを取った理由ですが、この話が初回増量版、ということです。

 つまり二話以降はこんなに長くないです。この場を借りて、それをお伝えさせていただきます。


 他にお伝えすべきことがあるのでここで書かせて貰います。

 タイトル回収は全然後になります。現時点ですと、タイトル詐欺のようになってしまい、申し訳無いです。


 最後に、誠に勝手ながら宣伝させていただきます。

 もしこの作品をほんの少しでも二話目が見たくなった、という方は、ハートや星、作品フォローをお願い致します。

 ハートは面白いな、と思った話数に付けるだけで結構ですし、星は一つでも大丈夫です。


 以上です。




 春。

 桜はひらひらと舞い落ちる。また今年も、登下校に使う道。

 そんな道を、二人で歩いていた。


 いやぁ、めでたいものだ。

 だって……


「妹が首席合格なんて……しかも、新入生代表挨拶だなんて……」

「お兄」

「ん?」

「公共の場でシスコンを発揮しない」

「シスコンちゃうわぁ!」


 ツッコミしながら歩いているが、他の面々も親バカばっかなのであんまり目立っていないようだ。

 合格は随分前に決まっていたというのに、大抵の人はわんわん泣きながら校舎に向かっている。


 世界最難関かつ、世界唯一の国連が創立した高等学校。

 その名は、ヴォン・フォルポンヴァーナ・パルァラーラ高等学園。

 世界で一番のダンジョン科高校だ。


「いやぁ。俺は嬉しい」

「お兄」

「ん?」

「もう六回は聞いたよ。

 もしかして老人?」

「老人ちゃうわぁ」


「お兄」

「ん?」

「なんでツッコミの時だけエセ関西弁になるの?」

「関西弁ちゃうねん」

「……はぁ」


 ま、嬉しいけど、と付け足しつつ、バカみたいな会話を一旦打ち切って、目の前の体育館を見据える。

 体育館。校舎は第一体育館を筆頭に幾つか体育館があり、この体育館は第二体育館だ。


 普通科六百人、理数科三百人、医学科百人、そして五百人のダンジョン科、その全員が、一斉にそれぞれの体育館で式に列席する。

 普通に入ると倍率は百六十倍くらいある。併願自由、受験は公立受験の場合、その成績を参照したりするから、中々に受験がしやすい構造となっているのだ。

 無論そういった措置だけでなく、単理数科なら国語の配点が低いなどもある。


 だからこそ膨れ上がった一万倍以上の倍率を超える入試に立ち向かい、勝ち取った実績は相当なものだ。

 そして我が妹がその首席合格を得たのだ。喜ばしいことである。


「今年は歴代で二番目のレベルだったらしいし、挨拶もその分だけ期待されそうだな。いやぁ、楽しみだなぁ……」

 「いや、去年がヤバすぎて、今年はあんまり期待されてない」

「おいおい。せっかくの晴れ舞台に自ら水を差すなって……俺はもう猛烈に嬉しいんだからさぁ」

「お兄、もうやめて。プレッシャーかけないで」

「すまん」


 結局、緊張を解きほぐせるのは自分自身だけだろう。

 会話を自粛しつつ、体育館の中へ入る。

 体育館の中はブルーシートが敷かれていて、土足でも入場できる。

 広々とした二階は紅白の装飾で埋め尽くされているが、一応、人数分の保護者席はある。


 奥の方の席に腰を掛けて、会場の時までどっしりと構えることにした。

 妹は少し予定を貰っているらしいので、恐らくは、今頃、先生と打ち合わせでもしているのだろう。


「いやぁ、にしても」


 疎らな保護者の足音の中で、誰にも聞こえない程度に、ボソリと呟く。


「楽しみだなぁ……」




 now loading……




「続いて、新入生代表挨拶です」

 と。ようやくプログラムが進んだ。

 少し前までは国連のダンジョン対策委員会代表が長々と話をしていたのだが、やっと終わったらしい。


「首席合格の、影宮さん、お願いします」

「はい」


 席の埋まり具合は程々、といった様子だ。

 だが緊張している様子はあまりない。


「新入生代表挨拶。影宮渚。

 桜が降り頻る季節となり、温かい日差しが……」


 ……ダンジョン出現から、およそ六十年余り。

 進んだルッキズム、過度な未来化により、人口減少を極める地球において、ダンジョンという新たな風を受け入れないという選択肢は無かった。

 国連管轄の学園、通称として、フォン学園には、沢山の生徒がいる。

 こうした生徒のうち、殆どは、受験を勝ち取って来た生徒だ。

 壇上で挨拶を振る舞う俺の妹、渚もその例に漏れない。


 ただ、俺はというと、少し事情が異なる。

 私立校、国立校、公立校問わずダンジョン科が出来て、その影響で、高校同士の生徒の奪い合いが多発した。

 そうして中には、経営が不可能となった高校も出てくる。


 そしてその高校の生徒は、大抵は、フォン学園に編入する。

 俺の元いた高校は、全校生徒二百六十人、しかし、出席人数の平均は七十人。

 潰れる直前の年は受け入れ人数を半分に減らしたが、それでも生徒数は大幅に減少の一途を辿っていた。

 高校一年生、六月。とうとう、廃校。責任者が夜逃げしたのだ。


 行動に問題点が見られたことのある生徒は編入に誘われていない。

 残った中から、俺、そして不登校の生徒を含め、計八人が編入の候補にされた。

 内、七名が辞退。

 残った俺は、こうしてフォン学園に編入し、進級を遂げた所だ。


「……これから始まるスキル検定会で、忘れてはならないことがあります」

 新入生代表挨拶は、続く。

「私達は皆それぞれ、個性を持っています。

 どんな個性でも受け入れ、社会に有効活用すると述べた、鍬先真治初代理事長の言を忘れず、精一杯に未来へと……」


 スキル検定会。

 俺はそれを、受けていない。

 しかし、その内容によって、今後の立ち回りが大きく変わるのだ。

 あんなに高倍率の試験を抜けた先で、また、篩がある。

 その篩には、勿論、首席合格であっても掛けられる。


 そうして、新入生代表挨拶は続いていった。




 now loading……




「いい挨拶だった」

「教師から渡された台本を覚えただけなんだけどね」

「なら、いい読み上げだったな」

「無理に褒めなくていいよ」


 渚。俺の妹で、一歳差だ。

 日本人らしい黒髪黒目で、大和撫子といった具合だが、家族が相手だと流石にそんなことはない。


「じゃあ、検定会、行くか」

「流石に緊張するなぁ」


 途中で編入したから受けずに済んだものの、自己診断の結果を見ると、俺もなんとなくは想像できる。

 あんな結果になったら正直嫌だもんな。


「しかも、代表なんだから、皆の前で、だろ? 俺なら無理だわ」

「委員会の方針は、どんな人でも受け入れる、だからね。五人に一人はノースキルだけど」

「二十パー引いたら微妙な雰囲気になるもんな」


 それぞれの科ごとで姓名順ではあるが、新入生代表は別換算だ。

 代表の様子……まあ大抵は末路なのだが……がTV、ネットニュースなどでモザイク付きで拡散されるのが恒例。


 尚、スキル無し、つまりノースキルでも放送事故扱いにはならない。

 晒し上げという露悪的な面を多分に含んでいるものの、そういったのは、うまいこと、未来へ期待、とか、スキルが無くとも、とか、そういった即席エピソードになる。


「規制のお陰でモザ付きなのは有り難いけど……っと」

 一応、保護者世代はスキルを持っている人も多い。そして、スキルで即席の仮面やら顔隠し等を作ったりする場合も多い。

 唯一の肉親として保護者枠である俺は、早速スキルを使わせて貰う事にした。


「その仮面、やっぱ変だよね」

「まあ、あんまり見せるもんじゃないな」


「お兄はいいよね、そういうスキルで」

「よくないんだが」


 軽口を言いつつ、校舎の窓から顔を出す報道陣に生中継で撮られながらも、会場へ行く。

 会場周辺は混雑はしていない。代表者だけが、第六体育館で鑑定するのだ。

 既に普通科、理数科は既に終わっているらしい。医学科らしい子が出てきて、その目は安堵に満ちていた。


「……あ、こっちこっち」「影宮さーん!」

 と、先生がやってくる。

 付いていって、ブルーシートが敷かれている体育館の中へ。

 教師陣が左右に分かれて座っている。

 見られつつ、ど真ん中にある水晶玉の傍にまで黙ってついて行った。

 先んじて流れは伝えられているので、その通りにするだけだ。


「今のお気持ち、いかがでしょうか」


 と、レポーターとカメラマンが割り込んでくる。

 水晶玉の前まで移動しながら、渚は答えた。


「あんまり緊張はしてないですね」

「ありがとうございます。ご自身では、どのようなスキルがいいなど、ありますか?」

「無いですね。ただ、人事は尽くしたので」


 そうして、水晶玉の前に来る。


「保護者様は、どのようにお考えですか?」

「ん……俺は別に、なんでもいいですよ。

 こればっかりは、運ですしねぇ」

 ただそれでも、と付け加え、

「無理なもんは無理なんで、無理にやらせはしませんよ」

「ご家庭では、どういった教育をなさってきたのでしょうか?」

「弓ですかねぇ。クロスボウ、かっこいいんですよね。俺としちゃ、生きてるだけで充分なんだけどね……まあ、本人がやりたいって言うんで、頑張ってお金貯めてって」


 ああいうのはドラマ的な展開をお望みなので、適当に答える。

 まあ嘘ではない。安物だが、親の遺産を使い果たして、買ったには買った。


 体育館のステージに、巨大なスクリーン。投影されたのは、水晶玉。

 準備が整ったようで、お願いしまーすと声が掛かる。


「……」


 そうして、水晶玉に触れた。


 水晶玉。魔力から作られたもので、そこそこ端的に言うと、スキルの内容が色で分かるというもの。

 ただ、それは抽象的にしか分からない。


 スキルには色々とあるが、現代社会では、特定の条件下で発動する力や、謎の力は観測されていない。

 魔力から現実世界のものへ換算して、運動エネルギーを付与し、射出したり、そういったなんとなく論理的な根拠があったりする。更に言うと、スキルを発動した時、その全ては一時的なものになる。

 時を戻したり、身体が獣化したり、そういうものは不可能とされている。


 水晶玉でするのはあくまでも絞り込みだ。使用してみないと分からない事の方が多い。

 水晶玉は基本、四色の反応を示す。

 赤。青。黄。緑。この四色だ。

 赤は爆発とか火、炎とかだ。青は水、または氷。黄は電気、雷といったものから、岩、土、鉱石などのものまで。緑は木や草などの自然、そして、風、嵐など。

 尚、色の濃さが最大出力と関係がある、とか聞いた事があるが、実際はよく分からない。平均値論が主流のようだが……


 水晶玉の色が、変わらない。


 ノースキル、か。

 そう思った途端だった。


 指先から、急に……緑色が、広がっていく。

 濃い。ほぼ黒色に見えるが、所々、深緑が混じっている。

 抹茶、緑茶を超えている色合いだ。透明度もほぼない。

 水晶玉をあっという間に満たした。


「……濃ゆくないか?」

 と俺は声を掛ける。


「まあ、うん」

「……やっぱ濃いよな?」


 カメラマンが水晶玉を頑張って映しているものの、リポーターは言葉を失っていた。

 先生の方を見る。一人の先生が、小走りに駆け寄ってくる。


「影宮さん、素晴らしいじゃないか……少し、試し撃ちはどうだい?」

「試し撃ち?」

「ああ」


 去年の『六花の姫君』以降、正式な最大出力を測る為の機械が一新されたんだ、と説明が続く。

 まあ、あれは、凄かったもんな。と同意しながら、言われるがままについて行った。


 十人程度の教師陣と、カメラマン達がネタを求めてやってくる。

 第六体育館の地下、全面が鉄の、巨大な空間があった。


「自由に撃っちゃって」


 今まで知らなかったスキルを、断片的にでも知れた。

 そして、この空間は何より、魔力に満ちている。


「今の感想をお聞かせください」

「期待を下回ったらどうしようかと、少し不安ですね」


 なんて受け答えをしつつも……


「でも、魔力に触れたからか、少しは出来そうな気がします」

「そうですか」


 魔力。

 ダンジョン出現に伴い、ダンジョン内で感じることのできる力として観測された。

 魔力吸収→スキル発動といった感じの流れで、スキルは発動できる。


「保護者様はいかがですか?」

「俺は別に、何も言うことはないです。スキル一つで飯を豪華にするほどではないですよ。どんなスキルでも同じ飯を食わせます」


 これは割と本当だ。

 仮にこれでビッグになったからといって、今日の晩飯はいつも通りである。

 渚の食生活はどうせ変わらんし、俺の晩飯はいつも通りカップ麺だ。


 数回問答して、とうとう、試射。


 鉄で囲まれた空間が、揺らぐ。

 これは……風?


 すると、床のど真ん中に、巨大な竜巻が発生する。

 どんどんと規模が大きくなり、強風が俺達の前まで来た。


 吹き荒ぶ嵐。圧倒的な、風の力。

 初回から思ってもみないほどに膨れ上がったスキルの規模に、もう一度、会場が湧く。


「……大きくないか?」

 と、俺は声を掛ける。

「まあ、うん」

「やっぱ大きいよな?」


 そうして、その後……

 少しもみくちゃになりながらも、入学式を終えた。




 now loading……




「お兄、シスコン我慢できて偉いね」

「俺、もう泣いていいか?」

「ちょっといいスキル貰った程度で泣かない」


 呆れ顔ながらも、声にはどこか嬉しさを孕んでいる。

 内心では割とほっとしているようだ。


「まあ別に、勝てない相手が世界におよそ二人もいるし、ワタシとしてはノースキルでも構わなかったんだけど……」

「いいスキルも貰ったし、今夜は焼肉だな!」

「それはなし」

「じゃあなんだ? 回らない寿司? 夜景のよく見えるレストラン?」

「いつもの晩ご飯に決まってるって」


 広い敷地内を歩きながら、今度は校舎に向かう。

 終わったら、今度はホームルームだ。


 靴箱あたりについて、二手に分かれることになる。


「じゃあまたね、お兄」

「ん。またな」




 now loading……




 二年目というだけあり、校舎は勝手知ったるものだ。

 ホームルームとは言うが、二時間分の自習時間である。

 とはいえ先生は自己紹介を終えると、これ見よがしにいなくなる。その際はなんと体育館の鍵を置いてくれていたりする。


「……五組か」


 影宮という苗字は珍しいのですぐに見つかった。

 一クラス百人、大学の講義室みたいな感じで、基本席は自由……なのだが、場所によっては微妙に違っている。

 簡単に言えば、理数科の場合だと、教室内で実験する為、座っちゃいけない席が定められていたりとかする。

 まあ、俺には関係ない話だ。


「……」


 端の方の席を選び、早速座る。


「…………はぁ」


 ……ダメだな。

 眠い。


「寝過ごそう」


 どうせこの後は、遊ぶか、二週間後に開かれる新入生歓迎祭の準備で終わる。


 早速、睡魔は俺を深みへと誘った。




 now loading……




「……ぅ」

 チャイムが鳴って起きて、その後直ぐに寝た。

 全く記憶がないが、どうやら授業は終わったらしい。


「……帰るか」


 どうせクラスチャットも入らないし、誰かと仲良くもならないし、さっさと帰り支度を始める。

 といっても、鞄を持って、眠気を覚ませば終わりだ。

 最奥の席から立ち上がり、一度周囲を見回す。

 ……流石に、俺みたいな生徒は居ない、か。


 二年五組、百一人。

 二年生、合計、五百一人。


 両親は死に、中学の頃から、ダンジョンに潜って日銭を稼いで来た人生。

 そんなんでまともな高校に入れるはずもなく、結果、入った所がまさかの廃校。

 そして俺は、前科も無い一般的な学生として、フォン学園に編入した。

 二ヶ月経った雰囲気に馴染めるはずもなく、金を稼ぐためにまたダンジョンに潜り続けた。

 なんとか生活を守りきった俺は、今度は大学費用の為に潜らなければならない。

 放課後に友達と遊びに行く余裕なんて、今のところは無いのだ。


「渚は……っと」

 スマホを覗くと、様々なネットニュースが通知として来ていた。


 魔物化。最近妙にこういったニュースが流れて来るが、一体なんなのだろうか……

 まあいい。


 一つずつ右へスライドしていくと、急に、着信が掛かる。

 スライドしかけた手を止めて、渚からの電話に出た。


「……もしもし?」

『お兄ちゃん!』


「なんだ、何かあったか?」

『――来て、お兄ちゃん!』


 瞬時。


 床にヒビが入り、次の瞬間、床が粉塵となった。

 煙が立ち込め、俺は落下する。


 なんだ、これは。と。

 俺は、驚愕する。


 あまりにも突然に、急速に。

 そして不意に。

 事件は、やってくる。


「――一体」


 何が――


 その時、空気が……変わる。


「魔力……?」


 魔力。

 モンスターの体の周囲、そして、ダンジョンの中にしかないはず……

 何故ここでエンカウントするんだ――


「……」


 閑散とした雰囲気、瓦礫が落ち、煙が吹き飛ぶ。


「……魔物……モンスター」

 日本じゃ二種類の呼び方があるが、意味はどちらも同じ。

 モンスター。

 それは、通常ダンジョンに生まれ、ダンジョンで死ぬ。

 獣から怪人、幽霊から植物まで、種類は多岐に渡る。


「……なんで」


 そして。

 そのモンスターは、藻掻いている。

 硬く尖った爪は床を引っ掻き、溢れ出る魔力は胎動し、そして……

 そして、無秩序にスキルを発動する。


 ブルータイガー。

 ランクは上から数えたほうが早い。

 胸部が巨大化した虎のような凶獣で、恐ろしく早い爪での斬撃が特徴。

 体毛が青く、非常に目に悪い色をしている。名前の由来はそこからだ。


 風で敵を遠くから斬る、飛ぶ斬撃が、頬を掠めた。

 血が滲み、一筋の血液が垂れる。


「……は……」


 ここで俺は、敵地のど真ん中に立っていることに気付く。

 二年講義室の下は、一年講義室。この広い講義室が上下に二階分。落ちた時はかなり痛むはずだが……

 そうならない。ということは。

 この足は今、魔力により、強化されているのだ。


 つまり、相手は本当にモンスターで、俺の見ている幻覚などでは無い。

 風圧で髪が浮き、直後、なんとか回避行動を取った。


「……チッ」


 微妙に当たった。二ミリくらい血の線が滲んでいる。

 講義室の机の陰に隠れつつ、様子を伺う。


「……」

 周囲を見回すと、他の人は既に退避を始めている様子だ。

 というか、上階から落ちてきた俺のほうがモンスターと距離が近い。

 即ち。


 赫眼が見開かれる。

 凶暴化した獣が、周囲の尽くを吹き飛ばす烈風を放つ。


 机が体に当たって弾かれる。周囲が開け、獣が双眸を細める。

 対峙。

 獣が、血肉を見つけ、俺を標的に定める。

 そして……




 now loading……




 細々と始めたのは、探索者の代行業だった。

 ノースキルでも指折りの無能が集う、最底辺中の最底辺。それが、代行業。

 このスキルは、使えないから。あるのにも関わらず、それは、許されないから。

 何故ならそのスキルは、あり得ないスキルだから。


 赤、青、黄、緑。そのどの色にも属さない……

 黒の、スキル。その自己診断。


 誰も見たことのないその結果、そのスキルは、いかなる時でも隠さなければならなかった。

 父親の兄、俺の叔父……影宮修哉。

 その男に、このスキルの存在がバレれば、殺されるから。


 セントラル、というものがある。

 セントラルは、スキルとはまた別のものだ。


 スキルとは個人によって魔力を変化させる性質。

 しかしセントラルはそれと別の概念で、遺伝子に含まれる先祖代々の記憶から魔力の変化を行うというもの。

 スキルと同じだが、その性質は、血統によって決まるというものだ。基本は代を重ねるごとに質が低くなることが実験により証明されている。


 要するにこのセントラルを手に入れる為に、俺は殺される。

 根拠は一つ。借金返済。

 稼いだ金の多くは叔父への献金になった。残りの金で妹を養って暮らしてきた。

 両親が死に絶えたものの、妹は既に、母親の母、つまり祖母と共に暮らしている。

 なので叔父は、正当な理由なく妹に干渉出来ないのだが、俺となると話は別だ。

 叔父はヤクザの首領だ。幼少期に付けられた魔力の紋により、その気になれば位置を特定することも……殺す事もできる。

 今までの行動の甲斐もあり、今は監視が緩いが……少しでも価値があると分かれば、俺の内臓はまた一堂に会することは無くなるだろう。

 逃げるのは不可能だ。保って、六日。

 セントラルから内臓まで金に換算される。


 一人の時なら、存分に使える。なのにも関わらず、今、周囲には数多くの人がいる。


 ……俺は。


 使えない。無理だ。

 スキル。いくら使えても、使うことができない。

 叔父を、どうにかしなければならないのだ。




 now loading……




 そして。

 眼前に迫る巨軀が、吹き飛んだ。


「お兄ちゃん!」


「……渚!」


 渚が遠距離から、スキルを使った。

 モンスターは吹き飛び、壁に当たる。壁には蜘蛛の巣のような亀裂が入った。


「お兄、大丈夫?」

「あ……ああ」


 今のは……渚の、スキル?


「良かった、お兄」

「……助かった」


 そうして。


 事件は、終息した。




 now loading……




 メールが送られる。今日の事件の顛末についてだ。

 俺だけは軽傷を負ったものの、事件の被害はそれだけで済んだ。


 流れはこうだ。俺が電話に出た時、その時既に獣がいた。

 獣は凶暴化し、手が付けられず、俺に電話を掛けた。

 俺は出た瞬間に階下へ落ちた。その後、俺に狙いを定めたブルータイガー相手に、風の攻撃で迎撃。

 不意を突かれたモンスターはそのまま倒れた。


 本来ならこれでも倒れないモンスターだが、散々暴れて弱っていたこともあったのだろう。すぐに倒れてしまった。

 そうして事件は終幕。


 メールには、魔物化、という奇病について綴られていた。

 魔物化。

 何らかの要因で、人が魔物になる。そういったものだ。

 渚と同じ一年五組の生徒がその奇病に掛かり、ブルータイガーとなってしまった。

 はっきりと変化する所を見た人が何人もいる為、その真相は定かでない。


 しかし。

 終息したとはいえ、恐ろしい事件だった。


 下校途中。

 渚と共に帰りながら、今日のことについて話す。


「せっかくの入学式だったのに、最後の最後で変なことが起きたな」

「そうだね」


 渚は呟いて……


「五組なんだね。お兄」

「渚もなんだろ?」

「うん」


 そこで渚は一度言葉を切った。


「魔物化、かぁ……掛かりたくないな」

「最近はちょくちょく起きてるらしいからな」


 何故魔物化なんて現象が起きるのか。

 俺にはそれが分からないが……


「じゃあ俺は、ダンジョン行ってくる」

「うん。お兄、ノースキルなんだから、絶対に深いところに潜っちゃダメだよ」

「ああ」


 それ以上会話する程、道は長くない。

 ここからは二手に分かれる。俺は近くのダンジョンへ、渚は駅の方へ。


「じゃあ、渚」

「お兄。落ち着いて。ここは公共の場だよ」


 何を言おうとしたのか察した渚は、先に釘を刺しておく。


 ただ、それでも。


「今晩は妹の首席合格と入学を祝いまして……」


 そうして、ポケットから……それを、取り出す。


「後で焼肉行こうな」


 そうして差し出したのは、焼肉屋の割引券だ。


「行かない。一人で行って」

「……」

 しかし。

 その割引券は、渚の右手によって華麗にはたき落とされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る