アリウープ

目取眞 智栄三

   アリウープは私のだけの物



「みさきちゃん。おれとアリウープしよう?」

 幼少期。幼馴染である良太りょうたの家の庭で、バスケで遊んでいた時に言われた言葉(その庭には、子ども用のバスケットリングがある)。だけど、当時の私にはそれが何なのか解らず、今思い返すと頭の中が「?」で埋め尽くされていたと思う。

 それを感じ取ったのか判らない……ううん。きっと私の気持ちを理解してくれたから、良太はアリウープについて説明してくれたんだ。絶対そう。

「アリウープっていうのはね? ひとりがバスケのリングにむかってボールをなげて、もうひとりがくうちゅうにういてるボールをダンクすることだよ。さすがに、ダンクはわかるよね?」

 ダンクを知らないか訊いてくる辺り、あの頃から良太は優しい。もう、本当好き。

「うん。りょうた、ものしりだねー?」

「それはそうだよ。おれはプロのバスケせんしゅになるんだから、これくらいはしっておかないと。それでみさきちゃん、どうする? ぼくとアリウープしてくれるかな?」

 手を差し伸べられて良太に言われた台詞。それはまるで、僕と結婚して下さいとプロポーズされているような。ううん。「ような」じゃなくてあれは本当にプロポーズだよ。

 私は良太が好きだ。だからプロポーズを拒否する理由もなく、「うん」とその幼馴染の手を嬉々として握った。


 *


 数年後。私と良太は高校生になり、二人してバスケ部に入る。と言っても、私はマネージャーだけどね。良太だけのマネージャー。

「美咲ー。アリウープの練習するから、ボール下から投げてくれー」

「うん」

 成長してもっとかっこよくなった良太のお願いを断る選択肢なんて私にはなく、ボールを持ってリング下に向かう。「仕事サボるなー」と私と同じマネージャーの女の子達に言われても気にする事なく。

「それじゃあ、投げるよー? そーれ!」

 バレーボールのお客さんみたいな掛け声をして、ボールを軽く上に投げる。その宙に浮いたボールを良太は高く跳んで右手で掴み、リングに叩き込んだ。

「キャー! 良太カッコいい! 私の彼氏超カッコいい!」

 リングから手を離して、床に降りた良太に抱き付く。あー、良太の汗いい匂い〜。

「ちょ、美咲⁉︎ 汗嗅がれるの恥ずかしいんだけど?」

「えー? いいじゃん。私、良太の全部好きだし」

 嘘偽りのない私の言葉に、良太は照れてるのか顔を赤くさせる。カッコイイ上に可愛い事も出来るなんて、最強だよ。

 と、その時。おじさんでバスケ部の顧問が集合を掛ける。そのせいで、「ごめん、美咲。急いで集合しないと、あの顧問に怒られるから」と私を引き剥がす。名残り惜しいけど、良太が怒られるの嫌だから、受け入れるけど。

「はい、お前達が集合するまで二十四秒掛かりました。遅いぞ! 試合でボール持って二十四秒動かないと、相手のボールになるぞ! ダラダラ動くな!」

 顧問の大声に、横並びで整列した男子部員達は「はい!」とこちらも大きな声で返す(それと、私を含むマネージャーは男子達の後ろに立っていた)。うん。やっぱり、良太の声が一番大きい。

「よーし、いい返事だ! そのいい返事が出来たお前等に朗報だ! 来週の日曜日に、去年優勝した福岡の高校と練習試合が決まった! この体育館でな!」

 うるさい声と笑みを浮かべて言う顧問に対して、部員達は「マジかよ?」と騒つく。

 私達の高校は、全国的に強豪のバスケ部だ。ベスト8に入る程の。

 しかし、それ以上の成績に上がった事は一度もない。その理由は、毎年その福岡の高校とトーナメントで当たって、一度も勝てた事がないからだ。

「おい、お前等! ビビってんのか? 歴代の先輩達でも勝てなかった福岡のバスケ部にビビってんのか? だとしても、決まった以上逃亡は許さない! ってな訳で、レギュラーとスタメンの五人発表する!」

 相変わらずの声量で、顧問は来週の試合出場者を口にした。


 *


 そして、練習試合当日。スタメンに選ばれた良太は体育館のコートに立っていた。

「良太ー! 頑張ってー!」

 ドリンクを準備する他のマネージャーをよそに、私は一人大好きな彼氏を応援する。マネージャー達に嫌味を言われてるけど、知った事じゃない。

 その応援に良太は「おう!」と手を上げて言った刹那、レギュラーに選ばれず審判役を任された男子が集合を掛ける。

「第一西高校と福岡○◯高校の練習試合を始めます。礼!」

「「「よろしくお願いします!!!」」」

 互いに挨拶を交わすとそれぞれポジションに着き、審判がボールを上に投げて試合が開始された。



 第四クォーター。残り時間数秒を残して、49対93という大差で私達の高校は負けている。そのせいかみんなから覇気を感じられず、顧問に「諦めるなー! 点差ないと思えー!」と激を飛ばすけどそれでもダラダラ走る。もう、負けを認めてるようなものだ。

 だけど、諦めていない人物が二人。良太と……誰だっけ? まぁ、そいつと良太がドリブルとパスをしながらリングへ走る。そして、


 やっちゃ駄目な事を、そいつはした。


 そいつがリング下でボールを投げ、良太はジャンプしてその宙に浮くボールを両手で掴んでダンクを決める。アリウープだ。……私としかやっちゃ駄目な、アリウープ。

 もちろんそれを決めたところで大差は変わらず、試合は51対93で負けた。はっきり言って、ボロ負け。良太頑張ったのに、可哀想だよ。

 けどその負けより、私は……


 *


「はい良太。私が良太の為だけに作ったドリンク。愛情すごい込めた!」

 試合が終わって、大量の汗を流して悔しそうな顔の彼氏に渡す。悔しがってる表情もカッコいい。

「ありがとう、美咲。でも、俺以外にもドリンク渡して?」

「え〜? でも、良太が言うなら」

 息を切らしての良太のお願いに私は仕方なく、みんなから離れて一人外にいたそいつ・・・にドリンクを渡す。もちろん、他のマネージャー達が作ったやつ。それを私なりにアレンジした、特製のドリンク。

 するとそれを飲んだそいつはすぐに咳き込み、私に怖い顔を向ける。別に怖くないんだけど(笑)。

「おい、何だこのスポーツドリンク⁉︎ 辛いんだけど?」

「タバスコとかワサビとか入れたからねー」

「いや、何でそんな物を……」


「良太とアリウープしたからだよ」


 怒るそいつの声を遮って、教える。渡したドリンクを奪って。

「アリウープはね? 私と良太の愛の証なの。私意外、良太とアリウープやっちゃ駄目なの。次良太とアリウープやったら、洗剤入れたドリンクを渡すからね?」

 当たり前な事を説明し終えて辛いスポーツドリンクを投げ返し、私はそいつを残して大好きな彼氏のところへ戻った。洗濯用洗剤が入っていた、透明な袋をズボンのポケットに入れて。



 何度でも言うけど、アリウープは私と良太の愛の証だ。その愛を邪魔する奴を、私は絶対に許さない。だから、


 良太がプロのバスケ選手になっても、良太とアリウープしないで下さいね? プロの皆さん。

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