【第五話 学園生活】
星聖歴 1221年 5月
花がきれいに咲き乱れていた時期が遠く感じてしまうような季節になった。
「っ~、どうすれば~……」
私は頭を抱えてながらとぼとぼ歩き、学校から自身の家の帰路に着いていた。
入学してから一か月、授業には慣れたがこの自分の手首に着いた腕輪、《魔封じの腕輪》を外さなくてはいけないというのがクリアできずにどうすればいいかと考えていた。
というのも、入学初日のホームルームで担任の教師からクラスの全員に渡され装着された《魔封じの腕輪》。そしてそれを一年以内に解除しないと腕が吹っ飛ぶという頭のいかれた話だった。しかも、魔法が使えないおまけ付きで……。
だが、日常に支障が起こるというわけでもなかった。
学校の外に出ると、腕輪が消える、その時は魔法も使えるのだ。
………どういう原理?
あと、学校が始まってから一週間、うちのクラスから二、三人いなくなっている。噂によると学校をやめたらしい、学校をやめると腕輪も先生によって解除してもらうことができるからだ。
私の家の前に着き学校指定のバックからカギを探そうとバックをガサゴソと探す。
異世界なのにカギ?……そんな原始的な⁉と思った方もいるだろう私も最初はそう思ったが、このカギなかなかすごいのだ、カギとドアに魔法陣が仕組まれていてその魔法陣同士が揃うことによって、カギが開く仕組みなのだ。
冷や汗が出る。
「んっ? ……ない。……やばい、カギ…学校のロッカーに置いてきたかも………」
バックを逆さにして中身をすべて出してもカギは見当たらなかった。
「やっ、待てよ。これがあれば」
バックの中身に入っていたコンタクトケースを拾い、ケースの中に入っていたものを自身の目に入れる。
そう、この魔眼があれば……ね!
私の魔眼は魔法を魔法式や記号、文字として見ることができるものなのだ。
そして私は魔眼を使い、自身の部屋の窓を凝視する。
よし、この魔法陣なら今の私の魔力なら解ける――。
魔法式を解き、魔法の解読を完了した。そして、同じ魔法式を頭の中で描き(えがき)、自身の手から魔法を再現した。
「アロホモーラ」
特に意味はないがどこかのハリーがやっていたので言いたくなった。
すると、ドアはガチャッという金属音がした。
開いた(ひらいた)。
私はようやく自分の部屋に入れたのだ。
「ふぅ~」
自身のカバンをベッドに投げてベッドにダイブした。
私の家というか部屋は学校から歩いて二十分ぐらい歩いたところにあるアパートのような家の一室だ。つくりは西洋風の1LDKで、家賃はない……。この家はオーフィンの友人であり学校の関係者である人が管理をしていて、いろいろオーフィンが根回ししてくれて家賃は払わなくてよくなっている。
そしてユアだが、ユアは学校の敷地内にある学校の寮に住んでいる。
学校の寮は魔導剣士コースと魔法コース、剣士コースの人しか住めない。そのため魔導剣士コースにトップの実力で合格したユアは学校の寮に、魔道機械コースの自分は学校外に住んでいる。
ぐぅ~、とお腹の音が鳴った。
「そろそろ夕飯作るか」
この家は学校の寮とは違うので、自分自身で自炊しなくてはいけない。
当初はまったく料理をしたことがなかったのもあり、いつも外食や露店でご飯を買っていた。しかし、私のお金の面もあり自炊しようと決心した。
そして、この世界の台所のようなところで、私は台所にある一冊の本を取って開いた。その本の題名は、
『これがあれば何でも作れる! 初心者向けの料理本‼』
そう、この前入った給料で買ったのだ!
そして、パラパラパラー、とページを探し、『牛の煮込みスープ』、地球で言うところのビーフシチューのような料理の絵に目がいった。
「よし! 今日はこれにしよう」
早速、作る準備を始めることにした。
私はまず始めに最近自分で作った《氷素循環冷蔵機械》、地球で言うところの冷蔵庫から野菜や肉などを取った。
《氷素循環冷蔵機械》は私が父さんから教わった魔道具製造の仕組みを使い製造した。
この《氷素循環冷蔵機械》の仕組みは簡単。魔法石に氷魔法の魔法陣を刻み、それに魔力を込め常に氷魔法を発動させ、この鉄の箱の中を二℃ぐらい常にキープするだけでいいのだ。
「さぁ、切り刻むぜぇ~」
私は野菜相手に悪い顔をしながら包丁を向けて発した。
「………。さぁ、やろっか」
何故だかむなしくなり、普通に料理を始めた。
「——いただきまーす!」
私は完成した料理の前で手を合わせ、料理を頬張った。
「んっ! なかなかおいしい!」
初めてにしてはなかなかの味、そして見栄えだ。
「これで、料理できる系男子の称号は獲得した。くっくっくっ……」
と企んだように笑った。
「やばい、バイトの時間に間に合わない」
急いで料理を口にかきこんだ、すべて料理を味わって食べることはできなかった。
× × ×
「エオン君、そっち終わったらあそこの四人テーブルの食器片づけてくれない?」
調理場から女性の声で頼まれた。
「分かりましたー」
食べ終わっている食器を重ね、言われた四人テーブルの方に向かった。
私は大通りの外れにある飲食店で働いている。
この店の名前は『デーシャス』と言う、西洋風の飲食店で店の雰囲気は木造建築で落ち着いた雰囲気のお店だ。
まぁ、「なんで十二で働いてるんだよ」とか聞きたい人もいるだろう。それは色々あった。そう色々と………。
「ごめん、そっち終わったら食器を片してくれない?」
「はーい」
「ふぅ~、今日もバイト終わり~」
バイトが終わり時刻は十時を過ぎていた。
私は石畳でできた大路地の端をコツコツと歩き、帰路についていた。
「魔法って不思議な力だよな~」
ふとそんなことを思い、私はおもむろに手をにぎにぎする。
魔法……十歳の時の自分は詠唱がなければ発動できず、既存の魔法しか使えなかったのに、今は無詠唱で使える……。
しかも魔法式構築に必要な式や数字は大体前世で覚えていたものとほぼ同じだし……。
あと古代文字は日本語だし……。もしかしたら、この世界に地球人が……。
「………。明日学校の図書館でも見に行こうかな」
もしかしたら何かしらの地球や日本の情報があるかもしれないからだ。
確か学校の図書館が世界一の冊数があるとか聞いた覚えがあった気が……。最近学校生活とバイトの両立が大変でやらなくてはいけないことができてなかったな……。よし、少し時間に余裕も出てきたし、エリナリアとカラナの治療法を探すついでに調べてみよう。しかし、
「……あれ?」
一つ重大なミスに気が付いた。
「図書館ってどこにあるんだっけ?」
× × ×
「はーい、六時間目はロングホームルームだぞー席付けー」
白衣を着た女教師のかったるそうに教室に入ってきて言った。
そして、クラスの人たちは「はーい」とお疲れ気味にそれぞれ返事をした。
まぁ、六時間目だから仕方ないよね~。
私もなかなか疲れた、そう体育もあったし。
今日の体育は二年間修業した私も疲れる軍隊のような走り込みの体育だった。魔法も使えず身体強化も使えなかったし。
なんで、動く系のコースじゃないのに体育必修なんだよ、ふざけんな。
「ん~でー、今日生徒総会だから武道場集合。はい、すぐ出た出た」
クラスのメンツを手を払いながらホイホイと廊下に出す。
私も廊下にとぼとぼと歩きながらでた。
なかなか遠いんだよなー武道場。
そうこの教室がある第四教室棟から武道場のある別館まで十分はかかる。そして一回別館に向かうために外に出なくてはいけない。
くそ、他のコースはもっと近いというのに!
魔導剣士コースは別館のすぐ隣第一教室棟、魔法コースと剣士コースはそこからほんの少し離れたところにある第二・三教室棟。そして、魔導機械コースはそこから数百メートル離れているところにある第四教室棟。
離れすぎていないか? うちのコース。やっぱりこれが格差社会……。
そんなことを考えていると、
「——あっ、こんにちは! ユウキ・グラス先生‼」
と馴染みがある女性の声が聞こえた。うちの担任だ。
なんでいつもだるそうな先生の声が上ずってるんだろうと思い、見てみると……。
顔を赤らめもじもじしながら他の教師と話していた。
その話をしていた先生はエリートの魔導剣士コースの証の赤いマントを羽織った先生、ユウキ・グラス先生だ。
相変わらずさわやかな好青年だ。
「こんにちは、ナナミ・ハルバード先生」
「あっはい!」
うちの担任は自分の名前を呼ばれギョッとした。
あっそうだ、うちの担任の先生はナナミ・ハルバードといい、大貴族ハルバード家の長女らしい、年齢は二十五でこの世界は十代後半から二十代前半で大体の女性が結婚するため、二十五と二十代後半に差し掛かってしまった先生は危機感を感じて、とてつもない結婚願望があるみたいだ。だが本人の意思と裏腹に彼女の父がかわいい娘というのもありとてつもない過保護で結婚を断っているらしい。
大体貴族って政略結婚とかさせられるんじゃ……。でも、それを断れるなんてどんな大貴族なんだよ、すごい権力だな。
と感心した。
「絶対先生グラス先生に恋してるよね」
クラスの女子がひそひそと友達の女子に話した。
それを小耳にはさんだ私は、
ふーん、恋ね~。私とは無縁だな~。
私は二人が話すのをずっと見ているのはあれだなと思い人の流れに沿いその場から離れた。
× × ×
私たち魔導機械コースが武道場に入った。
他のコースの学生たちは誰も来ていない。
私たちは先生の指示に従い、武道場の後ろで腰を下ろした。
すると、数分後魔法士コース、剣士コースが入場してきた。
彼らは私たちの前に置いてある椅子に腰かけた。
そして最後に魔導剣士コースの生徒が入場してきた。
すると、この学校の全校生徒が拍手を始めた。
それにつられるように私も拍手した。
彼らは紅のマントを羽織りカツカツと緊張感を誘う足取りで歩いている。
すると一人の少女がこちらをチラッと見てきた——ユアだ。
ユアはすぐに視線を戻し、かつかつと歩いた。
そして、彼らは剣士・魔法士コースより前にある豪華な椅子に座った。
羨ましい……。あーあ、私もユアが相手じゃなければ……。まっ、仕方ないね。切り替えていこう。
――生徒会長がステージに立ちながら話をしていた。
「みなさんこんにちは生徒会長のシエリー・グラビッシュです」
白銀の長い髪をたなびかせる高身長の美少女。
魔導剣士コースの三年生で剣の成績は主席そして魔法、勉学も主席、そうこれが文武両道を体現した少女、そして金持ちの貴族だ。
「そろそろ、学校は慣れましたか一年生の皆さん」
生徒会長は一年生に問いかけた。
——そして生徒会長が話続け、
「みなさん、今日から部活動の体験入部が始まります」
と、生徒会長は別の話を切り出した。
へぇ~、この世界の学校も部活があるんだねぇ~、まぁ私は高校の頃は入ってなかったし入るつもりないけど……。
「この学校の部活動は強制入部です」
ずっと下向きながら話を適当に聞き流していた私は生徒会長の言ったことにハッとし、ステージの方に視線をやりながら思った……。
えっ……。まじですか……。
× × ×
そういうことで放課後は図書館に行くという時間は無くなった。
私は体験入部が始まりどんな部活があるか見るため、いろいろな部が集合している部活動棟に向かいつつ、校庭や外で活動している部活もついでに眺めていた。
はぁ~、こんなことする時間ないはずなのに………。
ため息がこぼれた。
エリナリアとカラナの治療方法やこの世界の詳しい情報を調べなくてはいけないと ミッションを今の生活で手いっぱいで何一つ達成できていないと感じたからだ。
そんなことを考えていたら、
「うっ……」
肩に衝撃を受け、私は尻もちをついた。
「おい気をつけろよ」
野太い声で不快そうに言った。
「すみま——」
「はっ、魔道機械コースの生徒かよ」
と、私の言葉を遮り、その声の主は小馬鹿にするように私を睨んだ。
私も男を見た。
この男は身長も体格も私より上……しかも紅のマント、魔導剣士コースの生徒か……。
「すみません」
この生徒は自分より上のコースの生徒のため面倒ごとは避けたいためもう一度謝った。
そう、この学校は実力主義なのだ……。
すると、男は悪く、ニヤッと口角を上げる。
「すみませんじゃねえよ、お前のせいで汚ねぇ下民の菌が付いただろ」
こうなるのか……ほんと図体だけでかいゴリラはどうしてこんなに頭が悪いんだろう。菌はあんたにだって付いている……。人の中には百兆個の菌がいるんだから。
「すみません」
私はこいつの気が済むまで何度だって謝る。それが今の自分の蘇生術だ。
「だから、すみませんじゃねぇよ!」
男は私の胸倉を乱暴につかみ、自身に引き寄せた。
周りの見ている人がざわざわとしている。——だが、この男には関係のないことのようだ。
すると、巨大な拳が私の顔面に飛んでくる。
「うっ……」
私は転がり倒れた。
声を上げたが全然痛いわけではなかった。
腹の中から『なにかが』込み上げてくる。気持ち悪くて吐きたいとかそういう物理的な問題ではない。とぐろを巻いた毒々しい感情だ。——そう確かな『怒り』だ。
しかし、ここでこの男に反抗したって意味はない。
この学校で問題を起こしてここにいられなくなったらここでしなくてはいけないことが何一つ達成できずにすべてが無駄になってしまうからだ。
それに……魔法が使えないためこの男に勝つ確率は三十パーセント……。
「何睨んでんだよ……」
「おい、そこのお前、何をやっている!」
後ろから少し低めの女性の声が聞こえた。
「先こ……先生……」
不満そうに男は言った。
来たのは先生のようだ。
「流石に肩が当たっただけで一方的に怒り(いかり)、手を出すのはお門違いだろう。それにあたってきたのはお前だろう、下を向きながら歩いている生徒を狙って…」
「………」
男は黙っていた。その沈黙が先生の言っていることが図星ということを示していた。
「ちっつまんね」
流石の魔導剣士コースの生徒であったとしても、教職員には逆らうことはできないらしい。
男は不服そうに顔を歪め、そう捨て台詞を吐いてこの場からいなくなった。
「——はぁ~」
男が去ってから、私は安堵のため息を吐いた。
「おい、エオ」
その女性の先生が私の名前を少し強めの口調で呼んだ。
私の名前を知っている先生だろうか? 珍しい。
「はい……。あっ、ハルバード先生……」
その女教師はうちのクラスの担任だった。
「おい、なんだ? 私を見た瞬間嫌そうな顔……」
「いえ……」
……ぶっちゃけたことを言うと、私はこの先生が苦手だ。だって、私の手首に爆弾は付けるし、チョークはぶつけてくるし、寝ていると耳を摘まんでくるし……。
—— あれ、私が悪いのかな?
「お前、部活を探してるんだろ……どうだ、うちの部活でも見に来いよ。——それにお前今この場で悪い意味で注目されてるだろ、どうだ少し逃げるがてら――お茶ぐらい出すぞ?」
「んー、じゃあ、分かりました」
メリットとデメリットを考えた時、メリットの方が大きかったので了承し、ハルバード先生について行くことにした。
周りがざわざわしていたが、理由は先ほど私が悪目立ちしたからだろうなと思った。
——部室棟の中の三階の一番奥にある『魔導機械研究部室』と書かれた部屋へとハルバード先生に案内された。
木でできた軽い引き戸を軽い力で開けると、広がっていたのは………。
「な……なんなんですか、この部屋……」
言葉が出ない有様だった。
適当に積まれたり、上下逆に本棚に入った本。
実験途中だろうか、液体が入ったままのフラスコや危なそうな煙が黙々と漂ったフラスコ。
黒板に書かれた歪な形の魔法陣の数々。
生き物の頭蓋骨や角。
明らかに発してはいけないオーラを放っている石。
などがごみ屋敷の如くぐちゃぐちゃに置かれており、理科室のような教室の面影がほぼなかった。
「汚い……」
ふと、この部屋のありさまを零してしまった。
「汚いとは失礼な奴だな、これでも片付けたんだぞ……」
ハルバード先生は心外だと言った。
「これでも……」
あたりを見回しても片付けの成果などこれっぽっちも見えないんだが……。
「まあ、なんだ。——ようこそ! 魔導機械研究部へ‼」
「はっ、はぁ……」
私は呆れ交じりの苦笑いをした。
「——で、どんなことをする部活ですか?」
かろうじて、物が置かれていない椅子に私は腰をかけ、「あったあった」と物がごちゃごちゃに入った戸棚からアンティークのポットとカップとソーサーを取り出している先生に尋ねた。
「ああ、ここは色々な魔道具や魔法を使った機械を作ったり研究したりする部だな」
そう言いながら先生はアンティークのポットにこれまた別の戸棚からガサゴソと円柱状の銀色の缶を取り出した。「多分これだったな、これと同じ入れ物でジャックスパイダーの足があってあれ飲むと死んじゃうけど、まあだいじょぶでしょ」と、ちょっと恐ろしいことを言ったがそれは聞かなかったことにした。
そして、先生は慣れた手つきで紅茶を淹れると、
「ほい」
物が多くのったテーブルから手でざっと物を下に落とし、紅茶の入ったカップとソーサーを軽く置いた。
「ありがとうございます」
「さ、どうぞ」
先生は紅茶であろうものを進めてくる。
恐る恐る置かれたカップを手に取り一口紅茶(仮)を飲んだ。
「……んっ! おいしい」
うん、美味しい紅茶の味がする。よかった、蜘蛛の足の煮汁じゃなかった。
「だろ、多分それいい茶葉だぞ」
先生は自信気に言う。
「だからかー。――じゃなくて‼ なんで先生は自分を部室に呼んだんですか⁉」
「あー、そうだった。いやな、今は我が魔導機械研究部はな部員がいないんだよ」
先生は自身も紅茶を啜っていたが「忘れてた」と言い、思い出したように話し始めた。
「だから、自分がこの部に入り、部を存続させてほしいってわけですか……」
「そうだ、話が早くて助かる」
先生はうんと大きく頷き肯定した。
「……この部活って、部活として稼働してないじゃないですか、やる意味って……」
「ここで部活という大義名分で休憩して、職員室には戻らないようにしたいんだ」
……なんで濁りのない瞳でこんな人としてダメな発言を……。
「はぁ……」
納得できるようなできないような考えで一応頷いた。
「ほら、ここならお前より上のコースの奴いないし」
「あっ確かに他の部活だったら自分のコースの人なんて下っ端のつかいっぱしりですもんね。俺、道具運びとかしたくないですよ」
「だろ~」
と、私を指さして深く同意した。
この先生、大貴族の令嬢なのに私のような苗字のない庶民の考えに同意できるのか……。なんていい考えを持っている先生なのだろうか。
私は少しの間頭を悩ませた。——そして、答えを決めた。
「入部します」
まぁ、どちらにしろこの学校は部活強制入部だし、他の部に入って使いっぱしりになるよりはこの部で自由にやらせてもらった方が都合がいい。そのため断る理由は見つからなかった。
――あっ、でもこの部屋は……。
「あのやっぱ、ちょっと考——」
と、言おうとした瞬間、先生がそれを遮るように口を開いた。
「よし、さっそく部活始めるぞ! まず、君には最初の仕事を任せたいと思う。それは、部屋の掃除だ!」
「やっぱりーーーー‼‼」
× × ×
「くそ分かってた。分かってたというのにっ!」
私はごみ袋に乱暴に落ちているものをぶち込んだ。
「おーい、それは今度の実験で使うから戸棚~」
と、自分だけ革の少し高そうな椅子に座り、体制をダラーンと崩した先生が怠けた声で言った。
………。
「あー、もう! なら先生がやったらどうです⁉」
指示だけしてくる先生に嫌気がさし、イライラが抑えられなくなり、少し暴力的に言った。
「やだ~、この部屋は君の部室だよ~。部員かつ部長の君が片すべきだ」
「くそ、言っている意味は無茶苦茶なのに、なぜか筋が通ってるように聞こえてくる……」
「あっはっはっはっ」
先生は勝ち誇ったように大口を開いて笑った。
もうこの先生に何か言っても無駄な気がしたので片付けに戻ることにした。
「先生これは? このごつめの石」
先生を呼んで手に持っている灰色のごつごつした石を見せた。
すると、先生は急に目をカッと開いて、
「その石を離せエオ!」
先生が大声を上げて言った。
その気迫に押され、とっさに石から手を離した。
すると——石が熱を帯び、突如として爆発した。
私はまだ間に合うと思い、手を前に伸ばした。
魔法で防げば………。くそ、この腕輪のせいで魔法がっ‼
「——うっ」
私は部屋の端まで飛ばされ、壁に背中を打ちつけたせいで一瞬息をするのが困難になる。
「おっ、おい大丈夫か?」
先生が私の元へ駆け寄って来た。
「ごほっ、ごほっ……先生こそ大丈夫ですか?」
「ああ、私は魔法を使って防いだから大丈夫だ」
ふと、先生の視線が私の手首に向いた。
「…すまないな、それ」
私の手首に着いた《魔封じの腕輪》のことについて言っていた。
「ほんとですよ……」
先生は私に手を伸ばしていたが、その手を取らず自分で立ち上がった。
私は制服についてしまった砂埃と煤を手で軽く払った。
「まあ、言い訳するわけではないが学校の方針でな、このぐらいの魔道具を外せなければ社会に出ても役に立たないため、解けない奴はうちの学校で進級させるわけにもいかないということらしい」
先生はバツが悪そうに言った。
「学校の方針か……」
確かにこの学校は名門中の名門学校だ。みんなこの学校を卒業できたら賃金のいいエリート職に就けることは確定している。だから、そのエリート職に就けるかどうかの適性を検査してるってわけか……。
まぁ、何もできない奴がいい職に就いて、そこで使えないと判断されたら学校の顔に泥を塗るだけだしな……。
「まあ、すまないということで、その腕輪を外す方法のヒントを教えよう」
先生は頬をポリポリと掻きながら申し訳なさそうに言い、そして話し始めた。
「その腕輪には鍵穴があるだろう。その鍵穴に合うようにある魔石を加工してカギを作れば開く。その方法でうちのコースの中でも四人その《魔封じの腕輪》を解いたものがいる。…そして、一人。とんでもない方法で解いたものもいる……」
「とんでもない方法……?」
具体的な方法が定義されていなかったため私は問いかけた。
「ああ、そいつはな《魔封じの腕輪》を強引に壊したんだ。」
私は頭を回した。
この《魔封じの腕輪》を壊す? そんなことどうやって……? 魔法か魔術で切ったのか?それとも、剣などで叩き割ったか……。いや、でもこれは《魔封じの腕輪》魔力が出せず、魔法が使えないはず……。しかも、ただの剣なら、何回叩いても壊れないほどの強度を誇っている代物だ。そんな簡単に……、なら、魔剣は? いやでも魔剣は使い手の魔力を吸って、特殊な効果を発揮する。魔力が使うことのできない今の自分らは……。いや、他人に頼めば……。いや危険すぎる。魔剣が腕輪を切ったとき、その魔剣の魔力を感じて、爆発するかもしれない……。
あぁ~、もう!
この腕輪の解き方を一回整理しよう。
① 正攻法を使って、とある魔石を加工してカギの形にする。
ここからが、整理しなくちゃいけないところだ。
② 強引に壊したという言葉を素直に受け取り、叩き割った。
③ 腕輪を装着している人も含めて、二人、もしくは三人は必要だが、魔剣を使い、まず一人が、別の人の腕輪を壊す。腕輪が魔力に反応して、爆発する。その腕輪をつけていた人の手首を守るため、また別の一人が防御系の魔法を使って、腕輪をつけていた人を守る。——だが、これには息の合ったプレイとタイミングが大切で、なおかつ爆発から守れる魔法と魔剣を扱える人がいなくてはならない。
私が頭を悩ませていると、先生が助け舟を出してくれた。
「そいつは、《魔封じの腕輪》をオーバーロードさせたんだ」
「オーバーロード?」
「そうだ。魔力を一気に腕輪に流して、一時的にその魔道具の活動を強制停止させたんだ。すごいだろ、そいつ。あの魔道具は学園長が作った一級品で地球級魔法士の魔力でもオーバーロードしないんだぜ。——試験に失敗しなければ、あいつもこんなコースに入らなかっただろうに……」
へぇ~、私以外にも受験失敗する奴なんているんだ。……まぁ、ざらにいるか。——じゃなくて。魔力を一気に流せばオーバーロードして、その隙に外すことができる、か……。だが、これだけの情報ではまだ、これを実行するには危険すぎる……。
「ハルバード先生。この腕輪は魔力を感知するんですか? それとも――」
「おっとー、これ以上は言えないな。まあ、腕輪のことについて知りたいなら、我が校の大図書館に行ってみるといい」
先生はそう助言を残して、昼寝し始めた。
昨日は夜勤だったそうだ。大貴族の娘でも夜まで働かす学校……どんなブラック企業だよ!
「大図書館ね……」
まぁ、今日はもともと図書館行く予定だったし、今からでも行くか。
一応部室には今日はもう戻らないかもしれないからと学校指定のバックを持ち、部室棟の廊下に出た。
日は西に傾き始め、窓からさす明るすぎる斜光が瞼を貫いて眼球へと届く。——時刻は四時三十九分、夕方だった。
と、いい感じで終わらしたかったが……、
「——すぅ~……。図書館の場所ってどこ?」
部室棟の廊下をペタペタと歩き、魔導機械研究部の部室が見えなくなりそうになった辺りで気づいたことだった。
それから、何かユウキ・グラス先生との夢を見ているのであるのか気色の悪い寝言は呟いている先生をこの前のチョークを投げつけてくれたお礼に、力強く揺さぶり、さぞご本人はいい夢を見ていたであろう先生を起こした。
さすがに機嫌を損ねてしまったかぷんすかぷんすか可愛く怒っている先生は一応大図書館まで連れて行ってくれた。
× × ×
大図書館に着いた。
そこは辺り一面、本! 本! 本! と、どこに視線を向けても本が必ず目に入った。
一メートルぐらいの少し小さめの本棚、はたまた、脚立を使わないと届かないであろう三メートル越えの本棚と様々な本棚に本は収納されていた。
試しに、自分の近くにあった本棚から薄めの本棚を取った。
「あら、こんにちは。何か本を探しているのですか?」
後ろからゆっくりとした口調の女性の声が尋ねてきた。
私は振り返り、
「あ、いや……」
曖昧な返事を返した。
「そう?」
その声の主は不思議そうに返した。
私は声の主の顔をようやく見ると、そこには腰が少し曲がり、渋めの緑色のエプロンを着た六十代後半だろうか? お年寄りの女性の姿があった。
「あらっ、ナナミ先生?」
そのお年寄りが上品に口に手をやり驚きながら、私の後ろに上半身がぶらつき明らかに眠そうな先生に尋ねた。
先生は「ん? この声は?」と寝ぼけた声で言いながら目を擦り、瞼をパチパチとさせた。
「あっ、これはツーリス先生ー! お久しぶりです! こちらに戻られていたんですね!」
目をカッと開き、そのお年寄り――もといツーリス先生を凝視した後、ツーリス先生の手を両手で握った。
「えっと、先生。お知り合いですか?」
近い距離間に驚き、戸惑いつつ先生に聞いた。
「ああ、すまない。えっと、こちらは私がこの学校の生徒だった時にお世話になった先生で恩師だ」
そういう関係なのか。へぇ~
と納得した。
「というか先生もこの学校の生徒だったんですね」
「ああ、この学校で六年間過ごした——」
すると、お年寄りが話に割り込み、
「この子はすごっかったのよ~、なんせね魔導剣士コースを三位の成績で卒業した優等生なの~」
優秀だったのか、この先生……。まぁ、確かにこの学校で教鞭をとれるなんてエリート、か。
「へぇ~、先生すごいですね。でも今は汚い部室でぐーたらするだけですもんね」
私はにやにやしながらわざとを皮肉を漏らした。
「おっ、おい!」
先生は取り乱して、何か訂正とか言い訳をしたいのか口をパクパクさせ手で様々なジェスチャーをしている。
「まだあなたは、自分の部屋を掃除できないのですか……」
呆れながら頭を抱えているツーリス先生。
「はっ……はい」
先生はしゅんとなって合わせる顔がないのか下を向いた。下を向く途中でこちらを見て「後で覚えてろよ」という顔でこちらを睨んでいたが、見なかったことにし、話を変える。
「ところで、ツーリス先生?でしたっけ、またこちらで教鞭を?」
「いや、教師は十年前に定年で辞めました」
定年?……この世界でも日本みたいな教師の生徒があるのか……。
「では今は?」
間髪入れずに質問をした。
「この大図書館の司書をやっています。いろいろご縁がありまして」
「へぇ~、そういう経緯が…」
「ほらシャキッとしなさいナナミさん」
いじけて床に指でいじいじしている先生の両脇の下に手を入れ、先生を起立させた。
「で、今日は何をしにいらっしゃったんですか?」
先生の両脇に腕を淹れながらツーリス先生は尋ねた。
「え…っと、不治の病や傷があっという間に治る薬とか書いてある薬学の本と、この世界の歴史についての本を探してます」
私は嘘も混ぜつつ答えた。
「不治の病やひどい傷を治す薬の本とこの世界の歴史についての本ね~……ちょっと待ってて」
ツーリス先生は少し考え、本を探しに行ってくれた。
少しすると、ツーリス先生が辞典ぐらいある分厚い本を六、七冊抱えて持ってきてくれた。
「あっ持ちますよ」
流石にご年配の方のため、一冊一キロぐらいある本を七冊ぐらい持たせているのはよくないと感じたため、ツーリス先生に両手を差し出した。
「もうここに置くから大丈夫ですよ」
ツーリス先生はやんわり断り、木材でできている長テーブルに本を「よいしょ」と言って置いた。ツーリス先生は一仕事したという達成感で額を手の甲で拭った。
「この辺りですかね」
ツーリス先生は本を一冊一冊表紙が見えるように長テーブルに並べた。
題名を見ると、
『一から分かる薬草集』
など、
『五分で感動する。英雄伝説』
などと明らかに私の今の体の年齢にあった児童向けの本を紹介された。
……。うーん。
「あっ、あのもう少し難しめの本でも……」
「あらそう?」
「一応、世界共通語の読み書きは大体できるので……もう少し大人向けのでもいいので……」
控えめに言った。
「——まあ、でも一旦この本を読んでみたらどうだ?」
突然、先生が口を挟んで言ってきた。
「うーん」
私は「どうしようか」と頭を捻る。
「ていうか、お前は英雄と勇者の伝記呼んだことあるのか?」
「いえ、ありませんけど」
「なら、分かりやすく要約されたものとか図や絵が付いたものを読んだ方がいい。あれは小難しい言葉ばっかり使われているし、専門知識を使わないと読みずらい」
先生は左腕を腰に当て、並べられた本の中から『ゴリラでも分かる英雄勇者伝説 ~イラスト付きで分かりやすい‼~』というものを取り、表紙と裏を確認し、中身をペラペラめくって言った。
ゴリラってこの世界にいるのか?
変な疑問が頭をよぎったが、頭を振ってその疑問を消した。
「じゃあ、これらから読んでみようと思います。ありがとうございますツーリス先生」
ツーリス先生は「いえいえ」とにこやかに笑って行ってしまった。
では、さっそく読もうと思い、本が並べられたテーブルの下に収納されていた椅子を出し、本を開こうとすると——にゅるんと、滑らかに先生が私の顔の横に頭を出した。
「うおっ」
さすがに驚いたが、すぐにもう一度本と向き合った。——のだが、
なぜか、先生はこちらをジーと視線を向けている。
「ジー」
声に出てる……。
「え……えっとどうしたんですか、先生」
何故私を凝視しているか分からなかったし、何か不貞腐れているような顔をしている理由がわからず聞いてしまった。
「お礼は?」
「えっ?」
意味が分からず素っ頓狂な声を出してしまった。
「お礼?」
「?」
何にお礼をしなくてはいけないか気付かない私に先生はしびれを切らした。
「だーかーらー、ここまで連れてきてあげたお礼と本のアドバイスをしてあげたお礼は?」
先生はそっぽを向いて言った。
あっ、確かに……。昼寝中の先生を叩き起こしてここまで案内してもらったんだっけ……。
そんな経緯を私は思い出した。これはお礼を言わなくちゃいけないな……。
「先生ありがとうございます」
「違う」
そっぽを向いている先生はさらに頬を膨らませた。
「えっ、だからありがとうございます?」
「お礼を『言う』じゃない。お礼を『よこせ』と言ってるんだ」
「はっ?」
ん? 意味が分からないのですが?
「ほら、お礼をよこせ」
先生は「くれ」と手の平を強調して見せた。
「あいにくお金は持ち合わせていないんですが……」
まずったな、流石にいい夢を見てた時にたたき起こすのは鬼だっただろうか……。
「お金じゃない」
「協力してほしいんだ……」
先生が頬を赤らめて言う。
なぜ?
「ほら、ユウキ先生いるだろ、魔導剣士コースの担任の……」
口を結んでもじもじしながら言った。
「いますね」
私は淡々と返した。
………まさか‼‼
今日の六時間目の生徒総会の移動中で見ていた状況を思い出す。
「ああ…ユ、ユウキ先生との距離を縮める手助けをしてほしいんだ‼‼」
「えぇ…」
そんなことで——と思う気持ちで声が漏れてしまった。
「おい、お前には手伝う《義務》があるはずだぞ」
肩がガシッと掴まれた。——逃げることはできないようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます