【第一話 こんな世界なんて】

星聖歴 1218年


異世界某所にて


 そこは実験室と言えばそれに近いところだった。

「できた! ……ついにっ! ついにできたぞ!」

 妙な液体の中に色々な管(くだ)につながれた人間の体を見て、白衣を着た科学者のような男は興奮を抑えきれずに叫んだ。

 この男は勇者とともにこの世界に飛ばされた勇者と同じ高校に通う高校生だった。

 この男は魔王との決戦で消えてしまった勇者にひそかに淡い恋心を抱いていた。

 しかし、その恋心を伝える前に彼女は消えてしまった………。

 だから、自分の気持ちを伝えるためということと、彼女との『一緒に地球に帰る』という約束を守るために彼女を蘇らそうと模索していた。

「やっと……やっとだ!」

 男は叫んでも発散できない喜びを自身のぼさぼさの白い髪を引き千切るように搔きむしり、試験管や不気味の液体の入った水槽、原形をとどめていない生き物、そんな不気味で気色の悪いものしか置いていない、自身の研究所といってもいいところを歩き始めた。

「五百年っ! 五百年だっ! ……」

男はふーっ、ふーっと荒くなっていた息を深呼吸で取り戻す。

「これがっ、これがあればっ……。この×××の体とこの×××心臓があればっ!  ——彼女は蘇り、今度こそ一緒に地球に帰れる。あとは、時間を超越した魔術を持った人と彼女の魂があれば………。」

 すると、男の顔は不気味なものになっていき、

「はーっはっはっはっ!!! はーっはっはっはっ!!!」

 と、気の狂った笑いに変わっていったのだった——。


        ×   ×   ×


世界、日本にて


      二千二十二年 秋 九月一日


——夢の中。

 赤いラインの入った白のロングコートを着ている黄金色のパーマのかかった髪のすらっとしていて程よく筋肉のついた体形の高身長な青少年が羽の生えたきれいなひまわり色のような長髪の女性と共に現れた。——だが、二人とも顔は陰で隠れて見えない。

「そろそろ『また』始まるね、君の物語が……。この世界は君にとって大切なこと、大切なもの、大切な人を見つけることができる………。僕たちは待ってるよ、僕らの世界……、いや、君の世界で……。……君と会えるのが楽しみだな——」

「『彼方』(かなた)っ………くん……」

「未来で会おう。相棒……!」

 君たちは誰なの⁉ と言いたかったが視覚と聴覚以外の感覚がなく口が開かず思ったように動かなかった——。


        ×   ×   ×


 頭に鳴り響く刺激音で目が覚めた。

 目を開けると頬に何かしっとりとした違和感を感じた。

 触れると涙が頬を伝っていた。

「なにか、大切なことを忘れていた気が……、なんだったっけ……?」

 まあ、いっか……。うん、この涙はたぶん今日から学校が始まるから体が拒否反応を起こしたせいだ。そうだ。うんそうだ。

 と自分の中で自己完結した。

「って、アラームうるさっ!」

 アラームを止め、体を起こし、顔を洗うために洗面所に向かった。

 顔を洗っている時にふと思った。

 学校行きたくない……。いや、だめだよなー、今日は新学期初日だし……いくかしかないよなー。

 と、休むことを早々にあきらめ、蛇口を締め、リビングに向かい、冷蔵庫を開けた。

「あー、ありがたい」

 そこには作り置きのご飯やみそ汁、おかずなどがタッパーやお椀に入って上からラップがされて置いてある。

 と、言うのも、母は警察官、父は他県の大学の教授というのもあって、両親とも家にいる機会が少ない、そのため、月、水、金の夕方に家政婦の桜井さんが来てくれて、ご飯を作り置きしてくれる。

 今日の朝食も用意してくれていた。


 ……ほんとにいつもありがとうございます。


 合掌しながら天を仰いだ。

 しかし、こんなことしている暇はないと思い、ラップのかかった皿とタッパーを出し、レンジに入れ温め開始を押した。

 そして、食パンを冷凍庫から取り出し、オーブントースターに入れつまみを回した——。

 朝食を食べ終え、学校に行く準備をしていると結構な時間を消費していた。

「やばっ、朝からアニメ見てる暇なんてなかったーーーーー!!!」

 もう、食器はいいや、帰ってやろう!

 急いで制服に着替え、学校のバッグを肩にかけ廊下をかけて、ローファーのかかとを踏み、けんけんしながら家を出た。

 こういうとき、家がオートロックでよかったと心から思う——。


        ×   ×   ×


「はーっ、はーっ」

 と、ここまで走ってきた疲れで大きいため息を吐いた。

 私は少し立ち止まり呼吸を整えながら、今が何時か確かめたかったため携帯を開いた。

「これなら学校に間に合いそう」

 時間はまだショートホームルームまで少しは余裕があるため、ここから歩いて登校することにした。

 そんな私は埼玉県のそこそこ頭のいい女子高に通っている高校一年生だ。すると、

「かーーーなーーーたーーー!!!」

 と言う元気な声が聞こえた。そして、その声の主が私の髪をわしゃわしゃと触りだした。

 私はこの声の主を知っていた。

「はぁー……。どうしたの……『未来』?」

 私は声の主のほうに振り返り、少し呆れ口調で彼女の名前を呼んだ。

「どうしたのー彼方ー、元気ないじゃん」

 この栗色の肩までかかるポニーテールを持ち、制服を着崩している彼女の名前は『染谷 未来』(そめや みらい)、私の学校の近くに通う同じ高校一年生で、幼稚園からの幼馴染だ。

「そりゃ、新学期始まって初めての登校なんて行きたくなくなるじゃん……。もう、あと一か月ぐらい夏休み伸びないかなー……」

 そんな、実現不可能な望みを吐く。

「あははー、それは無理な提案だね~」

 わしゃわしゃ。

「……ねえ、そろそろその手をどけてくれないかな?」

「えー、無理~。彼方のこの髪好きなんだも~ん」

 彼女は猫をめでるように私の髪をわしゃわしゃするのをやめない。

「もうやめてよ、私はこの髪質そんな好きじゃないのに」

「えー、私は好きだけどなー、このきれいな黒髪」

「私は、そうでもないんだけど……」

「えー、わたしならその髪分けてほしいけどなー」

「そっか……」

 私は耳にかかった髪を無意識にいじった。

 すると、どこからか学校のチャイムが聞こえた。

「やばっ、早くいかないとショートホームルーム始まっちゃう!」

「私の学校のチャイムもなったし、もーう、初日から遅刻なんて御免だからねっ」

 私たちは信号が青になったので学校に向かって走り始めた——。


        ×   ×   ×


 新学期早々から遅刻しそうになった波乱の一日も午後に入り、落ち着きを取り戻していった。今日は学校が始業式だけなので今は下校中だ。

「かーなーたー、待っててくれないなんてひどーいっ」

 未来はかわいらしく頬を膨らませながら言った。

「いや、未来がほかの子と話していたから気を使って帰って上げたんでしょう」

ため息交じりに答えた。

「あっ、そうなのー、ごめん。でも、彼方も話しかけてくれればよかったのに……」

 未来は少し申し訳なさそうに言った。だが、そんなことはどうでもいいぐらい、あとに言ったことが気になった。

「ほっとけ、私はコミュ症なんだよ……」

 と、眉を引きつらせながら悲しいことをつぶやく。

だが、未来は私の言ったことが腑に落ちなかったらしく、首を傾げ、

「えっ? だって彼方は家とか私とか私の家族とはしゃべれるじゃん」

「一定の人としかしゃべれないからコミュ障っていうんだよ」

「まー、確かに中学校の時とか他の人としゃべってるとこ見たことないや」

 未来はにこやかにあはは―と笑った。

 だが、私にとっては笑い事ではなく、最近の悩み事だったので、少なからず心にダメージを受けた。

「そういえば、最近うちにご飯食べに来てないよね?」

「あぁ、確かに」

 元々、私の両親と未来の両親は結構仲が良く、私の両親が家を空けている時が多いので、未来の両親に少し気にかけておいてくれと言っているようで、ここ最近までは未来の家に遊びに行ったり、夕飯などをごちそうになったりしていたんだが、最近はバイトや来年の受験勉強で時間を空けられていなかった。まあ、パソコンでゲームとかもしてたんだけど……。

「じゃあ今度、お邪魔しようかな……」

「うん!」

 未来は満点の笑顔だった。それにつられてわたしの顔もほころんだ——。


 ——この時までは、人とかかわることが苦手だったとしても、嫌いではなかった。だけど、この後知ることになる人間の欲望、醜さ、そして恐怖を——。


        ×   ×   ×


      二千二十三年 冬 二月二十三日


私は鬱になってしまった——。


 今日もまた、苦手な学校に行き、授業を受け学校が終わり、バイトに行き、帰路についたころだった。


 ——後ろから薬品をかがされ眠らされてしまった。


「——ここ、はどこ……?」

 知らない天井だった……。

 まだ意識がもうろうとしている中、私は首を回しあたりを見回した。

 ここには、カーテンや生活感のある家電や家具、食べかけのカップヌードルが置いてあり、私はどこかの部屋だということを認識できた。

「なんで、こんなところにいるんだっけ……?」

 そうだ……私、後ろから男数人組に何かの薬品をかがされ、眠らされたんだった……。なら! 早くここから逃げないと! ——。

「ふんっ! ………えっ?」

 体を起こすために手足を動かそうとした。——だが、手と足にガムテープが何重にも張り付いており、手足が使えなかった。

「どっ、どうすれば——」

——すると、部屋のドアが開いた。

「おー、ガキ目が覚めたか……」

 タバコを吸いながら少し汚いアロハシャツを着て、ぼさぼさな髪で顔色の悪い中年男が現れた……。

 すると、後ろからほかにもチンピラみたいな男たちが現れた。

「あの……あなたたちは誰ですか?」

 私は少し声が震えながらも男たち質問した。

 冷静にっ、冷静にっ、取り乱さないようにっ、答えを返さないとっ……。

 震えながらも私は思考を巡らせた。

「見てわかんねえのか? ——俺たちは誘拐犯だよ」

 私の中で『恐怖』という感情が膨れ上がる——。

「あの、なっ、何かの冗談ですよね? だって、私なんか誘拐しても、なっ何も出ないですよ?」

 必然と声が早くなり、震えが増す。

「いや、俺たちは金が目的でもあるが、——お前のとこの母親に用があるんだよ」

「いやっ、わけわかんないですよ………そんなっ——」

 ドンッ! 男が机を殴る。

 その音を聞いて私の体は『恐怖』で委縮する。

「黙れよ……ペラペラしゃべるガキだな……。俺らの目的はお前の母親への『復讐』だよ——」

「…………」


 『恐怖』で声が出ない、頭が回らない、体が動かない………。


 どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう——。

 思考が止まった………。

「もういい、お前らこいつを好きにしていいぞ——」

 男が下っ端の男たちに支持する。

「えぇ? 兄貴それって、何でもしていいってことですか?」

「だからそういっているだろ……。俺はこいつの母親にとって一番最悪なことをできればいいと思ってるだけだ」

 そう言って男は別の部屋へと去っていった——。

「ならこいつ犯してもいいのかな?」

下っ端の男の一人が提案する。

「いいな、それ、こんな美女はそうそういないだろ……」

「しかも、こいつ女子高だからもしかしたら処女じゃね?」

 一人、また一人と提案をする。

「でも、そんなことしたら身代金とかもらえなくなるんじゃね?」

「は? いいんだよ金目当てじゃねえからいいだろ。しかも金なんてまた密売すればまたがっぽり稼げるしな」

「まあ、たしかに」

「じゃあさっそく」

「ああ」

「女子高生を食える日なんてそうそうないしな」

「ぐへへ~」「ふぅ~、ふぅ~」「じゅるじゅる」

 すると下っ端の男の一人は私をベッドにひきずらして抑えつけた。

 そのときようやく私は自分の置かれている状況を理解した。

「やっ、やめ……」

 私は『恐怖』で声が思ったようにしっかり出ない。体をじたばたと動かそうとしても男の力のほうが強く、抑え込まれる——。

「はぁ~? やめるわけねえだろ!」

 その瞬間男は、私の制服のワイシャツをブチぶちぶちと強引に破いた。

「へえ~、やっぱり顔の色と同じで肌もきれいじゃなんだなー。じゅるじゅる——」

 私に馬乗りになっている男が舌を出し、汚らしく、気持ち悪く、吐き気を催すほどの下卑た顔で私の下腹部、頬などによだれをつけていく。

「じゃあ、そろそろお楽しみと行きますかね——」

「うっ……やっ、やめっ、て……。たったすけ……——」


「かなたーーーーーーーー!!!」


 ——すると外から、いつもよく聞いてる声が聞こえた。

 聞くと落ち着く、安心する、自分を隠さなくていい、大切な親友の声が聞こえた。


 私は「助けて!」と未来に向かい叫ぼうとしたが、声が……、喉に何かつっかえているせいで出せないのだ。恐怖という感情が心や喉で邪魔をしている。


なんで! なんで! 声が出ないんだ! 出さなかったら更なる『恐怖』が襲ってくるっていうのに………!


自分の中で勇気という感情の強さが足りない! 振り絞る元気が足りない! 


 すると、ふとある言葉を思い出す。

『なに? 勇気が出ない? 何言ってんの? こんなところでって思ったら、自然と湧いてくるもんなんだよ。圧倒的な壁ができたらそれを乗り越えていく力こそ勇気なんだよ、分かる?』


 なぜかこの言葉を思い出した——。誰が言ったか覚えていない、いつの記憶かもわからない……。だけど、この言葉を言った奴はいつも上から目線で、腹の立つ声で、答えが答えになっていない変な言葉だが、今この時だけはその言葉が自分には必要だった。

 私は大きく息を吸った。


「たすけてぇぇぇーーーーーーーーみらいーーー!!!」


 アホっぽい声だった。

 でも、叫び続けた。

 彼女の耳に! 鼓膜に! 心に! 「私はここにいると」「助けて」と伝わるように!


 すると、数秒もたたないうちに声が……、彼女の声が……、どんどん迫ってきた。

 しかし、迫ってきたのは彼女の声だけではなかった。

 私の上に馬乗りになっていた男が慌てて危機を察し、激高した。

 男は馬乗りになっているのをやめ、「このアマ!!」と私の顔面に平手打ちをくらわした。

 不意打ちだったため、私はベッドから落ち、壁に頭をぶつけた。

 ………打ったところが悪かったのか私の意識は私の意思に反して遠のいていく………。

 だが、瞼が落ちる直前に見えたのは私の上に馬乗りになっていた男を拳で殴り飛ばし、私に駆け寄って、慌て心配する顔だった。

 私は友達の顔を見れて安心し、意識が落ちた——。


        ×   ×   ×


      二千二十三年 春 五月二日


 あの件があってから早くも二か月がたった——。

『染谷未来』は『巣羽彼方』(すばね かなた)の自宅へ向かっている途中だった。

『まもなく~、四時二十八分発本川越行き西部新宿線急行の列車が十両編成で参ります~白線の内側で下がってお待ちください~——』

 そのホームのアナウンスを聞いて座っていたベンチから腰を上げる。

 彼方の家は未来の家と同じ駅で家もそこそこ近いのだ。

 未来はまたあの日のことを考えていた。自分がこうすれば、こうしとけばそういう自責の念に苛まれていた。

 キィーッ、と鉄と鉄のこすれる音がホームに鳴り響き電車が停止した。

 未来はこの電車に乗り込み、空いたドアの反対側のドアに寄りかかりあの日のことを思い出した——。


        ×   ×   ×


      二千二十三年 冬 二月二十三日


 未来は部活が終わり、学校近くの駅に向かって歩いているところだった。

現在時刻は八時を回っていた。

『彼方今どこにいるの~? 駅に向かってるよ~』

 未来は連絡アプリを使い、彼方にメッセージを送った。

 既読がつくのを待ちながら歩いているととっくに駅についていた。

「あれ、彼方がいない?」

(朝、一緒に学校に行ってた時は駅で待っててくれるって言ったんだけどな~、なんでだろ? 一時間前にもメッセージが来てたんだけどな~、おかしいな、彼方は記憶力いいし、連絡せずに約束をドタキャンしたことはないんだけど……、まー、もうちょい探してみるか……)

 ——未来は駅の周りを探してみたり、電話をかけてみたりしたが両方とも意味がなく最初にメッセージを送ってからそろそろ一時間がたとうとしていた。


   なんか嫌な予感がするな……。


「一旦、彼方の家に行ってみるか………」

 未来は駅から電車に乗り、彼方や自身の自宅の最寄り駅で降りた——。


 十五分ぐらい歩いていると彼方のマンションについた。

「やっぱり彼方の住んでいるマンションは高いな」

 未来は彼方のマンションを真上に見上げた、久しぶりに見たがやはり驚きを隠せなかった。だが、そんなことはしている場合ではなかった。

「えっと……彼方の部屋番は『2704』だったよね………」

 未来はマンションの集合玄関機に彼方の部屋番を押し、応答を待った。

しかし、返事は数秒待っても返ってこなかった。

 すると、外とつながっているエントランスの自動ドアが開いた。

「彼方!」

 未来は彼方かもという望みを持ってしまい、焦りを隠せず感情的に大声をあげた。

 ………しかし、自動ドアのほうを向いたが彼方ではなかった。

 そこに少し驚いた表情で立っていたのは、たくさんの野菜や生活用品で埋まったバッグを片手ずつにもち、抱っこひもで赤ん坊を抱えた三十手前ぐらいの主婦の女性が立っていた。

「あっ、すみま——」

 未来がこの主婦の女性に驚かせてしまったことを謝罪しようとしたら、

「あれ? 未来ちゃん?」

「えっ?」

 主婦の女性は未来が名乗ってもいないのに自身の名前を呼び当て、驚いた。

 未来はよくよくその主婦の女性を見ると、腰まで届くロングで先のほうはウェーブがかかった黒髪で先端のほうは金色のメッシュがかかっていて。そして、整った顔立ち、きれいな紫色の瞳………この特徴はどこかで見たことのある顔だった。誰だったかと少し頭をひねり、考えていると………、

「えー、覚えてない? 彼方ちゃんの部屋の隣の——」

 未来はようやくこの主婦の女性を思い出し、「あっ…」と納得し、

「『羽月』(はづき)お姉ちゃん⁉」

 と、大声で指をさして尋ねた。

すると、主婦の女性はニカッと笑い、

「そうよ? 忘れちゃったの~?」

 正解だった。

 羽月お姉ちゃんは未来と彼方が小学生低学年のころ近所に住んでいたこともあり遊んだり、かわいがってくれていた年上のお姉さんだ、——すると「うっ、うっ、あーーーん」と未来がまた大きい声を上げてしまったことで羽月お姉ちゃんの抱える赤ん坊が泣き始めてしまった。

「おーよちよち」

 羽月お姉ちゃんは自身の体を小刻みに上下し赤ん坊をあやした。

「あっ、ごめんなさい」

 未来は自身が大きい声を出してしまったせいで赤ん坊が泣き始めてしまったことを謝罪した。

「いや、いいよ、いいよ~。赤ちゃんなんて泣くのが仕事だし~」

「いやー、お母さんになっていたなんて——って、それより、彼方見てない?」

 未来は最近会ってなかった羽月お姉ちゃんの変化に色々聞きたくなったが、今聞かなくてはいけないのは彼方の居場所のため、少し強引な話の修正をした。

「彼方ちゃん? 見てないねー、見かけてたら少し成長しててもわかるんだけどなー」

「そっか……」

「そこのインターホンでは呼んでみたのよね?」

「うん」

「でも、なんで彼方ちゃん探してるの?」

「あっ、それは………。彼方と今日一緒に帰る約束して、その集合場所に行ったんだけどいなくって、集合場所に一時間ぐらいうろうろしてたんだけどいなくって、その間何本連絡してみたけど既読も電話もつかなくって……」

「約束忘れてとか、家で昼寝してるとかは?」

「それはないと思うんだけど、三時間前ぐらいは連絡取れてたし、その約束も覚えてたっぽいし………」

「そっか……確かにそれは心配ね……」

 羽月お姉ちゃんも少し心配していた。すると、羽月お姉ちゃんが何かひらめいたようで提案をしてきた。

「一旦彼方ちゃんの部屋の前に行くのはどうかな? 私がこの自動ドア開けるから……」

「……。——うん、お願いします」

 たしかに、いい案で断る理由もなかったので羽月お姉ちゃんの案に頼ることにした。

「じゃあ、決まりだね」

 羽月お姉ちゃんは集合玄関機の少し下にある鍵穴に自室のカギを差し込み右に九十度ひねった。すると、オートロックドアが開いた。

 羽月お姉ちゃんはスタスタと歩き始め未来も後ろに続き歩き始めた。

 エレベーターのある場所まで歩くと羽月お姉ちゃんは「は~」と疲れたように息を吐き、持っていた野菜や生活用品の入ったバッグを地面に置き、エレベーターのボタンを押した。その後、日ごろの子育てや買い物で疲れ切った肩を回しもう一度「は~~~っ」と大きい溜息を吐いた。

 それを横目に見ていた未来は、

「大丈夫? 荷物私が持とうか?」

「えっ? いいの? 助かるわー」

 と、羽月お姉ちゃんは嬉しそうに笑った。

 未来は「よいしょ」と羽月お姉ちゃんの荷物を持ち上げたが

(重っ!)

 その荷物はとてつもない重さで、運動部に所属している未来でさえも顔が引きつるほどの重さだった。この重さを顔色一つ変えずに持ってきた羽月お姉ちゃんには驚きを隠せなかった。

 すると、ようやくエレベーターが来た。未来の体感時間では羽月お姉ちゃんの荷物のせいで五分以上待った気がした。

 エレベーターがついて、彼方の部屋があるフロアにつくと、

「もう荷物ここまででいいよ、ありがとねっ。未来ちゃんずっと重そうにしてたし」

「えっ、あっ、でも……」

「大丈夫、主婦なめんじゃないわよ! ——じゃあ未来ちゃん私あっちだから、彼方ちゃんの部屋はたぶんそっちにあるはずだから。」

 未来はここまでしてくれた羽月お姉ちゃんのやさしさを受け取り荷物を返した。

「よいしょ」

 未来は「ふぅ~」と人仕事をした達成感の息を吐きつつようやくこの荷物を下ろせたことを心の中でほんの少し喜んだ。そして、軽くなった腕と肩を無意識に回した。

「なんかあったら言ってね。私はこの子の面倒もあるし外に探しには行けないけど……」

「いや、全然。ありがとう、ここまでしてくれて!」

 と、未来は羽月お姉ちゃんにここまで連れてきてくれた感謝の気持ちを素直に言い、二人は別れ、エレベーターの扉は閉まった。


 未来は彼方の部屋の前に到着した。

 自然と不安と期待という相反する感情で唾を飲み込む。

そして、恐る恐る彼方の部屋のインターホンを押した。

『ピンポーン』

 その音のあと、数秒すると『ガチャ』と鳴り、この家に居る誰かが応答した。

「どちら様でしょうか?」

 未来は彼方じゃないことを恐れ、足がインターホンから一歩下がる。

 その声は女性の声だが彼方の声とは違い、声が冷たい彼方の母とも考えたがまたそうではなく、落ち着きがあり、おっとりとした声だった。

 未来はその声は初めて聴いたものだった。

 誰の声だ? と未来が頭を悩まされていると、

「あの~? どちらさ——」

「あっ、彼方さんの友達です!」

 焦り、口から言葉が反射的に出てしまった。

ちょっとキョドリすぎたかもと思っていると、インターホン越しの女性は、

「そうですか、ちょっと待っててくださいね」

 すると十秒もしないうちに、ドアが開き、その女性が顔を出した。

 その女性は黄色いチェックのエプロンを着たミディアムぐらいの長さで下のほうは内側にクルンとなった髪、ぷにぷにとした頬、背景に花が咲いてるようなポアポアした人だった。

 あと、おっぱいが大きい!

 未来もスタイルには自信があったがこのでかさを見ると女としての自信を失ってしまうぐらいだった。そう未来が下から上へとまじまじと凝視していると………、

「あっ、え~と、私はこの家で家政婦として働かせてもらってる『桜井陽子』(さくらいようこ)です~」

「あっ、え~と、彼方の幼馴染の高校一年染谷未来です………」

「あっ、へえ~。彼方ちゃんの幼馴染……」

「そうです………」

「…………」

 まだ、彼方のところの家政婦の陽子さんの胸から未来は目を離せなかった。

 二人の間で、数秒の沈黙が流れた。すると、この気まずさに陽子さんはさすがに口を開き、「あの~、どういったご用件で——」

「あっ、はい。えっと、彼方が家に帰ってるかと………」

 未来は本題を言うのを忘れていて「やべっ」となり、すぐ他の事に気がいってしまうのは悪い癖だと思い心の中で反省した。

「まだ帰ってきてないですね~。あの~、何か遊びの約束でも?」

「あっ、いえ——」

 未来はそのあと、彼方が探してもいないことを落ち着いて話し始めた——。

「——そうですか……。確かにそれは心配ですね……。ほかに心当たりがあるところは?」「まだところどころありますね。でも、この後見に行ってみる予定です……」

 未来は真剣な顔でそう言った。

「わかりました。あのその心当たりのあるところを教えてもらってもいいですか? 手分けして探しましょう」

「……えっ? いいんですか?」

 陽子さんの予想外の言葉に未来は反応が遅れた。

「私も心配です。この時間ですし………」

「確かに………」

 未来は携帯を開き現在の時刻を確認した。

 すると、時刻は十時を回っていた。

 未来の携帯を横目に覗いた陽子さんは少し不安な表情をあらわにしていた。

「ちょっと待ってください、私も準備します」

 本当は一人で彼方を探すのは心細かったから陽子さんが手伝ってくれると言ってくれたことは素直にうれしかった。


 ——陽子さんと未来の二人は手分けして、彼方がいそうな場所を探した。

 しかし、彼方はどこにもいなかった。

 二人は彼方と未来が通う高校の最寄り駅に一旦集合した。


「こんだけ探してもいないなんて………」

 未来はここまでして彼方がどこにもいないという現実に対して、焦りが増幅していた。

陽子さんは自身の携帯を開き、現在の時刻を確認していた。

「門限の十時過ぎても連絡がないですし………」

「あの、彼方の両親にこのことは……?」

「一応言っておきました。ですが、こっちにも連絡が来てないって………」

「そうですか」

 完全にもう手の打ちようがなかった。すると——、

「あの、どうかされました? こんな時間に」

 警察官の制服を着た男が未来と陽子さんに尋ねてきた。

 見た感じ、顔は帽子で隠れて見えなかったがそこの駅前の交番の警官だろうということは察しがついた。未来は彼方の行方が分からないことを言ったほうがいいか、陽子さんにアイコンタクトを送った。

 すると、陽子さんは縦に首を振り承諾した。

 未来は陽子さんの承諾も得たので、警官の男性に一連の出来事を説明することにした。

「あの——」


「——そういうことですか、まあ、まずそこの交番で詳しい話を聞きましょう」

「わかりました」

 未来と陽子さんはそれに従い、交番へと足を向けた。

「——では、もう一度。何時ぐらいに連絡が取れなくなりましたか?」

 警察官の男性は棚にしまってあったノートを取り、右手でボールペンをくるっとまわし、ノートに現在の日時を書きこんだ。

「七時ぐらいです」

「何時まで連絡がありましたか?」

「五時ぐらいです」

「何時間連絡がないですか?」

「三時間ぐらいです」

「スマホのバッテリーがないとかなくしたとかは………さすがに時間がたちすぎてるし、ここから交通機関を使えば帰れない距離じゃないし………高校生だもんな。さっきも、門限は十時って言ってたし………」

 警察官の男性は右手でペンを自在に操りながらペン回しをしながら頭を悩ませていた。

「あの、心当たりがあるところとか、なんか用事があるとかは?」

「心当たりの場所はしらみつぶしに今行ってきました。用事は今日の登校中にないって言ってました」

「そうですか、まず一旦ほかの交番に女子高校生を保護しているか連絡してみます。 連絡できてないだけかもしれないので」

「分かりました。ありがとうございます」

 ——数分経つと、

「駄目ですね、そういう子は来ていないと口そろえて言ってました」

「そっ、そうですか………」

「もしかしたら、『誘拐』というのも頭に入れていただけると………」

 そう、警察官の男性は歯切れ悪く告げる。

「そっ、そんな…………」

 未来は不安と心配とあの時こうしてればという後悔の感情で自身の制服のスカートをぎゅっと掴み、前が向けなくなり俯く。

 陽子さんは絶句し、黙ったままだった。

「………ちょっとここら辺の監視カメラの映像を本部に頼んできます」

「はい………。お願いします……」

 この市内の監視カメラの映像の解析を待った。

 しかし、解析は時間を絞ったこともあり一時間程度で終了した。

 時刻は夜の零時を回っていた。

 警察官の男性がその連絡を受け、こちらに戻ってくると、

「解析が終わりました」

「あの、彼方は………」

未来は「彼方は無事でしたか?」と聞こうとすると警察官の男性はこぶしを強く握り占めているのが目に入った。顔のほうに視線を向けると悔しそうな顔でこちらに向かってきたので、ある程度の察しはついた。未来の幻想は静かに崩れ落ちた。


「——男数人組に攫われています…………」


 空気が静まり返る。

 陽子さんは悲しみが抑えきれなくなり膝から崩れ落ち、口を手で覆い隠す。

「今から、彼方さんが拉致されているところに向かいます」

「そこはわかってるんですか?」

「はい、車のナンバープレ―トもわかったので、そのナンバープレートのついた車が通ったところを見ればある程度はわかります。——では、すみません………。緊急なので……」


「——あの、私も連れて行ってくれませんか?」


 未来は自身の後悔の念から何かしらの贖罪と自身の手でどんな結末でもけじめをつけたいという気持ちで警察官の男性の前に立ち、彼の足を止めた。

「駄目です。自分たち警官が、——分かりました……」

 警察官の男性は未来の決意を決めてまっすぐ前を見た眼差しをみて、否定的な意見を変えた。

「でも、すごく危険ですので、私の指示には従ってください」

「分かりました」

「あなたはどうします?」

 陽子さんはどうするかと警察官の男性に聞かれた。陽子さんの気持ちも定まっていた。

「私も連れて行ってください」

「でもっ、陽子さんは——」

 未来は陽子さんの心配と身を案じて、ここに残るか自身の家に帰って自分の家族の相手をしたほうがいいと説得しようとした、しかし——、

「ここで彼方ちゃんを助けに行かないと一生後悔すると思うので、私も行きます。息子も主人が相手をしてくれているので」

 陽子さんも決心をした眼差しだった。

 警察官の男性はそういう答えが来るとわかっていたようで何も言わなかった。

「………では、すぐに行きましょう」


「このあたりだと思います」

 警察官の男性は防犯カメラの映像をプリントした紙を外の背景に照らし合わせた。

「………」

(ここの近くに彼方が………。待ってて、彼方………!)

 ——すると、すぐに防犯カメラに写っていた車を発見した。

「ありましたよ!」

 未来は早く知らせようと警察官の男性のもとに浮足を立ててやや急ぎ足で駆け寄った。

「しっ」

 警察官の男性は未来と対照的に落ち着きながら、未来の声のボリュームを下げるように未来の前に人差し指を立て促す。

 そのおかげで未来もハッとし自身の喜びを抑える。

「多分このアパートのどこかにいます」

 警察官の男性は未来と陽子さんに聞こえるぐらい小さな声で言った。

 未来は警察官の男性の視線の先を追うと少し古そうな白色のコンクリートでできた二階建てのアパートが目に入った。そのアパートは鉄製の階段が錆びていて、除草をしてないせいで所々雑草が伸び伸びと十センチ以上育っており、アパートの壁面にはコケやクモの巣が張り付いて、いかにも荒れたアパートだった。

「………多分あの部屋にいる可能性が大きいですね」

 警察官の男性は二階の中央の部屋へと視線を移した。

 確かに、あの部屋の窓だけクモの巣が張ってないし、ハンガーが欠けてあり生活感がある。そして、決定的な証拠に部屋のカーテンから電気が漏れている。他の部屋はというとクモの巣まみれでカーテンがかかってなく、生活感のかけらもなかった。

「じゃあ、自分が行ってきます」

「えっ、どうするんですか?」

「まあ、インターホンを押して出てきたら、高校生の女子を見ませんでしたか? と聞きま部屋の状況を確認します。居留守を使われたらほぼ黒と言っていいでしょう、ですが一人だと危険なので応援を待ちます。もし、出てきてとぼけるような真似をしたら——」

「え?」

 警察官の男性は未来に耳打ちをした。

「——では、陽子さん、未来さんと待っててください」

 警察官の男性は陽子さんに未来を任せる。未来は感情的に行動するタイプだと話を聞くに思ったため、彼方の声が聞こえたらすぐに危険を顧みず行動すると考え、陽子さんに見てもらいおいたほうがもし勝手に行動した時自分が反応できると思ったためだ。

 警察官の男性は誘拐犯がいると思われる部屋のドアをノックした。すると、数秒もせずに防犯カメラに映った男と同じ体系の男が現れた。

「はい」

 その男はタバコを吸いながら少し汚いアロハシャツを着て、ぼさぼさな髪で顔色の悪い中年男だった。

「あの、○○〇交番の△△△なんですけど。このあたりに行方不明になった女子高校生がいるって聞いたんですけど知ってますかね?」

 警察官の男性は男に疑いの目をかけながら淡々と話した。

「…………知りませんね」

 男は表情一つ変えずにそういった。しかし、警察官の男性は自分が質問してから男が答えるまでの一間が気になった。それに、男がこぶしを握っているのが見え余計に疑いをかける。

「ほんとに知りませんか?」

「えぇ、そんな子知りませんよ。てか早く帰ってくれませんかね?」

「あぁはい、すみません………」

(仕方ない、あれをするしかないか………)

 警察官の男性は未来にアイコンタクトを送る。


「かなたーーーーーーーー!!!」


 未来は大声で彼方がこの部屋にいるか確認した。すると——、


「たすけてぇぇぇーーーーーーーーみらいーーー!!!」


 未来はこの声が彼方のものだと一瞬で分かった。

「かなたっ!」

「彼方ちゃんっ……」

未来は駆け出した。彼方の声がする方へ。

「あっ! 未来ちゃん!」

 陽子さんは未来が誘拐犯の部屋へと走り出してしまった未来を呼び止めようとしたが、未来にはもうそんなことは聞こえなかった。

「てっ、てめぇー!」

 未来は誘拐犯の男の横を通って男の部屋へ上がり込む。

「いわんこっちゃない——」

 警察官の男性は半ば想像できたこの状況に頭を抱えつつ、未来をつかもうとする誘拐犯の男の左手と、胴体の服をつかみ部屋の鉄製のドアへと頭を打ち付け、それを阻止する。

「うぐっ!」

 誘拐犯の男は顔をぶつけた痛みで、床で花あたりを抑えて悶える。

「陽子さんはそこで待機して警察の応援が来たらこの部屋だと案内してください!」

「わっ分かりました」

 警察官の男性は陽子さんにそう言い、倒れた誘拐犯の後頭部に拳を打ち込む。

——未来は奥の部屋で彼方が別の誘拐犯の男にぶたれる瞬間を目撃する。

その状況に未来の内から怒りがこみあげてくる。

 その男がまだこちらの存在を気づいていなかったので、後ろから握りこぶしで怒りのままに男の顔面を殴ってやった。

「彼方っ!」

 未来は彼方に駆け寄って無事か確認しようとしたところ、彼方は微笑んで目を閉じてしまった。

「彼方っ⁉ 彼方っ⁉」

 未来は彼方を揺さぶり確認する。しかし返事がない、どうすればと焦っていると、後ろからもぞもぞと何かが動く音がした。振り返るとさっき、殴り飛ばした男が起き上がろうとしていた。

(うそでしょ……。さすがにパンチだけじゃ弱かったかも…………)

「このあまぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 男は未来に殴りかかってこようとした。

(やばい、くる! この距離だったら私だけだったら避けられるけど彼方が………)

「ええぃ!!!」

 焦って未来は「あたれぇぇぇぇえ!」と怖さで目をつぶりながらも、精一杯こぶしを自分の前に繰り出した。

「…………」

 殴られたと思い恐る恐る目を開けると、股間を抑え仰向けで気絶している男が目に入った。未来はきょとんとしていると、自分は本当に殴られてないか確認するかのように自身の体中をペタペタと触る。

 当たってないことに「はぁ~」と安堵していると、警察官の男性がまた別の男を二人倒してこちらの奥の部屋に駆けつけてくれていた。警察官の男性は急いできてくれたのか少し息が上がっていた。

「よかったです………」

 警察官の男性は未来の無事にホッとし安堵する。

「でも、彼方が………」

 警察官の男性は彼方のほうへと視線を送ると、

「大丈夫です。意識を失っているだけです」

 そう彼方の無事を告げる。

「よかった~………」

 未来は「はぁ~」と、いろいろな場所を探したり聞き込みをした疲れや彼方が無事かという不安などが一時解決して、緊張の糸がほどけた。

「でも、未来さん。自分言いましたよね、私の指示に従えって」

「はい」

 警察官の男性から未来はお叱りを受ける当然のことだ約束を守るという条件を飲むといったためここに連れてきてもらえたのだ。未来自身もしゅんとなるほど反省している。

「これだからいつも未来は………」

「何か言いました?」

 警察官の男性は自身の帽子の唾を触りながらボソッと何かをつぶやいた。

「いや、すみません何でもないです。さあ、早く応援を呼びましょうか」

「は——」

「はぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

「うっ、………お前はさっき玄関で倒れていただろ——」

 突如として現れた男に警察官の男性は頭を鉄のバットで殴られた。

 警察官の男性は未来の前で倒れる、帽子に血がじわじわとにじむ。

「こんなんで倒れるほど俺はやわじゃねえよ」

 その男は鼻血を垂らして、タバコは吸っていないが、その姿はまさしく一番最初にここに来た時にノックした時に出てきたタバコを吸った男だった。

「あっ……。大丈夫ですか⁉ 大丈夫ですか⁉」

 未来は倒れている警察官の男性を声が震えながらも揺さぶる。すると、

「大丈夫です………。鍛えてますから………」

 警察官の男性はムクッと上半身を起こし、未来と気を失っている彼方を後ろに下げ、「大丈夫」と未来にやさしい視線を送った。

 ここで初めて警察官の男性の顔を見た。その顔は輝く黄金色のパーマが眉毛までかかり、整った顔でクールな表情だが、クールだけではなくその中には優しさと情熱も併せ持った、そんな顔だった。

「さあ、やろう……」

 そう意気込んで、自身の頭部を伝っている血を自身の腕でこすり、羽織っていた防寒具を脱いで床に落とし、自身の体の前でこぶしを固め構える。そして、一回深呼吸をして精神を整える。

「威勢だけはいいじゃないかぁぁぁぁぁあ!!!!」

 誘拐犯の男は床を全力で踏み込み、警察官の男性との距離を詰め、一気に鉄バットを肩の後ろから振り下ろす。

 しかし、警察官の男性は鉄バットの振り下ろす軌道を読み、左足を半歩下げ、少し体をそらし、最小限の動きでギリギリ避ける。そして、常人ではできない速さで右足を頭上へと到達させ、上げた時より数段速いスピードで振り下ろし、鉄バットをかかとで落とす。その鉄バットは床で静止し、まばたきをするとようやく動き始めた。

(どういうこと? 床にあたったから振動とかで手から抜けた? いや違う《見えなかった》………。手から離れるところも………気づいた時にはバットは床にカラカラと転がっていた。しかもバットの振動もない………)

 未来はこの光景に目を丸くしながら考察したが理解が追いつくものではなかった。誘拐犯の男も何が起こったかわからず、目を大きく見開いていた。

(なんで、なんで当たらねぇんだ‼………)「くぅそぉぉぉお!!」

 誘拐犯の男は痺れた拳を強引に握りしめ、右ストレートを警察官の男性の顔面目掛けて間髪入れずに繰り出す。

 しかし、それも警察官の男性はギリギリで躱す。確実に誘拐犯の男の動きは警察官の男性に読まれている。

「いい右ストレートだ」

 警察官の男性はふっと笑い、相手を評価する余裕まである。

「このクソガキィィィィイ!!!」

 警察官の男性は左アッパー、右フック、左ストレート——と何度も拳をくらわせようとするが、すべて警察官の男性には避けられる。

「そろそろ決めるか」

 すると、警察官の男性は攻撃をすべて躱した後、拳を誘拐犯の男のみぞおちにくらわした。

「うぇっ!」

 誘拐犯の男は胃液や唾の混ざった液を吐き出して、痛みで腹を抑えながら悶絶し、数歩下がる。しかし、警察官の男性は続けて、床に左手を置き、それで体を支え、空気を蹴るように誘拐犯の男に左足、右足の計二発の蹴りをくらわす。

 さすがに誘拐犯の男も体がよろけ、膝をつく。

 そして、警察官の男性は誘拐犯の男の後ろに回り、首に手刀を打ち込む。その瞬間誘拐犯の男は白目をむいて気絶した。

「一件落着」

「あのっ、大丈夫ですか?」

 未来は彼方を背負いながら警察官の男性を心配し駆け寄る。

「はい、この通りぴんぴんですよ!」

 そういう警察官の男性はボディビルダーのポーズをとり、にかっと笑う。すると、外からパトカーのサイレンの音が鳴り響く。

「おっ、来ましたね」

「あっ、本当ですね」

 二人は窓の外をのぞきながらパトカーがこちらに来るのを眺める。

「あのっ、本当にありがとうございました………」

 未来は傷つきながらも彼方を助けてくれたこの警察官の男性に頭を下げ、心の底からお礼をした。

「いえいえ、仕事を全うしただけです」

「…………」

「…………」

 その後数分間お互い無言だった。応援に来た数人の警察官の人をこっちこっちと呼んだ陽子さんが安堵したように、嬉しそうにうるうると涙を瞼に溜めた顔を見るまでは——。


 パトカーのサイレンが住宅街にこだましている中、彼方はまだ目が覚めていないため担架で救急車に乗せられていた。未来と陽子さんも特に外傷はないが事情徴収と保護者替わりもかねて救急車に、と今救急隊員に指示されていた。未来はわかりました、頷いていると彼方を助けてくれた警察官の男性が目に入った。すると、警察官の男性がこちらの視線に気づき、仲間の警察官に事情と経緯を説明しているのをいったん切り上げ、いやな顔一つせず、こちらに駆け寄ってきてくれた。

「あの、一緒に救急車に乗って病院に行きますよね? その傷ですし……」

「いや、まだ自分は業務が残っているし、もう少しほかの警官に経緯を説明してからじゃないといけないので………。ほらっ! 自分こんなにピンピンしてるので!」

 警察官の男性は未来が心配そうにこちらの様子をのぞいていたので説明に付け足して、自分は元気だから大丈夫! と、体を使い表現する。

「そうですか………」

 未来は少し後ろめたい気持ちになったが、これ以上深く切り込むのも野暮だと思いもう一度同じことを聞くのはやめにした。そして最後にもう一度感謝の言葉を送ることに決めた。

「ほんとに、ほんとに、彼方を助けてくださってありがとうございました!」

 頭を深く下げ、体全体で感謝の気持ちを表した。すると警察官の男性は

「あははっ、何度もお礼言われると少し照れちゃいますね」

 と、少し顔をほころばせながら頬をポリポリと掻く。

「でも、自分にできるのはここまでです。今度彼女を救うのはあなたですよ。彼女の『こころ』はあなたのおかげで壊れるのは防げました。ですが、多くの傷がついています。だから彼女の『こころ』を救えるのはあなたしかいない、献身的に支えてあげてください、彼に必要なのはいつもあなたですから………」

 警察官の男性はそう優しくつぶやく。

「分かりました。彼方は私が救います…………」

 未来は決心する。彼方の心の傷は自分が治す、と。すると、どこからか、もう出発するので早く来て下さーいと、救急隊員が声を出して未来を呼ぶ。そういわれて未来はもう一度救急車にお辞儀をして救急車に乗り込むと、なにかを忘れているような気がした。少々頭をひねらせているとハッとし、思い出したのは、この警察官の男性の名前だ。彼方を助けてくれた恩人の名前を聞いていなかったのだ。交番にいた時も、パトカーに乗っていた時も、そんな余裕なくて聞けていなかった。別に聞かなくてもいいかという気持ちが頬の少しだけあったが、もしかしたらもう会えないかも、そんな気に苛まれて今聞くことにした。

「あの、あなたの名前って………?」

 すると、警察官の男性はまた顔をほころばせてからニカッっと笑い、

「『ひでお』だ、英雄と書いて『英雄』(ひでお)だ!」

 そう、警察官の英雄が告げると救急隊員がバックドアを閉め、未来と陽子さんと彼方を乗せた救急車はサイレンを鳴らしながら、病院へと走り出した。


        ×   ×   ×


時は戻り 二千二十三年 春 五月二日


 そうあの時のことを振り返っていると電車はすぐに彼方と未来の家の近くの駅に停車した。

(そういえばあの時の警察官の英雄さんの交番にもう一回行ってみたけど、英雄さんいなかったなぁ~、あの後移動になったなんて………、電話番号とかも着とけばよかった……)

 そんなことを考えつつ、改札を抜け、数分歩いていると彼方のマンションに着いた。今となってはでかいなぁ~なんて思ったりしない、もうあの日からほぼ毎日通っているこの家はもう第二の自宅とはいっても過言ではない。

(私は明るくいないと………。笑顔、笑顔!)

 そうここに来ると、無理やり笑顔を作ろうとする………。どうしてここまで普通の笑顔が作れないのか未来にはわからなかった………。

 ふと、未来は自動ドアのガラスに映る自分の顔が目に入る、その顔は疲れてつらい顔をしている。そんな顔を未来は首を横に振って見えないようにし、パンッと頬を叩き気合を加え、笑顔を作り、もう一度ガラスを見る。

 その顔はほんの少しだけ疲れてそうだが、はたから見れば元気百パーセントの高校生だ。「よしっ! 完璧」

 そう意気込み未来は集合玄関機にいつも押している彼方の部屋番を押す。すると数秒後、

「…………」

 集合玄関機の向こう側で無言で彼方が応答し、自動ドアが開く。そう、これもいつものことだ。しかしここまでしてくれるまであの日から一か月がかかった。最初に 来た日なんて応答すらしてくれなく、陽子さんが出てここを開けてくれた。

 陽子さんもあの日からも彼方の家の家政婦を続けているらしいが、どう接すればいいかわからないのと、自分の五歳の息子の相手や自身の家の事をしなくてはいけなく午後三時から六時までしかいることができないらしく、一週間は彼方の部屋の前にご飯を置き、「ご飯ができた」と言うことしかできなかったようだ。

 しかし、時間が進むにつれ次第に少しずつ陽子さんがいる時間でも彼方は部屋から出てくるようになり、彼方が自分から部屋の外に出て行動してくれるようになったのは陽子さんが毎日彼方に声をかけ続けてくれたおかげだ。

 ——しかし、エレベーターが来ない。………よくよく見ると最上階で止まっていることに気付いた。

(まじか………)

 階段………。その手段が頭をよぎる。しかし、未来的には階段で登るのはひじょ~うにめんどくさい。しかし、これでも未来は運動部の端くれだ。また、未来は最近彼方のところに行く機会が多く、部活の陸上部に顔を出していないせいで三キロ体重が増えてしまった。——仕方がないと腹をくくり階段での彼方のいる十六階まで行くことを決意する。

「行くか…………」


「はぁ~…………。ようやく、着いた………」

 未来は五分かけて十六階まで登り切り、膝に手をつくほど疲れが出ていた。

 未来は深呼吸をして息を整え、彼方の部屋の前のインターホンを押す。——こちらもいつもの通り応答はない、だが、この部屋の鍵は開いているのはわかっていたので、

「おじゃましま~す」

 と言いながら、勝手に重い鉄の扉を開け、部屋に入る。——ここまででいつものルーティンだ。

(いないか………)

 あたりを見回しても彼方の姿は見当たらない、おそらく自分の部屋にこもっている。

(これもいつも通り………か)

 少しの寂しさもあるが仕方がないと腹をくくり、少しでも未来の話に反応してくれたり耳を傾けるだけでもいいからと、今日も会話を試みようと彼方の部屋の前で腰を掛け、未来は今日あったことなどを話し始める——。


        ×   ×   ×


 日が傾き、斜陽が窓を通して未来の目に伝わる。

「うっ………。寝ちゃってた……?」

 う~、と唸りながら、しばしばした目をこする。すると——、

(なんだろう、この感触?)

未来の後頭部にふくよかな感触が伝わる………。よくよく見るように体を天井に向けて仰向けになる。——そこには彼方のコクコクと頭を小刻みに上下させながら少しうれしそうに昼寝している彼方の表情だった。

「えっ?」

 未来には状況が全く持って分からなかった。いろいろ確かめてみると未来はティーシャツとショートパンツの部屋着姿の彼方の太ももの上で眠っていたのだ。そう、膝枕をされていたのだ。——それでも膝枕をされている理由がわからなかった。

「んっ?」

 未来が動揺して彼方の膝の上で動いていたせいで、彼方が目をゆっくり覚ます。

「あっごめんね、未来………」

「あっ………うん」


 彼方があの日から三か月がたち、始めて声を聴いたのだ——。


 未来はしばらく固まっていたが、ようやく情報が完結して驚き勢いよく上半身を起こす。すると、

「いてっ!」

「痛っ!」

 未来の脳天と彼方の顎が勢い良くぶつかり、二人は痛みでぶつけたところを抑え悶絶する。しかし、痛みが関係ないほど未来には重要なことがあった。

「かっ、彼方が話してる…………」

「うん……。話すのは久しぶりだね、未来…………」

「でもっ、どうして急に………?」

 未来は驚きを隠せず口を手で覆い隠した。そして、——感極まって涙が零れ落ちる。すると、彼方が口をゆっくりと開く。

「…………インターホンで未来の顔を見たとき………無理に笑って、疲れてそうな顔をしてたから………。あの日からほぼ毎日来てくれてたけど来る日数を重ねて表情が重くなっていったから………。私のこの状況が未来が責任を感じて辛くさせてると思ったから…………、だから………、だから、ほんの少しだけ勇気を出して自分自身を変えようと思ったんだ…………」

(ばれてたんだ)

 未来は彼方が未来の無理した笑顔がばれていたことに驚き、ははっ、苦笑いをした。

(でも彼方が自分から立ち直ろうとしていたなんて…………)

 自分自身で立ち直ろうとしていることに未来は感涙にむせぶ思いだった。

「——膝枕は未来が私の部屋の前で寝てたから、ソファーを動かそうと思ったんだけど、動かせなくって………、床で寝かせるのもあれだなって思って、日ごろのお礼を込めて、膝枕を………。駄目だった?」

「全然うれしかったよ! 彼方の膝気持ちよかったし!」

 未来はセクハラじみた発言をし、この場の空気は一気に凍った。

「あはは! なにそれー!」

 彼方は一呼吸空いて大笑いした。——あの日があってからこんな屈託のない笑顔を見るのは初めてだった。こんな屈託のない笑顔を見ると未来もつられて心の底から笑ってしまう。あはは! あはは! と少しバカっぽく笑った。——でも、こんな馬鹿みたいに笑う日が来てくれるなんて未来にとっては嬉しくて、夢みたいな出来事だった。

 笑い疲れると彼方は未来を見つめた。

「——未来、ありがとう。今までごめんね、これからももう少し迷惑かけちゃうかもしれないけど、もう少しだけ付き合ってね。必ずこのお礼はするから…………」

 未来は自分の目が涙でまともに彼方の顔が見れないのに気づき、制服の袖で力強くごしごしと拭く。

「うん!」

 未来の疲れはニコッと笑う彼方の笑顔で吹っ飛んだ。

「今日は私が作ってあげようか、未来特性カレーを——」

「私、親子丼がいいな!」

「えー」

「いいじゃん、私も手伝うからさ」

「うん」

 未来はこんなにうれしかった日を大人になっても、死んでも、来世になっても忘れないだろう、そう思った。


        ×   ×   ×

 

二千二十三年 夏 七月三日


 夏休みが始まるまであと一か月という歯がゆい時期にやってきた。

 時刻は五時三十分もうこの季節になると、この時間帯でも日が出続けている。

「ね~彼方~、手伝って~」

「あっ、うん」

 未来に呼ばれて私は買った野菜や食品をエコバックに入れるのを手伝う。

というのも、今日は私の家で未来が夕飯を作ってくれるというので、私と未来は近所のスーパーに来ていた。

 私はようやく未来と一緒なら近場には外出できるようになった。ここまで我ながら時間がかかったと思う、そして、未来にいまだに迷惑をかけているという現状に申し訳なく思っている。

「よし、オッケー」

 未来はエコバックに野菜や食材を詰め込み終わって、エコバックを肩にかけていた。すると、

「んっ」

 未来は私が野菜などを詰めたバックを一回取り、私に渡し、私はさすがに自分の家で使う食材なのでバックを受け取った。すると——、

「重っ!」

 とてつもなくバックが重かった。それもそのはず、牛乳パックや卵、一リットルのオレンジジュースのペットボトル、大きめの野菜など、結構ヘビーなものが入っているのだ。考えれば当たり前のことだった。

 しかし、未来も同じようなふくらみのエコバックのはずなのに軽々持ち上げ、涼しい顔をしている。さすが運動部だ。


 ……と思ったが、違う!


 ポテチの袋がエコバックから見えた。

 まさか、未来は自分が詰めたバックは比較的軽いものを入れている! と気づいた。しかもさっき、一度私のエコバックを持った時、あの時私のバックの重さを確認して、もし自分のより軽かったら変えようとしていたのか! くそ騙された! と悔しがっている私の顔を端に見ると未来はしてやったりとニヤッと笑った。

「ほら~~~~~、は~~~や~~~く~~~」

「~~~~~‼‼‼」

 未来はこのエコバックの重さに悶える私を見て、煽るようににやにやと笑っている。

「あはははは~、もう仕方ないな~、半分持ってあげる!」

 未来は自身の開いている左手を「んっ」と言いながら、私に差し出す。

 私も自身の手の荷物の片方の取手をお言葉に甘えて渡した。

 そして未来は「これなら重くないでしょ?」とニコッと笑った。——この笑顔に私はなぜか目が離せなくなり、顔が高揚し熱を帯び始める。こんなの端から見たら恋人のような………と変な妄想をしてしまい、自分で思ったことに少しこっ恥ずかしくなり、私はバッと首を横に振り切り、未来の横顔からそらした。

「………」

 しかし、未来はまったく気にしないで「んっ?」ときょとんとしていた。——そういうところはほんとにずるい………そう思った。


        ×   ×   ×


 とある家庭のテレビにて……

 

「ねーテレビつけてくれなーい?」

「わかったー」

 と、小学生ぐらいの男の子は母親に言われてテレビをつけた。

『こんばんは、午後五時半を回りました、ニュースをお伝えします。あっ……速報です。今日の五時、密売と女子高生誘拐の容疑で《二月二十三日》逮捕されていた。山本 将也(三十二)が何者かによって逃亡しました。犯人は拳銃をもって埼玉県内を逃走しており、くれぐれ犯人を見つけても刺激しないように、そして犯人が見えなくなってから通報するようにお願いします。』

 と、テレビの中のアナウンサーはニュースを読んだ。

「怖いねー」

 男の子は何か少し怖いなー、程の感覚で大した危機感は持ち合わせていなかった。

「確かに怖いねー。………これは怖いからチャンネル変えていいよー」

 母親は料理を作って手が離せないため、このニュースに興味がないようにふるまっているが、内心では「大丈夫かな? ニュースで埼玉って言ってし………」と少し不安な気持ちもあった。


        ×   ×   ×


 スーパーから出てから二十分ぐらい歩き、ようやく自宅まであと少しまでの距離まで来たところだったが私の腕はもう限界だった。だがしかし、この大通りの待ち時間がとてつもなく長い信号に足止めされていた。

「信号長すぎ~!!! 腕が限界‼」

「あははは~、………じゃあ信号渡ったら、そこのコンビニでアイス買おっか!」

 なんとまあ、未来は最高の提案をしてくれる。——もう、未来最高‼‼ 好き! このためなら腕の疲れが吹っ飛ぶ………ということではないが、アイスのためにここは一肌脱いで頑張ろうと、私の腕は力を取り戻す。

すると信号は赤から青に変わった。

「アイス! アイス! アイス!——」

 信号は青に変わって、アイスがもう少しということになったので、足も軽くなりスキップしながら横断歩道を渡る。そんな私に少し未来もあきれて笑っていながらも未来も引っ張られているので駆け足になった。

「もう~、待ってよ彼方………。——っ彼方!」

 

『ドンッ! ドン、ガッシャーーーン!!!』


 私は未来に背中を勢いよく押されて、数メートル先に飛ばされ、バランスを崩して前にこけた。

「なにすんのー、未………ら、い?」

 未来がいると思われる方に目をやると、横断歩道から数メートル飛ばされて服や体がボロボロで擦り傷や切り傷が複数みられ、ガラスの破片が細かく刺さった痛々しい少女が横たわっていた。——その服、その髪、その持ち物………。その少女は未来だった。未来の周りには赤い液体が水たまりのようにできていた。


 うそ………でしょ………。


 なんで?

 私はもう一つの轟音が聞こえた方向に目を移す。するとそこにはコンビニ前の電信柱に突っ込んでフロントガラスやバンパーがぐちゃぐちゃに潰れたトラックがあった。

 そこでようやく彼方は未来が事故にあったことを知った。

「未来⁉ 未来⁉」

 私は勢いよく起き上がり、膝を擦りむいた痛みも気にせず未来のもとへと駆け寄る。

「ねえ⁉ ねえ⁉」

 倒れた未来を揺さぶるが返事がない。

「未来、今救急車を——」

「よぉ………」

 誰かから後ろから声をかけられた。………この声に緊張と重さを覚え、気持ちが悪くなる。うっ………。恐る恐る声のかかった方に振り返る。

「!」

 やはり、やはりだ………。この声の主は、私が………私を拉致した男だ。覚えている。あの小汚いアロハシャツから服が変わろうと、記憶が、脳が、細胞が『恐怖』の対象として。でもなんでここにいるんだ、警察に捕まってるはずじゃ……。

 私は首筋が冷え、金縛りにあったように体が動かせなくなり、震えが止まらなくなり、気持ち悪さははっきりとした吐き気へと変わる。

「うっ………おぇ——」

 私は吐いてしまった。

「きたねえ。顔がいいやつでも吐くもんだな、はっ」

 男は私のこのありさまを滑稽だと思い、鼻で笑う。

「警察から逃げてただけどまあ、でも俺は運がよかったぜ。これであの女への復讐ができる」

 なんでそんなにお母さんに復讐がしたいの? なんて言えるほど私の精神は頑丈ではなかった。しかし、もう私にとってはどうでもいいことだった………。未来が私のせいで死んでしまったのだ………。そう私が殺してしまったと同義だ。その罪悪感が心を飲み込み、深い深いところまで引きずり込む、それは生きる希望を失い、絶望に変わるぐらいに………。    

——私の生きる希望は未来が大半を占めていたのだ。そう、あの日から未来だけに対して救いを求めるように依存してしまっていたのだ。父や母、他の友人ではなく、私のために動いてくれたこの彼女に……。

 私もあの日から立ち直ろうと、自立できるように頑張ろうとしたが無理だった。私も前の自分にすぐに戻れるように一歩踏み出そうと努力をした。だが、できなかった。外に出るのも未来が一緒じゃないと………。離れる努力もしたが外に出ようとすると手が、全身が、震えるのだ——。それほど依存してしまったのだ。しかし、心のどこかでこの生活も悪くないという気持ちや他の感情も混ざって………。

 するとパトカーのサイレンの音がどこからか聞こえてきた。

「ちっ、サツがきやがった。しゃーねえ、今すぐここで殺してやる………」

 男は胸ポケットからどこから手に入れたかわからないハンドガンを取り出し、セーフティを解除した。

「………」

 私は拳銃が目に入ったが、もう特に何も思わなかった。

逃げる気力すら起きない。


 もう全部どうでもいいんだ……………。


「ちっ、ビビんねえじゃん。つまんな………。まあ、殺すけど。——これでお前のための復讐を完遂できるぜ、●●●」

 男のほうの言葉はぼそぼそと言っていたせいで聞こえなかった。


『パンッ!』


 住宅街へ木霊する銃声…………。

 私は絶望した生きる気力のない顔で自身の胸のあたりに視線を落とす。そこには服に大量の血がにじみ出ていた。



 そして私は未来の隣で倒れた。



 ——心残りなんて何一つなかった………。





【キャラクター プロフィール】


 巣羽 彼方(すばね かなた)


 年齢 十六歳   誕生日十一月十八日

秀花学園高等部一年 理数科(そこそこ頭のいいお嬢様学校)

 身体的特徴 黒髪ショートヘア。身長、小さめ。胸、断崖絶壁。運動能力、並大抵のことはこなせる。

 性格    学校ではクールで何でもできる秀才なので一目置かれる存在。(会話ができないコミュ症のため)しかし、家や知った人の間だと、普通の女子高生、オタク趣味はあるが………。

 趣味    アニメ鑑賞、マンガ、対戦ゲーム、パソコン。(結構インドアな趣味多め)

 好きなもの アイス(クリーム系)、甘いもの全般、親子丼、結構甘めのカレー。

 最近の悩み 勉強しないと親(母が)厳しいので、アニメが全然見れず、撮り溜め状態。

 補足    父は彼方にとても甘いが、母はとても厳しい人でよく意見が食い違い喧嘩になっている。




 染谷 未来(そめや みらい)


 彼方の幼馴染  

年齢 十六歳   誕生日八月二十五日

 清風高等学校一年 普通科(偏差値少し低めの公立高校)

 身体的特徴 肩までかかる栗色ポニーテール。身長、普通。胸、Eカップぐらい。見た目はギャルと不良の間。身体力もお化け。

性格    まっすぐで優しい性格。友達との仲を大事にしている。コミュ力お化け。人一倍責任感が強い。

趣味    お出かけ。犬の散歩を兼ねたジョギング。

好きなもの 辛い物。クッパ。紅茶。ラーメン。

最近の悩み 彼方のお見舞いにほぼ毎日行き、部活に出てないせいで、少しおなか周りが気になりだしたこと。

補足    もとは秀歌学園初等部、中等部と進学していったが、中学三年の頃にいろいろな不運が重なり、公立の清風高等学校を受験。

源 羽月(みなもと はづき)


年齢 二十八歳   誕生日 八月三日

職業    専業主婦

身体的特徴 髪は腰まで届くロングで先のほうはウェーブがかかった黒髪で、先端のほうは金髪のメッシュ。整った顔立ち。きれいな紫色の瞳。美人。身長は百七十センチと高め。胸は大きめ。

性格    おおざっぱ。けんかっ早い。(これでも高校の時より丸くなった)かっこいい。根が優しく芯がある。

趣味    ツーリング、キャンプ、アウトドア系の趣味全般。

好きなもの ラーメン、焼き肉。(だったが、赤ちゃんを出産前後は食べられなくてストレスだった)

最近の悩み 最近こっちに引っ越してきたはいいが、彼方と同じマンションだと知り、会ったとき、忘れられてないか不安だったが、しっかり覚えていてくれた。しかし、何話せばいいかわからず、話が続かず、何度かマンション内で会ったが会っても会釈をするだけになってしまっている。

補足    結婚したお相手は高校の時に羽月にあこがれていた先輩。

      あと、このマンションのお部屋はなかなかのお値段。旦那さんが結構稼いでるよう………。




 桜井 陽子(さくらい ようこ)


年齢 三十六歳   誕生日 三月三日

職業 家政婦

身体的特徴 ミディアムぐらいの長さで下のほうは内側にクルンとなった髪、ぷにぷにとした頬でゆるふわ日常系に出てくる顔。胸が大きい、メロンぐらい。

性格    その場にいるだけで心が温かくなる春のような性格。とてつもなく優しい。

趣味    裁縫。料理(最近はタイ料理を研究中)

好きなもの パン、和菓子、洋菓子。(特にねりきり、メレンゲ)

最近の悩み 息子と遊ぶ時間があまりとれないこと。

補足    最近未来と羽月とラインで彼方の状況を共有している。未来が考案で羽月と陽子と未来と彼方で女子会を開こうと考えている。陽子も結構乗り気。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る