祠と呼ばれたその存在

ぽぽ

第1話

「その祠、壊しちゃったんだ」

 声が響いた。ひどく歪んでいて、わたしには何の声なのか分からなかった。

「壊しちゃったんだ」

 呼応した声も、同じように歪んでいた。地の底より下にいるような、天より上にいるような、わたしの中にいるような。そんな声だった。

「死んじゃうね」

「死んじゃうね」

「脳髄を圧し潰されて」

「はらわたを眼窩に詰め込まれて」

「全身の皮を返されて」

「心の臓を塗りたくって」

「かわいそう」

「かわいそう」

「苦しんで死ぬ」

「気が触れるほどの苦痛を」

「死にたいと思うほどの地獄を」

「それでも死ねない極楽を」

「あなたは味わう」

 声は唐突になくなった。二つの地獄、あるいは二つの極楽。それらが消えた後には、ただ静寂だけが残った。

 わたしは駆け出した。祠から離れるために。そこから溢れる地獄、極楽、天災、救済、わたし。それから逃げるために。

 あの二つのモノは何だったのか。あの祠は何だったのか。わたしは何だったのか。それは到底理解のできる代物ではなかった。理解したら言葉にすらできないようなことになる。

 わたしは祠を壊した。何のために?わたしがわたしを……………ために。そうだ。わたしはそうしようとしていた。

 わたしは駆けていた。足を回し、わたしにできる最速を出しながら。

 意味はなかった。祠から溢れたそれは、わたしの速度を大きく上回っていた。

「ありがとう」

「ありがとう」

 地獄と極楽は、すぐそこにいた。

「わたしたちのために」

「わたしたちのために」

「その身を」

「その心を」

「その魂を」

「その存在を」

「捧げてくれて、ありがとう」

 わたしは、もうわたしではなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

祠と呼ばれたその存在 ぽぽ @popoinu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画