誰が祠を壊したか。
佐倉ソラヲ
第1話 壊れた祠
「先生! 本当にこんなところに祠なんてあるんですか!?」
足場の悪い未舗装の山道を、必死で足を進めながら目の前の「先生」の背中を追う。
「確かこの辺りだったはずなんだけどな~。前に師匠に連れて来てもらったときは確かこっちだったと思うんだけど」
「その『前に』っていつの話ですか?」
「二十年くらい前かな? 僕がまだ学生だったころだね」
地図も持たずに山道を進む「先生」はケロリと答えた。
「に……二十年前って結構昔じゃないですか! そんな前のことなのに記憶だけでここまで来たんですか!?」
「まぁまぁ。こういうのは案外覚えてるものだよ?」
雑に伸ばした髪を一つに束ね、レンズにヒビが入った黒縁のスクエア眼鏡をかけた無精髭の男、それが私の「先生」だった。
どこかのバンドのツアーTシャツ(よく見ると2016と書いてあるので八年前のものと思われる)を着て、元から空いているわけでもない穴の開いたジーンズを履いている。だらしのない恰好だが、靴だけはちゃんと山道に適した物を履いていた。
「あ、この辺りだ、この辺り」
たどり着いたのは、しめ縄のされた大木がそびえたつ場所だった。
鬱蒼とした森を抜け、そこだけは開けた場所となっており、空が広く感じられた。
「はぁ、やっと到着ですかぁ……」
私は疲れて座り込んだ。
山を登り始めて三時間。ようやく目当ての場所へとたどり着いた。――のだが。
「……マジかぁ」
「先生?」
苦笑を漏らす先生は、大木を前に立ち尽くしていた。
「祠、壊れてる」
私を振り返った先生が指さす先には、扉の蝶番が取れ、屋根が崩れた祠があった。
●
「いや~鏡くん、久しぶりじゃのう」
「あっはは、村長さんもお元気で何よりです」
夜。九州某県の山奥。
私が通っている国立大学から高速道路に乗って約二時間半のところに、その村はあった。
陽もすっかり落ち、私――長井
先生――鏡先生は村長さんとも顔見知りらしく、村長さん宅にて村総出の宴が始まった。
話を聞くに、先生は以前からこの村にて祀られる神仏に関する調査を行っていたとかで、ここの村には度々来ているのだとか。
よそ者は煙たがられるのではないか、とも思ったが、どうやら村おこしにも強く貢献していたとかで、村民からは大いに慕われている様子だ。
先生が村に来た、という話はあっという間に村中に広まった。村という狭いコミュニティでは、噂の伝播も都心以上のものだ。
「はぁ」
振舞われた酒をちびちび飲む。ご飯はとてもおいしいのだが、こういう煩い空間はあまり得意ではない。
「そう言えば、昨晩の地震大丈夫でしたか? 九州ってあんまり地震起きないもんですからね、僕びっくりして夜中に起きちゃったんですよ~」
先生の言葉で思い出した。昨晩、地震が起きたのだ。
「そうなんじゃよ。ワシも驚いて目が覚めちまってなぁ」
「もしかして山の祠も、昨晩の地震で倒壊したんですか?」
先生の問いに、それまで騒がしかった宴が静まり返る。全員の視線が、先生の方へと集まった。
「その、なぁ先生」
重々しく村長さんが口を開き――閉じた。何かを言いたげに言葉を選んでいる様子だ。
周りの村民たちも、ある者は沈痛に視線を落とし、ある者は先生に訝しげな視線を与えていた。
いつもなら「そうやってずけずけと踏み込んでモノを言うのは先生の悪い癖です。謝ったほうがいいですよ」と言葉をかけてやるところだが、今回ばかりは口を開くのですら憚られた。
「ん……あぁ、申し訳ない。デリケートな話でしたね。アレはこの村にとって大事なもの。万が一壊れるなんてことがあったら――」
「どうなったもんか、ワシらにもわからん」
短く言って酒をあおった。
「まぁま、湿っぽい空気はここまでですよ皆さん」
あなたが作った空気でしょうが。
「今日は皆さんにお土産を持ってきたんです。せっかくですから、早く召し上がっちゃってくださいな」
そう言って市内にしか出店していない店のお菓子の包を取り出した。
田舎では中々手が出せない都心の逸品に、皆の興味は移り始めていた。
宴は再び賑やかになり始める。はぁ、と溜め息を吐いて、私は軒先に出た。
人々を苦しめ続ける令和の酷暑もようやく終わりが見えてきたようで、夜になると風が涼しい。
雨戸の開け放たれた軒先に腰掛けると、酒で火照った頭が少しずつ冷えていく。後で冷たい水をもらってこよう。
静かな軒先。だが、
ひた、
と、小さな足音がした。
「ふふっ」
「あははーっ」
二人の小さな子どもの笑い声だった。
自然と、私は声のした方へと顔を向けた。
そこには、お揃いの白いワンピースを着た二人のそっくりな女の子が立っていた。
「大変なことになっちゃうのに、みんなのんきだねっ」
「ねーっ」
「大変なことって?」
思わず、突然現れた二人の女の子に問い返してしまった。
「この村を守っていたお星さまが壊れちゃったの。だから大変なことになっちゃうの」
「お母様が言ってたわ。このままだとみんな死んじゃうって」
「お母様は神様とお友達だから本当のことなの」
「でも、誰もお母様や神様の言葉を聞いてくれないんだぁ。だから、みんなもうすぐ死んじゃうんだよっ」
ふふっ、と、笑い合う不気味な子供たち。
不意に、誰かが言い争っている声が外から聞こえた。
「あのおじさんだ」
「ほんとだ。あのおじさん、また村長さんとけんかしてるね」
軒先から覗き込むように、声のする方を見た。
そこには、スーツを着た中年太りの男と村長がなにやら口論していた。
何を話しているのかはここからでは聞き取れない。
「あの人は、誰?」
二人に聞いてみようと声をかけたが――すでにそこに二人の姿はなかった。
――帰っちゃったのかな。もう遅いし。
宴はまだ続いている様子だ。このまま軒先で風に当たっていてもいいとは思うが、なかなか酔いが醒めない。水でも貰って来よう、と、軒先から腰を上げた。
「すみません、お水貰えますか?」
台所に顔を出すと、村長の奥さんが振り向いた。
「あら、先生のところの生徒さん?」
「はい、長井と言います」
出迎えた奥さんと二三会話をして、冷たい水を貰った。
水を全て飲み干し、グラスを奥さんに返した直後――視界が強くぐらりと揺れ、気が付くと私は意識を失っていた。
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