第7話 なんで学校に来たの?
翌日。
学校にいけば、教室の前では高橋たちが待っていた。彼らは浅黄に手酷くやられていたが、体は丈夫らしい。
三日ぐらい寝込んでいてくれたらよかったのに。
俺は、そう思いつつも高橋たちから視線をわざと外す。知らない顔をしていれば意外と大丈夫かもしれないし、声をかけられなければ御の字だと思っていた。
「おい」
高橋は低い声で俺を呼び止めた。
目的は、やはり俺はらしい。
昨日は派手なことになったし、俺のクラスの前で高橋たちが待っていたというからには要件は俺にしかないだろう。
「昨日の中坊と知り合いなんだろ。あいつは、なにもんだ!」
高橋は中学生に叩きのめされたことが、よっぽど頭に来ているようだ。
腕っぷしだけが自慢の高橋にとっては、中学生にのされた事など予想も出来ない失態であっただろう。
今のは高橋は、復讐の炎でメラメラと燃えていた。元から怒りでものが見えなくなるタイプだと思うが、今はより周囲が見えていないはずだ。
そうでなければ、必要以上に人目がある学校で事を起こそうとは思わないはずだ。
それにしても自分が気絶させられた相手がただの中学生ではなくて、無季浅黄だと知ったら高橋であっても度肝を抜かすことだろう。
それどころか、これぐらいの怪我ですんで良かったとすら思うかもしれない。それぐらいに、S級冒険者の名前と実力は知れ渡っている。
S級冒険者とは、ダンジョンの第五階層に潜むボスさえも一人で倒せてしまう存在である。
ダンジョンのモンスターは地下にいくほどに強くなっていって、第五階層のボスが一番強い。A級冒険者であっても数人がパーティを組まないと倒すことのできないような格の違うモンスターなのである。
それを一人で倒してしまうのが、S級冒険者という猛者なのだ。これだけでS級冒険者が、人間よりも兵器に近いと言われる理由が分かるであろう。
「いや……。中学生に知り合いなんていないし、あれは単なる人助けだよ」
浅黄は有名人でもあるし、名前を出すべきではないと思った。ヘタをしたら、迷惑になってしまうかもしれない。
あの時は囲まれていたとはいえ、S級冒険者が一般人に手を挙げてしまったことに変わりはないのだし。
「そうか。なら、昨日の分の賠償金は、お前に払ってもらうことにするぞっ!」
高橋は、俺の腹に向かって拳を入れた。
洒落にならない痛みに、俺は倒れて廊下を転げ回った。昨日も蹴られた場所を高橋に蹴られて、俺は悶えることしか出来なかったのだ。
「ほら、財布を出せ。ついでに、あの中学生の名前もゲロっていいぞ」
高橋は、実に楽しそうだ。
再び蹴りでも入れられたらたまらないと思って、俺は財布を高橋に向かって投げた。しかし、その財布は誰かに叩き落される。
「おいおい。今どきの学校のモラルってどうなってるの?クラスメイトが蹴られているのに、指くわえて見てるだけなの?ちょっとダサすぎるだろ」
俺の財布を叩き落としたのは、若い男だった。
身長が高くて、高そうな質の良いスーツを着ている。だが、彼から醸し出される雰囲気はカタギのものではなかった。
ワックスで固めても頑固に跳ねている派手な金色の髪が、そのように思わせているのだろう。
勤め人らしい風貌ではないといっても、若い男はホストとはまた違った雰囲気だ。どちらかと言えばヤクザに似た雰囲気だった。
「阿左美多智……。本物かよ」
高橋は、唖然としていた。
無理もないであろう。彼の顔を見た俺もビックリしたし、他の生徒だって同じ気持ちのはずだ。
それに、彼が学校にいる理由がわからなかった。他の生徒も同じで、開いた口が塞がらないような生徒もいる。
スーツを着た男は、阿左美多智。
浅黄と同じ、S級冒険者である。
しかも、もっとも有名なS級冒険者だ。
ダンジョンの潜り方や危険行為など教えるために、テレビ番組によく出ているせいである。
俳優並みに顔立ちも整っていて、女性ファンが多いことも有名だった。もっとも、本人は一般人の恋人がいることを公表しているが。
「今日は、そこにいる学生にお願いしたいことがあって来たんだ。相手は学生だし、学校を通そうと思ったが……」
腐ってやがる、と多智は吐き捨てた。
「幸さん!幸さん!!」
人混みをかき分けて現れたのは、浅黄だった。
高校に中学生の制服は異様に見えたが、彼の姿を見たことで俺は安心した。なにせ、浅黄の強さは折り紙付きである。
寝転んだままの俺を見つけた浅黄は、心配そうに顔を覗き込む。そして、よいしょと俺を持ち上げる。
お姫様抱っこで。
女子生徒が「キャー」と黄色い悲鳴をあげる。俺は、呆然としていた。
浅黄と俺とでは、結構な身長差がある。無論、背が高い方が俺だ。そんな高校生の俺が、小柄な中学生にお姫様抱っこされているだなんて悪夢だ。恥ずかしくてたまらない。
「浅黄……。降ろしてくれ」
俺が羞恥で震えることに、浅黄は首を傾げる。モンスターとの命の取り合いばかりやってせいなのか、浅黄の羞恥心は凡人とは少しズレているようだ。
「だって、お腹が痛くて歩きづらいでしょう?」
と浅黄は親切心から俺の心配をしてくれる。
とても、良い子だ。
だが、やっぱり何処かズレている。
「……浅黄、降ろしてやれ。男の沽券に関わるんだ」
多智が、浅黄を止めようとしてくれた。しかし、浅黄は首を横にふる。
「僕のせいでこうなったんでしょう。……なら、責任を取らないと」
浅黄は、高橋を睨んだ。
普通の中学生なら放つことのない殺気に、高橋は狼狽する。抱き抱えられた俺ですら、ちょっとばかり恐怖したぐらいだ。
「も……もしかして、無季浅黄なのかよ」
高橋は、ようやく浅黄の正体を知った。高橋の言葉に、周囲はざわついていた。
S級冒険者が二人も現れたことに、周囲は驚きと混乱を隠せないようだ。それもそうだろう、と俺は思う。
日本で四人しかいないS級冒険者の二人が、目の前にいるのである。しかも、双方ともに怒っていて物騒な雰囲気を醸し出している。俺が高橋だったら逃げ出すであろう。
「浅黄は悪くないって。ほら、俺には怪我もないし」
俺は、努めて明るく振る舞った。
怖すぎる雰囲気を一掃したかったのだ。この場の雰囲気は、小市民の俺には耐えきれるものではなかった。浅黄は、俺のことをじっと見つめた。
そして、床に降ろしてくれる。俺がほっといていれば、今度はシャツをめくられた。
「あっ。ちょっと、おい!」
俺は慌てた。
昨日も蹴られたので、腹には酷い内出血があるのだ。俺の腹を見た他の生徒がぎょっとするほど酷い有様で、浅黄も驚いていた。
「嘘は止めてね。蹴られたところはしっかり見ているんだから。保健室に行こうね」
浅黄は、俺の腹を優しくなでた。
目茶苦茶に痛かった。
俺が「ぎゃっ」と悲鳴をあげたが、浅黄は撫でる手を止めてはくれなかった。
「ほら、仕方ないな」
浅黄の表情は、笑っているのに迫力があった。怪我を隠すのは許さない、とでも言いたげな顔だった。
「怪我は弱さの証拠じゃないからね。ちゃんと治療はしないと」
さすがは、S級冒険者だ。
言うことが違う。
「そうだな。怪我人は保健室。でもって、俺とコイツは校長室だ」
そう言いながら、多智は俺の腹の写真をスマホで撮っていた。暴力の証拠とするつもりだろう。
「さぁ、行くぞ」
多智は、高橋の耳をひっぱって我が物顔で廊下を歩いていった。俺は逃げ出したかったが、しっかり浅黄に拘束されていた。
「幸さんは、僕と一緒に保健室ね」
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