第6話 S級冒険者の依頼


 冒険者には、ランクというものが存在する。


 テストを受けてランクは決定されるのだが、このテストは必ず受けなければいけないというものでもない。


 しいていえば、高いランクを取得することでダンジョン内での信用度が上がるというところか。


 A級冒険者の剣士とB級冒険者の剣士の二人がいたら、パーティに入ってくれと誘われるのはA級冒険者の人間だ。危険なダンジョンでは、誰だって手練れの仲間を欲するものなのである。


 さらにB級冒険者まで行けば、ギルド職員になれるテストを受けるようにもなれるのだ。これは公務員のような扱いなので、就職活動の一環としてB級冒険者を目指す人間もいる。


 そして、冒険者には誰もが憧れるS級冒険者というものがあった。


 S級冒険者は冒険者の頂点であり、別格の存在として扱われている。


 B級冒険者がギルド職員としての最低限の資格だとしたら、S級冒険者は兵器としての資格である。S級冒険者には、それぐらいの強さがあるのだ。


 現在の日本には、S級冒険者が四人いる。


 そのなかの一人は、無季浅黄。


 十四才の最年少にして、最速の冒険者である。


『やっぱり、浅黄君だったかー』

『こんなところでS級冒険者に助けられるなんてラッキーだったな』

『いやいや、置き去りにされた時点でラッキーじゃないって』

『コージーちゃんねるに奴らは、ヘボな上に鬼だな。冒険者の風上におけない』

『あいつら、普段は駅前とかで「ナンパした女の子はホテルまで付いてくるか」みたいな動画を撮っているんだよ。ダンジョンのことなんて詳しくなくてもおかしくないぞ』

『浅黄くーん。ファンなんだ。笑ってー。笑顔みせて』


 次々と流れるコメントに、浅黄は嫌な顔をしていた。カメラを指さして、言葉もなく消してくれと意思表示する。


 S級冒険者は注目度もケタ外れに高いので、他人に配信される映像に映るのは困るのかもしれない。


 俺はカメラや他の機材のスイッチを切ろうとしたが、今更ながらに恐怖を感じて手が震えてしまっていた。


 スイッチを切るという慣れた作業なのに、手の震えが酷すぎてボタンが押せなくなっている。それを見ていた浅黄は、俺に代わってカメラのボタンを押してくれた。優しい。


「お兄さんって、ダンジョンとかに潜るタイプだったんだ。助けてくれた時には、そうは見えなかったけど」


 コンビニでのバイトの方が似合いそう、と浅黄は続ける。


 俺は、返事に窮していた。


 コンビニのバイトが似合うと言われた事はなかったし、S級冒険者相手に何を話すべきかも迷ってしまったのだ。この状況下で最初に言うことは礼だというのに、俺の頭からはすっかり抜けてしまっていた。


 俺の返事を持つ浅黄は手持ち無沙汰になってしまったらしく、人差指に髪を絡ませていた。「そろそろ切らないと……」とぼやく浅黄は、完全の普通の中学生のそれである。


「いや……。俺は撮影のバイトやっているだけで、冒険者とかではないんだ。冒険者のテストも受けてない」


 そんなふうに答えれば、浅黄はきょとんとした顔をした。テストを受けていない冒険者が珍しいと言いたげだ。


 ジロジロと俺を眺めて、通常の冒険者では持たないような機材を発見していた。


 それらを観察して、見たことない機器を発見しては「おおっ!」と好奇心で目を輝かせている。本当にただの中学生−−いや、普通の中学生よりも純無垢なのではないだろうか。


 俺はもう一度「撮影のバイトをしている」と繰り返した。浅黄は、俺の撮影機材から目を離す。


 浅黄は、くすくすと笑い出していた。


 その顔は、幼くって可愛らしかった。浅黄が笑うだすと周囲がぱっと明るくなるので、ひまわりが咲いたかのようである。笑うだけで周囲を晴れやかにする浅黄は、人に愛される天性の才能の持ち主だった。


 浅黄のことは、前にテレビで見たことがある。たしか、ダンジョン関連の番組に出ていた。しかし、にこやかに笑っているイメージはない。


 質問されたら答えるけれども必要以上のことには答えない、という気難しい印象だ。


 話しかけられたこと以上のことは、喋ってはいないのではないだろうか。そして、喋ったとしても言葉数が少ない。とても陰気な雰囲気をかもし出していた。


 番組では中学生の癖に生意気だなという印象を受けたが、今の浅黄はテレビの中の彼が嘘みたいだ。年相応の笑顔を見せるし、口数だって極端に少ないわけではない。


 カメラの読み上げたコメントには、浅黄のファンだという人間もいた。なるほど、今の浅黄だったらならばファンもできるであろう。


 あの書き込みをしていた人は、浅黄の素顔を知っていたのかもしれない。先程の活躍と笑顔で、ころっと俺もファンになりそうだった。


「カメラマンなんだ。なら、らしいかな。君には冒険者らしさがないし」


 念の為に護身用の剣は持っていたが、それでも冒険者らしくは見えなかったようだ。それに、冒険者は撮影機材でこんなに大荷物にはならないであろう。


 「僕は、浅黄。あなたは?」


 そうだった。


 俺は浅黄の本名を知っているが、相手はそうではないのだ。俺は、自分の名前を慌てて名乗った。


 ついでに、伯父さんの店の名刺も渡しておく。


 名刺には、伯父さんの店の電話番号とホームページアドレスが印刷されている。


 何故に俺が伯父さん店の名刺を持っているかと言えば、俺は伯父さん店で雇われているという体でダンジョンカメラマンというアルバイトをしているからだ。


「俺は、冬野幸だ。ありがとうな。おかげで、助かったよ」


 浅黄だと気づかずに不良から守ろうとした自分が、今更ながらに恥ずかしい。浅黄は最初から高橋たち不良グループを倒せる力を持っていたのだ。


 第五階層のボスを単独で倒せるS級冒険者の浅黄だったならば、不良グループと戦うなんて赤子の手をひねるようなものだろう。


 こうして考えると高木も可哀想だ。


 兵器とすら言われているS級冒険者にカツアゲをするなど、正気の沙汰ではないだろう。今回のことを重々反省して、カツアゲなんて事はきっぱりと止めてほしいものである。


「これぐらいは何ともないよ。それより、放課後のことがすごく嬉しかった。ほら、ガラの悪い人達にから守ってくれたとき」


 ガラの悪い人達というのは、確実に高木たちのことであろう。あんなことを覚えていたんだ、と俺はちょっと苦笑いをした。それと同時に些細なことを覚えていたことに、喜びも感じる。


 なにせ、俺は高橋たちに向かって怒鳴っただけである。しかも、逃げ腰であったし。


 五メートルも離れたところから叫んだのは、助けたとは言わない。それに囲まれていたのが無季浅黄と分かっていたら、絶対に助けなかった。俺なんて必要ないからに、浅黄は強いからだ。


 浅黄は頬を赤くして、少しだけ恥ずかしそうに口を開く。


「S級冒険者になると普通の人は、誰も助けてくれないから……。久々に、子供扱いされて嬉しかった」


 浅黄の言葉に、俺は驚いた。


 子供扱いされるという事が嬉しいだんて、思春期の少年では言えないことだ。それぐらいに、S級冒険者というものは大人でいられる事を求められる職種なのだろう。


 しかも、浅黄は天下のS級冒険者だ。他の子供と違って、危険な事から守られるという経験が極端に少ないのだろう。


 実際に、浅黄はとても強い。


 大人たちは浅黄ならば助けなくても良い、と思ってしまうかもしれない。それぐらいに、浅黄は強いのだ。ダンジョンのモンスターや悪漢も手が出せないほどの強者なのである。


 けれども、浅黄にも助けが必要なのだ。そして、導いてくれる大人の力が必要なのだろう。


 まだ十四才の中学生なのだから。


「じゃあ……その。人を助けて、偉いぞ」


 俺は、自分よりも低いところにある頭を撫でる。


 俺が頭を撫でるという不測の事態に、浅黄は目を点にして固まってしまった。歳下扱いされて嬉しかったと聞いたので頭を撫でたが、さすがにやり過ぎたのかもしれない。 


 気がつけば、浅黄は涙目になっていた。


 今更になって、俺は慌てふためく。


 十四歳にもなって頭を撫でるなんて、子ども扱いしすぎてしまったのかもしれない。


 相手は中学生なのだ。頭を撫でるのは小学生ぐらいまでにするべきだったのだ。涙目の浅黄の焦った俺は、あたふたしてしまう。


「ごめんな!ちょっと調子に乗った」


 俺は急いで謝ったが、浅黄は首を横に振った。


 そして、浅黄は涙を拭う。


「予想外なことだったから……。弟みたいに扱ってもらえて、すごく嬉しかった。小さい頃……いいや。少し前に戻ったみたいで」


 涙をふいた浅黄は、ニコニコしていた。


 満面の笑みである。


 こんなふうに無季浅黄が表情豊かだなんて、俺は知らなかった。


 テレビに映っていたときには、ぶすっとしていて不機嫌そうだったのだ。それこそ、世界の全てに不満を持っていそうな顔だった。反抗期だったのだろうか。


 そう思うほどのテレビ映りの悪さなのに、今は微笑みさえも浮かべている。反抗期という気配もなく、純粋無垢という言葉が浮かぶほどだ。


 テレビと現実は、大きく違うものである。身長だって、テレビで見た時よりも小さく思えた。浅黄の身長は、俺と頭一つ分ぐらいは違う。


 こんなに小さいのにS級冒険者なんだ、と俺は感心するしかない。


「あっ、そうだ。幸さんって、カメラを使えるんだよね。手伝って欲しいことがあるんだ」


 浅黄の目が、キラキラと光った。


 良いことを思いついた、というばかりの顔だった。



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