ドウシテ

こうの なぎさ

ドウシテ。

お母さんが鏡に向かって

鼻歌を歌いながら

お化粧をしている。


9歳

私は唯一買ってもらった

絵本を持ってお母さんを見つめる。


そのときお母さんの拳が

私の頭を殴った。


痛くて泣きじゃくる。


「うるさい!」


「こっち見ないで!」


お母さんの言葉に逆らえず

部屋の角に座り込んだ。


ドウシテ。


お母さんは私が嫌いなの?


殴られる日々。


それでも私はお母さんが

大好きだった。


いい子にするから。

大人しくしてるから。


ベランダのドアが開けられる。

外は雪が降っていた。


「あんたはここにいるのが1番よ!」


お母さんが仕事に行って

2時間。


私は待っていた。

お母さんを待っていた。


あの絵本を買ってくれた

優しいお母さんを待ちながら。


ドウシテ。ドウシテ。


おかあさんだいすきだよ


私の声は誰にも届かない。


温かい部屋にいれられる。

ごめんね、ごめんね。と

お母さんが言う。


お母さんに殴られても

私は優しいお母さんが

だいすきだった。


10歳

お母さんが帰ってこなくなってから

1週間。


食べものがない。


ドウシテ。ドウシテ。


お母さんに捨てられた。

幼い心ながらにそう思った。


絵本を持って家を飛び出した。


ランドセルはもっていなかったので

紙袋に教科書をいれて筆箱をいれて


温かい部屋に逃げ込んだ。


お母さんには二度と会えなかった。


18歳。


一人で生きてきた私。

新宿駅をでたら

そこは私の居場所。


今夜もひとり、無き母親を想いながら

身体を売る。


私は強く、逞しく、ひとり生きていく。

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