異世界転生専門勇者

千瀬ハナタ

異世界転生専門勇者

 世界に蔓延る悪を倒し、平和を取り戻した後にその世界に別れを告げて次の世界へと旅立つ。それは、転生だったり、転移だったり、あるいは誰かの精神に乗り移ったり。


 そういう生き方をしているのが俺だ。


 死にかけたことは一度や二度じゃない。でも、俺はこの仕事にやりがいを感じていた。仕事というのも不適切かもしれない。これは俺の天命だった。これまでに何十もの世界を救ってきた。


『次に救う世界はここじゃ』


 音ではない、不思議なメッセージを受け取った次の瞬間、俺は別の世界に飛び立つ。


 ゴボ……


 なんじゃこりゃ、息が苦しい。


 俺は急いで明るい方へ泳ぐ。


 水面から顔を出して、岸に向かいゼエゼエと息を荒くしながらも深呼吸をした。


 あの野郎、水中なんかに飛ばしやがって。この頃扱いが雑になっている気がする。


 さて、まずは身体の確認からだ。魔力なし、よって魔法は使えなさそう。ただし、精霊的なものは見える。そばにある木に登る。驚くほどスムーズに登ることができた。……なるほど、体力S、と。


 次に植生。割と一般的な植物ばかりか。登った木にはちょうどリンゴがなっていてそれをひとつ拝借して食べた。うん、うまい。


 ぴょんと飛び降りる。無傷。身体はやはり超丈夫らしい。


 俺はその辺にあった木の枝を掴んで走り出した。森から抜けて、この新しい世界を目にしよう、と。


 突如視界は開ける。


 眩しさに目を細め、徐々に慣れてきた目で世界を見る。


 美しく一面に広がる、緑豊かな土地。

 そして、そこにそびえる大きな城と朽ち果てた城下町。


「……え?」





『なぁ、お前もそうは思わんか?』


『殿下、そういう発言はおやめください』


 そう言うと彼女は深くため息をつく。


『お前までそう畏まるのはやめてくれ。以前のように、ただの友人であった頃のように話せ。お前もまたこの地の英雄なのだから』


『しかし……』


『……』


 ひどく寂しそうな彼女の顔を見て、俺は腹を括った。ええい、ままよ。


『お前は女王になってからもわがままだなぁ』


『ふふ……お前が甘やかしすぎたのだ』


 俺と彼女は、この国に災厄をもたらした魔王を討ち滅ぼした仲間だ。当時王女であった彼女とその護衛としての関係だったが、長い旅は俺たちを友人、いやそれ以上の関係にした。


 ……無論、それがかなうことはなかったが。


 しかし、俺は女王となった彼女の愛した国を、この土地を、この命が尽きるまで守り抜くと誓ったのである。そして、彼女にしわしわの手を握られながら息を引き取った。


 これが、俺のいちばん初めの物語。

 俺の原初は勇者ではなかった。





 その地が、彼女の愛したこの国が、こんなにも朽ち果てている。荒廃した王国。はるか昔に滅んだかに見える美しい国。


『次に救う世界はここじゃ』


 あの声が聞こえる。


 こんな残酷なことってあるかよ。溢れそうなものを、空を見上げて落とさないようにする。


 お前の愛した国が、俺のいる今より遠い昔に滅んでいる。そして、この国にもうお前はいないのだろう。


 俺は今から、お前と旅した世界を救うよ。お前がいなくなった、この世界を。

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異世界転生専門勇者 千瀬ハナタ @hanadairo1000

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