第1話

この手紙は、私の想いを綴ったものです。

この場に立つ事も、こうして何かを話す事さえほんの数日前まで考える事が出来ませんでした。

しかし、このままでは何も変わらない、このままではダメだと、背中を押してもらえました。

手紙など、まともに書いた事もない私です。

ですが、今の自分が出来る限りの想いを書かせてもらいました。

貴重な時間ですが、どうか最後まで聞いてください。


まず、本題に入る前に、あなたに感謝を伝えたい。

この手紙は、そんなあなたに向けた手紙です。


私は、けして恵まれた生まれではありません。

それでも、不幸ではありません。

誰かと比べてしまえばキリがありませんが、私は幸せだったと思っています。


私の父は、元やくざです。

もちろん自慢出来る事でも、人様に軽々しく話す事ではありません。

それはもちろん理解しています。

そのせいなのか、私は二十歳になるまで公民館の管理人室で育ちました。

そこが私の実家でした。

大人になった今ならわかります。

もちろん一軒家でもなく、普通の借家ではありません。

酷く貧乏だったのか分かりませんが、友達の中で普通よりはおかしかったと思います。

それでも、私が不幸と今も思っていないのは、そこに確かな家族があったからだと思っています。

父のそんな過去のせいか、思い出すのは朝早くから遅くまで、必死に働いていた姿です。

小さなスーパーの魚屋で、一日魚を切っていました。

そのスーパーに行けば、父の大きな声が駐車場まで聞こえてきます。

買い物にくるお客さんと、笑顔で話しながら働く父の姿は、私にとって尊敬にあたいします。

子供の頃は、深く考えてもいませんでしたが、私も親になり、そんな父の姿が今はより鮮明に思い出されます。

同情が欲しいわけでも、理解して欲しいわけでもありません。

しかし、元やくざの父が、朝から晩までニコニコしながら汗水流して働くのはどんな想いだったろうかと。

病気で倒れてしまうまで、父は働き続けました。

きっとお金は無かったのでしょう。

それでも、私はしっかり学校もいかせてもらい不満に思った事はないのです。

なぜ、父はあんなに働く事が出来たんだろう。

私も仕事をする年になった時、それが不思議で仕方なかったのです。

ほとんど休む事もなく、働くのがどれほど辛い事なのかも知りました。

そして、今なら分かります。

父が意識を失う数分前、私は父と話をしていました。

その時に父が残した言葉は、孫は可愛いだろうな、抱っこしてあげたいな、でした。

父が亡くなったのは、妻のお腹の中に息子がいる事が分かった数週間後でした。

今でも、あの時の抱っこの真似をしながら、満面の笑顔を私は忘れる事が出来ません。

息子が生まれた日、私は父の力の理由を理解しました。

息子の手はとても小さく、けれど力強く私の人差し指を握りました。

その時に、私にも父と同じ力が宿ったのをはっきりと感じたのです。

この子のためなら、私は命をかけれると感じたのです。

それと同時に、私の中で父の偉大さを感じたのです。

父が、生涯をかけて私に教えてくれた事だったのだと思います。

私は、そんな事を気がつくまでに、とても時間を無駄にしてしまったのだと思います。

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