第27話


「なんなの!このクリームを塗ってから、かゆくてたまらないわ」


「で、でも……おっしゃっていたお店の物を買ってきました」


「背中もブツブツになったじゃない。なんなのこれ?」


下っ端の娼婦に買ってこさせたボディクリームが粗悪品だった。


「返品してきなさい!」


私はその子にクリームを投げつけた。

瓶は頭にあたって、彼女の額から血が流れた。


「なにしてるの!血が出てるじゃない」


娼婦たちが集まってくる。


「酷い、支配人に言うわよ」


「そんなことはどうだっていい。私の肌が荒れる方が問題よ」


「気に入られているからって、何でも思い通りにできるはずないわ!」


「言いたければ言いなさいよ、あんたより私の方が価値があるわよ」


ベテランの娼婦が仲裁に入ってきた。


「支配人は、金を稼げる娼婦を大事にする。金が稼げない子はどんどん待遇が悪くなる。そんなのは何処の世界でも一緒。上手く立ち回りなさい」


彼女は若い子たちに諭すように言った。


「ミラさん……そんなのズルいわ」


「贔屓にされているからって酷いわ」


ぐずぐずと泣き出す若い子たち。

まだ十代の子は、泣けば許されると思っているようだ。


「私はここでも一番人気があるし、金持の客も新しく入った私に、どんどん金をつぎ込んでいる。支配人が必要としているのは私なのよ」


私は得意げに、上から目線で彼女たちに教えてあげる。


「みんな、子どもじゃないんだから、ここで働いていくなら考えて行動しなさい。助け合わなくちゃならない時だって来るんだから」


ミラというこの女は、娼婦たちの教育担当もやっている古参の娼婦だ。


「メリンダ。あなたも、もう少し考えて発言した方がいいわ。仲間内でもめると商売にならないでしょう」


ミラは娼婦たちの機嫌をとって、上手く店を回さなければならない。いわば娼館側の人間だ。


「メリンダは少し休みを取ればいいわ。肌が治るまでゆっくりしなさい」


ミラは偉そうに私に指図する。


「私がいなければ、客が減るわよ!」


わざと嫌味っぽく言ってやった。




けど、数日たってもかゆみが治まらず、娼婦専門の医者に診てもらった。


漆にかぶれたような状態だと言われ、塗り薬をもらった。


ボディクリームの中に漆の成分が入っていたんじゃないかと思う。

店の娼婦たちの誰かがやったに違いない。


ミラが言うように、娼婦たちとも上手くやって行かなければならないようだ。


仕方がないから、ルーファスから貰ったジュエリーを店の子にいくつかあげた。

ダサいブローチや髪留めなら、たいして惜しくはない。


そして、しばらく休みを取ってゆっくりすることにした。


私には帰る場所があるし、そろそろグレンも寂しがっているだろう。



***



仕事ができない間、久しぶりにグレンのアパートに帰ったが、彼は留守だった。

屋台で一番高い串焼きを買った。

きっと喜んでくれるだろうと思い、部屋の中で待っていた。



「ああ……帰ってたんだ」


開口一番グレンが言った言葉はそれだった。

会いたかったとは言わないのね。


グレンは仕事で家に帰らないことが多い。だから私が帰らなくても文句を言われる筋合いはない。

けれど、怒りもせず、逆に喜んでもいない彼の曇った顔に苛立った。


「休みだから、久しぶりに戻ってきたわ」


私はそれでも、彼の機嫌を取ろうと話しかける。


「娼館も休みがあるんだな……」


グレンは私が娼館で働いていることを知っているのね。

けど、この町で女が働ける場所はそういう所しかないから、悪いことをしている訳じゃないわ。


「私は自分なりにお金を稼ごうとしてるのよ、もっと労う言葉はないの?」


久しぶりに会ったのに、グレンの覇気のない態度に腹が立った。


「そうか……お疲れ様。嫌なら辞めればいい。体を売る仕事だろう。あまり良いとは言えない」


「ほっといてよ。あなただって、嫁がいたのに、私と浮気してたんだから別にいいじゃない」


自分のことを棚に上げて、人の仕事にとやかく言うのはおかしいわ。

グレンは言い返さず相槌を打った。


「……そうだな」


眉間にシワを寄せて、さも自分が被害者のような言い方にムカついた。


「連れてくるだけで、何もしない男が何言ってるのよ」


ずっと私を抱きもしないで、腑抜けもいいところだ。


「すまない。生活できるだけの金は渡しているつもりだ」


「は?あんな、はした金でどうやって暮らせっていうの?無理に決まってるじゃない!」


「だから貧乏な暮らしになるって説明しただろう!」


グレンは声を荒げた。

私に向かってそんな態度を取るなんて許せない。

一緒に来てあげたのよ。しかもお金を稼いでいるし、感謝されて当然の私に対して失礼だ。


「貧乏なんて嫌だわ。私は自分で稼げるし、もっといい暮らしができるのよ」


「すればいいだろ。もっといい暮らしをしたければそうしろよ」


なんて無責任な男なの!

こんなに計画性がない人だとは思ってなかった。

ショックのあまり、一気に頭に血が上った。


「今更何言ってんのよ!ここに連れて来たのはあなたでしょ?出て行くわよ!」


「出て行くんだな。勝手にしろ、もう、殺されても何されても俺一人なんだし構わない」


何を言っているのこの人、殺されるとか意味がわからない。


「わけわかんない。二度と戻ってこないから」


「そうか……わかった」


10年よ?10年一緒にいたのになんなのその冷たい態度。

前は、大人で騎士の制服が似合ってかっこいい男だった。

こんな幼稚な人ではなかった。


今のこの人はただの情けない中年だ。


こんなグレンとは……一緒にいられない。


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