第57話


 神崎は教室にいた。

 ダンジョン攻略をちょこちょこ行っていたため、久しぶりの登校だった。

 凛は教室の窓際の席に座りながら、外の景色をぼんやりと眺めていた。

 ざわざわとした教室の喧騒が耳に入る。

 けれども、どこか他人事のように感じてしまうのは、自分が昔から人との距離を置いてきたからだろうか。


(……友達、いないから……あんまり学校は好きじゃない)


 机に頬杖をつきながら、無意識に自分の髪を触る。

 透き通るような銀色の長い髪。それは異能を持つ者としての影響だと医師に言われたことがあった。

 幼い頃は黒髪だったが、魔力の急成長に合わせるように色が薄れていき、いつしかこんな色になっていた。


 強い異能や魔力を持つ人には、体に影響が現れることもある。

 凛の場合、それが髪に出たというわけだ。

 小学生の頃は、これが原因で周りからよく「変わってる」と言われた。


『神崎さんってさ、なんか普通じゃないよね』

『髪の色とか、なんか気持ち悪いんだけど』


 そんな言葉を、どれだけ聞いたか分からない。子供たちの無邪気さと残酷さゆえに何度もそう言われてきた。

 そして高校生になった今も。クラスメートたちが凛に気づくと、いくつもの声が聞こえてくる。


「神崎さん……また下級生から告白されたんでしょ?」

「……らしいよ? 断ったって」

「うわ、またなの? 見た目に騙されてる馬鹿ばっかりなんだね」


 休み時間、女子たちの話し声が聞こえてくる。言葉は遠慮なく、自分に向けられていた。

 凛は小さく息を吐き、聞こえないふりを続けた。


「まあ、男たちは神崎みたいな『あざとい美人』が好きなんだろうね」

「ほんとそれ、キモいキモい」


 廊下の隅から聞こえる声が耳に突き刺さる。

 あからさまに聞かせるつもりで言っているその声を、凛は黙って聞き流すしかなかった。


(……別に、私は興味ないのに)


 目立つことなんてしたくない。ただ普通に過ごしたいだけなのに。

 それでも、どうして自分がこうやって標的にされるのか。

 告白を断れば、それで何かを言われる。

 少し話をしただけで、変な噂が立つ。


「神崎って、あえて彼氏作ってないらしいよ?」

「そうそう。振るのが好きなんでしょ?」

(……そんなことない。興味ない、だけだし…………あっでも、今はその、ちょっと……晴人のことは気になるかもだけど……)


 凛は複雑な心境とともにあざ笑う声に唇をギュッと結んだ。

 教室の端で聞こえるひそひそ声も、凛の耳にはしっかり届いてしまう。

 気にしないようにと必死に頭を下げたが、その声はしつこく続く。


「絶対、男たちを弄んでるよね」

「銀髪ってウケるらしいしね、あんな気持ちの悪いのどこがいいんだか」


 嫉妬のナイフが刺さるたび、胸の奥に冷たい塊ができる。

 どうしてこんなことを言われなければならないのか、分からない。

 話したこともない相手にまで、「神崎凛」という名前を使って噂話がされる。

 誰も自分を見ていない。ただ名前と見た目をおもちゃにしているだけだ。


(私、そんなに特別じゃないのに……)


 凛は小さな頃から引っ込み思案な性格で、自分から誰かに話しかけることはほとんどなかった。

 なのに、外見のせいで目立つ存在になってしまう。

 透き通るような銀髪――異能者特有の影響だとはいえ、それがどれだけ自分に重荷を背負わせているのか、誰にも伝わらない。


 髪のせいで初めての転校先でも浮いた存在になり、いつの間にか「異能者」として特別扱いされるようになった。

 そして、転校先の学校でも同じだった。


 最初は話しかけてくる人も多かったけど、それは単なる好奇心だった。

 しばらくすると、好奇心は嫉妬や不満に変わり、標的として扱われるようになるのに時間はかからなかった。


 もちろん、口下手というのも原因の一つかもしれないが、それでも無関心でいてくれればいいのにと凛は思っていた。


 何をしても正解がない。どうすればいいか分からないまま、ただ周囲に消耗させられる毎日が続く。

 陰鬱な気持ちを抱えながら凛が机に突っ伏していたときだた。


「ねえ、神崎さんさ」


 一人のクラスメイトが凛に声をかけてきた。

 ニヤニヤとしたどこか嫌な表情。

 相手からの敵意は感じられたが、無視すればさらに悪評を広められることはわかっていて、凛はゆっくりと口を開いた。


「……なに?」


 顔をあげた凛に向かって、その子は妙に楽しそうに言葉を続ける。


「最近、ネットで見たんだけどさ。神崎さん、結構話題になってるみたいだよ」

「ネット?」


 思わず問い返すと、その子はスマホを見せつけながら笑う。


「ほら、これ。ウケるよね」


 凛の目がスマホの画面に映った自分の名前に釘付けになる。

 そこには自分への批判的なコメントが溢れていた――まるで、傷を抉るような言葉が無数に。


「すごいよね、異能者ってやっぱり目立つんだね! 有名人で羨ましいなぁ」


 嫌味であることはよく分かった。

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