第33話
探索者協会本部の会議室は、簡素ながらも高級感漂う空間だった。
深い木目の円卓には、各局の代表である局長たちが座り、その周囲には最新鋭の端末が並ぶ。
「では、始めましょうか」
局長の一人が静かに言葉を切り出した。短く整えられた髪と鋭い目つき。すでに疲労の色を隠せていない。
表情には苛立ちが混ざっており、部屋の前面に設置されたスクリーンにはある一人の画像と詳細な能力がグラフ化された者が映し出された。
「先日の異常種の大量発生において……天草晴人への批判が我々協会に向けられる事態になっています。このままでは協会全体の信用問題に発展しかねません」
その言葉に、集まった各部門の局長たちが苛立った雰囲気が増していく。
特に広報連絡局の局長はそれが顕著で、ストレスのはけ口とばかりに指で机を叩いている。
「本当にあのクソは……どうしようもないな……っ!」
苛立ったように声をあげたのはぼてっと太っただらしのない老人……広報連絡局長だ。
そんな彼を、分析監査局の局長――白峰正彦(しらみねまさひこ)は冷めた目で見ていた。
(相変わらず、日本の探索者協会のレベルは低い。予想通りの光景だな)
探索者協会は海外に倣えで設立されたものだった。しかし、実態としては様々な役人たちの天下り先となっていた。
挙句の果てに、緊急事態への対応のためという名目で様々な予算が組み込まれ、それこそ用途不明の金銭があちこちへと流れていた。
今では、ダンジョン庁が国内でもっとも金のかかる省庁と言われるほどにまで膨れ上がっていたが、ダンジョンという不明な部分の多い現象に対しての対応であるため、それらが問題になることも少なく、ますます腐敗が加速している。
それが、探索者協会を含めたダンジョン庁の全てだった。
白峰は自身の部下たちに調べさせた天草晴人のダンジョンでの活動データを思い出しながら、小さく息を吐く。
(今回の戦いでも分かったが……彼の力は、本物だ。彼が日本を嫌になれば、日本を出ていくはずだ。そのためにも、精々探索者協会と日本の国民たちには、天草を叩いてもらわなければな)
白峰の目的は、天草をスカウトすることだ。そのためにも、彼が日本を恨む存在となってもらう必要があった。
「このままでは、我々探索者協会の信用問題にもかかわってきます」
「……まったく、天草は何かをもみ消すときのスケープゴートとして良かったのにな」
「その本人が問題を起こしたせいで、我々にまで飛び火するのだからやめてほしいものだな」
(……不祥事などが発生したときは、露骨に天草を使ってメディアを誘導していたな)
それらの不祥事をマスコミが報道しないよう政府が圧力をかけ、国民の注目が集まるコンテンツを提供し、視線を逸らさせるという手段。そのネタとして、天草はよく使われていた。
それだけこの世界では探索者というものは興味を持たれる存在であり、そこらの芸能人よりも天草の名前はよほど知名度があった。
「このままでは協会の信用が危ない。世論が天草晴人を叩くのは勝手だが、それが協会にまで火の粉を振りかけているのは看過できない」
「やはり、彼を切り捨てる準備を整えればいいだけでしょう」
「切り捨てる?」
「ええ。天草晴人をスケープゴートにして、協会への批判をかわすんです。幸い、彼は既に世間の嫌われ者ですから、仕込みは不要ですよ」
「探索者協会への非難の多くは、天草晴人をSランクから降格させろ、というものだったか。彼を、Sランク探索者にしなければ……その批判の全ては彼に集まる、な」
それぞれが思い思いの意見を口にしていくが、方向性は大まかに見えてきた。
「……そうだろうな。マスコミにも協力してもらえば、探索者協会ではなく天草に注目も集まる、か」
話は、天草を犠牲にする方向で進んでいく。
(……普段ならば、オレが多少は誘導するのだが……今回はその必要もなさそうだな)
この組織に、まともな人間はいない。自身の仕事が減り、白峰は微笑を浮かべる。
話は、進んでいく。
「現行のSランク探索者の基準だけでは、問題もあります。我々もまた、制度を見直す責任があるのでは?」
「Sランク探索者を魔力量だけで決めるのも変える必要があるな……」
「ただ、世界ではそれが一般的だろう?」
「それは、ここまでのサボり魔がいなかったからだな……まさか、勤勉と言われていた日本人からあんなのが出てしまうなんてなぁ」
「私の若い頃にはあんな若造いなかったのだがな……まったく、最近の若者は……」
会議は天草の首を切る方向で完全に進んでいく。
(協会が君を正当に評価することはない。だが、私についてくれば……君の力が正当に評価される日もくるだろう)
それからも皆が、いかに自分たちが悪くないかについてを語り合い、いかにして天草を悪者にできるかで話し合っていく。
天草の力を正当に評価するものは誰もいない。そもそも、彼に関するデータはすべて、白峰が改竄しているのだから伝わることもないのだが。
(愚かな連中だ。表面だけを取り繕い、自分たちの失態を押し付ける相手を探している……だが、それが私にとっては都合が良い)
わざと曖昧に操作した天草晴人のデータ。それによって彼はどんどんと孤立していく。
(天草晴人……君が憎むべき相手は協会だ、日本だ。……この腐敗した国にいたままでは、君の力は正しく使われない)
白峰の目に宿る光は、冷徹で、どこか狂気を孕んでいた。
結局会議は、天草に全ての責任を押し付けたい幹部たちで賛同していった。
白峰は内心で、計画通りに進んでいることを確信した。
(待っていてくれ。……君が堕ちてから、僕は君を救いに向かおうじゃないか)
彼の冷たい微笑みは、未来への決意と共に深く刻まれていた。
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