第17話


 土曜日。神野町ダンジョンの入口で、俺は霧島さんと合流していた。

 霧島さんはいつものスーツと防寒着という組み合わせではなく、ダンジョンに挑むための装備に身を包んでいた。

 探索者としての正装であり、霧島さんが昔活動していたことが分かるものだった。


「結構装備しっかりしていますね」

「……それはそうですよ。逆に、天草さんに驚いていますよ。いつも、そんな恰好なんですか?」

「ええ、まあ」


 俺は至って普通の服だ。といっても、一応ダンジョンで回収された素材などで作られた服ではあるが。

 俺の場合、ダンジョンと自宅の往復が多いため、普段着として使えるものをチョイスしていた。


 冬なので少し着込んでいるが、夏とかの場合はさらに装甲は薄い。

 ただまあ、結局俺は肉体強化がメインだ。服なんて、露出狂にならないようにきているだけで、ぶっちゃけ裸で攻略してもやることは変わらない。


 霧島さんはダンジョンへと視線を向ける。空間を引き裂くように鎮座している黒い渦を見て、彼女は大きく息を吐いた。


「……行きましょうか」


 滅茶苦茶緊張しているようだ。……まあ、霧島さんからすれば自分の実力を大きく上回るダンジョンに挑戦するんだもんな。

 緊張しないわけがない。


「俺が守りますから……心配しないでください」

「ええ、まあ……はい」


 ……まあ、俺と一緒に入ること自体にも不安を感じていることだろうし、そんな俺が何を言っても彼女の緊張が薄まることはないだろう。

 準備を整えた俺と霧島さんは、ダンジョンのゲートに足を踏み入れた。

 1階層へと無事移動したところで、俺は霧島さんへと視線をやる。

 

「……それで、移動の件ですけど、抱っこかおんぶ、どちらにします?」


 霧島さんは一瞬考えた後、少し顔を赤らめながらも冷静に答えた。


「おんぶでお願いします。その方が動きやすいかと思いまして……」

「了解です」


 俺が霧島さんの方に背中を向けると、彼女は緊張した様子で俺の背中に捕まってくる。

 ……俺は少し緊張していた。こんなに女性と密着するのは初めてだったからな。

 彼女を受け止めると、きゅっと首元に彼女の腕が回る。柔らかな感触と、何かの良い香りが届く。


 幸い、彼女の胸があまり大きくない……というか

 柔らかな胸板の感触は伝わってくるが、ぬくもりのある壁だと思えば、問題ない。

 ……でも、ちょっと……柔らかいものが感じられる。


「……気にしないようなことを言っていた割には、気にしていませんか?」


 挑発するような声が耳に届く。彼女も胸が当たっていることを理解して、からかうように言ってきたのだろう。


「……い、いやそんなことないですが」

「そうですか?」


 霧島さんは少しだけ楽しそうに笑っていた。……俺にやり返せたことを喜んでいるのかもしれない。その無邪気な笑顔は普通に可愛くて惚れてしまいそうだ。

 それから俺は霧島さんの太ももを掴むと、彼女が小さく声を漏らす。

 ……その僅かに色っぽい声に、驚く。


「……す、すみません。痛かったですか?」

「……いえ、大丈夫です。おぶられることに慣れていないもので」


 そりゃあ子どもの内くらいしかおんぶなんてしてもらうことはないだろうからね……。

 霧島さんがぎゅっと抱きついてきた。……あっ、胸って小さくても柔らかいんだ。そう思わせる感触が確かにあった。


「これくらい強くしがみついても大丈夫ですか?」

「ええ、まあ」

「もしも戦闘をするときなどはこうすれば天草さんも両手が使えますよね?」

「そうですね。ちょっと、軽く動いてみてもいいですか?」

「ええ、はい……」


 許可をもらったので、俺はその場でいつも戦うときのように体を動かしてみる。


「きゃああ!?」


 大きく跳躍、それから左右にステップ。そんな動きをすると、霧島さんが可愛らしい悲鳴をあげる。

 いいものが聞けた。録音しておけばよかったな。


「…………大丈夫じゃないかもですね」

「……す、すみません、舐めてました。しがみつくのも厳しいかもしれません」


 霧島さんが小さくため息をついた。


「万が一、両手使って戦う必要がある場合は、一度霧島さんをおろして戦闘しますよ。とりあえずはしっかりつかんでおきますので安心してください」

「……お願いします。絶叫系アトラクション苦手なので」

「そうなんですね。良く行くんですか?」

「はい」

「友人とかですか?」

「いえ」

「じゃあ、彼氏さんとかですか?」

「一人ですが?」


 うげ!? また失言!?

 何? 何か文句あるの? という空気が伝わってくる。

 ……クリスマスの時も滅茶苦茶反応していたし、あまりそっち方面の話題には触れないほうがよさそうだ。


 そもそも、過剰に踏み込んだ質問はセクハラになってしまうからよくないしな。さらに俺の蔑称が増えたら嫌だ。


 霧島さんをおんぶしながら、まずは軽快に移動していく。とりあえず、霧島さんに慣れてもらう必要があるだろう。

 階段を一気に駆け降り、階層を一つ一つ進んでいった。


「……滅茶苦茶早いですね」

「まあ、もう各階層の配置は覚えてますから」

「いえ、それもそうなのですが……移動速度が尋常じゃないですね」

「一応、身体強化系の異能なんで」

「身体強化系ですか……」

「異能持ってる人って皆肉体が強化されるから、ハズレなんですけどね」


 そんなことを話していると、魔物の群れが襲いかかってくるが、俺はそれらを殲滅していく。

 足技だけですべてを処理して、次に進んでいく。

 魔物たちを無視してもいいのだが、戦っておけば活性化も発生しなくなる。


 魔物を倒しながら進んでいくと、霧島さんが驚く声が背中から聞こえてきた。


「……Sランク探索者って、こんなに凄いんですね」

「他のSランク探索者の方がもっと凄いですよ。俺なんて、魔力量が多いだけです」


 だって皆空飛んだり、雷出したり、氷出したり……。

 俺は見た目的にも地味なので、余計に何もしていないと思われてしまう。


「それでも……十分に強いと思いますよ」


 その言葉に、俺は少しだけ嬉しくなった。俺のことを褒めてくれるのは、三好さんたちくらいだったからな。


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