熱血!ホコラブレイカー!
虚数クマー
第10祟!見せろ!キズナの炎!前編
「フン……所詮こんなものか」
あたりには散らばる残骸からは辛うじて神気エネルギーが漂うばかり。かつての相棒の哀れな姿にすがりつく少年少女は、言うまでもなく敗者である。涙を流し、うずくまり、中にはあまりの事態に気絶すらするものもいた。
「くだらんな。そうして絶望する暇があったら新しいホコラでも買いに行ったらどうだ。復讐する気力もないのか?」
「う、うぐぅ………」
「チッ、つまらん。この私、
後頭部で結んだ水色の挑発を神経質に整えて、ヒトミはため息をつく。
弱者を踏みにじり顧みぬどころか、くだらぬ相手、くだらぬ時間であったことに憂いすらする。圧倒的存在。暴君の姿。
公園には、まだ数名ほど無事なブレイカーがいるにはいる。だが彼らは既に戦意喪失し、己の相棒――ホコラを守るように必死に抱え込むばかり。抗う力など、無い。
このまま、
彼と彼のホコラに住まう神に、蹂躙され信仰を強制されてしまうのか?
「――――ちょっとまったァ~~~~~~~~ッ!!!!」
「……ほう?」
その時である。
漆黒の短髪に、炎のごとき赤が数束混じる。
顔にはいくつもの絆創膏と包帯にガーゼ、トレードマークの短パン、そして古臭い木製ホコラ。
そう、あなた達は知っている。
「そこまでだぜ!みんなの大事なホコラを踏みにじりやがって!ンなこたぁ、お天道様が許しても――この俺!
《……わらわ、オキツネサマが許さぬ。ふふふふ……》
色っぽくはだけた血のような色の着物から、豊満な胸と長い脚がこぼれ出る。
赤のショートに黒のケモノ耳、そして燃え上がる尾。
ご存知、バシラの相棒たる神。ホコラゴッドのオキツネサマである。
「ま、待ってくれでヤンスよバシラく~~ん!置いてかないでくれでヤンス~!!」
「へへっ、すまねえなハカセ……!みんなを守らなきゃと思ったら止まれなかったんだ!それと、知らせてくれてありがとな!」
「それくらいしかできないでヤンスからね……。僕も相棒も、実力もバシラくんとオキツネサマには遠く及ばないでヤンスし……」
《なぁに気にするな、いくさばかりが仕事ではなかろう。正室はわらわだが、ぬしは側室。他ならぬわらわがそう認めたのだ。わらわと共にバシラを支えられるのはぬしだけぞ?ふふふ……》
「え、えへへへへ!そ、そうでヤンスかねえ!」
「よくわからねえが今日も二人が仲良さそうで良かったぜ!!だけどよー、おしゃべりは一旦あとにしようぜ」
二人はバシラの横顔を見る。戦いの顔である。
公園に広まる惨劇は、少年の心に火を入れるに十分すぎた。
じり、と巻き上がる砂埃が焼き切れたのは、バシラの闘気か、はたまたバシラに呼応したオキツネさまの神気の御業か。
「俺達のダチをこんな有り様にしやがって……テメエ、何様のつもりだ」
「何様?ホコラブレイカーであればホコラをブレイクするのは承知の上だろう。なにをバカバカしい」
「バカって言うんじゃね~~!確かにブレイカーの戦いは、相手のホコラをぶっ壊す戦いだ!だけどよー……こんなバラバラにする必要はねえじゃねえか!!」
然り。
ホコラブレイカーを乱暴だと断じる大人もいる。罰当たりと怒鳴る老人に出くわしたことも一度や二度では効かぬ。
だが、そうではないのだ。人と神、この現代にどこか遠くなってしまった二つの存在が、手を取り合って競い合う楽しさと熱さ。強かった相手と再戦を誓う、悔しさと絆。ホコラのブレイクで、大事な絆が生まれていく。それこそが真髄なのだとバシラは心から信じている。
「俺達はわかり合って繋がるためにブレイカーをしてんだ!!ケンセツキットで再建不可能になっちまったら意味がねえ!残るのは……憎しみだけだ!」
「は!わかり合うだと!?暑苦しいバカは脳まで茹だっているようだな!」
膨れ上がった熱気が、ごう、と押し返される。
敗北者のホコラの残骸をもろともに、火を打ち負かし、押し流す。無慈悲なる濁流は、即ちヒトミの傍らに現れた神気纏う美少女の御業である。
清廉な青の長髪。ぼろをまとい、無数の鎖の結びついた、鱗まじりの白い肌。間違いなく神――ホコラゴッドの顕現であった。
「あ、あれでヤンス~~~!!みんなのホコラをぶっ壊した神様でヤンス!僕は辛うじて粉みじんにされるのは避けたでヤンスけど、他のみんなはあっという間に!」
「へっ、なるほどな……!確かにつよそーな神様だぜ!」
《わらわには敵わぬよ、と言いたいところであるが……。バシラ、それにハカセよ、この状況をよく見やれ》
「え?…………あ、ああっ!!!そういえば!!!」
ハカセの跳び上がって転ばんばかりの驚愕を、危うげ無く一人と一柱がフォローする。いつもの光景である。
「えへ、いつもすまないでヤンス!……じゃなくて!!ブレイクバトルが始まってないのにホコラゴッドが出てきてるでヤンス~~!!そんなの、オキツネサマ以外で初めて見るでヤンスよ!?」
「なにィ!?つまり……どーいうことだ!?」
「ふん、そんなことも知らんのか。阿呆なりに少しはできると思っていたが、見込み違いのようだな」
「なにィ~~~~~ッ!!!??」
掴みかからんばかりの少年を一人と一柱が抑えるのもこれまたいつもの光景ではあったが、今回ばかりはみなが困惑と警戒にあるのは一緒であった。
なにしろ、対面にいるのは傲慢なる強者と縮こまるように佇む神である。いつものような、ちょっとした問題児や意地悪なオトナとは脅威が違う。
「蟻を潰すだけではつまらんから教えてやる。ブレイカーは、自らのホコラゴッドのヨリシロになることでその神気を格段に増幅させてやることができる。常時顕現は強化の副産物にすぎん。凡俗でも可能な技ではない……使う神の能力の理解、そして増幅した神気に耐えるだけの素質がなければな」
「……なるほどな。よくわかんねーけど、つまり相棒と理解しあってて、しかもメチャクチャ鍛えてるっていうことかよ」
「本当に阿呆か?貴様と一緒にするな……使うと言っただろう」
言葉の応酬は、しかし刃のやり取りに等しい。
嘲るようなヒトミの声色に、バシラは壮絶なる笑みで返す。
彼がこのような表情になることは滅多にない。幼馴染たるハカセすらも、一度しか見たことがなかった。はち切れる寸前の、爆発物のような感情。
「聞き間違ったと、思いたかったぜ」
「私のホコラゴッドに何か思うところでもあるか?絆だなんだと宣う間抜けらしい。いいか、こいつは……この"ミズチ"は、私が支配しているんだ。私が適切に使用してやるからこそ実力を発揮できる。情だの相互理解だの、くだらん。神など私の強さを示すための道具であればそれで良い」
「…………テメぇ~~~~~~ッ!!!」
《バシラ》
「……!!!」
少年は、そこでようやく気がついた。
握りしめた己の拳から血が滴ることも、その拳に相棒たる神がそっと手を添えていることも、自分が後先考えずに飛び出さないように、必死に胴に抱きつく幼馴染のことも。
「あ……」
「……か、かまわないでヤンス。バシラくんは、それでこそでヤンス。相手のことを想えるのがバシラくんでヤンス。いざってときに止めるのは、僕の役目でヤンス!」
《そう。そして、共に戦うのがわらわの役目。忘れたわけではなかろ?》
「……へっ……すまねー、いや……ありがとな、ふたりとも」
そっと二人に手を添える。
戦い方を間違ってはいけないのだ。
わかり合うために戦ってきたからこそ、このふたりとも仲良くなれたのだ。
そう信じるからには、正々堂々と、そして感情に振り回されずに戦わなければ。
ただ怒りをぶつけるだけでは、コミュニケーションにはならないのだから。
「茶番はもう良いな?逃げ出すのなら止めはせんぞ」
「安心しろ、逃げ出したりはしねーぜ!それに……今のは茶番なんかじゃねー。おかげで俺がどんだけ頑張れるかってのを、お前に思い知らせてやる!」
「頑張っただけで勝てるのなら苦労せん。せいぜい無様に吠えるがいい」
「言ってろ!お前になんもかんも反省させてやるぜ!」
「戯言を」
互いにホコラを構え、地面にセットする。
膨れ上がる神気で本来のサイズに戻ったそれは、両者の主義主張のごとく対照的な姿であった。
一方は、幾度も補修と強化が施され、歴史を内に秘めるような古木で構成された、
また一方は、新品同然の石造り。重々しい鎖で封印されたかのように佇む、堅牢かつ強固なホコラである。
「そのボロでどれだけ耐えれるものかな」
「今から試しゃわかるこったろ!?」
《……バシラよ。ミズチとやらが顕現したこと、そしてあのホコラ。これまでとは違う、見掛け倒しの相手ではないぞ。つまり、》
「あなどれねー、って言いてーんだろ?わかってるぜ!でも大丈夫!全力で信じてっからな、相棒!!」
《ふふふ……まったく》
「バシラくーん、オキツネさま~~!がんばれでヤンス~~!!」
鍔迫り合いのごとく、神気が膨れ上がり衝突する。
極限の均衡。飛び出さんと構えるバシラとヒトミ。
悠然と佇むオキツネサマと、うつむいたままのミズチ。
号令と審判を任された子どものひとりが、怯えるように片手をあげる。
「れ、レディ……」
砕けた誰かのホコラの欠片が、からん、と小さく音を鳴らした。
「「……ブレイク!!!!!!!」」
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