第12話 死線上の華
よし、帰るか!
MEN'S 5を起動させ、索敵機能がきちんと働くかチェックしながら戻ろう。
忘れ物がないか周囲を確認した後、来た道を戻る。
これで俺のやらかしが少しでも減れば良いのだがなぁ……
俺は冒険者としての知識がまるでない。ルピナスも重視していなかったのか、その手の情報は転写されていない。
オペラに関しての情報は転写されている様だが……
そういえば、おっさんから後で読んでおけ、と渡された規定の書かれた小冊子も、全く目を通していなかった。
いかんな……どれもこれも新鮮で、楽しい出来事ばかりで――――
不意にMEN'S 5の発動を感じる。
『怪我人だ!先生呼んできて!』
前方から非常事態を告げる叫び声が聞こえた。
よし、ちゃんと発動するな。しかし、喋らせると俺が混乱しそうだ。普通の屁の音に――――
『本当に美味い豆腐をみせてあげますよ』
2体いるのかよ……
一旦MEN'S 5を停止させ、そろそろと気配を消して近づく。
あ、この辺さっきの合唱コンクールの会場付近だ。
ひょっとして
ちゃんと倒した事を確認していなかった……と、しょんぼりする。
木の陰からそっと会場を窺うと、8体のオークがそこに居た。
ディーヴァ達の死体を見ながらフゴフゴとなにやら話をしているのが5体。推しの子でも居たのかな?
残りは先ほどの屁のせいか、周囲を殺気立って警戒している。
オークは2体以上同時に遭遇した事が無かった。それが8体も……
どうする……この程度の数、ハッキリ言って全く問題はない。だけどこんなに集まっている事が気になった。
‘’オークが増えてる‘’、串屋の親父の声が脳内で再生される。
集落でも近くに有るのだろうか……このまま戻って、オークが8体居ました。と報告しても、あぁそうですか。で終わるだろうな。
こいつらの後を付けて集落を確認した方が良いのだろうか……
経験が無いから判断に困るなぁ。
悩んでいると、1体のオークがフゴ!と鳴いて歩き出した。残りも従う様だ。
あいつが偉い奴なのか?
全員が粗末な腰布に、剣やこん棒などの武器を手にしているだけなので、全然区別がつかん。
角でも付いていれば指揮官だと判るのだが……
奴らが移動し始めたので、結局、後を付けることにした。
MEN'S 5の射程を5mまで狭めて、ついでに屁の音をお父さんバージョンに切り替えてから、そろそろと俺も歩き出した。
途中、オーク共は木の実を大量に粗末な袋に入れた、3体のゴブリンと合流した。
上下関係は有る様だが、異種族で共に行動するのか……
それからも、ゴブリンやオークが1体、2体と合流し、総勢20体近くの大所帯となる。
ドキドキしながら後を付けると、盆地の様になった場所に集落があった。
地面に這いつくばって、上からぱっと覗き見た感じ100体は軽く超えた数のオークやゴブリンが居る。
掘っ立て小屋が幾つも建てられており、ここで奴らが生活しているのは一目瞭然だった。
うわぁ、こりゃ、やばいな。こんなに沢山……さっさと退散して、あのショートカットの受付嬢ちゃんに報告して褒めて貰おう。
そう思って退散しようとしていると、更に10体ほどのオークが集落に戻って来た。
「げ……」
俺は大量の苦虫を嚙み潰した気分になる。
戻って来たオークの1体が狼獣人の女の子を担いでいたのだ。
このミネルバトンのオークやゴブリン達はエロゲーの様な事はしない。人間達は食料なのだ。
つまり、あのお嬢ちゃんのこれからの運命は……
集落の中心辺りの大きなたき火の前まで運ばれたお嬢ちゃんは、そこで雑に地面に放り投げられる。
痛みで呻くお嬢ちゃんを周囲のオークがニタニタと見る。
くそっ……オーク共を1体ずつ相手にしている暇はないな。なにか混乱させる様なことを……
組合での惨事の様に臭いで攻めるか。お嬢ちゃんにはモヤが行かない様に操作しつつ……
1体のオークが小屋から出てきた。
ゴツイ胸当てを身に着け、背中にはマントを羽織り、大剣を担いでいる。腰布もちょっと豪華だ。
他のオークより一回り大きな身体つき、オークロードってやつか……
オークロードはお嬢ちゃんの前に立ち、周囲のオークにフゴフゴと何か言っている。
焼き具合はウェルダンで、とでも言っているのか?
ぼやぼやしている暇は無いな、PASSING WINDを起動し、射程を最大にする。
残念ながらオークロードは射程外だ、あと数メートルなのだが……
仕方ない、なるべく俺とは逆の位置に居るオークに豪快に屁を――――
オークロードが大剣をゆっくりと振り上げる。
やばい!あいつ!お嬢ちゃんを細切れにして皆にお裾分けするつもりだ!
俺は全力で駆けだした。くそ!なんて良い上司なんだ!
緩い斜面を駆け下り、オークロードが射程に入った瞬間、‘’爆裂カブトムシ‘’を発動させた。
ぶわっと膨れるオークロードの腹。一瞬の後、ぶばん!と弾け、周囲に臓物をぶちまける。
動きが止まるオーク共。そのまま呆けていてくれ!
血肉を浴びて、ひっ!と声を上げるお嬢ちゃん。ごめんよ、気持ちは良く分かる。
俺は勢いを殺さず、オーク達の間を抜けながらお嬢ちゃんの元へ到着。
抱き上げて、すかさず走り出す。が、周囲を囲まれてしまった。
もう少しボスの死を悼んでいればよいものを……
「あの……」
お嬢ちゃんが口を開く。
「助けに来た。頑張るよ」
長々と会話する間もなく、オーク共が襲い掛かってくる。
お嬢ちゃんを左手で抱いたまま、正面のオークを袈裟切りに、そのまま大きく刀を振り回して周囲を牽制。
間髪入れずに、2体3体と斬り倒す。この調子で行けるか?
チラッと脱出方向に目を向けてしまう。
「ぐ……」
後ろから右の肩にこん棒が振り下ろされた。衝撃でたたらを踏み、倒れそうになるが、なんとか踏ん張り、振り返りながら下から斬り上げる。
とにかく斬った。気配がしたら、そちらを見ずに刀を振る。
とにかく殴られた。剣などの刃物を持っている敵には注意していたのだが、こん棒や拳まで回避する事は出来なかった。
お嬢ちゃんに被弾しないよう立ち回っているので、彼女に被害はないと思いたいが、時間の問題だった。
くそ……キリがない。
作戦が纏まらないうちに戦い始めた事で、全てが行き当たりばったりになってしまった。
俺が逃げようとしている事もバレている様で、巧みに逃げ道を塞がれる。
息が上がる。このままでは俺はともかく、このお嬢ちゃんがマズイ。
怒り込めて刀を振る。斬撃が飛び、何体かのオークが両断される。
斬撃が飛び始めた事で、ガムシャラに突っ込んで来ていたオーク共の動きが鈍る。
だが、まだまだ見渡す限りに、オークとゴブリンがいる。
攻撃が鈍って来た隙に考えを巡らせる。
こんな窮地にアニメや漫画のヒーローはどうしてた?雑魚を一気に殲滅するには……
数々の名シーンが脳内で次々と再生される。
やっぱり爆発か、殲滅はできなくても混乱はするだろう。そうなればここから逃げる事くらい……
婆ちゃんなら一気に倒すのだろうが、俺はマッチの火がせいぜいだ。
ダメだ、俺の魔法はまだ使い物にならない……何か他に……爆発……PASSING WINDなら?
屁って、爆発するよな……メタンガスだ。
そういえば、少年探偵の映画で、メタンのガス溜まりに火花で着火して大爆発を……
いけるか?
フッと、あの時の光景が頭をよぎる。
おなら?おならでどうするんだよ、屁だぞ……とルピナスと二人、途方に暮れた時の事を。
起死回生の一手がその’’おなら’’になるとはな。
ちょっと可笑しくなり、口元が緩む。
よし、やるぜ。
PASSING WINDを起動させ、限界までロックオンする。10体か……
屁の成分の個別の調整はまだ分からないので、とにかく濃い屁にして猛烈な臭いが出るようにする。
ガスは本来臭いがないと言うが、濃ければそれだけメタンの量も増えるだろう。
奴等が屁を嗅いでしまうと距離を取られるかもしれない、黒いモヤは足元に留まる様に移動、音も鳴らない様に……
設定を完了させて’’へぇボタン’’を押しっぱなしにする。
じりじりとオーク共が包囲網を狭めながら近づいてくる。
10体のオークから放出され始めた黒いモヤはどんどん溜まっていく。
オーク共を睨む。奴らは俺を見て、フゴフゴと何か言っている。
もう諦めろや。的な事を言っているのだろう。
モヤは奴らのスネの辺りまで溜まってきている。
これくらいで行けるだろうか。もっと必要なのだろうか。
とにかく動きが止まっている今がチャンスなんだ、もっと屁を!
「う……あれ?え?」
静かにしてくれているなと思っていたが、気絶していたのか。
そして間の悪い事に今、意識が戻ったのね。
「あー見ての通り、まだピンチだ」
「は、はい。あの私――――」
意識がお嬢ちゃんに向いている今がチャンスだと思ったのか、数体のオークが襲い掛かって来た。
「話は後!」
近づいて来たオークを袈裟切りにする。それを皮切りにまた混戦になってしまった。
息が上がり、刀を握る握力も無くなって来た。
近づいて来たオークの振り上げられた腕を切り落とし、返す刀を振り下ろす。
次に近くにいたオークに視線を向けると、そいつは体当たりをしてきた。ぶちかましだ。
今までにない攻撃で虚を突かれた俺は吹き飛び、地面を転がった。
倒れた俺達の周囲を囲むオーク共。勝利を確信したようで、ニヤニヤと醜い笑みを浮かべている。
フゴフゴと何か言って笑っている。馬鹿にしているのだろう。
「お嬢ちゃん、耳を塞いで、目を瞑り、口を開けるんだ」
俺はお嬢ちゃんに囁いた。
「え?あの私も――――」
「いいから、やれ。大丈夫だから、信じて」
コクンと頷き、言われた通りにするお嬢ちゃん。
耳が頭の上にあるので、それを塞ぐために手を当てる様がちょっと可愛らしくて笑みが浮かぶ。
黒いモヤはオーク共の腰の辺りまで漂っている。
これはちょっと多すぎたかも……そう思ったが、もう後には引けず――――
俺は渾身の魔力を込めて炎を撃ち出す。
マッチの火が、ふらふら~とゆっくり飛んで行く。それを見てオーク共が笑い声をあげた。
お嬢ちゃんを抱いたまま立ち上がる。
少しでもこの場から離れる為に、俺の背後で腹を抱えて笑っているオークを突き飛ばし走り出した。
そろそろだと、思った俺は走った勢いそのままに、お嬢ちゃんに覆いかぶさるように倒れ込み、目を閉じ、口を開け、刀を握ったまま右耳を塞ぐ。
「きゃ!」
お嬢ちゃんの悲鳴と同時に目を閉じていても分る程に、カッと白く――――――――
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