PASSING WIND ~過ぎ行く風~
どんぐり
第1話 終わりと始まり
先程、三途の川を渡った。
渡し船はちょっとしたクルーザーの様に豪華で、実に快適な船旅だった。
下船した後、貳と書かれた門へ行けと記された立て札に従い、他の死者達の最後尾を行く。
定期健診、ちゃんと受けておくべきだったなぁ……
詮無い事を思いながらトボトボと長閑な道を歩く。
身体に違和感を覚えつつも、気付かない振りをして働いた。
看過できなくなり、受診した時は既に手遅れで、あっさりと俺は死んだ。
彩も無く、あまり良い人生じゃ無かったな。享年29歳か。
楽しかった事を思い出そうとするが、特に無い事に気付き愕然とした頃、貳と書かれた荘厳な門に到着。
「誰も居らん……」
先行く死者達が居た筈なのだが、ノンビリし過ぎたのか人っ子一人居ない。門も閉まっている。
とりあえず、近づいてみようと足を踏み出した途端、背後から女性の声が響く。
「あー!まだ居た!良かった!そこのステキな死者さん!まだ門に入らないで!」
ステキ……それは俺の事だな?と振り向くと、就活中の様な、面白みのないスーツを身に纏った若い娘さんが、小走りに近づいてくる。
笑顔の彼女を見ていると、不意に絵を売りつけられそうになった事を思い出した。
「すみません、急いでます。母が危篤なんで」
絵など買わないぞ、という固い意志を見せる。
「危篤?あの世に来てまで何を……記憶が混乱してるのかしら……なら、丁度良いか、あなたは選ばれました。
ちょっと女神さまのお手伝いをして欲しいのです。
来世に向けて、ポイント、稼ぎませんか?きっと優遇してくれますよ」
可愛い顔しているのに、笑顔が胡散臭い。
「やめておきます。来世はカブトムシとかで良いかなぁって。
いや、むしろカブトムシが良いです。甘い蜜を啜って生きて行こうかと」
「やっぱり混乱してる!大丈夫ですか?さぞや残酷な死に様だったのでしょうね。
そんなあなたに朗報です。女神さまのお手伝いをしましょう?来世の為に!」
手伝って、嫌だ、の押し問答が暫く続いた。
「なんでそんなに必死なんです?他にも死者は五万と居るでしょう?」
「皆断られたのですよ!私の笑顔が胡散臭いって!確かに彼氏は居ませんけども!お婆ちゃんは可愛いって言ってくれるのに!
どうせ……カブトムシさんもそう思ってるですよ……絵画を売りつけられそうだ、とかなんとか失礼な事を!」
人をカブトムシ呼ばわりする失礼な娘さんに、失礼だと言われた。
まぁズバリ失礼なことを考えていたので、多少の罪悪感も手伝い、話だけでも……と思ってしまった事が運の尽きだった。
悪寒がしたのだ、俺は今後、事ある毎に、このやり取りを夢に見る程後悔する羽目となるのではないか、と。
「さぁさぁ、こっちですよ。さぁさぁ」
詳しくは女神さまに訊いてくれの一点張りで、何一つ分からないまま、左腕をがっしりと彼女にホールドされて、女神とやらの元に連行されている。
門のすぐ近くに役所の様な外見の建物があり、誰にもすれ違う事無く2階の一番奥の応接室に通された。
かなり上質な部屋の上座に、彼女は座っていた。
二十歳前後だろうか、緩くウェーブのかかった艶のある金髪、切れ長の碧眼に、うすく笑みを浮かべた口元。
寿司のネタがぎっしりと書き殴られた湯呑を口元に運ぶ仕草まで優美で、今までお目にかかった事の無い程の別嬪さんだった。
「ルピナス様、こちらが……カブトムシさんです」
そう言えば名乗り合っていなかった。
「ありがとう、ポーチュラカ。下がって良いわよ。……カブトムシ?」
一礼して出て行く、失礼なポーなんとかさん。
「あーどうも。木村雄二と申します。その……何も説明されていないのですが……」
とりあえずこの別嬪さんにカブトムシと認識される前に自己紹介をする。
「あ、はい、ルピナスと申します。地球の在る世界とは別の世界を管理しています。女神という役を演じているだけで、別に神様という訳ではないのですよ。種族としては格が違うだけで、あなたとそう変わりはないので、畏まる必要はないですよ」
なにやら世界の秘密を気軽に話し始めた。
「色々と疑問が出るかと思いますが、一通り私の目的と木村さんにお願いしたい事をお話します。
まず、私の管理者としての目的ですが――――」
それはもう懇切丁寧に話してくれた。
度々お茶で喉を潤す彼女を見て、俺も茶が欲しいと思ったが、話の腰を折る訳にもいかず大人しく聞いた。
まず、前提として無数に存在している世界は、それぞれの発展具合によって格付けされ、管理者同士で競っているそうだ。
彼女の目的を要約すると、管理している世界の格を上げる事。
現在の格は’’伍’’。因みに地球は’’拾’’で、彼女自身が所属する世界の格は’’
地球は科学主体の珍しい世界で、現在宇宙に進出し始めている状況なので、’’拾’’という段階らしい。
これが宇宙での活動が当たり前のレベルに達すると格が一つ上がる仕組みだ。
彼女の管理する世界、’’ミネルバトン’’は魔法主体の世界で、地球でいうと中世レベル。ファンタジーと聞いて一番想像し易い、剣と魔法の世界の様だ。
ただ、現段階で発展に停滞を感じ、科学文化を導入したい。
科学主体に軌道修正するのではなく、魔法と科学のハイブリットな世界にしたいのだ。と彼女は熱く語った。
俺の役目はそんな世界に一石を投じる事。
別に人を集めて授業をして回るのではなく、普通に生活して関わった人々の意識を少し変える程度で良いとの事。
そこから少しずつ影響が広がり、いずれ人々の思考に変化が起こる事を望む。との事だった。
バタフライエフェクトって奴か。気の長い話だ。
話の流れで彼女の、’’
「どうでしょう?こんな感じなんですけど、受けて頂けませんか?」
正直迷う。冒険してみたいという少年の心と、もうゆっくり休みたいという疲れた大人の心がせめぎ合う。
「あ、あと、懸念事項が有りました。
管理している世界、’’ミネルバトン’’に少し違和感があるのですよ。
魔王なんていう邪悪な存在は居ないはずなんで、気のせいだと思うのですが……
何がオカシイのか散々調べたのですが、如何せん外からなので限界がありまして……それであなたに、中から見て欲しいのです」
身体の違和感を気にせず過ごし、結果死んでしまった俺には耳の痛い話だ。
バタフライエフェクトより、こっちの方が重要ではなかろうか。
これも何かの縁だ、やるか。
何より美人が困ってるんだし、このままサヨナラするのもアレだ。
「分かりました。やりましょう」
「ありがとうございます!よろしくお願いいたします!
では、早速調整に取り掛かりましょう。私の仕事場へ招待します」
そう言って立ち上がり、指をパチンと鳴らした。
視界が暗転し、立ち眩みの様な感覚が身体を襲う。
倒れ込みそうになるのをなんとか耐え、いつの間にか瞑っていた目を開くと――――
一面真っ白な、だだっ広い不思議空間に居た。
キョロキョロとスーパーフラットな世界を見回す俺を、ルピナス嬢がくすくすと笑う。
「ようこそ、何も無いですが、とりあえず掛けて下さい」
そう言って地べたに直接女の子座りで腰を下ろすルピナス嬢。
俺もルピナス嬢に習い、その場で胡坐を組んだ。
「まずは……受肉させて、その後に基礎知識を転写。あとは――――」
いつの間にか取り出していたタブレットの様な物を操作しながらブツブツ呟く美女。
それを睡魔と戦いながら、ぼんやり眺める俺。
そういえば、俺を勧誘した失礼なポーなんとかさんは、手伝うと来世を優遇してくれると言っていたな。
野生のカブトムシから、デパートで売ってるカブトムシにグレードをあげてくれるかもしれない。
金持ちの飼いカブトムシとなって、甘い蜜を――――
「木村さん、どうですか?体を調整したのですけど、気になる所ありますか?」
「え?あぁ、そうですね……うーん、特に身体に異常は感じられません。ただ、俺って奴は病気で死んだんですけど、治ったとは思えないんですが、その辺どうなんですか?また病気で死にます?」
身体に関して一番の心配事を尋ねた。
「それに関しては全く問題は無いです。
その……高位の者を低位に送り込むのはコストがべらぼうに掛かるのです。ですので、木村さんにはそう簡単に死なれては困るので、病気の心配は無いように調整しました」
「べらぼう……病気は恐ろしいので嬉しいです。
あとは……荒事に縁が無かったので魔物の相手が……ん?あれ?なんか、武器の扱い方が……え?何コレ――――」
有るはずの無い知識が、何故か脳内に有る気持ち悪さに顔をしかめる。
「大丈夫ですか?えと、武器の使い方や身の護り方、魔法に関する基礎、ミネルバトンの常識、言語の読み書きや会話、地理や風習等、必要だと思ったことを片っ端から転写したので……ちょっと詰め込み過ぎたかも……すみません。すぐ死なれたら困るので……」
ルピナス嬢が申し訳なさそうな顔をする。
申し訳なさそうなルピナス嬢も綺麗だ。だが早まるな俺よ。
ルピナス嬢が真に心配している事は俺じゃなく、コストだ。
俺を送り込む為にべらぼうなコストが掛かると言っていた。
だから、至れり尽くせり――――
「あの、落ち着きました?」
「え?あ、はい。大丈夫です。ハハハ。ちょっと驚いただけですのでご心配なく」
それにしても妙な感じだ。適当な武器、例えばトンファーを思い浮かべれば、効率的な扱い方が分かる。
扇や三節混、ヌンチャクや木の椅子までも同様に。
これはちょっと凄いな。時計台から突き落とされても骨折で済みそうだ。
「凄く楽しそうなところ言い辛いのですが、転写したのは知識だけですよ?
武器の扱い等は特に、’’使い方を知っている事’’と、’’上手く使いこなす事’’は別ですからね?
それなりの練習が必要ですよ。ちゃんと聞いて……いた様ですね。
びっくりする程しょんぼりしてます……」
そうだよな……知識だけで上手くできるなら、誰もがホームラン王じゃないか……
「あの、スキル的な奴はないのです?こう……覚えたら身体が勝手に動いて技を繰り出す。みたいな」
ふと思いついた事を訊いてみた。スキル、お約束じゃないか!
「スキル?なんですかそれ。技術……じゃないのですよね?」
俺はサブカルチャーの知識をフル動員して説明した。
説明すればするほど、ルピナス嬢の眉間に皴が刻まれて行く。
「木村さん、そんな便利なものがあったら、わざわざ上位者を招いたりせず、現地の子達に配ってますよ……」
そりゃそうだ。
二人そろって溜息を吐いた。
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