バングラデシュ人の「ジョニー」
伊賀ヒロシ
バングラデシュ人の「ジョニー」
― クラブに通って遊んでいた頃の話。
彼と出会った場所は、当時かなり人気のあったクラブ。
コンクリートで出来たシンプルなビルの外観からは想像もつかないくらいのイカした内装。中に入り音を体で感じる度に、毎回生きている幸福感を感じる事が出来た。
______
いつものように友人とクラブへ遊びに行った私は、ふと、フロアの片隅で異国感を放ちながら、集まった人達をじっと眺めている彼を見付ける。
踊っている人達を、ただ笑顔で見ているだけの彼。
一人で来たのかな?友達はいないのかな?
そんな事を気にしながら、私は彼の事をずっと目で追っていた。
夜中の二時頃になると、日常へと意識を戻す為に遊んでいた人の数も徐々に減り、フロア内も静かになってくる。
そんな時間になっても、帰る事なく一人その場に立ったままフロアを眺めている彼の事がどうしても気になった私・・・。
「こんにちは。日本語、分かりますか?」
すると、彼はたどたどしい日本語で言葉を返してくれた。
「ハイ、スコシダケ!」
「ここへは一人で来たんですか?」
その言葉に笑顔で彼が言葉を返す。
「ハジメマシテー、ジョニートイイマース!」
― それが、バングラデシュ人の「ジョニー」との最初の出会いだった。
余程、話し掛けられた事が嬉しかったのか、急に友達になって欲しいと言われた私は、その勢いで家の電話番号を教える事に。
周りの友人からは「怪しいからやめなよ」と言われたのもなんとなく分かる気がする。
でも、最初に会った時の彼の瞳と言葉は汚れていない、とても綺麗なものだった。
― その時の事は、今でも忘れられないくらい私の頭に鮮明に残っている。
「ウレシイデース、オトモダチニナッテクダサーイ!」
それから数日経ったある日、見知らぬ番号から電話が鳴る。
声の主はあの日本語も儘ならない「ジョニー」だった。
私の住んでいる駅名を出会った時に伝えてあったのだが、そこまでわざわざ来たのだという。たまたま休みだった私は、慌てて駅まで向かい、彼を迎えに行く。
そこにはあの「ジョニー」がニコニコして立っていた。
あの日と変わらない笑顔で・・・。
驚いた私は彼に、
「お昼食べたのかな?」と聞くと
「マダナンデスー」と返してきた。
私は行きつけの定食屋さんに「一緒に行こうよ!」と言ってジョニーを連れて行く事に。彼はとても喜んでくれたが、彼の食べられるモノが煮物定食しかなかったのだ。
異国の食文化を知らなすぎる事で起きた事だが、その後がとても面白かったのを覚えている。おばちゃんが出してくれた煮物定食に、ジョニーがいきなりタバスコを沢山かけて食べたのが今でも懐かしく思い出される。
「大丈夫?そんなにタバスコかけて?」
と聞く私に、
「ダイジョウブデース!オイシイデース!」
と笑顔で答えるジョニー。
「仕事は何かしてるの?」
と聞く私に彼は、
「コンビニノオベントウヲ、ハコニツメルシゴトヲシテイマス!」
と答える。
色々話してみると、やはり東京で家を借りるのも、仕事を探すのも難しいという事だった。外国の人が異国で暮らすのは、本当に大変なんだなと痛感させられる。
そして、私がご飯をご馳走すると、彼は申し訳なさそうに何度も何度も私にお礼を言ってきた。
「アリガトウ、アリガトウ、ヤサシイデース」
頭を何度も下げていたその仕草が、むしろ心にしこりを残す事に。
日本人の方が、きちんとお礼を言えない人・・・、沢山いるのに・・・。
バングラデシュから来たジョニーが、日本でもっと気軽に住めたり働けたりしたらいいのに・・・、なんだかもっともっと彼を知りたい・・・。
― 私の心が彼によって動かされていくのを感じる。
その日の帰りに、ジョニーが最後に私に言ってくれた言葉。
「ゼッタイコンド、ゴチソウサセテクダサイ!」
________
一か月後、ジョニーから連絡があった。
待ち合わせの場所で会うと、いつものようにニコニコしている彼が立っている。
「キョウハ、キュウリョウハイッタノデ、ゴチソウサセテクダサイー!」
私はお腹は減っていたがその言葉が申し訳なくて・・・。
まさか、本当にご馳走をしようと思ってくれていたなんて思ってもいなかったからだ。結局ジョニーに押し切られ、ファーストフードのお店に入ってドリンクをご馳走してもらう事に。ただ、ジョニーが稼いだお金を使う事にかなり抵抗があり、それ以上の物をご馳走してもらう気にはなれなかった。
バングラデシュから来てこんな私に恩義を感じてくれるなんて・・・。
彼は、何度も「タベナイノ?ダイジョブ?」と聞いてくれたが、その言葉を言われるたびに心に深く刺さっていく。日本人以上に律儀だなと感心し涙が出そうになるのを堪えた。
その後、数日経ってジョニーから私の仕事場に顔を出したいと連絡があった。
何となく、無垢な彼と会う事が楽しみになっていたが、周りの人間はそれを胡散臭そうに見ていたのも事実だった。
ただ彼がバングラデシュから来たという事だけで・・・。
そんな私は決まって(よっぽどジョニーの方がお前らよりも人間味があって素敵な人間なんだよ)と、心の中で呟いていた。
― そしてジョニーが来ると言っていた当日、彼から職場に電話があった。
「イマ、エキデスガ、ケイサツガタクサンイテ、モウスコシジカンカカリソウデス。ゼッタイイキマス、マッテイテクダサイー。」
「分かった。待っているから慌てなくていいよ。」
その言葉を聞いてから物凄く胸騒ぎがした。警察がいると来れないのかな・・・?
結局、その電話がジョニーと話した最後となった。
その後も彼からの連絡を待ってみたが、「ジョニー」と会う事は二度と無かった。
日本人以上に情を持ち合わせたジョニーの事が、今でも懐かしく思い出される。
いつまでも待っているから・・・。またいつかその笑顔を見せてよね・・・。
楽しい「想い出」をありがとう。
バングラデシュ人の「ジョニー」 伊賀ヒロシ @takocher
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