第23話

「第一、学生の本分は勉強であり、運動や部活などの学習活動であって、男女交際などと言ってる場合ではないのではないか。」


 ああ、いけません、高須部長。

 正論で相手を追い込んでは……。


 初夏の風、爽やかに吹くその中で、目の前に繰り広げられている悲劇と言うか、喜劇というかに巻き込まれた原因はなんだったか。

 ぼくは、消し飛ばしていた記憶をなんとか思い返す努力をする。

 ことの次第はこうだ。


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「では、部活に行きましょう。」


 園山さんが準備をしてぼくの席に来た。

 品行方正、容姿端麗、救済作物、ありとあらゆる美辞麗句がぴったりのその人はぼくのあこがれの人、園山風香さんその人である。

 何を間違えたのか、まったく不明ではあるが同じ歴史研究会に所属することとなり、クラスメイトであるぼくのところに一緒に部活へ行こうといつも誘ってくれるのだ。いや、部活が無いときは、なんにも言わずに突っ立ってるぞこの人。一緒に帰りたいということだと解釈しているが、本当か……?


「よし、じゃあ行こうか。園山さん。」

「はい。」


 そう言ってふたりで連れ立って教室を出る。

 学校一の美少女と詠われた園山さんと、クラスの端っこに落下しているだけの石ころと思われたぼくがおなじクラブに所属し、ふたりで連れ立って行動しているというその様子を見たクラスメイト、男子生徒、諸々の園山さんに思いを寄せる人たちは、並々ならぬ感情を持ってぼくのことを視線で呪い殺さんとしていた、当初は。

 しかし、当の園山さんがあまりにもマイペースであることと、ぼく自身、もう園山さんを止めようがないことなどから、ある種の諦観へと至り、ぼくはその呪詛を受けて毎日を過ごしているのであるし、まあ、気にならなくなってきた。

 それに、そんな呪詛、長続きするものでもなく、段々と「そういうものだ。」という受け入れによって、日々が形成されていっているのであった。


「お疲れ様です、高須部長。」


 地学準備室のスライドドアを引いて、その中を見れば、歴史研究会、会長(というか、部長)の高須たかす 花江はなえさんが、窓枠に座って待っていた。

 あぶないぞ、窓枠は。


「来たか、後輩諸君。楽しいシミュレーション・ゲームの時間だぞ。さっそく準備してくれ。」

「はい、今日はどうしますか?」

「戦車ものもいいが、『銀河帝国の興亡』などどうだ?」

「部長、歴史研究会という枠を逸脱するのはやめてください。」

「未来史ということでなんとかならんかね。」

「なりませんね。銀河帝国の興亡がここにあるのがそもそもの間違いなのでは。」

「そういうな、ここ以外では、こういう重シミュレーションは出番がないんだよ。」


 言ってることはわかるが、歴史研究会という枠を踏み越えて銀河帝国を樹立されても困る。

 こういうのは休日などに楽しむべきだろう。


「『川中島の合戦』にしておいてください。ぼくと園山さんが組んで、部長と対戦にしましょう。」

「ああ、それでいいだろう。園山くんは歴史研究会には慣れてきたかい?」

「ええ、みなさん親切にしていただいているので、馴染んでおります。」

「そんなかたっ苦しい話し方じゃなくてもいいぞ。あ、きみ、ところで今日は野暮用が入っていてね、少しで戻るから準備しておいてくれ。」

「野暮用ですか、わかりました。」

「準備できたら、屋上に迎えに来てくれ、どうもそこで用事があるらしいのでな。」


 ぼくは了承すると、園山さんと二人でマップを広げ、コマを並べ始めた。

 園山さんが、コマを取り出すたびに、これはなにか?と聞いてくるので、都度説明をしてあげる。

 マップも川中島の合戦を模した、まさに川を挟んで両軍を布陣させるものとなっており、なかなか迫力がある。


「こういうの、つまらなくない?大丈夫?」


 ちょっと、歴史研究会の活動は、行くところまで行き着いている感じがあるので、ぼくは心配だった。

 園山さんの表情を探ろうとする。

 まあ、探るだけ無駄だった。


「ええ、楽しいです。歴史の一場面を取り上げて、その中で試行錯誤するというのは、あまりない機会ですから。」

「それなら良かった。何かわからないことがあったら訊いてね。答えられる範囲で答えるから。」

「はい、頼りに、してますよ。」


 そう言って、園山さんがぼくの目をじっと見る。ぼくは目をそらす。

 そうこう言っているうちに、準備ができた。高須部長は帰ってこないようなので、言いつけどおり、迎えに行くとするか。


「じゃあ、迎えに行ってくるよ。すぐ戻るから」

「そうですか、でも、私も行きましょうか。」

「その、他の人が来たら困るし、見ていてもらっていいかな。」

「そうですか。」


 ちょっと園山さんが残念そうな雰囲気を出している。すぐに戻ろうと思って、地学準備室を出た。


 -------


 屋上庭園は、この学校でも特別な憩いの場となっており、休憩時間や昼食時に利用者は多かった。

 しかし、放課後ともなると、生徒は部活なり、帰宅なりと言った形でわざわざ利用するものもおらず、ちょっとしたエアポケットのようになる。

 もの悲しい雰囲気も味があっていいのだが、まあ毎日来るほどでもないしな。


 さて、そんな屋上庭園へ来ると、高須部長と向かい合うようにして、2年生の男子生徒が立っているのが見えた。


「……高須、お前の美貌に惚れたんだ。どうか、俺と付き合ってくれないか。」


 ああ……そういう……。

 実はあの暴力事件のあと、校舎裏は頻繁に巡回が回るようになり、告白スポットとしては役に立たないようになっていたのだ。

 そこで代替として人気が出てきたのがこの屋上庭園(放課後に限る)なのである。

 用事がこの場所の時点で気づくべきだったかもしれない。


「悪いが、天野、お前とは付き合えない。というか、ここのところ、私の下駄箱に頻繁に手紙を突っ込んでいたのも君かね?」

「あ、ああ。」

「さあ帰ろうという段になって、興味のない手紙がほぼ毎日下駄箱に突っ込まれているという迷惑について考えたことがあるか?悪いが、最初のものだけ読んで、あとはどうせ似たような内容だろうと破棄させてもらったよ。」

「そんな。」


 高須部長に告白していたのは2年生でもイケメンで通っている天野だ。たしか、特定の部活には入ってなかったけど、あれこれと運動部の助っ人をしていたはずだ。スポーツマンで人気も高い。

 そして、高須部長の告白の返しについている追い込みっぷりよ。

 いや、こう言ってはなんだけど、天野がちょっとかわいそうだぞ、その言いっぷりは。

 しかし、高須部長の毎日ラブレターが下駄箱に突っ込まれているという迷惑についても理解ができた。これはどっちが悪いとかは言い難い場面になってしまったな。


「第一、学生の本分は勉強であり、運動や部活などの学習活動であって、男女交際などと言ってる場合ではないのではないか。」

「そこまで言わなくてもいいじゃないか!こいつ、黙ってきいていれば!」


 ええーー!またこのパターン!!

 ぼくはハッキリ言って、告白時のトラブルをなんとかするための専門家ではない。

 しかし、このところの告白時に発生するトラブルに巻き込まれる率はなんなんだ。そろそろ宝くじとか買ったほうがいいかもしれない。


「やめてください、天野先輩。そして、高須部長!」

「なんだお前!」


 まあ、そうだよなあ、なんだお前だよ。

 ぼくだって、告白の場面に急に出てくるヤツがいたら何だお前って思うよ。


「ぼくは、その……高須部長の後輩です。」

「そうだ、歴史研究会の後輩だぞ。」


 なにふんぞり返ってるの。


「天野先輩の気持ちはわかりますが、その暴力に訴えるのはやめたほうがいいかと。」

「だけどなあ。」

「いや、天野先輩の言っていることはわかりますよ。ところで高須部長。」

「なんだい?」

「高須部長も言い過ぎですよ。相手の告白に対して返事をすれば、それでいいんです。追い打ちであれこれという必要はないでしょ。」

「だがなあ、ここのところ迷惑していたのだ。なんかつきまとってくるし。」

「え、そんなことしてたんですか。」

「いや、告白するタイミングがなかなか見つからなくて、その。」

「そりゃ、迷惑にも思いますよ。」

「それは、その、悪かった。」


 話してみると、案外素直な人だな、天野。


「部長、歴史的に見て、逃げ場を失った軍勢が攻撃されるとどうなりますか。」

「む、それは死兵となって、攻撃軍に対しての強硬な攻勢に出るな。」

「告白についても同じです。告白に失敗した人は敗軍なんです。それの退路を断つような真似をすれば……。」

「死兵と化して、ひどい攻撃を行うというわけか。なるほど、今日は君に教えられたな。」

「適切な逃げ道を用意してやるのも、司令官の重要な役割だとヤン元帥も言ってますよ。」

「そんなこと言ってたかな……。」


 なんか、高須部長に対して説教することになってしまったし、天野先輩を放っておいて申し訳なくなった。


「天野先輩、すみませんでした、なんか置いてけぼりにしてしまって。」

「あ、いや、でも、君のおかげで溜飲が下がったし、なんだか、俺ももうちょっとちゃんとしないとなと思ったよ。」

「それは良かったです。」


 暴力は良くないよ。その、女の子が言いすぎてしまうということは、あるもんだし。

 しかし、珍しく暴力を用いずに解決することができたな。

 まあ、暴力が用いられた場合、大抵はぼくだけがひどい目にあって終わるんだけど。


「じゃあ、悪かったな、高須。でも、はっきり断ってくれてありがとう。」

「いや、私も言い過ぎた。迷惑をかけられた部分もあるが、その私も傷つけてしまったことと合わせて水に流してほしい。」

「すまないな、じゃあ、これで。」


 天野先輩が帰っていった。よかった、その、なんだか良かった。

 高須部長も、ちょっと急展開で興奮しているのか、顔が赤くなっている。

 そういえば、迎えに来たんだったな。


「高須部長、そういえば、準備ができましたよ。でも……すこし落ち着いてから戻りましょうか。」

「そ、そうだな。少し座って行こう。その隣に座ってくれたまえ。ちょっと心細かったんだ。」

「そうですか。じゃあ、そうします。」


 そう言って、二人でベンチに腰掛ける。

 高須部長は、普段よりもずっと近くに、いや、なんか密着するように座ってきたんだけど。

 ああ、それだけ怖かったってことかな。


「……暖かいな。」

「もうすぐ夏ですからね。」

「そういうことではないんだが……。」


 じゃあどういうことなんだよ、とぼくは少し思った。


「その、きみは……。」

「あ、園山さん。」


 あまりにもぼくたちが戻ってこないので、園山さんも屋上に来たようだ。


 なんか、ものすごい雰囲気出してる。


「なにやってるんですか。」

「え、い、いや、さあ戻ろうか。」


 こんな取り乱した高須部長初めて見た。






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